合同記者会見
政府もなけりゃ人もいない。土地は100メートル高くなり、しかも一切の加工が出来ないときた。
国としての機能も、条件も満たしていない。
ひとつの国が滅びた瞬間だった。
ふたつめの国も同様に押しつぶした。
歴史ある構造物や文化財はもったいない気がしないでもないが、どうせ観光することもない。必要とあらば復元することも出来るし気軽に押しつぶした。
大国二つが消えた。なんの感慨もないと言えば嘘になる。これでまたひとつ俺は自由になる。俺を縛り付ける。俺に従わないものがまた消えてゆく。
俺の目論見通り、大国が二つ消えたことで俺に降伏する国は増えた。全面降伏だ。今のところ日本で大きな混乱が起きていないこともあるだろうが、中国とロシアが無くなったというインパクトがあまりにも大きかったのだろう。俺の行動を非難したり、消えた人命を追悼するような国がなかった。個人としてまだまだいるが、国が表立ってそういうことを言ってはいけない。そのような雰囲気が出来つつあった。
「合衆国大統領が来日されます。私と環顧問にお会いしたいとのことです」
その日の放送では、村瀬が政府放送を連絡手段として使った。俺が連絡先を教えていないからそのような行動をとったのだろう。そしてこいつは俺が毎日ニュースをチェックしていることを知っている。
「会いたいか、いいだろう。会ってやる」
ホワイトハウスの大統領室。机の上に立った俺は、邪魔な書類を蹴飛ばした。
椅子では太った男が手に持ったペンを落とし、口をぱくぱくさせる。
「どうした? 会いたかったんだろう?」
俺は英語は話せない。大統領が何事をかを言うが言いたいことがてんでわからぬ。しかし大統領の意思は解った。
机の裏にあるボタンを大統領が押す。警報が鳴り、すばやく特殊部隊が室内になだれ込んだ。
なんだまだ、進んでいないのか。
うつ伏せになる大統領。
部隊は銃を構え号令もなく発砲した。
当然だが、俺には当たらない。
「わかった。お前の意思は解った。俺に従わないということだな。ちゃんとニュースを見ていないのか? 意識改革が進んでいないな、これでは後進国だな」
先進国というのは科学や経済が発展した国のことではない、文字どおり先に進んだ国のことだ。アメリカ、お前まだそんなところにいるのか。
後進国の弾丸が狭いエリアで跳弾する。本来木が使われているこの室内では跳弾は起こらないのだろう。銃の使用を想定してあらかじめこの部屋だけ木造にしてあるのかもしれない。
しかし今は高硬度の壁を張ってある。
隊員たちが自分達の撃った弾丸で傷つく、それでも致命傷にはいたっていない。厳しい訓練を潜り抜けてきたのだろう。猛者たちの目は戦意を保っており、銃がダメならば、とナイフをとり出すなどしている。
「――――!」
「――――!!」
大統領が何かをいい、隊員達も何かを言う。まったく解らんが、そいつは実現不可能だ。
俺は温度を上げる。徐々にあげてゆく。
机と椅子を消滅させ、大統領にもよく見えるようにしてやる。
「――――!」
熱い、きっとそんなことを叫んでいるはずだ。
隊員達の入った箱の中はすでに気温八十度。皮膚は焼けどではすまない。
人体から漏れ出た水分が、箱の上の方で雲のようになる。
気温百度。熱はこちらには伝わない。伝わるのは断末魔の叫びだけ。
気温百五十度。血液が沸騰し、カスカスになった皮膚からあふれる。
細胞が崩壊し、茹で上がった脳は一切の行動を停止した。
グロテスクな死骸を残し、俺はホテルに戻る。
予定の日から一週間遅れで大統領が来日した。
遅れた理由は大統領の体調不良だそうだ。俺の訪米はニュースになっていない。
「村瀬総理は素晴らしいお方だ。アメリカ合衆国はこれまでどおり、いやこれまで以上に日本の親友として、お互いに支えあっていきます」
村瀬との会見を終えた大統領が、合同記者会見で声明を発表し、翻訳者が日本語で言いなおす。やはり後進国は後進国のまま治っていない。
俺は壇上に上がる。カメラのフラッシュの中、マイクまで進んでゆく。
大統領が「ひっ」と声をあげ、後ずさるも、逃げるようなマネはしない。
壇上にある机に手をついて記者や関係者を見下ろす。やつら目は好奇の目だ。
「あーさて、諸君は先進国と後進国の違いはわかるか? ……ああいい、手を上げなくて、降ろしていい。あー今世界の先頭に立って進んでいるのは日本。それに続いているのはいち早く降伏した国。そして次はその後に降伏した国々だ。ここまでが先進国。アメリカさんは何か勘違いをされておるようだから簡単に教えてあげよう。今この場で全面降伏宣言をしろ。それと降伏後の第一要求だが……安心しろ、多額の賠償金を払えと言うんじゃない。日本語を覚えろ、今生まれている国民全てな。期限はそうだな。三、五年でいいか。五年で日常会話程度の日本語をマスターしろ。世界の公用語は日本語だ。公の場での日本語ではない言語の使用も禁止する。できなきゃ消えるだけだ。大統領、返答を」
通訳が大統領に伝える。それを聞きながら大統領の表情が変わる、さらに俺と目があって死にそうな顔をする。
「今この場は英語を話しても許してくれますか?」
通訳が大統領の言葉を訳し、俺の返答もまた訳す。
「許す」
大統領は全面降伏し、全国民に日本語をマスターさせることを確約した。




