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3月月末 休日2日目 その4

『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:86 MP:100

  ATK:26 DEF:20

  CO:死亡』


 まさかの事態が発生する。

 蟻は、HPを8割強も残しているのに、首へ剣が刺さったあの一撃で死んでしまった。


 刺さった首筋から、体液がかなり漏れ出ているものの、それ以外は元気そうなのに。

 蟻の元気を何で測るのかは知らないが、ともかく元気そうなのに。


 死んでいるようには見えないし、HPも残っている。

 だが、既に一切動くことはなく、死亡、と、そう分かりやすく書かれてもいる。


 だから、蟻は、間違いなく死んでいた。


 つまりこういうことだろう、HPが例え残っていようが何をしようが、首を切られたら死ぬ。

 HPがなくなっても死ぬのだろうが、HPが残っていなくても、死ぬ目にあえば死んでしまう。


 俺は、HPだとかATKだとかを見て、どことなく、ここがゲームの世界のような、ファンタジーの世界のような気がしていた。


 だから、なんだか、少しは死が縁遠いような気がしていた。

 大丈夫なような気がして、救われていた。


 けれどもなんてことはない。

 現実の世界での死の要因に加えて、さらにもう1つ死の要因が増えただけだ。


『キジョウ・エト

  ジョブ:異世界民

  HP:93 MP:100

  ATK:20 DEF:18

  CO:流血』


 このHPがなくなれば俺は死……、血が出ているようだ。

 心なしかDEFも低くなっている。


 俺は、蟻に噛まれた右足を見てみる。

 流血。確かにそう言えることが、そこでは起きていた。


 血が、つーっと流れている。

 すねの防具は、どうやら革のようで、血が染みてはいない。

 けれどその代わりに、靴の辺りまで血が流れていた。


 さっきまでは、そんなに痛いと思わなかったのに、気付いた瞬間から、ズキズキと痛む。

 気付かなければ良かった……。

 血が流れていることも、HPが0にならなくても死んでしまうことにも。

 

 バクンバクンと心臓がはねている。


 このまま血が流れ続けたら。俺は出血多量で死ぬんだろうか。

 心臓よ、そんなにバクバクするんじゃない、出血が増える。静まれ、止まるんだ、いや止まってはいかん。


「くそ、足いてえ」

 出血多量だなんだと、その前に、この足の痛みで上手く動けなければ、蟻に殺されるかもしれない。

 もし、痛みでよろけてこけてしまったなら。

 首に噛みつかれてしまったなら。きっと死んだことすら分からない内に死ぬのだ。


 1匹倒せたことで、俺が得たのは安心感でも優越感でもない。

 ただの恐怖だった。


「2匹行ったぞーっ」


『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:85 MP:100

  ATK:26 DEF:20

  CO:--』


『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:51 MP:96

  ATK:26 DEF:16

  CO:流血 欠損』


 しかし、それでも、俺のそんな事情を考慮して止まってくれるのは俺だけだった。

 2匹の蟻が、俺に向かって前進してくる。


 赤い線は2本共、綺麗に俺の足元へ。

 つまり2匹とも攻撃を仕掛けてきている。


 マズイマズイ。

 そんな言葉ばかりが俺の頭の中を反芻するだけで、他の考えが浮かばない。


 頭は真っ白に近い。

 けれど剣を振らなければ死んでしまう。それだけは分かる。

 俺は見えた青い線目掛けて剣を振った。

 しかしどうあがいても、1本しかない俺の剣では、2匹の蟻を同時に止めることはできない。


「ギャ!」


『クレーアント

  ジョブ:酸蟻

  HP:45 MP:96

  ATK:26 DEF:16

  CO:流血 欠損』


 あっけなくも俺は、もう1匹の蟻に噛み付かれる。


 不運なことに、怪我をしている方の足だ。

 とても痛い。


 だが、幸運なこともある。

 さっき噛み付かれた足、ということは、俺は、さっき同じ状況から、蟻を一撃で仕留めている。


 同じ位置に攻撃することができれば、今噛み付いてきている蟻も葬れる、ということだ。


 ピンチはチャンスなどと、誰が言ったのかは知らないが、上手いことを言う。

 もしかしたらその人は、異世界から来ていたのかもしれない。


 攻撃を意識した瞬間から、既に青い線は見えている。

 それもどうやら、線には、攻撃がどれほど有効かを、示してくれる機能もあるらしい。


 色の濃さか、そんなもので。

 首へと走る青色は、実に濃密。

 直感だが、この通りに走らせたなら、確実に死に至らしめられる気がした。


 だから俺は意気込み、剣に体重をかけ、噛み付く蟻の首目掛けて突き入れる。


 しかし、逸る気持ちがこもった剣は、アッサリと青い線を外れる。

 蟻の甲殻を横滑りして、ただただ地面にだけ突き刺さった。


「うお!」


 そしてその瞬間、俺は足を引っ張られる。

 感覚的には、引っこ抜かれる、だろうか。


 地面に突き刺さったままの剣を支えにするが、あっけなくひっくり返される。


 ああ、下から見る蟻はめちゃくちゃ怖い。


 蟻の観察でも、蟻の顔は観察していなかった。こんな怖い顔をしていたのか。

 もし元の世界に戻れたなら、世の中から蟻を一掃してやりたい。蟻の巣をコロリしてやりたい。


 いや嘘です、殺さないで。


 2匹の蟻の赤い線が、間違いなく、俺の顔目掛けて引かれる。


 ――。


「今助けるぞー!」


 思わず泣きべそをかいてしまった、そんな時。

 大きな声と共に、誰かがこちらへ向かってきて、持っていた剣を振るう。


 蟻は怯み、そしてその人へ攻撃を仕掛けに行く。


 俺は自由になった体をすぐさま動かして、立ち上がった。

 助かった!


『ケビン

  ジョブ:剣士

  HP:81 MP:55

  ATK:28 DEF:28

  CO:--』


 命の恩人の名は、ケビンさん。

 蟻2匹と。いや、さっきまで戦っていたのか、3匹の蟻と向かいあうケビンさん。


「無事かっ」


 しかしそんな最中でも、俺の心配をしてくれている。


「お、おかげさまで。ありがとうございます!」


「礼は良い。俺はケビンだ、あんたは?」

「エトです」


「じゃあエトっ、そっちの弱った1匹は任せたぜ!」

「はい!」


 俺はケビンさんの隣に、並び立つ。


 まさか、俺の平凡な人生に、命の恩人が現れるなんてことがあるとは。

 ……いや、異世界に来ていて、平凡だなんてことはないか。


 ある意味、地球で最も奇抜な人生を生きていると言っても良い。

 決して望んじゃいないが。……まあ、大体の人は望まない人生を送るか?


「行くぞ!」

「はい!」


 ただ、今はそんなことを考える必要はない。

 俺はケビンさんの声に応え、蟻と戦う。生き残れなければ何にもならないのだから。


 とにかく、無我夢中で剣を振った。


 どれほど役に立ったかは分からないが、弱った蟻をケビンさんと力を合わせて倒した頃、援軍が到着した。

 鎧の人と同じような鎧を着けた人が3人、それとそれぞれの防具を着た人達が3人。


 思わず、少ない、と最初は愚痴ってしまったが、状況はそれから一気に変わった。

 最終的には、体高1m体長2m、という明らかな化け物サイズだった、キングと呼ばれる蟻を、全員でタコ殴りにして、始末。


「ふううう」


 終わった瞬間、気が抜けたのかヘナヘナと座りこんでしまう俺。

 その後の蟻の解体は、全部見学。


 解体が終わっても俺は満足に歩けず、村へ入るにも手を貸して貰わなければならなかった。


 喉はカラカラ、心臓はバクバク。

 我ながら情けない。


 と、言いたいところだが、正直良くやった方ではないか。

 むしろ、凄くがんばったのではないだろうか。


 俺は漫画の主人公のような、なんちゃって普通の高校生ではない。

 来週から新学期かー、学校面倒だなー、彼女欲しいなー、とか、そんな感じでのんきに過ごしていた、本当に普通の高校生だ。


 勉強は学年で20番。

 100mは13秒台。

 10kmの持久走は腹痛で見学。


 料理はネットもあるし、作れる気もするけど作ったことはない。

 週2のバイトで、月に4万円稼ぐが、課金で全て消し去る。

 彼女は1ヶ月だけいたことがある。


 そんな、ベストオブ普通の高校生だ。


 それなのに、この活躍。

 褒め称えてもらっても良いんじゃないかと思う。


「あああー。疲れた」

 そうして、夜。にはまだなっていないが、太陽が夕陽に変わった頃。

 俺は、案内してもらった村唯一の宿屋のベットに、思い切りダイブした。


 そのまま柔らかな布団に包まれ、気持ち良く眠るつもりだったのだが、ベットが思ったより硬く、というか思ったより板で、ガンッ、と鼻を打つ。

 ツーンとする鼻をさすりながら、ゴロンと仰向けに。


「ああ、異世界なんだなあ」

 そうして、少し鈍くなった頭で考えたことを呟いた。


 ここは、家が十数軒ある程度の、小さな村。

 人口は100名もおらず、お年寄りの割合も多い寒村。


 わらわらと出てきた人達に対し、なんとなく挨拶した後、死んだ人を火葬する。


 その後、蟻の体液で汚れた装備を、クリーニング屋的なところへ出し、居酒屋のような定食屋で食事をとった。

 そして、今に至る。


 と、そんな風に簡単に語れるが、色々あった。


 まず俺は無一文だった。

 蟻の討伐による、参加報酬と褒賞金を貰うことができたので、なんとか飯代やご飯代を払えたが、あやうく金がなく死ぬところだった。


 貰えた金額は、参加報酬銀貨5枚、止めを刺した蟻×銀貨6枚の褒賞金なので、銀貨6枚の、合計銀貨11枚。


 ただ、その内、鎧のクリーニングで銅貨が15枚。 武器の手入れで30枚。

 宿代で銀貨1枚。チップでもう少し。

 飯代で銀貨1枚。チップでもう少し。


 それだけが引かれてしまったため、残ったのは銀貨8枚と、銅貨50枚ほど。計算上生活費4日分。

 あんな死ぬ思いをして稼ぐ金額とは、到底思えない。


 それと、食べた料理は、マズかった。味が全体的に薄いか臭いか。


 主食はパンだが、そのパンはスープに浸さないと硬くて食べられない。

 肉はなく魚がメインで出てくるのだが、その魚はどれも泥臭く、そもそもが硬い。

 最初はゴムかと思った。新手の新入りイジメかなにかかと。


 飲み物は初めて酒を飲んだが、全般的にぬるく、そして麦臭い。吐き気を催すのも仕方がない、アルコール分ではなく、味でだ。

 アルコール度数は、おそらく濃くないのだろうが、臭い。


 これは駄目だと慌てて水を飲んだのだが、しかし水もマズかった。

 苦味というか、そういうものがある気がする。


 まあ、そんな食事が楽しくなかったわけではないが。

 倍くらいの年齢の冒険者達にからかわれながらした初めての食事は、それなりに。いや、状況を忘れるくらいに楽しかった。


 それに、色々と感謝もされた。

 ビビっていたことはバレていたようだが、戦力として役立ってもいたようだ。


 けれども、それでも、今日冒険者が1人死んだ。

 珍しいことじゃないのか、その人とパーティーを組んでいた冒険者達も明るく楽しげに飲んでいた。


 そういう世界なんだろう。

 人の命が簡単に失われる。皆が皆それを受け入れざるを得ない世界なんだろう。


 俺が来た異世界とは、そういう世界なのだ。


 異世界。

 忘れようとしても、決して忘れられない、その設定。


 そう、だから、今日は色々あった。

 色々……あり過ぎた。


「おやすみなさい」

 諦めか、ただの酔いか。途端にきた眠気に身を任せ、俺は異世界で初めての日を終えた。


 しかしどうして異世界になんて来てしまったんだろう。

 ああそうだった、隕石が落ちてきたんだ……。あれは心の底から怖かった。


 そしてご近所の人は無事だったんだろうか。

 別に付き合いがあるわけではないが、それなりに気になる。


 いや、1番気になるのは、自分の家だが。


 我が家のローンは、一体どうなったんだろう。保険は降りるのだろうか。

 父さんは、まだあとローンが20年残っているとか言っていたような……。


 だが、そもそもなんで隕石なんかが……?

 そうだ。願い事をしたら、叶えるのは地球じゃ無理だからと言われたんだった。


 しかし、俺よ。微課金要素よりも良い願いはいくらでもあるだろうに。なぜ。

 叶うとは思っていなかったが、もう少し良いものを願っておけば良かった。

 モテモテになるとか、超最強能力とか、そういう類の……。


 ……あれ、微課金要素どこだ?

お読み頂きありがとうございます。


早速のブックマークと評価、ありがとうございました。

励みになります。


これからも頑張ります。

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