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6月3週 木曜日 その3

村34 町36

ダ33 討伐1 フ8

人1 犯1

魔100 中12 上1

剣100 剣中12 剣上1

回復39

治療39

採取77

草16 花5 実33

料理7

石工3

木工11

漁1

歌3

体55

女7

 奴隷になるくらいなら、私は――。

 女が言わなかった言葉の裏側は、多分、死んだ方がマシだ、とか、そんなところだろう。


 女の目には見覚えがあった。

 いや、正確に言うと、見覚えがあったわけではない。俺自身がしていた目だからだ。

 自暴自棄になって、死んでも良い、むしろ死にたいと願う、死者の目だった。


 だから、それが俺には許せない。


 俺は天才じゃないから、迫り来る現実をどうこうする力はない。

 夢は努力では叶わず、全ては運否天賦。

 いくら頑張ったとしても、天才達の領域に至ることはなく、たった一人助けようと思っても、その手に掴めるものはなにもない。むしろ死にかけていることにすら、いや、死んだことにすら気づけない。


 でも、お前は違うだろう。

 夢は努力で必ず叶えられる。運命も天命も全てねじ伏せられる。

 頑張れば、いや頑張らずとも凡人達が決して届かない領域に踏み込めて、戯れに誰かを助けようと思っただけで、必ず助けられる。


 それを、俺が、俺がずっと羨み続けても得られなかった才能を持ってるのに、たかだか奴隷になったくらいで諦めるのかよ!

 俺にはどうしても、それが、許せない。世界で一番許せないことだった。


「……たかだか?」

 女は、俺の言葉に短く反応した。

「たかだかと言ったか。……知らないくせに、奴隷の女がどんな扱いを受けるのか、貴様は知らんだろう!」

 そして強い語気で言い放つ。燃え盛るような赤い目が、俺を睨みつける。


「私は奴隷にはならない。絶対に。行くぞ! 死にたくないなら――!」

 女は再び突きを放つ。


 狙いは俺のみぞおちより少し上。心臓部。

 鎧をつけていれば、その部分は守られるのだが、買い物をするのに鎧を身につけるわけがない。アイテムボックスから出したのも、剣だけだ。

 だから、この一撃は防げなければ、心臓に槍が突き刺さる。


 赤い線も、非常に色濃い。

 この濃さは、当たれば死ぬ。そんな強さである、という表示だ。


 しかしどうやら、この赤い線は、天才に及ばないらしい。

 天才に対しては、多少攻撃が先読みできるようになる、というくらい。たまに間違えるのが、こちらにとってフェイントになるので、もしかすると総合的には下策になるのかもしれない。


 全く。

 凄い力だと思ったのに、こんな弱点があるなんて。

 どうあっても、天才には勝てないようにできているのか。俺と同じじゃないか。


 だから、俺は、赤い線を無視して、前に進む。ただ歩く。

 槍は、そんな俺の心臓目掛けて突き進む。


 青い線も赤い線も天才以下。

 天才のフェイントに騙され、天才の狙いを見間違う。天才の思考を汲み取ることはできない。


 俺と同じ、に思える。が、俺と同じなのは天才には勝てない、という部分であって、騙されるとか狙いを見間違う部分ではない。そこは違う。

 俺はむしろ、天才に騙されず、狙いを見間違えない。

 だってずっと天才に憧れていたのだ。

 きっと俺ほど天才に詳しい者はいないだろう。おかげさまで、天才が目指しているものが分かってしまって、勝手に挫折するくらいだ。


 俺は歩くの同時に、剣を手から離した。

 迫る槍、落ちていく剣。


 女には、それがどういう意味か分かっただろう。攻撃を放っている最中でも、それを読み解くくらいのことはできる、天才なのだから。

 そして、既に俺の心臓を貫くまで幾ばくの時間もない槍を、途中で止めることもできるだろう。天才なのだから。

「ぐぅ――」


 女は、俺に槍が刺さる直前で突きを止めた。ああ、本当に凄い、流石だ。

「な、なんのつもりだ貴様!」

 俺は、驚愕しながら俺に怒気を放つ女の槍を払いのけ、手が届く範囲まで入った。そこから俺は、女の首元ヘ服を掴むために手を伸ばした。そして柔道着ではないのでそう言うのかは知らないが、奥襟を掴んだ。


 女の背丈は、大体160cm半ばだろうか。

 対する俺の背丈は180を越えている。

 手が届く範囲に入れば、奥襟は比較的簡単に掴める。


 女の体重は、おそらく60kgはないだろう、せいぜい50kg半ばだ。

 対する俺の体重は、最近筋肉をつけたので、90kg近くはある。

 防具を装備していれば、自分の体重なんて関係ない。255kgと290kgはそこまで変わらないだろうから。


 しかし、55kgと90kgの違いは、あまりにも大きい。

「う!」

 俺は奥襟を掴んだまま、女を手前に引き込む。その際、床に押し潰すようにかけた力を、女は足を前に出すことで耐えたが、てんで非力だ。


 今度は女を押す。それと同時に、足をかける。いわゆる大外刈りだ。

 女は浮かび上がるほどに振り回される形で、地面に叩きつけられた。


「が――」背中から地面に叩きつけられたことで、肺の中の空気が一気に噴出し、一瞬身動きが取れなくなった女。「こんの――」

 そこから諦めず反撃に出ようとしたが、それよりも一歩早く、俺はその手から槍を奪い去る。

 そしてそのやり取りの最中、女がうつ伏せに近くなった瞬間に片方の手を掴み、関節を極めることに成功した。


「っつうう!」

 背中側に沿わせるように腕を曲げられ、その腕をちょっと上に持ち上げれば、肩関節がガッチリ決まる。抜け出せはしない。

 さらに、俺は背中を膝で踏みつけ、空いた足で自由な方の腕を踏みつけている。もう、身動き1つもできないだろう。


「ぐ、ぐ、くあぁ」女はそれでも動こうとし、そんな悲痛な声を上げた。

「無理ですよ、無理に抜けようとすれば、関節外れますから。多分」

 俺はそれに、できるだけ冷たく声をかける。


「――貴様は、――貴様は、どうして、どうして殺してくれなかった!」

「……」

「構えを見て、未熟だが性根の正しい者だと思った! 貴様の糧になるなら死んでも良いと思ったのに!」

「俺はごめんですね、そんなの」


「ぐうう、離せ、離せ」

「暴れないで下さいって。ああ、店主さん、今の内です」

 俺は呆然とする店主に声をかける。


「え? あ、ああ! そ、そうですね、少しお待ち下さい!」

 店主は俺がなにを言わんとしたのか分かったようで、壊れた扉の向こうに駆けて行った。


「おい! おい! やめろ! やめてくれ、離せ! 頼む! 離してくれ!」

「……」

「離せ、離して……。嫌だ、奴隷になんてなりたくない。うああああ、離せー!」

「……」

 暴れた拍子に、ゴキン、と音がした。


 極めていた腕が、途端軽くなる。

「があああああああー!」

 そして女は痛みに絶叫した。


『アンネ・アールセドルーン

  ジョブ:槍士

  HP:100 MP:100

  ATK:1 DEF:5

  CO:麻痺』


 けれども、それでも女は再度暴れる。

 本当に凄いと感服する。しかし、拘束は決して外れない。外さない。死なせない。


 女の背には、小さいながら翼が生えていて、お尻の少し上には尻尾もついていた。

 女がなんの種族かは分からないが、ドワーフやオーガではない。ドワーフやオーガは、ヒューマンよりも大分力持ちな種族で、女性でもヒューマンの男よりも随分力があるらしい。

 この体勢からでももしかしたらひっくり返せるかもしれない。


 だが、女の種族は、そこまでではないようだ。

 体重差が2倍近くあって、男と女の筋力差があって、この体勢なら、こちらが100%勝つ。


「やめてくれ、離してくれ、嫌だ、嫌だ」女は言う。「頼む……」


「持って来ました! 首輪です!」

 そこへ、店主が戻ってきた。手には、奴隷の状態異常をもたらす効果を持った装飾品が握られている。


「あああ! やめろ! 私は! 私は――嫌だ、離して、離してくれ!」

 装飾品がつけられる直前、女は舌を噛みきろうと口を大きく開けたが、それは俺の指に傷をつけるだけに終わった。

 痛い。指が噛み千切られることも考えたが、それでも、死なせない。


「ああああああー!」

「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ スレイヴライフ」

 店主が詠唱を終えると、つけた首輪は少し光る。


『アンネ・アールセドルーン

  ジョブ:槍士

  HP:100 MP:100

  ATK:1 DEF:5

  CO:奴隷 麻痺』

 そして、状態異常に奴隷がついた。


「ああ……、ああ……、ああ……」

 女は俺の指に力を加えるのをやめ、力なく口を開けた。

 暴れた結果髪が乱れ、長い髪の何本かが口の中に入っているが、それを気にする様子もない。瞬き1つせず、目から涙を流していた。


「従業員ならびに、お客様への傷害を禁ずる。全てへの傷害を禁ずる。脱走を禁ずる、逃走を禁ずる、逃亡を禁……」

 店主はその状態の女に、禁止事項をどんどん言っていく。

 きっと奴隷にした際、それらを言うのが決まりなのだろう。


 俺は泣いている女奴隷の上からそっと立って、椅子に座りテーブルにあった水を一口飲んだ。

「ふう……」


 負けた。俺はそう思った。

 完敗だ。


 倒れ伏して泣く女と、椅子にふんぞり返って水を飲む俺の様子を比べれば、俺が勝ったように見える。でも、完膚なきまでの敗北だ。立ち直れないくらいの。


 野球をしていた時を俺は不意に思いだした。

 選抜で一緒のチームになった天才が、5失点で降板して、俺が出て後続をピシャリと抑え、その後0点に抑えたあの時のこと。

 傍から見れば俺の勝ちだろう。天才から見ても、俺の勝ちかもしれない。


 でも、俺から見れば違った。

 試合の勝ち負けなんて大したものじゃない。俺が最初から出ていたら5失点以上したとか、そんなことでもない。多分しなかったし。

 だが勝負とは、試合に勝つか負けるかではなく、相手と自分どちらが正しいか、どちらが見えているのか、そんな戦いだ。俺はその試合で、天才に見えているものが見えていなかった。天才はもっと、俺より遥か先に行くための権利を持っていたのだ。


 バッターに対して、変化球を投げればこの打席は打ち取れる。反対にストレートを投げれば間違いなく打たれる。そう俺に見える場面で、天才はストレートを投げた。

 結果は打たれて、降板。


 しかしそれは、変化球を投げれば良いと分からなかったわけではない。ストレートを投げて打ち取れば、この先の全打席全部、そして未来永劫苦手意識を植え付けられる、それが見えていたからだ。

 俺は実際にストレートが投げられるまで、そんなことに気づきもしなかった。何一つ見えていなかった。


 もちろん、打たれたのだから実力不足だ。天才は現時点でそれができる実力がなかった。

 けれど、見えるということは、そこまで努力できる、ということだ。いつかはその実力に至ることができる。だから、あいつは天才だった、天才達の領域に行くための挑戦権を持っているから。

 見えていない俺には、その努力ができない。


 俺にできるのは、あの場面で変化球を投げて抑える練習だけ。

 一生頑張り続けても、ストレートを選択することはない。それが分かった俺は、とても悲しかった。


 天才は俺と交代でベンチに下がり、首を振ってストレートを投げたことを怒られていた。けれども、俺だけはその行為の凄さが分かっていた。未来が光り輝いているように見えた。

 怒られているそのベンチから目を逸らしても、俺はマウンド上にも関わらず、帽子で顔を隠して泣いた。勝てない、と。


 それが打ちのめされる敗北でなくて、なんと言うのだろう。


 今回も同じだ。

 俺は、赤い線や青い線に沿うように動くことが最善だと思っていた。自分自身でも、それ以上の最善は見つけられなかった。

 けれども、天才には見えるのだ。赤い線や青い線以上の最善が。


 俺が勝ったように見える。

 でも、負けた。落ち込むよ。自分の全てを否定されたような敗北だ。

 普通は課金したら、上手い人にも勝てるんじゃないの? ああ、試合には勝ったのか。課金したら試合に勝つけど勝負には負けって? 上手いこと言うねえ。


 ちょっと笑える。

 でも、ちょっと泣きそうだ。


 そして、女奴隷が奴隷達の部屋に連れて行かれたところで、俺は店主から異様なまでの感謝を告げられた。

「どの奴隷でもタダで持って行って下さい」店主は言う。


 しかし、なんだかそんな気じゃなくなったので、俺は気が向いたらと返事をして、店を後にした。


 それからどうやって過ごしたのかは思い出せない。

 いつの間にか部屋で、眠る準備を済ませて天井を見上げていた。


「……」

 しかし寝られない。


「……」

 落ち着かない。


「……はあ」

 俺は何度目か分からないため息をつく。


 考え事は、ずっと同じだ。


「死にたがりで、多分恨まれてるし、殺しにくるかも。できないらしいけど、抜け道はあるっぽいし。凄い悪条件だ」

 理由はない。

 よくよく考えれば必要もない。


 別の町はいくらでもある。それこそ、大きな町を目的にしてるんだから、そっちの方が全然良い。

 全く持って必要ない。


「寝よう」

 俺は目を瞑った。


 目を瞑ると、思い出される。

 槍捌き、佇まい。

 ああ、なんて眩しい才能だろうか。


 もし、もし毎日近くにいるとしたら、それを毎日思い知らされることになる。

 俺には努力すら許されない領域があるという事実を、毎日毎日嫌がらせのように。


 それがどれだけ苦しいことか、俺は分かっている。

 だから野球はやめたんだ。


 だから……。


 だから……。


「んんんーあああああーもうクソ! 買えば良いんだろう買えば! 奴隷みたいな扱いしなきゃ良いんでしょ!? そしたらやる気出して、なんてったって天才だからね、凄い働きをしてくれるでしょうよ! 応援しますよ! ええええいクソー!」


 俺は御近所迷惑にならない程度に叫び、そんな明日を夢見て眠る。

 不思議と、スコンと眠ることができた。

お読み頂きありがとうございます。

アイスは美味しかったです。

これからも頑張ります。

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