4.お風呂、ないんですか
1
クラウスはセレナと名乗った少女を眺めていた。
不思議な少女だ。奇妙な服は良い生地を使っているし、彼女の指は傷ひとつない。
身分の高い家の出なのだろうか。
でもそれにしたって、厠の使い方を知らないのはいくら何でもおかしい。
ただ───家の場所を聞いたときの表情が、印象に残っていた。
困ったような、懐かしさを堪えるような、寂しそうな表情。
あの表情を見たら、何も言えなくなってしまった。
無理に聞き出しはしない。いつか話してくれればいいと思うだけだ。
クラウスは食べ終わった器を重ね、立ち上がった。
2
緑シチューで空腹を満たしたセレナは通学鞄を開け、持ち物を確認した。
国・数・理の三教科の教科書とノート。何の変哲もない筆入れ。タオルと体操着。あとは折りたたみ傘くらいか。
そういえば、お風呂はどうするのだろう。厠と同じで外にあるのだろうか。
クラウスに聞くと、
「お風呂・・・って?」
嫌な予感がした。
「お風呂は、湯船につかって・・・」
詳しい説明をすること約五分。クラウスはああ、と声を上げると、
「僕はそこの小川で体を洗ってるよ」
・・・気のせいだろうか。『小川』と聞こえたのだが。
「・・・もう、一回お願い」
「───?僕はそこの小川で体を洗ってるよ」
気のせいであって欲しかった。本当に。
3
クラウスの住む小屋のまわりは木で囲まれている。森を切り開いてこの小屋を建てたそうだ。
小屋から出て森の中を少し歩くと、小川が見えてきた。
底が見えるくらいに透きとおった水。しゃがんで手を入れると───
「冷たっ!」
思いのほか冷たくて、これで洗うのかと愕然とした。
それに───
「来てみたはいいけど、ここで服脱ぐの・・・?」
木が生えているとはいえ、誰かやってきたらどうするのだ。
でも、やっぱり体は流したい。そこでセレナが考えた方法は───
一度小屋に戻り、制服の下に着ていた半袖短パンを抱えて再び小川に行く。
今着ている着物を上手く使い、下着を脱いで素肌の上に直接夏用体操着を着た。
・・・何も無いよりはマシだろう。
そろそろと川に足を入れる。冷たいことは冷たいが、慣れれば大丈夫そうだ。
水浴びを終えて、川から上がると途端に寒くなってきた。急いでタオルで水気をふき取り、着物に着替える。タオルを肩にかけ、セレナは濡れた体操着を持って歩き出した。
「あれ」
「ベッドって、ひとつしかなかったよね・・・」
まさに前途多難である。
セレナはこれからのことに頭を悩ませるのだった。