入れ替え
政府の交代は劇的ではなく、予定された程度の混乱で終わる。
各大臣は殺さずに業務の引継ぎを行わせる。新しい大臣達が仕事を覚えるまでは補佐官だ。必要ないと判断した省を動かすのに必要ない大臣は死んでもらったし、不要な政治家も消した。
そのことが良かったのだろう。残された大臣達は、大人しくこちらの要求をのんだ。
「さて総理、政権放送だ」
「……わかりました」
全国民を人質に取られたような状態で、根が真面目な村瀬は一生懸命働くだろう。案外いい総理になるかもしれん。
「国民の皆さん、突然のことで驚かれたと思います。まずは皆様に不安を与えたことを深くお詫びいたします。私達はテロリストではありませんし、日本が内戦状態におちいることもありません。皆様の安全と日々の暮らしを保障します。私はこの新政府の初代総理大臣を拝命致しました、村瀬あかりです」
スーツを着た村瀬が国民に向かって呼びかける。たどたどしさはあるが、それ以上に快活で明朗で、若さと輝きを感じさせた。
「これから世界は変革されます。私達は大きな変化の先端に立っています。それは時代的な意味合いもそうですが、国としてどの国よりも先んじて変わっていく必要性があるということです。国民の皆様におかれましてはこれまでと同様に日々を過ごしていただければ基本的には問題ありません。憲法や法立、国の仕組みなどはこれから修正していきますが、その度にわかりやすくご説明しますので、ご安心下さい」
国民の多くは鵜呑みにはしないだろう。それでも同じことを俺が言うよりマシなはずだ。あとは俺が敷いたレール通りに大臣達が動けばよい。
繰り返される日常の中では、政府の存在など希薄なもの。
時期に政府が変わり、世界が俺に操られてもまともな人間ほど何も思わなくなる。
政府が変わって三日、日本に大きな変化はまだ見られない。痛くも痒くもないデモが起きている程度だ。平和ボケした民というは今が維持されるのであれば、上がどうなろうが知ったことではないのだ。
リアクションは海の外からやってきた。
「日本は今無政府状態であり、テロリストに占拠されています。世界の平和を維持する為、我々はテロリストの壊滅に全力を注ぎます」
声高々に叫んだのは中国、そしてロシアだ。中国軍は沖縄を、ロシア軍は北海道から侵攻しようと軍を動かした。国内では在日米軍の動きも怪しかった。
日本の排他的経済水域。そこにはぐるっと視認不可能な壁が貼ってある。物理的な質量も存在しない。つまり物理学的には存在しない壁だ。
しかし確かに存在する。
俺は日本の領土に無断で侵入した軍隊を全て拿捕した。
「昨夜、ロシアと中国のバカどもが日本に侵入した。内部顧問である環様のお力で、敵の軍隊を捕らえてある。地球を救った環様が、これからは日本の守護神である。ヒャハハハハ」
唾を飛ばして話すのは痩せた、目のギラついた男。防衛大臣に就任した藪崎幸太郎である。国会は事実上停止しているがNHKには放送枠を維持させてある。その時間を使って放送していた。
「無断での領海侵入。これは明らかに敵対行為だぜェ? ナメ腐った声明も聞いたぞ。いいんだな、覚悟はよォ。ヤっていいのはヤらレル覚悟のある奴だけだァ。今度は、ヒヒッこちらの番だ」
藪崎のケタケタという笑い声で放送は終わった。なんというかヤバい感じの奴だが、これで事務処理は真面目にこなすし目端もきく。受け答えは(俺には)素直だし縦社会ならこういう奴がいてもいいだろう。
その後の中国とロシアの動きだが、中国では拿捕されたのは中国軍を語る偽者で中国当局は一切関係ないという声明を出した。ロシアは音沙汰なしだ。
藪崎が今度はこちらの番と言ったのには理由がある。
防衛省地下駐車場を改造したカタパルト。そこに一機の戦闘機がある。
「環さーんなんでオレじゃないんですかー!」
「すまーん、また今度な」
かねてより防衛省では新型国産戦闘機の開発を行ってきたが、予算の都合などもあって難航していた。その実験機を引き取ってこちらで改造させてもらった。改造といっても俺や大臣には何の技術もないしコネクションもない。
あったとしても必要ない。
「桑島、風防をおろせ」
「わかりました環様」
複座の前に座るのは今回パイロットをしてもらう、桑島奈緒子。青い髪で目立つ女だ。目の下のクマは化粧でつくっており体調が悪い訳ではない。
パイロットといってもAIが補助してくれるので素人でも簡単に飛ばすことが出来る。
カタパルトによる強烈な加速。しかし慣性制御装置によってパイロットにかかる負荷は、せいぜい自動車をフルスロットルで加速させた程度まで低減されている。
機体後部のバーナーが一瞬だけ大きく火を噴き、機体は音速を超えて上昇、ビルのガラスが割れて大空に舞い上がった。
俺の箱で実験機を囲って、第六世代型戦闘機を大幅に上回るようにした。今現在の科学技術や物理学は無視してある。
「桑島、どこから攻める?」
「環様はどこからが良いと思いますか?」
「中国かロシアならどっちでもいい。お前の好きにしろ」
「では、中国で」
機体は速度を上げ、ミサイルのように中国本土に着弾。質量と速度の乗算によって生み出されたエネルギーがクレーターをつくり、町を消し飛ばした。
「浮上」
「承知しました」
桑島が楽しそうに答える。クレーターからゆっくりと機体を上昇させる。
ステルス機能は全てオフにしてある。桑島と俺からの挑戦状であった。
ピピッ。レーダーがお客さんの到来を告げる。数は三。超長距離からのミサイルが発射され、回避運動を強いられる。
――普通ならば。
「手加減したらいいんですよね?」
桑島が俺に確認する。
「そうだ、普通の機体のフリをして戦え」
桑島がAIに補助されながら操縦桿とフットペダルを操作する。
回避する必要のないミサイルを避け、相手機までの距離をつめた。
超長距離からの先制攻撃というのが現代戦のセオリーではあるが、それでも戦闘機は運動性や機関砲などの格闘戦に必要な機能を維持、向上させ続けている。空戦の歴史が、ドックファイトの強さこそが空の覇者を決める絶対条件であると示しているからだ。
距離を詰められた敵機は散開、二機は衝突を避けるため距離をとりバックアップ、一機がこちらのケツに食いつこうと高度な機動をとる。
三機が三機とも、こちらの視界から消える。
「えっとー」
「どれでもいい、好きなのから堕とせ」
敵機がこちらを追尾する位置につけるが、回避行動はとらない。AIはディスプレイにインメルマンターンなど、いくつかのマニューバを選択肢として上げるが桑島は見てもいない。
「いっけー!」
距離をとった二機のうちの一機。ターゲットを決めた桑島は機体を加速させる。後ろに食いついた機体を引き離しながら、逃げた敵機に接近する。
――操縦桿の赤のスイッチを親指で押した。
30口径電磁投射砲。戦闘機の兵装としては酷く小さい筒から亜光速の弾丸が毎秒30発発射される。
AIによる照準補正が行われ、五発が命中。残りは敵機が粉みじんになったので空に吸い込まれていった。
桑島はそのまま前進、映画で見るよりも派手な爆発に乗ってさらに機体を上昇させる。そこから慣性を無視する急停止と反転。
AIは健気に上位指令である、普通の戦闘機のふりをして戦うプランを提示している。
俺は複座のディスプレイにあるプランをスワイプ、なかったことにした。