10.もう少し、このままでいてくれませんか
『クラウスには、契約した魔獣はいないの?』
声が響き、まどろみの中から意識が帰還する。
実際に声がしたわけではない。耳をすますと、規則正しいセレナの寝息が聞こえてくる。
息をはき、天井を見上げた。
何故あの日、クラウスはセレナをつれて帰ってきたのだろうか。
人と関わらない、関わりたくないと、そう思って森の奥で暮らしているのに。
もう、置いて逝かれる哀しみを味わいたくないのに。
「───っ」
全身を、よくわからない感情が突き抜けた。
感情の波はすぐに去り、あとに残るのは虚無感のみ。クラウスは片手を持ち上げ、顔を覆った。
不意に、顔を覆っていない方の手が優しく包み込まれる。
「セレナ・・・?」
───眠っていたはずのセレナが、手を握ってくれていた。
暗闇の中で、二人の目が合う。
「辛そう、だったから」
セレナの瞳には、暗くても分かるくらいにはっきりと憂いが浮かんでいた。
昼間の自分は、寂しさを誤魔化したようで全然誤魔化しきれてなかったのだろう。
「・・・ごめん」
手を握られるなど、いつぶりだろう。長いこと、されてなかった気がする。
虚無が、薄れるのが分かった。
手が離れようとするのを引き留めると、セレナが驚いたように目を見開いた。
「・・・もう少し、このままでいて」
セレナの腕から力が抜けるのを感じ、目をとじる。
安心感と温もりに包まれ、いつしかクラウスは眠っていた。
翌日の朝、クラウスが目を覚ますと床にぺたりと座り、ソファーに頭をのせて眠るセレナの姿がかたわらにあった。
昨夜のことを思いだし、連続で魔法制御を失敗するクラウスを、セレナは僅かに頬を染め、可笑しそうに眺めているのだった。