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4月4週 土曜日 その5

村26

ダ19 フ1

魔100 中11

剣100 剣中11

採取28

草11 花5 実12

料理1

 フワリと曲線を描くように投げられた剣と、どこまでも真直ぐで真剣な眼差し。


 ケビンさんの眼差しは、真直ぐに俺を見ている。

 ケビンさんの言葉も、真直ぐに俺に向けられている。


 目も耳も心もそらせない。

 思いを託すかのようなそれらは、俺の虚ろな心に突き刺ささった。


 だからかそれは、俺に願いを思い起こさせる。


 体は一気に熱を持ち、急速に動き出す。

 俺は、緩やかに回転する剣を掴み、そして、引かれていた2本の赤い線を、反射的に躱し、サファイアマンティスを斬りつけた。


『サファイアマンティス

  ジョブ:青宝石蟷螂

  HP:6 MP:85

  ATK:96 DEF:96

  CO:--』


 右手1本なので、正しいモーションと判断されず、ダメージは入らない。

 しかし、まだ見えている青い線に、構わずもう一度斬りつける。


『サファイアマンティス

  ジョブ:青宝石蟷螂

  HP:5 MP:85

  ATK:96 DEF:96

  CO:--』


 今度は、ダメージが入った。


 続くサファイアマンティスの反撃。赤い線は3本引かれ、やはり全てを回避できる位置はどこにもない。

 だが、俺は躱し、攻撃を行なう。


 赤い線、青い線。それぞれに、俺は反射的に体を動かし続ける。


 異世界に来てから、そういう練習を積んできた。特に、このパーティーに入ることになって、ダンジョン討伐を目指してからは、それだけを練習した。

 だから頭で考えるより早く、体は線に呼応するように自然と動く。


 そう、考える必要はない。


 今は何も考えるな!


 俺は自分に言い聞かせる。


 もし頭を働かせて、何かを考えたなら、今はすぐさま別の事を考えてしまう。

 

 助けられなかったことを。

 死地に送り込んだことを。

 彼等の、10年来20年来の仲間を奪ったことを。


 それは重い。

 あまりにも重い。

 それを考えると、腕も足も鉛のように重くなって、もう良いかと心すらも途切れかける。


 苦しい。

 諦めた方がよほど楽だ。

 ここで死ねば、もう考えなくて良い。それで忘れられる。そう思う。


「頑張れ! 頑張れ!」


 けれど、死ねない。


「エト! 俺も加勢するぞ!」

「○○○○○○○○○○ ヒール。はあ、はあ、きっとあとちょっとよ!」


 俺のことが憎いはずの皆が、声をかけてくれる。

 頑張れと、期待の声を。


 俺は元の世界でずっと、人からの期待を無視してきた。

 当然だ、努力する理由を全部見失っていたのだから、期待されてもできることは何もなかった。


 それは異世界でも同じだ。

 心変わりしたわけじゃない。今だって努力する根本の理由は、何もないまま。

 どれだけ期待されても、やっぱり俺は努力できないし、自分に夢も持てない。


 けれど、俺は、最近頑張っていた。

 赤い線青い線に頼ることになって、ますます自分に夢が持てなくなっていたけど、1日中没頭するくらい努力していた。


 それができていたのは、きっと、自分のための努力じゃなかったからだ。


 ケビンさん達のために、ケビンさん達が、より高い階でも戦えるように、豊かに暮らせるように、夢を見られるように。そう思っていたから、俺は努力できたんだ。


 俺は、ケビンさん達に期待していた。

 ケビンさん達なら……、上手く言葉にできないけれど、俺自身の人生に、何か意味があるのかのような、そんなことを見せてくれると思っていた。


 多分、それは元々叶うことはなかった。

 そして、もう、叶うこともない。

 それでも、心の底から期待していた。情けなくて泣きたくなるけど、本当に。


 だから、俺は死ねない。

 期待している人達から期待されているという事実は、命よりも重い。


 何もかもに挫折したから努力する理由を持っていなくて、守らなければと思っていた人すら目の前にいて助けられないくらいに才能も持っていない、そんな、この手に何一つ掴みとれない哀れな俺だけれど、ここで諦める心も、何一つ持ち合わせていない。


 だから今は! 何も考えるな!


 俺は、3本の赤い線を次々と躱し、見える青い線をなぞるように剣で斬りつけ続ける。


『サファイアマンティス

  ジョブ:青宝石蟷螂

  HP:2 MP:64

  ATK:96 DEF:96

  CO:--』


 サファイアマンティスのMPが、一気に21も減る。

 第三段階のスキルが発動した。


 ライアスさんが少し近づいてきたからか、俺が長時間攻撃範囲にいるからか、どちらかがトリガーだったのか、赤い線が周囲を埋め尽くす。


 その線を見るに、両手の鎌を大きく横に広げ、その場で数回転する技。

 鎌よりも尻尾のぶちかましが危ない、広範囲の敵を掃討できる荒業で、ジャンプしてもかがんでも、後方に走っても、尻尾からの逃げ場はない。


 だがそんなことは俺に関係ない。

 俺はただ、赤い線が無い場所に駆け込むだけだ。


 ライアスさんに下がるよう指示を出して、俺はサファイアマンティスの足元に潜り込んだ。


 直後、周囲の空気すらも崩壊するような、超高速の回転斬りが行われる。

 しかし、足元にだけは届かない。


 スキル攻撃を終え、サファイアマンティスは、下に潜り込まれたからか、羽を広げて飛び上がり、4mバックして着地した。


 着地した際に起こった風で、少し押し戻される。

 サファイアマンティスの正面、4m、そして遠ざかる。それは第二段階のスキルのトリガー。


 『サファイアマンティス

  ジョブ:青宝石蟷螂

  HP:2 MP:59

  ATK:96 DEF:96

  CO:--』


 サファイアマンティスは、体を前に伸ばし、両側から掴みかかる動き。ハサミで切断するように鎌を振ってくる第二段階スキルを使ってきた。

 この攻撃を躱すには、後方に3mほどバックするしかないが、進もうと重心をかけた今のタイミングでは不可能だ。


「エト!」

 俺がピンチだということが分かったのか、ケビンさんの俺を呼ぶ声がする。


 俺は、チラリと見て、視線を戻す。

 色々な考えが頭を過ぎるが、その一切を無視して、俺はただただ、赤い線と、そして青い線に従う。


 開かれた鎌が両側から迫ってくるその真ん中で、一歩足を進める。

 そして、青い線に沿うように、俺は剣を振り下ろした。


 剣は、体を前に突っ込ませていたサファイアマンティスの額、はめ込まれたサファイアに直撃する。


「ボオオオオゥッ」


 『サファイアマンティス

  ジョブ:青宝石蟷螂

  HP:1 MP:59

  ATK:96 DEF:96

  CO:--』


 大きく体を仰け反らしたサファイアマンティス。

 それを見て、俺は一気に駆けた。


「うおおおおおおー!」


 そして、斬る。斬る。斬る。斬る。


 斬って、斬って、斬った。


 『サファイアマンティス

  ジョブ:青宝石蟷螂

  HP:0 MP:59

  ATK:96 DEF:96

  CO:死亡』


「はあ、はあ、はあ、はあ」


 HPが0になり、死亡状態になったのを確認し、俺はかろうじで動いていた右手をだらんと下げ、空を見上げた。

 空と言っても、60m先には天井があるので、見えないが。


 サファイアマンティスは力を失い、どさっ、と体を地面に倒す。


 そして、見たこともない豪華なエフェクトの元、消えていった。


『青宝石蟷螂の青宝玉

  ランク:16』


 代わりに現れたのは、綺麗で大きな青い宝石。

 足元に転がってきたそれを見てみるが、俺にはなんの宝石かは分からない。いや、普通に考えればサファイアか。


 多分、レアドロップなんだろう。


 金貨、80枚だったっけ?


 凄いな。最近の稼ぎは銀貨8枚くらいだから、1000倍?

 1日の生活費を抜いて、武器の消耗度合い分くらいも考えたら、貯蓄は1日銀貨2枚くらいだろうから、4000倍?


 凄い。大金持ちだ。


 ……。


 ……。


 けど、そんなものどうでもいい。

 俺の課金には、怪我を治すアイテムがある。でも人を生き返らせるアイテムはない。

 失った人の命は、お金じゃあ買い戻せない。


 だから、どうでもいい。


 多分だが、ケビンさん達はもう冒険者としてやっていかない気がする。

 仲間が1ヶ月で2人も亡くなってしまっては、続けていこうと思わないだろう。


 つまりは、俺とも別れる。いや、つまりじゃないな、こっちは冒険者を続ける続けない関係なしにそうなる。

 ホロードさんが死んだのは、間違いなく俺のせいだ。


 ここへ連れてきたのも。

 実力が不足したのも。

 課金のことをちゃんと説明して、協力をあおがなかったのも。全てが俺のせい。


 そのどれかが違っていれば、確実に生き延びていた。


 そんな奴と、これからも仲良くしようなんて思う人は、どこにもいない。

 もしいたとしても、俺自身ができない。


 願いは叶わない。

 才能がなければ、たった一つの願いすら叶わない。


 人生で築き上げたものは、全て砂の上にできていて、それは神様のひと吹きで脆くも崩れ去る。


 強さとか。健康とか。


「ホロード、悪い。助けられなかった。でも、やったな、エト、ライアス、ヨランダ」

「あ、ああ。あ、あのドロップアイテムは?」

「兄さん、ごめんね。ありがとう、ありがとう」


 会社とか。信頼とか。


「ライアス、どうした?」

「なあ、あのドロップアイテムは?」

「え、た、多分、ブルーサファイアじゃないの? あの」


 家族とか。愛とか。


「ライアス?」

「金貨……80枚?」

「どうしたの? ライアス」


 絆とか。友情とか。


「ライアス、ライアス! なにやってる、おい、やめろ!」

「金貨80枚!」

「え、きゃああ――あ! あ……う……」


「……え?」


「ライア――ぐぅあ……、どうし……」

「はあ、はあ、はあ、はあ、エト! それを、よこせ!」

「……」


 どこかの悟ったような大人は、神様の言葉を代弁して言う。


 あなた自身が乗り越えられない試練は与えない。

 全ての不幸は、乗り越えられるもの。


 そんなことを。


 それは、たわけた、あまりにもふざけた言葉だ。

 無責任で、あまりにも救いのない言葉だ。


 その人は、世界中の誰もが、幸せな人生を送っていると思っているのだろうか。

 今この瞬間も、生きたいという、そんな、息をするだけで叶うような些細な願い事ですらも、息をするように踏み躙られてしまう人がいることを、頭の片隅にも思い浮かべないのだろうか。


 世界は理不尽と不条理に満ちている。


 異世界は不条理と理不尽に満ちている。


 当人の能力も、襲いかかる不幸も、全ては、運否天賦。


 運が悪ければただそれだけで、死にたいという、そんな、息をしないだけで叶うような些細な願い事すらも、息をするように踏み躙られる。


「……」


「それをよこせえええ!」


 ライアスさんが走ってきた。

 向こうではケビンさんとヨランダさんが倒れている。


 ダンジョンを討伐したからだろうか、ダンジョンでは怪我なんてしないはずなのに、2人は血を流していた。


 ケビンさんは胸からドクドクと。ヨランダさんは上半身全体から血溜まりができるくらいに。


『ヨランダ

  ジョブ:僧侶

  HP:94+20 MP:0

  ATK:54+5 DEF:22+5

  CO:死亡』


 俺は突っ立ったままボーっとしていた。


 頭も体も、何一つ動かない。


 だが、俺に向かって引かれた赤い線に、体は反射的に反応する。


 そればかり練習してきたからだ。

 俺は、赤い線に対して自動的に回避行動をとる。


 そう、だから、練習してきたから。

 練習してきたから。れんしゅうしてきたから。

 皆の役に立ちたいと思って、必死で練習して、これだけできるようになろうと思って頑張って、頑張って、頑張ったから。


 そればかり練習してきたから、俺は、青い線に対して自動的に攻撃行動をとる。


 すれ違いざま、一刀でライアスさんの首は落ちた。


「ああ……、ああ……」


 後ろで、何か重たい物が倒れる音がした。

 そちらを、俺は見れない。


「ああ……、ああ……」


 手が震える。

 俺は頑丈な革の靴を履いていて、感じるはずがないのに、足元全てに生暖かい液体が溢れている。


 上手く呼吸することもできない。

 口を縦に大きく開けて吸おうとしても何も吸えない。


 その内にカチカチと歯が合わさって鳴るようになって、涙がポロポロと流れ続けた。


「う……うう……」

 と、その時、ケビンさんが体を動かす。


『ケビン

  ジョブ:剣士

  HP:21+20 MP:30

  ATK:19+5 DEF:12+4

  CO:欠損 骨折 流血』


「ケ、ケビンさん、ケビンさん!」


 俺は剣も何もかも放り出して、ケビンさんの元ヘ走った。

 生きてる。生きてる。


「エ……ト……、ライアスが……、すまんなあ……」

「喋らないで下さい。今課金の、ああお金がないんだ、人を呼んで……、村に連れていきます!」


 俺は片手で、懸命にケビンさんを背負う。


 ここはダンジョンだ。人を連れてくることはきっと難しい。

 それよりか、サファイアマンティスを倒したことでできた白いゲートを通って村へ行く方が早い。


 俺はケビンさんを背負ったまま、白いゲートを出て、眩しくて、悲しくなるほど明るい空の下に出る。

 そこには、カルモー村にいるもう一組の冒険者パーティーがいた。


「お、出てきた。あんたらダンジョン討伐したみたいだな、先越されてく――、おい? どうしたんだ? おい」


「回復薬ぶっかけろ! 早く!」

「何があったんだっ、おいケビンしっかりしろ!」


「……はは、……ライアスがな、金にな。はは……笑ってくれよ、俺は……、悔しいなあ」

「しっかりしろって! おい!」


 ケビンさんは、村までもたなかった。


 俺は、「助けて下さい、助けて下さい」そんなことばかりを繰り返して、うろたえるばかりで、ただ泣いていた。


 それからのことを、俺はほとんど覚えていない。


 気がつくと俺は宿屋のベットに寝転がっていた。


 部屋は真っ暗だ。

 しかし慣れ親しんだ部屋であり、暗くても行動できる。俺はベットに横たわっていた体を起こす。


 立ち上がって、木の板が嵌め込まれた窓を開けると、外はどっぷりと暗く、明るい月が出ていた。

 村のどこにも明かりは点いていないので、きっと深夜だ。


 夢を見ていたのか、と、そんなことを思った。

 けれど、今日のことを夢なのでは、なんて考えで済ませられない程度には、俺は記憶力が良くて、賢かった。


「ああ、違うな、賢くないや。……村に連れてくんじゃなくて、あの人達を見つけた時点で、お金借りれば良かった。そしたら課金アイテム買えて、助かったんだ」


 ボケーっと、俺は窓の外の景色を眺めて、どれだけそうしていたが分からないが、不意に自分でパタリと板を閉じ、ベットに戻った。

 真っ暗。

 真っ暗。


 真っ暗。


「ふざけんなよ……」


 部屋は真っ暗だ。


「ふざけんなよ! 俺が剣持ってたじゃねーか! 不意討つなら俺からだろ! ケビンさんは剣持って無かったんだから、殺すなら俺からだろ! 俺が一番強いんだから、俺からだろ! 何考えてんだ! そんな判断もできねーから剣持って1ヶ月の若造に追い越されるんだよ! 馬鹿なんじゃねーの! ふざけんなよ! ふざけんなよ! ふざけんなよ。……俺から、俺から殺してくれよ……」


 この手には、何もない。


 異世界生活28日目。


 稼ぎは金貨80枚以上。


 失ったものは、武器と防具2つと、あとはちょっとよく分からない。

お読み頂きありがとうございます。

ブックマークや評価も、ありがとうございます。これからも頑張ります。


さて、一章分が終了致しました。お付き合いいただきありがとうございます。

とは言え、主人公の毎日はこれからも続きます。またお付き合いいただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願い致します。

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