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142/144

7月3週 金曜日 その2

村35 町54

ダ40 討伐1 フ19

王1

人1 犯1

魔100 中14 上1

剣100 剣中13 剣上1

土3 中1

木4

回復100 中4

治療87

採取100

草44 花15 実70

料理10

石工100

木工100

伐採100

漁1

歌3

体55

女7

「パーティーメンバーが増えたら、必ずその者には伝えます。お任せ下さい!」

「やめてくれ! 死ぬわ!」

「いけません! ちゃんと証拠も探して来ました。見て下さい、ボルカノスベアルの折れた爪です! パーティーメンバーだけではなく、次の町でもその次の町でも、きちんと私がエト様のボルカノスベアル撃退伝を広めましょう」


 アンネは確かに見慣れた色と大きさの爪を、部屋の隅から持って来た。

「そんな小さいもの土砂崩れの中から探してきたのっ? なら金貨か俺達の荷物を見つけられたろ!」

「あ、ご安心下さいね、課金のことは分からないようにしますから! 完璧です!」

 しかし駄目だ。何も聞いてくれない!


 説得、説得しないと……。

 俺はその方法を目一杯考えてみるが、良案が全然浮かんで来ない。


 天才の意思はやっぱりその他じゃ止められ……いや、違うな、これは俺の頭が全然回ってないだけだ……。

「ううーん」

「おや、エト様ー? 熱がぶり返してしまいましたか?」


 俺が変な声を出したところで、アンネはキラキラした目を急に心配そうな目に変え、顔を覗きこんできた。

 だが、すぐにその目は閉じられ、頬と口角が上がった表情に変わる。


 グウウウー。

 俺の腹から、そんな音が鳴ったからだ。


「なんだ、お腹が空いていたのですね。すぐに作りましょう。エト様は昨日は今日と何も食べていませんから、消化に良さそうなものを見繕って来ました。スープにしようかと」

 アンネは横たわった俺に、落ちかけの毛布代わりの布を再びかけると、囲炉裏で料理を作り始めた。


 鍋の中に水を入れ、野草をほぐし、果実を割り。

 火の上にかけ、コトコト煮込みながら味を見て色々なものを付け足し付け足し。

 調理器具やスープの器がどこにあったのかを聞いたところ、村の家を探し回り、置いてあったのを拝借したらしい。自慢気に答えられた。


「そういえばこの家って?」

「テホの村です。次の町に行くのは無理ですので、眠られたエト様を担いで戻りました。ああ、そうだ、服は男女で1着ずつ残っていましたので、元気になったらそれを着て次の町へ行きましょう。盗みを働くようで気が悪いですが、こんな時ですから潔く」

 アンネ、なんて頼りになる。


「ボルカノスベアルとの戦いの際に着ていた服は、一応とってはあります。しかし穴だらけですからね。あれを着ていったらなんで死んでいないのかと驚かれてしまいます」

「ああ、そらそうだ」

 腕なくなって背中燃えて、ってしてたからな。


「……というか、着てた服? そうだった、俺服脱いでるんだった。……下も? お、下もだ! アンネが? だよな」

「ぬぬぬぬぬぬぬ濡れていましたし! 濡れていましたから!」

「アンネ……」

「私は武家の娘です! 道場に男の門下生は何人もおりましたし! おりましたしっ? 裸なんてものはみみみ見慣れておりますから!」

 の割には動揺が酷い……。


「いや、それについてはありがとうと言う他ないから。大丈夫大丈夫。そんな、男は見られててもそこまで気にしないから」

「……そ、そうですか? いえ、ま、まあええ、そうでしょうとも。あのままではヒューマンは風邪で死んでしまっていたかもしれないですから、感謝して欲しいくらいです!」

 アンネは再び料理を続ける。


 今時小学生でもしないだろう反応だったな。うぶにほどが――って、そうか、ネットとかないもんな。

 ネットもなけりゃあ雑誌もない。人の裸を見る機会がないのか。大体の人は夜の営みの時に始めて異性の裸を見るってことになるのかな? じゃあここまでの反応も有り得るか。それもまた異世界との違い。

「結婚相手の裸くらいしか見ない、ってことだもんな」

 料理をするアンネの背中を見ながら、俺は呟いた。

 屋根に打ち付ける雨音でかき消されると思ったその声は、一瞬弱まった雨足のせいで、ほんの少し家の中に響く。


 多分聞こえてしまったと思うが、返答はない。

 元々独り言で、返答を期待する言葉ではなかったので構わないのだが、なんだろう、スープが出てくるまでは、ちょっと気まずい時間だった。


「どうぞお食べ下さい」

「頂きます」

 透明ではない茶色味がかった汁と、いくつも浮かぶ野草や木の実。

 薄味だが、一口一口体に沁み渡っていくような気がする。


「血をかなり失っていますから、本来なら肉など、もっと精のつくものの方が良かったのですが、魔物がこの近くにおらず……。ボルカノスベアルがあれだけ暴れたので、当然と言えば当然ですが」

「そりゃそうだ。あれで近くにいる馬鹿な魔物はいないよな」

 スープを最後の一滴まで飲みきって、俺は一息つく。

「十分だよ十分。美味しかった。元気でた」


「それは重畳。明日動けるようなら、町を目指しましょう。馬車で2日と言っていましたから……、歩けば10日か、それくらいでしょうかね」

「遠……」

「動けないようなら、もう少し様子を見ます。道中どのくらい安全なのかは分かりませんし」

「動けないってことはないだろ……とは言えないな。体動かすとめっちゃ痛い。10日歩くと思うと、かなりシンドイな」


 課金アイテムを使えれば良かったのだが、今は残念ながら無一文だ。

 すぐに取り出せるようにだとかで、アイテムボックス以外にもお金は分散させていたのだが、入れていた荷物もないし。この体のまま頑張るしかない。


「しかしなんでこんなボロボロ? あの時はもうちょっと動けてたのに」

「戦いに集中していると気づかないものです。それに大きな魔物と戦うと、骨が歪んだり内臓がずれたり、後を引くダメージが残りますから。そうでなくとも必要以上に力が入って、その力みで痛めてしまうことは多いです。エト様もそれになっているのではないでしょうか」

「力みねえ。……まだまだ経験不足ってこと?」

「エト様は剣を握ってまだ一ヶ月も……、いえヒューマンの数え方だと……半年、ですか? その程度も経っていませんし当然です」

「なんか悔しいなあ」


 俺は言う。

 そして悔しいと思ったことが久しぶりなことに気づいた。

 いつの間に俺は……。


「いえいえ、その程度の期間しか戦いに身を投じていないのに、ボルカノスベアルの正面に立ち、行動し、そして勝利を掴んだというのは、むしろ素晴らしいことです。英雄譚にも引けをとりません!」

「ははは。英雄譚。にしてはボロボロだし、勝ち方が武器じゃなくて土砂崩れだし、しかも向こう生きてたけどね」

「それでもですよ。本当に凄いです。私は感動しましたから。……しかし特にかっこ良かったのはやっぱり、こう壁に手を当てて、勝っ――」

「それはもうやめてくれ!」


 囲炉裏の火に照らされた家の中。

 真夏なのに降りしきる雨のせいで、ひんやりした風が隙間から入ってくる。

 俺達はしばらく2人で様々なことを話した。


 まぶたが、徐々に徐々に重くなってくる。


「ふあーあ。寝むいな、寝るか。……あ、見張りはどうする? さっきまで俺が寝てたから、俺からやろうか?」

 あくびをした後アンネに聞くと、アンネも俺に釣られたのかあくびをしており、返答はそれが終わってから来る。

「いえ、見張りはいらないかと。魔物が戻ってくるまでは長い月日がかかるでしょうし、賊もいないでしょう。眠られるのであれば火を消しましょう、私も眠ります。流石に眠くなってきました」


 そうしてアンネは囲炉裏の火に灰を被せ始める。

「流石にってことは、結構起きてたのか?」

「……まあそうですね。御心配なさらず、ドラゴニュートですから」

 火は徐々に小さくなり、そして完全に見えなくなる。

 火がなくなったら、家の中は真っ暗だった。


「それではエト様、おやすみなさい」

「ああ、おやすみアンネ」


 アンネが横になったのを見届け、目を瞑った。

 俺達は、眠る。

 ……いや。

「アンネ、自分の布団は?」


 床に寝てなかったか?


「お気になさらず。特に支障はありません」

「いや、これ使えよ」

「エト様の方が怪我が重いですし、それに奴隷ですから」

「奴隷とかそんなんはどうでも良いし、アンネだって疲れてるんだろ? 使え」

「結構です」

「使えって。ほらー! 体もさっき濡らしてただろ。風邪引くぞ」

「ドラゴニュートは濡れても風邪を引きません。風邪を引くのは汗をかく種族だけですから」


 あー言えばこう言う。

 というかドラゴニュートって汗かかないんだったっけ? そうだったっけ? というか汗かかないと風邪って引かないのか? どうなんだ? ええい、頭が回らない時にそんな面倒臭いこと言うんじゃない!


「いいから!」

 俺はゴロリと寝返りを打って、布の布団から出た。立てないながらも素早い動きだ。

「何をしているのですか!」

 しかしそんな素早い動きも虚しく、即効でアンネに戻される。


 そんなやり取りを何度かして、最終的には、なぜか2人で一緒に使うことになった。


 ちょっと小さめの敷布団に、ちょっと小さめの掛け布団。俺達はほとんど背中合わせくらいの状態で横になる。

 一緒の寝床で眠ることはは、旅の中で何度かあった。なので2人共、もう慣れたもの。


 ……だと言うのに、なんだろう、屋根に打ちつける激しい雨音といつもよりも早く脈打つ心臓の音が、同じくらい大きく聞こえてしまい、どうにも気になって眠れない。

 目を瞑って色々考えて気を紛らわそうとしても、眠りにつけないような映像が次々と浮かんでくる。


 それは今まで散々見てきたような、過去の出来事ではない。

 未だかつて見たことがない、未来の出来事。そうなったら良いなという、夢の出来事。


 そしてそこには、アンネがいた。

 未来のことを考えれば、アンネがいる。

 いつかアンネが言っていたことだ。本当に好きならば、想像する未来にその人がいる。その人との未来を想像する。


 恋をしたのだと、俺は気づいた。


「くく――」

 思わず俺は笑う。高校生にもなって、そんなこと!

 小学生か! 初恋か! 自分で自分が面白い。けれど、その思いを否定はしない。真実だから。


 眠れないのも当然だ。そんな初恋じみたドキドキの中で眠れるはずなんてない。

「――くく」

 そう思うと、再び笑いが漏れてくる。


「エト様、急に笑って。どうかなさいましたか?」

「あ、いやゴメンゴメン。ちょっとね。起こした?」

「いえ眠れませんでしたのでお構いなく。……ちょっと、未来の考え事をしていました」


「奇遇だな。俺もだ。随分都合が良いけど。今は文無しどころか着る服もなくて、武器も防具もなくなったからダンジョンにも行けないし、また牛小屋で暮らさなきゃならないかもしれないのに、考えている未来は……」

「そんなものですよ、未来の想像なんてものは。エト様も冒険者に向いてきたのではありませんか?」

「なんじゃそら。……適当だなあ、皆」


「エト様は賢いですが、お馬鹿ですねえ。ですがご安心下さい。エト様の素晴らしさは私が必ず広めてみせます」

「あくまでも言う気か、あの場面……」

「いえいえあそこだけではありません」

「そうなの?」

「確かに、一番かっこ良かったのはあそこですけど、でも、さっき目を瞑った時に思い返されたのは、もっと前でした。私がボルカノスベアルに弾き飛ばされ、炎を浴びせられそうになったあの時、駆けつけて助けてくれたあの時のエト様ですかね。うん、あそこです。必死な顔で、でも立ち上がる時には勝利を見据えて……」

 そこまで言って、アンネは急に押し黙る。


「ん? どうした?」

「いいえ。そろそろ眠りましょう」

 急にしおらしくなったな。まあ異論はない。


「そうだな、寝よう寝よう。あ、アンネ、布団を俺に使わそうとかで、出てったりするなよ?」

「エト様こそ」

「俺はしないよ」

「どうですかね。つい昨日、1人で戦いに出るという前科がありますからね」

「ええー」

「ふふふ」


「……じゃあ、手」

「手?」

「手、握っていよう。お互いの。なら、離れられないだろ?」

「……。……そうですね。では」


 伸ばした右手に、アンネの左手が重なる。

 種族が違えば、基礎体温も大きく異なる。ドラゴニュートは夏場は体温が下がる種族なので、アンネの手はひやっとするほど冷たく、反対に俺の手はアンネにとって熱い熱を帯びているのだろう。

 だからこそ、その手の存在が、お互いによく分かった。


「おやすみなさいエト様」

「おやすみアンネ」


 俺達は目を瞑る。

 徐々に徐々に、ハッキリと感じられた体温が、分からなくなっていく。

 触れ合う手の温度が同じになっていく。


 果たしてそれを、幸せと呼ぶのだろうか。

 俺にはまだ分からない。しかし今、俺は不幸せではなかった。

お読み頂きありがとうございます。

またブックマークや評価をありがとうございます。

ご期待に答えられるよう精一杯書きます。

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