となりのスイートは空き部屋だっけ
未明。良い子は寝る時間。つまり俺も就寝中のことだ。
最悪の目覚ましで目を覚ました。
スナイパーライフルの類だろう。カーテンごとガラスが打ち抜かれ、俺の包まる毛布を貫く。窓がやたら大きいからか、ガラスの割れる音が思ったより大きい。
一発、二発、三発。
俺の姿は直接は見えないだろうに精確にあててくる。日中、俺のいない時間を探して入念にした調べをしたのだろう、ご苦労なことだ。
バンッと扉が開く音と、何人もの足音。
来るときがきたか、何人かは生きて返さなければならない。
証人として。
煙幕。続いて閃光と破裂音。
もしかすると煙幕ではなく毒ガスかもしれないが、詳しくは不明。
視界ゼロの室内で放たれる弾丸。
サイレンサー? サプレッサーというのか、もっと静かな装備で来るものと想定していたが、必要ないと判断されたのか、日本の組織ではないのか、派手な音を出している。
一定以上の音量は遮断しているので、実際は耳がおかしくなる程の音かもしれない。
「撃ち方やめッ!」
窓も壁も室内の調度品も無残なものだ。
ベットは原型こそ残っているが、もう使い物にはならない。
煙が晴れ侵入者達のライトが荒れ果てた室内と、まだ横になっている俺を照らす。
起き上がる俺に三点バースト。文句なしのヘッドショット。
「こんばんは。日本の方かな?」
指揮は日本語だったし間違いないものと思った。
俺の質問は答えられず、黒服のバトルジャケット達は部屋から出て行こうとする。
敵生存が確認された場合は速やかに離脱せよ。
大方そのような命令がされているのだろう。
「逃がさねーよ」
出入り口に張ってある壁を実体化と同時に可視化。
「ひーふーみー。いっぱいで来たな。ごーろくなな。室内に七。バックアップが四。監視ルームに三。狙撃班は六か?」
黒服の内、一人が銃を置くと、それに習うように他の六人も銃を置いた。
「隊長の脇坂だ。これで貴君の無敵は証明された。全員を殺す必要はないだろう。私だけを殺して部下は見逃してはもらえないか?」
ヘルメットを取った男が一歩前に進み出る。
なるほど良い作戦だ。俺の利害をよく考えてある。
「座れ」
脇坂と名乗った男は坊主頭の精悍な顔つき。中年だが若く見られそうだ。顔立ちからして本物の日本人だろう、日本人を騙った偽部隊の線は薄くなった。
「で、どこまでだ?」
俺は聞く。
「と、申しますと?」
俺より低くなった脇坂が答える。
「俺の情報は上に報告するだろう、それをどこまで共有する? これだけ暴れたのだ、報道もするのだろう?」
口を真一文字にした脇坂、一番扉に近い隊員が何事かを言う。英語だろう、俺にはなんて言ったのかわからない。
「部隊は、日本とアメリカの混成部隊です」
脇坂が答えだす。
「少なくとも日本の警察組織、内閣、自衛隊、アメリカ合衆国には共有されます。報道も行いますが、諸外国がどこまで信用するかは解りません。ロシアからは貴方の身柄を引き渡すように要請がありました。研究材料のつもりかもしれません」
「思ったより知ってるな。所属は?」
「今はSATです。出身学校は海軍兵学校、自衛隊にもいました」
「ほう、そいつはスペシャルだな、で? なんでロシアからの要請を知ってる? 誰が、なんのためにお前に教えた?」
脇坂が半笑いになる。
先ほどの男がまた英語でわめきだすが、空間内のあの男だけ声が消えるように設定した。ついでに動いて出す音も。
「ジャップぐらいなら解る。脇坂、アレ殺したらまずいんだろ?」
「ええ。そうですね」
脇坂の半笑いに苦いものが混じる。
「お上が何処まで考えているか解りませんが、下された命令は貴方の殺害、死体の回収。不可能な場合は人的被害を抑え情報を持ち帰ること。そして捕縛された場合は情報の漏洩を防ぎつつ、対象の矛先を日本から余所に移すこと。です」
「ロシアのくだりはフェイクか?」
「解りません。恐らくは本当かと」
「はーどうすっかなー」
手でつっぱりながら天井を仰ぎ見る。半壊のベットがきしむ。シャンデリアが根元を残してきれいさっぱりだ。
「シッ!」
感触はない。喉元に脇坂の抜いたナイフが押し当てられている。
物理的抵抗をもつ俺の壁が、首の皮膚の上でナイフの刃を止めている。
「不思議だろこれ、ナイフを止めてるんだから金属っぽい音がしてもいいのに音がしないんだ。壁に金属質を与えてやれば音がするんだけどさ、質感を設定してないと触ってもわからないだ」
ナイフの刃を優しく持って押し返すと、脇坂が元のように正座する。
「不思議なのはそこでは……」
脇坂が話す途中、後ろの隊員が声をかける。いくらか若い声だ。
「脇坂隊長つう……」
「解っている。お前が答えておけ」
それに対して脇坂も声に割って返事をした。
床に置かれた脇坂のヘルメット、そこからは何度か声がしていた。
「通信か?」
「ええ、部隊で共有しています」
脇坂が答える。
「部隊。つまり指令部も含むわけか」
「いけませんか?」
これも脇坂が答える。若い男はヘルメットを片手で抑えている。
「好きにしろ、自由にしていい。なんでも教えてやれ」
背後を確認した脇坂が、若い男に首を縦に振って見せた。若い男は小声で通信に答えだす。
「はーどうすっかなー」
再び天井を仰ぎ見る。楽しい毎日だがやることが多い。考えることも。
今度は攻撃されなかった。
「隊長」
「今度はなんだ?」
脇坂が少し苛立ったかのように演技して答える。演技ではないかもしれない、いや演技だろう。歳をとると人間、感情をコミュニケーションの道具に使いもする。脇坂のような立場なら尚更だ。
「狙撃班がいつ出れるのかって、向こうも壁に囲まれているらしくて、そして事情聴取にきた警察も内側に入ってしまったらしくて……」
屋上に置いた壁は一方通行だったらしい。俺もいちいち覚えていない。
「もめてるのか?」
脇坂より早く訊いてやる。脇坂は振り向いた姿勢でうなずく。
「はい、そうです」
若い男は俺に向かって返事をした。
「警察には連絡は?」
「しているはずですが、連絡がうまくいってないようで、申し訳ない」
何故か脇坂が謝る。
「わかった、お前等帰れ。それと俺の寝床は準備してんのか?」
部屋と通路。ホテルの出入り口と、向かいのビルの屋上。壁の封鎖を解いてやった。
「すいません、生憎解剖室のベットしか予約していません」
今度こそ脇坂は頭を下げた。