9.『契約』って何ですか
乾いた服に着がえ、セレナは再びイメージを膨らませていた。
かさり、と葉が擦れる音がして、そちらに意識を向ける。形ができつつあった水の塊は魔力に戻ったが、気にしない。
葉っぱの陰から飛び出してきたのは黒猫だった。大きさは手のひらに乗るくらい。
───何故か、黄色のまんまるい目から視線をそらせない。
無意識に手をのばしかけてから、魔獣かもしれないと一歩下がる。
「クラウス、ちょっと来て!」
遠くへは行かないと言って狩りに出て行ったクラウスを呼ぶ。さほどたたないうちに、クラウスは姿を見せた。
「どうかした・・・ああ」
クラウスは黒猫に目をとめ、
「この猫は魔獣だ。でも、たいして力は持ってないよ」
「そ、そんなこと、分かるの?」
「小屋のまわり───だいたい、小川までかな。そのくらいの範囲には、魔獣が入ってこないように結界を張ってるんだよ」
絶句、した。
「だから、結界の中であるこのあたりに入ってこれるのは、死んだ魔獣か、今みたいな力のない魔獣だけ」
クラウスは少し考え込み、
「もしかしたら、『契約』できるかもしれない」
「契約?」
「契約は、魔獣と絶対的な主従関係を結ぶこと。これは、魔獣との繋がりを意識して、『契約』と詠唱すればいいんだ」
好奇心と、不思議な感覚に背を押され、セレナは足を踏み出した。
セレナが近付いても、黒猫は逃げなかった。むしろ、近付いてくる。
───まるで、見えない糸に引き寄せられているかのように。
説明できない、何かがある。
二つの磁石が引き合うように、セレナの手が黒猫の体に触れた瞬間。
「コントラート」
セレナの唇は勝手に動き、音を紡いでいた。
セレナと黒猫の体が光を発し───
契約が、結ばれた。
「───ノワール」
浮かんできた言葉を囁く。
「あなたの名前は、ノワールよ」
黒猫───ノワールは、セレナの手に頭をこすりつけたのだった。
「おめでとう、セレナ」
「ありがとう。・・・クラウスには、契約した魔獣はいないの?」
「僕には、波長の合う魔獣はいないんだ。・・・僕は、独りだから」
そう言ったクラウスの表情は寂しげで、後半はよく聞き取れなかった。表情に言及する前に、話題を変えられてしまう。
他愛ない話をしながら、ちらりとクラウスの横顔を見た。いつもと、何ら変わらない顔。
───ただ、一瞬だけ見せたクラウスの表情が、気にかかっていた。