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4月1週 水曜日 その2

 俺はカルモーダンジョン、最浅部1階の冒険をスタートさせた。


 とは言うもの、1階の冒険はすぐに終わる。

 なぜなら1階は、今俺がいる出入口のある通路に、この先にある部屋。もう1つの通路と、あとはボスのいる部屋しかないのだから。


 大体この通路が、高さ3m、幅3m。向こうの部屋まで10m。

 そう大きなものではない、むしろ小さいくらいで、映画で見るような遺跡内の冒険は、どうやらこのダンジョンの1階ではまず起こらないらしい。


 俺は通路の左側を見て、今度は右側を見てみた。

 レンガ調の壁。

 どうにも圧迫感がある。


 幅3mであるため、俺の部屋よりは大きいが、狭いと言って良い。


 俺は腰に差した剣を、右手で抜き、正面に構えた。


 魔物が来たわけじゃない。

 ただの練習。


 剣を握るのは以前の戦い以来。

 ちゃんと振れるか心配なのだ。

 もうちょっと前に心配しとけば良かったんだが、人間、いざとならないと分からないものだ。


 正面に構える剣を、自身の左脇近くまで、腕を折りたたむようにして持っていく。

 そしてそこから、足を踏み出した勢いと、体のひねりと腕の力で、真横一文字に右へと振る。


「せいっ」


 その流麗な攻撃は、思ったより速くはなく、そしてフォロースルー辺りで、右側の壁にガリガリと音を立てた。


「……、横に振ったら駄目か」


 再び俺は剣を正面に構えると、右足を一歩前に進めると同時に、今度は剣を振り下ろした。


「ていっ」


 剣は見事天井には当たらず、目の前にいる予定の仮想敵を、真っ二つに切り裂いた。

 しかし、それほどの威力を持っていたからか、剣は俺の予想軌道を少し逸れ、足付近の地面を叩く。


「危ね」


 ……。

 声は小さかったが、正直とても危なかった。


 ……。


「……、縦に振ったら駄目か」


 俺は、10分ほど練習を行った。


 そうしてなんとか、モノにする。

 剣道の経験は授業でしかなく、武器を振り回す経験も喧嘩の経験もない。

 だが、俺にはわずかばかりの才能がある。

 初めから多少のレベルにはいるだろうし、少しだけでも練習したなら、ある程度はできるようになる。


 横に剣を振っても壁に当たらない間隔と、縦に剣を振っても足に当たらない感覚を掴んだ俺は、部屋にいるクレーアントを倒そうと、剣を持ったまま通路の先を見た。


 すると、クレーアントは、既に通路へ侵入してきていた。

 俺との距離は、もうあと5mもない。


「通路にも来るのかよ! あとやっぱ気持ち悪いな!」


 思わずそう叫んだ俺。

 しかし、叫んだことにより、クレーアントは俺の存在を認識してしまった。


 ギラリと光るどこを見ているか分からない眼光。

 どう動くか予想できない足の数々に、重厚そうな甲殻。


 さらには明らかに何かを食い千切るために作られている凶悪な顎。


 ……正直、宿屋で思い出していた時の姿よりも、随分恐ろしい姿だ。人の記憶はてあてにならない。

 それに、多分だがトラウマになっているので、輪をかけて怖い。


 まだ治っていない足が、ズキンと痛む。


 蟻と人は違う生き物である。

 そりゃあそうだが、案外、それは重要なことだ。


 だから、俺には、蟻の動きが予測できない。

 例えば人ならば、勢いをつけたり、呼吸をしたりといった動く前兆がある。


 しかし蟻の前兆を俺は知らないのだ。

 勢いをつける必要があるのかも、そもそも呼吸をしているのかすら。


 蟻とは、見知ったようでいて、何もかもが未知。

 蟻の自由研究をもっと真剣にしておけば良かった!


 そうして、クレーアントという未知の敵は、俺にとっては突然に、全速力で近づいてきた。


「――っと、赤い線!」


 蟻から俺の足へ向けて引かれた赤い線は、攻撃ラインを指し示すもの。


 おそらく俺にしかない、微課金能力の、初心者パックによって得た、来年には消えてしまう悲しい力。

 けれども今はありがたい力だ。


 俺が逃げたり妨害したりしない限り、この赤い線の通りに攻撃してくる。


 また、青い線も同様である。

 確実に攻撃を当てられる隙を示してくれる。


 クレーアントの攻撃を止めるには、頭を剣で叩くなどすれば良いので、青い線にそって攻撃したなら、攻撃と防御の両方ができる。


 俺は剣を固く握り締め、頭上から一直線に振り下ろした。


 練習の甲斐もあったのか、俺はクレーアントの脳天をぶっ叩くことに成功した。


「ギャ!」


 以前と同じ鳴き声。


「硬!」


 そして以前と同じてごたえ。


 剣はビーンと震え、手はジーンと震える。

 この感触は、異世界生活初日と全く同じだ。痛い。


 けれども、


『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:53 MP:100

  ATK:2 DEF:2

  CO:--』


 ダンジョンの魔物はフィールドの魔物よりも、随分弱い。


 めちゃくちゃ効いている!


 なにせ、ATKとDEFが2なのだ。

 100あるHPの内、47ダメージと、おおよそ半分もダメージを与えることができた。


 ATK26DEF20だったこの前のクレーアントとは、比べ物にならない。

 同じスピードで同じ硬さで、同じギャッ、ではあるが、ともかく弱い。


 クレーアントは俺に脳天を叩かれた後、2,3歩ヨロヨロと後ろに下がったが、すぐさま気を取り直したのか、また攻撃準備のような体勢に入った。


 そうして再び、その6本の足を気味が悪いくらいに滑らかに動かし、赤い線と共に迫ってくる。


 俺は、大ダメージを与えたことや、ATKやDEFが低いことで、心に余裕を持てている。

 だからか先ほどよりもスムーズに、青い線に向かって攻撃を繰り出せた。


「ギャ!」


『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:2 MP:100

  ATK:2 DEF:2

  CO:--』


 51ダメージ。


 脳天に剣を叩きつけられ、よろけたクレーアント。


 あと一撃で倒せる。

 であれば、わざわざ攻撃を食い止めるよりも、よろけている最中に攻撃した方が危険は少ない。

 俺はそう思い、よろけるクレーアントめがけて、一歩踏み出した。


 左足を前にした状態で、今度は左斜め上から右斜め下へ。

 袈裟、というのか、そんな方向へ剣を振るう。


 剣は青い線に沿って――。


「おっと」


 いかなかった。


 思わず力んでしまったからか、腕がしっかりと伸びなかった。

 結果、剣は本来通る青い線よりに届かず、クレーアントにも当たらなかった。


 そして、一瞬にして引かれた赤い線に沿って、クレーアントは俺の足に噛み付いてくる。


「いてえ!」


『キジョウ・エト

  ジョブ:異世界民

  HP:100 MP:100

  ATK:20 DEF:20

  CO:--』


 ダメージは0。


 ATKが低いからか、ダメージは食らわないようだ。

 しかし、痛みはこの間とそう変わらない。というか全く変わらない。


 ダンジョンの魔物は確かに弱いが、硬さや速さ、そして力強さなどはフィールドの魔物と同じのようだ。


 ステータスのあるゲームをしてきた身からすると、ATKが違うのに、力が強さが同じ、というのは、違和感しかないが。

 いや、ゲームでも別に力強くなったわけではないか。

 壺を割る際に、より粉々にするようになったとかはなかったはずだ。


「やっぱり、チャンスだと思うと力むな。ピンチには慣れてきたから、攻撃には合わせられるけど」

 俺は悲しい成長の仕方を確認して、クレーアントに剣を向ける。


 そして、再び突撃してきたタイミングにあわせ、剣を振り下ろした。

 今度はきっちり、蟻の脳天に当たる。


『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:0 MP:100

  ATK:2 DEF:2

  CO:死亡』


 そうして、俺は見事戦いに勝利する。


「ふうー……、お」


 伏せるように倒れ、目に力を失くした、かどうかは良く分からないが、ともかく動かなくなったクレーアント。

 すると、次の瞬間に光の粒子になって消えていった。


 残ったのは、1つのアイテム。


『酸蟻の外殻

  ランク:1』


「これが、ドロップアイテム、か?」


 拾い上げ、観察してみる。

 蟻の殻っぽい、いや蟻に殻があるのかなんて知らないが。


 先日戦ったフィールドと、今現在のダンジョンでは、大きく異なる点がいくつもある。

 それは、人に聞いたりヘルプで調べた結果。

 どちらの情報が多かったかは言うまでもない。


 俺の中の常識ではおおよそフィールドの方が正しく、ダンジョンの中は奇奇怪怪。


 ダンジョンの中では自分も魔物も出血しない。

 体をぶった切られようと何をしようと血が出ない。だから足に噛みつかれても出血することはなかったし、脳天をぶっ叩かれても体液は漏れなかった。


 ダンジョンの中では欠損しない。

 足をぶった切られようが何をしようが、体が千切れたりすることはない。


 HPがなくならない限り何をされようと死ぬことはない。そしてダンジョンの中では、死ぬと光の粒子に変わり、アイテムを残す。

 人も魔物も。


 奇奇怪怪と言わざるを得ない。


 とは言えフィールドの方も、魔物は同種であれば、子供も大人も同じATKとDEFになる。

 個体差など何もない。

 だから全て常識通りとは言わないが、元々俺は魔物を知らないのだし、それが魔物の常と言われればそれは全て常識通りだ。


 しかし、戦うのであれば断然、奇奇怪怪のダンジョンである。

 体が千切れるリスクもなく、HPがなくならないと死なない。

 そして、魔物が弱い。


 俺でなくても、ダンジョンを選ぶだろう。


 まあ、だからか、フィールドで倒した魔物の売値の方が、ダンジョンで倒した魔物の売値よりも、総じて高い。

 フィールドではクレーアントが、銀貨6枚の売値なのに対し、ダンジョンでは銅貨30枚だ。

 20分の1は、随分な差だろう。


 だが、ATK26DEF20のクレーアント1匹よりも、ATK2DEF2のクレーアント20匹と戦う方が、断然楽だと思う。

「確か、1階には魔物が全部で2匹だったよな。よし、そいつも倒して、ボスも倒して、稼いでいこう」


 俺は張りきって進む。

 そうして、大体3時間くらいだろうか。


 半分以上多分休憩していただろうが、ヘトヘトになった俺はダンジョンから出て、ドロップアイテムを換金できる騎士団の詰所にやってきた。


「はい、確認しました。クレーアントの外殻が4、キングアントの外殻が1個。フトリポリの足が3。コガネオンの外殻が4、羽1枚ですね。合計で銀貨4枚と銅貨30枚になります」


 クレーアントの外殻が1つ銅貨30枚。それが4個で銅貨120枚、つまり銀貨1枚と銅貨20枚。


 キングアントの外殻が1つ銅貨70枚。


 フトリポリの足が銅貨20枚。それが3個で銅貨60枚。


 コガネオンの外殻が銅貨35枚。それが4個で銅貨140枚、つまり銀貨1枚と銅貨40枚。


 羽が銅貨40枚。


 合計で銀貨4枚と銅貨30枚。


 ……たった?


「……あの、宝箱からこういうのも出てきたんですけど」


「はい、全部売却なさいますか? HP回復薬は使う機会があると思いますので売らない方が良いと思いますが」


「あ、じゃあ、これは売らないです。それ以外を」

「かしこまりました」


「はい、確認しました。青木の胴鎧が1個、クレーアントの外殻が2、虫玉が1個ですね。合計で銀貨1枚と銅貨70枚になります」


 青木の鎧が銀貨1枚と銅貨5枚。


 クレーアントの外殻が銅貨30枚なので、2個で銅貨60枚。


 虫玉が銅貨5枚。


 合計で銀貨1枚と銅貨70枚。


 全てを合わせると、丁度銀貨6枚となる。


「手数料として銅貨60枚頂きます」


 ああ手数料があるのか。銀貨5枚と銅貨40枚だった。


 ……。


 1日にかかる生活費が銀貨2枚なので、3日分近い生活費が稼げている。


 実質1時間半の労働で、3日分の生活費。

 時給1000円で働いていた身からすると、これは喜ばしい成果、と言って良いだろう。

 異世界で暮らしていく目処が立った気がする。


 良かった良かった。

 しかし、もう1つ聞かなければいけないことがある。


 俺は対応してくれた、騎士団詰所の、母親よりも年上のお姉さんに尋ねる。


「それであの……、剣が折れたんですけど、どうしたら?」

 折れてしまった剣のことを。


「新しく買ったほうが安いですね」


「ですよねー」


「カルモーダンジョンに出てくる魔物は虫系なので硬いですし、武器に負担がかかりますよね。なので武器屋にはいつも在庫が置かれていますよ」


 嫌な情報だな。


「それと、毒攻撃や麻痺攻撃などをしてくる魔物も多くこちらも在庫をいつでも取り揃えています。パーティーメンバーがいなければ致命的ですよ」


 嫌な情報だな。


「ありがとうございました」

 丁寧に対応してくれたお姉さんにさよならを告げて、俺は向かいの武器屋へ向かう。


「剣は安いので、それと同じ鉄製なら銀貨30枚から。20枚で買えるのは青銅だな」


「銀貨5枚で買うとしたらどんな武器がありますか?」

「こっちの木の剣だな」


「……、金貸してくれるとこってありますか?」

「ねえな」


「……、ちなみになんですけどツケってききますか?」

「冒険者が無理に決まってるだろ」


「……、銅の剣は?」

「銀貨8枚だ」


 宿代、飯代、諸々。

 計算してみると俺の今日の稼ぎは銀貨-4枚と銅貨-15枚だった。


 実質1時間半の命をかけた労働で。


 異世界で暮らしていく目処は、とてもじゃないがたっていない。

 確かに神様はあの時、異世界で楽に暮らしていけと言っていたのに。

お読み頂きましてありがとうございます。


不定期な更新となっておりますが、飽きが来ないよう、頑張って更新致しますので、よろしくお願いします。

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