3.どうすればいいんですか
1
夜月姫は黒い毛皮に顔を埋めていた。───現実逃避したのだ。
だが、いつまでも逃げてばかりはいられない。
勇気を振り絞って、暖炉のそばでナニカをかき混ぜているクラウスに声をかけた。
「あ、あの・・・」
「どうかした?」
「その・・・トイレ、貸して下さい・・・」
───そう、どんなに異世界転移を信じたくなくても、生理現象は起きるのだ。それはもう、人類に与えられた宿命と言ってもいい。
「あぁ、厠なら外だよ。案内するから、ついてきて」
クラウスはトイレという単語に首を捻ったが、夜月姫の様子で何を指しているか察したらしい。
・・・しかし、厠って。
小屋の外に出て、裏手にまわったところに厠はあった。小屋の中に戻っていくクラウスを見送り、厠に入る。
「え」
───中は、夜月姫の知るトイレとはかけ離れていた。水洗レバーは見当たらない。それどころか、トイレットペーパーもなく、何やら白い布が置かれていた。
違いすぎて、どう使えばいいのか分からない。
夜月姫は仕方なく、クラウスに助けを求めたのだった。
2
「ありえない・・・布に浄化魔法がかかってるとか・・・そもそも、魔法なんて・・・」
テーブルに移動し、夜月姫はぶつぶつと呟いていた。
クラウスの話では、置いてあった白い布には汚れない魔法がかかっているらしい。・・・深くは考えない。
魔法まで出てくるとは、頭がおかしくなる。
眠りの海に溺れていれば、この説明のつかない状況は終わるだろうか。
夜月姫は基本的に、起こることに説明をつけたいタイプだ。逆に言えば、説明できないことは信じない。というより嫌だ。
つまり、夜月姫は今自分の嫌いなものに囲まれているのだ。
見たものが全て、と割り切れない面倒な性格が災いした。
本当に、どうすればいいのか。
ため息をついた夜月姫の眼前に、湯気の立つ器が置かれた。中には緑色のどろりとしたものが入っている。お世辞にもおいしそうとは言えない見た目に夜月姫は絶句した。
空腹に耐えきれず、迷ったのち目を瞑って口に含んだ。味は悪くない。というか美味しい。
色を無視すればシチューと言えるかもしれない。色を無視すれば。
食べる手が止まらない夜月姫を見て、クラウスが微笑んだ。恥ずかしくなって、俯いて食べ続ける。
美味しいと思った自分に呆れつつ、夜月姫は安堵を覚えてもいた。
「好きなだけ、食べていいよ。ええと・・・」
「───夜月姫」
クラウスが驚いたように目を見開いた。
「私の名前は、夜月姫」
「セレナか。いい名前だね」
───異世界転移なんて信じない。理解できない。これから何をしていけばいいのかも分からない。正直分からないことだらけだ。
でも。
悪くはないかも、と少しだけ思った。