人の幸せを素直に喜べるように
「諦めるのが当たり前になる前に」その後。
大体二人で過ごしていた昼休みと放課後に、例の女子が加わったのは当然の流れだった。
それが当たり前のように幸喜も受け入れている。
俺が幸喜と二人だけで居たいのを分かっているくせに。
俺を優先するなんて言ったくせに。
(振り回されてる、馬鹿みたいに振り回されてるのか俺は)
幸喜の腕に佐藤サンが触れる度に、俺がどんな思いをしてるのか気付いてくれない。
授業中に幸喜がニヤつきながら隠れてメールをしてる姿に、俺がどんな思いで横目で見てるのか気付いてくれない。
「彰、あーきら! オレ、今日は佐藤サンと帰るから!」
「…あっそ」
嬉しそうにしやがって。
ホント殴りたい。好きなのに、俺はコイツが好きなのに。
分かってくれない、気付いてくれない。
ふと、唐突に簿記じぃの言葉が頭に浮かんだ。
(…伝えようとしないといけないんだったな)
トモダチは大事にしろって?
だけど我慢し過ぎるな、感情を表に出さないといけないんだろう?
「……幸喜、」
「お? どした?」
「好きすぎて、困ってんだけど」
「誰が?」
「俺が」
「誰を?」
「……お前を」
きっと廊下なんかで話す内容じゃない。
だけど都合のいいことに、今は放課後で皆帰った後だった。
図書室で待ってるであろう、佐藤サンのところへ行こうとする幸喜に淡々と告げる。
「おーそうかそうか、オレも彰が好きだよ」
「……お、れは…お前が一番…」
「あぁ知ってる、オレも彰が一番だよ」
「……っ、」
伝わった。
そう思った、馬鹿な俺は本気でそう思った。
「んじゃ、佐藤サン待ってるからもう行くわ。じゃあな」
「……は…?」
「トモダチより彼女を優先するのは、当たり前だろ?」
そう言って笑った幸喜の顔を、俺は一生忘れないだろう。
◇◇◇◇
とうとうその日が来たのだと突きつけられた。
「彰、オレ結婚することになった」
「……そ」
苦い思い出のあるあの高校を卒業してから8年が経った。
大学は別々、そしてお互い社会人になった。
時々思い出したかのように、幸喜が一人暮らしをしているアパートに飲みに来いと誘われて、今回も内心喜んで来てみた俺に待ってたのがこれだとは。
「なんだよ彰ー、反応薄過ぎだろ」
「……驚いてんだよ。……まぁ、そろそろだとは思ったけどな」
缶ビールを飲みながら部屋を見渡してみる。
高校を卒業してから初めて来たときより、着実に増えているあの女の私物。
「さすがオレの親友! わかってんねー!」
「いつ俺がお前の親友になったんだよ、初耳だね」
「てめっこのやろ!」
酒とつまみですぐに一杯になった小さなテーブル越しの馬鹿はいい感じに酒が回ってきたらしく、俺の悪態にもケラケラ笑っている。
……顔面にビールぶっかけてやろうかと思った。
「もし……俺も結婚することになったっつったら、お前は喜んでくれるか?」
「あったりまえだろ! 誰よりも盛大に祝ってやるよ!」
友達の幸せを喜ぶのは当たり前。それが俺にとっての幸せとは限らないのに、疑うこともなくそう言う。
その能天気な思考はきっと世間一般的な考えで、どこまでも俺はおかしいのだと突きつけられる。
「あっきらくーん? 眉間に皺が寄ってますよー」
「うっせぇ」
「あー、アレだろ。大好きな幸喜君が結婚しちゃうから寂しいんだろー?」
へらっと笑いながらそう言いきった幸喜に、俺は大声をあげて叫びたくなった。
(寂しい? 俺が? ……ふざけんな、)
それを堪えた代わりに、俺はテーブルを横に強引に押しのけて、目を丸くしている馬鹿の両手首を掴んで勢いよく床に押し倒した。
ただ欲しかった。自分の幸せだけを考えた傲慢な感情が溢れ出てくる。
頭を打ち付けた幸喜が痛さに顔を歪めて見上げてくる。
その表情に満足しつつ、もう少しで唇が触れ合いそうな距離で囁く。
「……寂しいなんてもんじゃないね、妬ましいよ、心底憎らしい………お前を手に入れられるあの女が」
このまま犯してやろうか、拒絶されたら首を絞めてしまおうか。
そんな馬鹿な考えが頭を過る。
無表情のままじっと見下ろしていると、固まっていた幸喜の口が何かを言おうと開いた。瞬間、ガチャリと玄関のドアが開いた音がした。
「幸喜くーん? 誰か来てるの?」
一応気を利かせているらしく玄関で声をかけてくる女の声。
「あの女か、」
「……あき、ら…」
玄関の方に気を取られてた俺の耳に、掠れた幸喜の声が入ったからさっきと同じように見降ろしてみれば。
困惑……そして嫌悪。
俺の望んだ幸せは、諦めないといけないものだった。
◇◇◇◇
あれから俺はあいつと会っていない。
何も連絡は来ないし、俺からも送っていない。
ふと、高校時代を思い出した。
我慢し過ぎだとか、目で語り過ぎているだとか言われたが、結局はお前のその思いは報われないからさっさと諦めろっていうことだったんだろ。くたばれじじぃ。
……素直になって伝えたって、俺は幸せになんかなれなかった。
服の裾を横から軽く引っ張られる感覚がして隣を見てみれば、満面の笑みで俺を見上げてくる顔。
「彰さん! 私たちの子供ね、男の子だと思う!」
「……そ」
何を根拠に、とは言葉には出さずに軽く返事をする。
「反応薄過ぎ! 根拠はないけど絶対男の子だよ! ねぇ、名前はどんなのがいいかな、何か候補はある?」
あの馬鹿と似ていて明るくて素直な性格の妻の、少し膨らんだ腹をそっと擦りながら、小さく呟く。
「……コウキ」
「コウキ…良い名前ね!」
俺の幸せは永遠に手に入らない、お前が生まれてきても、俺はきっと素直に喜べない。
だけどせめて、俺みたいな人間にはならないように。……お前にそう伝えることは、きっとないだろうけど。