瞬間移動
人は信じたいものしか信じない。
見たものを信じるのでもないし、真実を信じるのでもない。
俺の放送の翌日、新聞の見出しには嘘か真か、の文字が並んだ。朝のニュースでも似たようなものだった。
ホテル内のカフェテリアはいつもと同じ賑やかさで、俺の座席近くは避けられてはいるが、遠くからスマホで俺を撮影する者もいたり、実に普段どおりだった。
新宿駅から徒歩八分。警視庁新宿警察署を眺める。短い道中だが、握手を求められたり、スマホで撮影を求められたりした。ユーチューバーか何かと同じ扱いである。
警察関係者の接触はなかった。俺を拘束しようとする者も、銃撃する者もいなかった。
わざとらしく腕を振るった。オーケーケストラの指揮者のように、あるいは必殺技を繰り出す子供のように。
必要性はない、しかし気分というものがある。
気分は大事だ。俺は楽しみたいのだから。
崩れ落ちた警視庁新宿警察署、バツの字に、四等分に切り分けられた特殊構造の建築物が倒壊してゆく。
驚き、逃げ出す者もいたが、それでも多くの若者が倒壊した建物と脱出してきた警察官、そしれ俺を撮影した。
「ふははははははっ」
大笑いのサービスをしてやる。俺は気分がいい。
「次だ」
指を鳴らして移動する。
移動先は日本の警察組織のトップ、警視庁本部だ。新宿警察署からは車で二十分程の距離になる。
瞬間移動である。俺が消えた瞬間をうまく撮影してくれているといいのだが。
壁で作った箱は電話ボックスぐらいのサイズだ。誰にも認識できない箱を経由することで移動時間をゼロにした。
箱は、地球最後の日以前、ずっと昔に準備していたものだ。
俺に距離や移動時間は関係ない。
目の前には警視庁本部、背後には国道20号線。右側奥には国会議事堂が見える。
突然あらわれた人間に驚くスーツの女が、俺の左側で尻餅をつく。
出てくる瞬間を目撃していなかったのだろう、歩道をよたよた歩く禿げた男は、女がおどいた事に驚き、続いて俺の顔を見て悲鳴を上げて来た道を走り戻っていく。
門の前では長い棒を持つ警官が、一瞬ホルスターに手を伸ばしてはやめ、警報装置を押した。
どこかで聞いたことのあるサイレンが鳴り響き、警報装置上部の赤いランプが懸命に点灯した。
「頭が高い」
警官を無視して俺は腕を振るう。縦に横に斜めに、さらに水平に一回転して、両手で下から上に。崩れてゆく建物に追い討ちをかけていく。
地面に叩きつけられ粉砕されるコンクリート。巻き上がる砂塵と暴風。
倒壊するジェンガのスケールを大きくしたように、警視庁本部であったものが、そこらじゅうに広がっていく。歩道も人も警官も20号線を走っていた車両や街路樹も生き埋めになった。
俺は俺の周りを覆わせていた壁を階段状に伸ばしながら、内部の不必要な物質を消滅させていく。
壁の内側は俺の世界だ。俺のルール、俺の摂理があらゆる物理法則より優先される。
この力で一気に計画を進めたりはしない。
そんなのもったいないからな。
楽しみはまだまだこれからだ。
瓦礫の中に出来た階段を上る。
警視庁より俺の視点が高くなり、俺は小さく満足する。
20号線の奥、国会議事堂を見て、口角を片方だけ上げて下ろす。
指を鳴らし、ホテルの前へと戻ってきた。
さて、臨時ニュースでも見ながら飯を食うか。