5月月末 休日1日目 その1
村34 町18
ダ19 討伐1 フ7
人1 犯1
魔100 中11 上1
剣100 剣中11 剣上1
回復34
採取55
草15 花5 実26
料理5
石工2
木工7
漁1
歌1
体55
女7
人は、忘れる生き物だ。
したこと、あったこと、なんでもかんでも、人は忘れる。
人の記憶とは、目の荒いざるの上に落とされる結晶のようなもの。
覚えていられるのは、網の目よりも大きな記憶の結晶だけ。網の目より小さな記憶の結晶は引っかかることもなく、ただただ流れ落ち忘れられていく。
そしてざるに引っかかった大きな記憶も、人生という激しい流れに削られ小さくなって、いつかは網から抜け落ち忘れてしまう。
それが幸せなことか、不幸せなことか、俺にはまだ分からない。
しかし反対に、忘れられないことは、もしかすると不幸なのかもしれない。
息子の墓に手を合わせるお爺さんの、小さな背中を見て、俺は思った。
俺とお爺さんは今朝早くに村を出発した。墓は、村から半日近く走った位置にあった。随分遠い。
また、馬車道から荒れた森へ10分ほど入った位置でもあった。だからおそらく、本当に亡くなったその場所なのだろう。ヘデラル坑道町近くの墓地にも墓があるそうなので、それ以外にこの位置に墓を作る理由はない。
馬車では森に入れないので、荷物などを乗せたまま道の脇に放置中。
人が来ることはほとんどないそうなので、盗まれる心配はないらしいが、昨日寄った村の人が言うには、暖冬だったせいか最近ゴブリンが増えているそうだ。食べ物を狙ってやってくる可能性はある。
とは言え守るべきは荷物ではなくお爺さんなので、「残ってて良いよ、休んでて」と言われたが、こうやって護衛としてついてきた。
今はお爺さんが気を使わないよう、ちょっと離れた位置から見ている。ちょっと離れた位置から、お爺さんのそんな様子を見ている。
数分経ってもお爺さんの背中は、変わらず悲しみに溢れていた。
その姿は、なぜだか俺の父親とも重なる。見た目も似ていないし体型も違う、歳すら20以上も違うから、重なるはずなどないのに。
ああしかし、隕石に当たって死ぬなんて珍しい死に方をした息子を持つ俺の父親も、20年経っても手を合わせ続けるのだろうか。あんな風に、小さな背中を丸めて、奮わせて。
俺はお爺さんに、幸せなのかどうか問いかけてしまいたかった。
かつて不幸だったことは間違いないが、今は幸せになれていることを確認したかった。じゃなければ救われない、俺の両親も、俺も。
「……」
しかし言葉は出て来ない。もし不幸せだと言われたなら、どうすれば良いのか分からなくなる。
それにお爺さんにしても、このタイミングで幸せですかなんて聞かれたら、喧嘩を売ってるのかと思うだろう。だから聞かないのは仕方ないことだ、仕方ない。
俺は両手で顔を叩いた。
パンという音は、森の喧騒にかき消されてしまう小さな音だったが、気合は入った。
楽に過ごす。
楽しく生きる。
中途半端な才能と、中途半端な課金しかないけれど、俺はやっていく。
そうしていつか、町付き冒険者になって、庭付き一戸建ての家を買おう。異世界は一夫多妻多夫一妻推奨なので、もちろんそちらも目指しながら。
いや、でも同じ家に本妻と愛人が暮らすって凄い複雑だな。
生活を想像して見ると、気を使ってばっかりで楽に過ごせる気がしない。
一応言葉としては愛人ではなく第二夫人だが、同じようなものだろう。どっちにしろ複雑なことには変わりないと思われる。
妻同士が顔を合わせないよう、広い家にするなどの工夫が必要かもしれない。そう考えると費用はかなりかかる。
というかそもそも妻1人の相手ですら大変なものなのだ。親父は頑張ってたよ、俺にもあんな献身ができるのだろうか……。
俺の思う楽に過ごすとは、努力しないということだし、楽しく生きるとは他者を見下して生きるということだ。それには、独り身を貫くのが一番な気がする。むしろ結婚すればできない気がしてならない。
しかし、この既婚率の高い異世界では結婚しないと変な目で見られることは間違いないだろう。それは辛い。それに俺自身も結婚はしたい。子供もたくさん欲しい。
「うーん」
そんな風に悩んでいると、「ごめんね待たせて。それじゃあ戻ろうか」とお爺さんに声をかけられた。
お爺さんはいつの間にか立ち上がっていて、来た道を戻って行く。
俺は考えを一旦止めて、小走りでお爺さんを追いかけた。
そして隣に追いつき、周囲の警戒を始めたのだが、しかしまた楽に過ごす楽しく生きることについて考えてしまう。
「うーん」
「どうしたんだい?」
すると、お爺さんに気付かれ、そう聞かれた。
俺は、さっきまで息子の墓参りをしていて、深い悲しみを背中で物語っていた人にこんなことを言うのはどうだろうか、と思ったが、お爺さんの話しやすい落ち着いた口調についつい言ってしまう。
「いや、そのー、結婚ってどうなのかなーと思いまして」
お爺さんは一瞬キョトンとしたが、「良い人がいるのかい?」と楽しそうに聞いてきた。
「いえそういうわけじゃないんですが、……奥さん2人以上ってやっぱり大変かなあ、と思いまして」
しかし俺がそう返すと、大口を開けて大笑いした。
「はっはっはっは。奥さん2人かあ、良いねえ、大変だろうけど、きっと楽しいよ」
「あ、もしかして」
「いないいない。私は一筋さ。大昔に先立たれてしまったけどね。そうか、16歳かあ。好きな子とかいないのかい?」
「いや全然、出会いがなくて」
会話は思いの外盛り上がった。
お爺さんはお見合いで奥さんと出会って、すぐに結婚したらしい。
商会を立ち上げたばかりの頃でブイブイ言わせており、2人目3人目を当たり前のように考えていたそうだが、結婚生活の大変さに根を上げ諦めたのだとか。
一夫多妻多夫一妻の家庭をたくさん知ってるし、幸せな家庭もいっぱいあるが、自分はしなくて良かったとお爺さんは言う。
「エト君は大丈夫じゃないかな? 多分上手くやっていけると思うよ、なんとなくだけど。ほら、顔もカッコ良いし背も高いし、腕っぷしもあるし、優しいし。今までもモテてたんじゃない?」
「そんなことないですよ。よく真剣味がたりないって言われますし、だからモテないです」
「ならこれからだよ。長いこと生きてると分かるもんさ。頑張って、諦めずにね。応援してるよ」
お爺さんは冗談めかして笑うと、俺の肩を2、3度ポンポンと叩く。
それがなんだか、俺はとても嬉しかった。
もちろん、一夫多妻が上手くいくと太鼓判を押してもらったことや、モテると言ってもらったことではない。いやそちらも多少はあるが、大方はお爺さんが楽しそうにしていたからだ。
人は幸せになれるのだ。例え何があろうとも。
お爺さんの様子を見て、俺はそう思った。
「そろそろ馬車が見えるかな? 襲われていたらどうしようか、最近ゴブリンが増えているそうだからねえ」
「馬車に乗ってる時も何回か見かけましたもんね。でも弱いんですよね。楽勝ですよ」
「ははは頼もしい。私も昔はゴブリンくらい簡単に倒せたんだけどね、大体槍で1回叩いたら倒せるから。でももうお爺さんになってしまったからどうだろう」
「いけますいけます、まだまだですよ」
俺の口調は軽快になった。きっと声色さえワントーン変わっただろう。
今までどれだけ元気を装ってもそうならなかったのに、今は意図せずに出てきている。
視界も一変し、世界が色鮮やかに色づいた。葉の緑は太陽の光を受けて輝いていて、道の土色でさえも渋みと活力に満ち溢れている。
人って単純なもんだ。
俺は、元気になった。
やる気に満ち溢れてきた。
その元気とやる気を持って進む先、目標は、努力せず過ごし見下して生きて一夫多妻のハーレム生活、というかなり最低なものなので、そのことが良かったのかは果たしてさっぱり分からないが、しかしそれでも俺は元気になった。
「そうかい? それじゃあ、ゴブリンが出たら私に任せて!」
「はははは、任せました! ははは」
俺が笑うと、お爺さんも笑う。
人は忘れる生き物である。
だから、今が幸せでも、いつかはそれを失ってしまう。しかしだからこそ、今が不幸せでも、いつかは幸せになれるのだ。きっとそうだ。
俺は、良かった、と。心から思った。
しかし同時に、人は忘れられない記憶を持つ生き物でもある。
その記憶とは、幼い頃投げかけられた一言かもしれない。してしまった失言かもしれない。
初めての淡い恋かもしれない。サスペンスドラマのショッキングな映像かもしれない。人によって忘れられないことは違うだろう。
だがそのどの結晶も、人生の流れで小さく削れていこうとも、年老いてざるの網目が破れて穴が広がってしまっても、なぜだかざるに染み付いてしまったように残り続ける。
そして流れが少なくなった時や、似た様なことが起こった時に、否応なく見えてしまうのだ。
だから……、俺は駄目だった。
「ヒヒーン」という馬の鳴き声が聞こえ、俺とお爺さんは顔を見合わせると、走って森を抜け出した。
嫌な予感は当たり、そこには木に繋がれた馬と馬車、それから馬車を襲わんとする3匹のゴブリンがいた。
ゴブリンはこちらに気づくと、各々が持つ錆びたナイフや、尖った木の枝をこちらに向けた。
俺もそれに呼応するように剣を抜いて、お爺さんを背に守るように立つ。
『ゴブリン
ジョブ:小鬼
HP:100 MP:100
ATK:2 DEF:1
CO:--』
『ゴブリン
ジョブ:小鬼
HP:100 MP:100
ATK:2 DEF:1
CO:--』
『ゴブリン
ジョブ:小鬼
HP:92 MP:100
ATK:2 DEF:1
CO:--』
「ゲゲ!」
「グゲ!」
ゴブリンは弱い。3対1だが、負ける気は一切しなかった。
武器を振り回しやってきたゴブリンから、赤い線が見え、俺はそこから体を躱す。
赤い線を見れば、体がどういう位置に来るかも見て取れる。そこに交差するよう引かれた青い線は、おそらく首を斬れと言っていた。
だから俺はその通りに剣を振った。
剣は少しずれたが、おおむね首に当たった。
ゴブリンは弱い、とても弱い。肌も肉も大しててごたえがなく、アッサリと刃が入っていく。そのため、当たったのは首の最も弱い部分ではなかったのだろうが、簡単に切り裂くことができた。
千切れかけた頭。光を失った目。血は吹き出し、足元に血溜まりを作った。
それが、俺の消えない記憶を引きずり出す。
ざるの網目にこびりついた記憶を、脳髄から胸の奥底から。
忘れて幸せになることなど許さない。そんなことを言うかのように。
「おええええっ」
俺は込み上がってくる吐き気に耐えられず、その場で胃液を吐き出した。
手で抑えても、収まらない。戦いの最中にも関わらず俺は膝をつき、胃の中のものを全部吐きだすというくらいに、また「うえええええ」と吐き出し続ける。
体は震え、涙が止まらない。
「ああ、うあああ、ああ、あああああ」
吐き気も治まらないままに、俺は嗚咽を、心の何かを叫んだ。
「ああ、ああっ、ああ、ああっ」
剣を落とし、手の平を見た。返り血1つついていない、ただの手の平だ。しかしどうしようもなく赤かった。俺の目には、手はどす黒い血に染まりきっていた。
今の感情をどう言い表せば良いのか分からない。苦しいのかどうかすら分からない。
多分、怖かった。
自分も、世界も。
ただ、俺が怯えたところで、結局は何も止まらない。
涙も。
吐くのも。
叫びも。
記憶が呼び起こされることすら。
あの時の感触が。光景が。無力さが。
優しくされたことが、頼もしいと思ったことが、頑張ろうと思って、夢を見ていたことが。何もかも思い出される。
駄目だった。
俺は駄目だった。
「エト君? エト君!」
「うう、ううあ、うああ……」
幸せとは縁遠いどうしようもない感情のうねりが、言葉にならない心の想いが、胸の奥底から口へとただただ溢れた。
お読みいただきありがとうございます。
今日中にその2は投稿致します。




