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最強の男  作者: 雷然
第二段階
15/23

自分で自分を認める。

「はい、ご主人様。あ―ん」


 ソファに座る俺に、ナンシーが皮を剥いたマスカットを食べさせる。ナンシーは俺の右腕の中だ。マスカットのみずみずしい食感と、右手に伝わる弾力が心地よい。

 左腕の中にいるのは小柄な月野だ。黙々とスマホゲームをしている。ゲームだが遊びではない。

 このゲームに人の命が懸かっているとか大層なものではない。

 もうやらなくなったスマホゲーだが、ログインボーナスやら周回で手に入るアイテムやらの取りこぼしやらがあるとモヤっとした気分になる。

 もったいないような気がしてしまうのだ。だからやらせている。俺のスマホ。俺のアカウントだ。勿論能力を使えば全て補完されるのだが、それは味気ない。味気ないから手動でやっておきたいのだ。自分でやるのは面倒だが。

 そんな理由だから真面目にやらなくていい。月野にも適当でいいぞと言ってはいるのだが、与えられた仕事だからか、元々ゲームが好きなのか、月野は黙々とプレイを続けている。


 俺は、新居が出来て引越しをした。ホテルも良かったが自宅というのはまた違う良さがある。家具や家の構造、壁紙やら立地やら金さえあれば思いのままである。


 屋敷では計十人のメイドが掃除やら、庭の剪定、洗濯物や買出し、その他車のオイル交換から次に始末する人物のピックアップまで、様々な仕事をやらせている。

 厳しい採用試験を潜り抜けて選ばれた、プロフェッショナルなメイドである。メイドカフェにいる粗悪品ではない。(あれはあれで嫌いではないが)主人のあらゆる要望に応えることを至上の喜びとする正真正銘本物のメイドである。

 各国のお偉いさんが、俺に取り入る為に送り込んだ人材でもあるが、それはまた別の話。俺の役に立ちさえすればどんな事情を抱えていようがどうでも良いことだ。


 部屋の扉が開いて、一人の美女が俺に言う。

「ゴシュジン様、デンワ」


「誰からだ?」


「聞くのワスレタ」


「名乗ったけど覚えていないだけだろう」

 立ち上がった俺は、固定電話を置いてある事務室に向かう。

 メイドの中では一番日本語の下手なジャネル。天然のパーマネントにホワイトプリムを差した頭部は、顔立ちとあいまって滑稽である。だがそこがいい。



 事務室の一番奥にある俺のデスク。椅子に座ることもなく机の上の電話をとる。


「もしもし俺だ」


「ああ環様、すいません、須藤です」


 おどおどした須藤の話し方。大柄な男がぺこぺこしながら電話している姿が容易に想像できた。


「どうした、なんの用事だ」


「あの、今お時間よろしいですか?」


「大丈夫だから電話を取った。いいから話せ」


「あ、はい。すいません。あのですね……」


 須藤の話は簡単だ。多すぎる官僚にリストラを言い渡した村瀬と、官僚たちの間で板ばさみになっていると。不要な仕事を削ったことで官僚の仕事は楽になり、人手が余った。だからリストラするのだが、官僚としても生活がある。今までのキャリアもあるし、猛烈に反対している訳だ。


「やっぱり官僚の皆さんにも家族がありますし……」

 どうやら須藤は官僚よりのようだ。


「お前さ、大臣じゃん? 大臣の仕事ってなに?」


「え? あの……そのう」


「…………」


「えー大臣の仕事は、総理の補佐と省庁の管理。官僚達への指示。あと今は大臣しか政治家いないので決議案の作成や関係各所への通達、それから……」


「うん解った。で、お前はどうしたいんだ?」


「え? それってどういう?」


「村瀬が俺の方針に従って動いているのは、お前も知っているな。村瀬が官僚多すぎるから減らそうと言ったのなら、俺も同じ意見だとわかるだろう? だから最初から答えは出ているようなものだ。あとはお前がどうしたいか、そして障害である俺を説得できるかどうかだ? 違うか?」


「うん。はい。あの、そうです……」

 繰り返しになるが、須藤は大柄な男だ。空手をやっており、東京ドームの試験でも拳で男だけ五人を殴り殺している。スーツの上からでも分かる須藤の筋肉はかなり迫力がある。


「環様は凄いですね。なんでも出来てなんでも解って。総理もまだ若いのに日本の立派なリーダーだ。俺なんて官僚の皆に言われたことを言い返すことも出来ない。後からはこういえば良かった。ああ言えば良かったって思うんですけど、どうもうまくいかない」


「お前はお前だろ。それにお前には空手があるじゃないか」


「空手なんてなんの役にも立ちませんよ。特に環様の前じゃいくら強くなってもどうしようもないじゃありませんか?」


「お前の空手は、誰かに勝つためのものか?」


「どうでしょう。師匠は力を求めるのは道じゃないとは言っていましたが、正直俺にはわかりません」


「お前は、お前だ」

 俺はもう一度同じことを口にした。


「だから、他人と比べるな。強さも他も全部だ。自分で自分を認めろ。……官僚の件はお前の好きにしろ。どうせ予算はある」


「はい。わかりました」






 お前はお前、俺は俺、アイツはアイツ。俺は今でもそう思っている。そう思ってはいるが。

 それでは、それだけでは人の精神というのは……。


 だからこそ――俺は――。

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