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141/144

7月3週 金曜日 その1

村35 町54

ダ40 討伐1 フ19

王1

人1 犯1

魔100 中14 上1

剣100 剣中13 剣上1

土3 中1

木4

回復100 中4

治療87

採取100

草44 花15 実70

料理10

石工100

木工100

伐採100

漁1

歌3

体55

女7

 幸せとは何か。


 それをハッキリ答えられる者は、現在幸せか不幸せかどうかは別として、良い人生を歩んできた。

 つまり、幸せとは何かを答えられないのであれば、現在幸せか不幸せかを別にして、良い人生を歩めていない。


 ならば不幸せとは何か。


 それをハッキリ答えられる者は、果たして良い人生を歩んできたのだろうか。


 これからの人生を、幸福に過ごせるのだろうか。


 目を覚ますと、建物の中にいた。

 家の中だ。1ルームっぽい家の中心では、囲炉裏のような場所で火が焚かれている。小さな火なので、部屋を温める目的ではない、多分明かり代わりだ。


「ここ――、いててて」

 ここがどこなのか確かめるため起き上がろうとして、痛みで動きを止める。


「どこだここ……、というかなんで寝てんだ俺」

 目線を下げて自分の体を見たところ、毛皮のような毛布をかけられており、その下は素っ裸だった。

「なにゆえ……」

 そんな新たな疑問が湧くも、ともあれ懸命に体を起こした。「いたたたたた」毛布はずり落ち、股間から下に辛うじてかかっている状態。


 そこでもう一度自分の体を見た。

 焚かれた火によって淡く照らされた体には、青アザが多数。木の破片が刺さったような傷痕も多数。一番痛いのは筋肉痛だが、まあ酷い状態だった。

「そりゃあ痛いわ」

 俺の声は雨が屋根とぶつかる音で満たされた家に吸い込まれた。


 パチ、と木の燃える音が聞こえる。

 夏真っ盛りの時期なので、燃えていると温度が高くなって暑苦しい。体は少し汗をかいていた。


 しかし、だからか生きていることが良く分かる。自分が、生き残ったことが良く分かる。

 頭の中では、さっきまでの戦いが思い返されていく。「ああ。本当によく……」意図せず俺の口からはそんな言葉が漏れた。

「本当によく……、死なせずに済んでよかった」

 そうして言葉はそう紡がれた。


 と、その時、俺の左手側にあった扉がガラリと開いた。

 そこには暗い景色と雨の様子、そして布を頭から被るアンネがいた。


「アンネ」

「エト様! 起きられましたか」

 アンネは驚いたようなホッとしたような様子を見せ、駆け寄って来る。

 急いでいるのか、抱えていた野草や果実がボロボロと床に零れたが、お構いなし。


「お体は大丈夫ですか?」

 俺のすぐ横に膝をつき、顔を覗き込みながらそう聞いてきた。


 近い……。

「だ、大丈夫大丈夫」

 顔を背けながら言うが、アンネは執拗に追いかけてきて、俺を正面から見据える。

「うぅーん」

 そんなことを言いながら覗き見てくるアンネの顔はとても綺麗だ。何日も野宿しているというのに、そうは思えない。本当に綺麗だ。


「熱はもう下がったようですね。若いからでしょうかね。元気そうで良かったです」

 そう言いながらアンネはすっと顔を引く。そして零した野草などを再び集め始める。

 なんとなく俺は名残惜しく、アンネを見つめた。


 アンネは既に防具を身に付けていない。着ているのは、洋服、とは呼べない布キレ。さらに濡れているからか、体のラインがピッチリ出ている。

 さらにアンネには尻尾があるせいで、お尻より少し上の布が浮いており、落ちている物を拾おうとすると……。

「しかしエト様」

「――んっ? えっ」

 そんな考えの最中に、背を向けたままのアンネが急に声をかけてきたので、俺は驚いて変な反応を返してしまう。またその時急に動いたからか、全身が痛かった。「いっつう、いたたたた」


「大丈夫ですかエト様? あれからずっと筋肉が熱を持っていましたからね、体温自体が下がっても筋肉はまだしばらく痛みますよ。お気をつけ下さい」

 俺のやましい心など知らないアンネは、そう俺に優しく声をかけ、背中を支えてゆっくりと寝かしてくれた。

 よく見れば俺は、厚手の布の上に寝転がっていた。アンネが身にまとう服よりも随分上等な布だ。


「ああ、そういえば荷物……、服とか食料とか、全部あっちの馬車の中か」

 自分が着るものより俺を優先って、アンネよいつの間に遠慮深く。


「私が乗っていた馬車はおそらく次の町へ。エト様が乗っておられた馬車は土の下です。昨日探してみましたが、見つけることはできませんでした」

「そっちもあったな。まあしゃあないよ、凄かったもんな土砂崩……、昨日?」


「ええ。昨日です。やっぱりお気づきではなかったのですね、エト様がボルカノスベアルと戦われてから、既に丸1日以上が経っております。エト様はその間ずっとお眠りでしたよ」

「いや戦ったのは俺達2人だけど、ええっ? そういえばさっき外暗かったな……、え、でにその日の夜じゃないのっ?」

「違います。次の日の夜です。ちなみに採ってきたものは今日の夜食と、エト様の体の傷につける薬草です」

「え、ええ……」


 動揺が隠せない。

 24時間以上寝てたのか?

「うわースゲー」

 インフルエンザで寝込んだ時でもそこまで寝てないぞ。初めてだ。


「まあ、つまりそれだけ死闘だったってことだよなあ」

 そして俺は噛み締めるように呟いた。独り言だったが、バッチリアンネにも聞こえており、「そうでしたね」と同意される。

 それからしばし2人共押し黙った。アンネは野草を並べたり、囲炉裏の火に木をくべて大きくしたりしながらだったが、多分俺と同じように、頭の中でボルカノスベアルとの戦いのことを思い返しているのだろう。


 死にかけた場面、というよりも死んでおかしくなかった場面、いやむしろ死んだ方がおかしくない場面が、いくつもいくつもあった。

 何より、生きることを諦めた場面もあった。

「あの時、アンネが来てくれなかったら死んでたなー」

 俺はホッとした心を前面に押し出して言った。そして、簡素な布のベッドにゴロンと寝転がる。


「――! 言われて思い出しました。……イライラが蘇ってきます」

 だが、そんな俺とは裏腹なアンネの心。

「え、なんでイライラ?」

「あの時私がどんな気持ちだったかエト様に分かりますかっ?」

「え、ど、どんな?」

 アンネは手に持っていた木の枝を何本もまとめて囲炉裏に捨てた。パチパチと急に火が大きくなる。


「奴隷に落ち、そこから救われ。初めはそれが許せずエト様が憎くて、しかし徐々にエト様の人となりを知り、力になりたいと願い、ようやく芽吹きがあり。その間には、色々あって、まあ……生まれて初めて告白され……あれは……有耶無耶になりましたが……まあ、そうです、色々あって、そしてエト様自身が私を必要として下さっていると実感できた、その直後」

 そして立ち上がり、腰に手を当てて仁王立ちで俺を見下ろす。


「その直後。最もお役に立てる戦いで、いらぬ者扱いされる。それがどんな屈辱か!」

「いや、でも、勝てるわけないと思ったし、死んで欲しくなかったし……」

「エト様の意見など知りません! 次にあんなことしたら、私は許しませんよ!」

 アンネはビシっと音がなるほどの勢いで、俺に人差し指を向けた。

「ご、ごめん……」

 俺はその迫力に負け、思わず謝る。


「……。なら良いのです」

 それに満足したのか、アンネは途端にニッコリ笑って俺の横に座る。

 ホッと、俺は一息つく。なぜここまでホッとしたのかは分からない。いや、分かるか、アンネとの関係を大事に思っているからだ。死地に赴けるくらいには。

 ああでも死地に赴けるくらいなのは、アンネも同じだ。そうか、アンネも俺と同じように、俺との関係を大事に思ってくれているのか。


 明るくなった囲炉裏の火に、アンネの顔が照らされる。

「ですが戦うと決めたエト様はとてもかっこ良かったです」

 だからかは分からないが、その頬は赤く染まっているように見えた。


「ア、アンネ……」

 その顔はとても眩しく、美しく、思わずゴクリと息を飲――。

「ですが一番かっこ良かったのは……、特に! あの最後の時です!」

 だが急にその顔は終わる。なんか興奮しだしたぞ。

「ボルカノスベアルが道を登り、凄まじい機動力で我々を追い詰めた絶体絶命のあの時!」

 テンション高いな! どうしたどうした!


「私は思いました。ボルカノスベアルはまるで本気ではなかったのだと。乳飲み子と遊ぶようなそんな感覚で戦っていたのだと。にも関らず有効打は一度も放てていない。だというのに本気になられては、最早成す術はない、そう……。諦めこそしませんでしたが、勝ち筋はとても見えませんでした。――しかし、エト様は!」

「……」

「エト様は壁に手を当てたかと思うと、――勝った、……と。……。……。……。カッコイイィー!」

 アンネはカッコ良いのところで、グーを握って腕をぶんぶん振る。興奮している、凄く興奮している。

「……」

 俺は逆だ。凄く黙った。


「――勝った……。カッコイイイィー! ですよエト様! そしてその宣言通りにボルカノスベアルは土砂に流され。次点でボルカノスベアル相手に来いと待ち構えたところも素敵でしたが、一番はあの時でしたね。大胆不敵な勝利の宣言……。ううううう、きゃあああーカッコイイイィー!」

 アンネは相変わらず腕をぶんぶん振って、嬉しそうに手を振る。間違いなくテンションMAX。

 そして俺は超黙っている。

「……」


 なぜなら……、恥ずかしい。

「……もうやめて、もう忘れて、あの時のことは……」

「なぜですか! あれほどカッコ良いのに! 一生忘れませんね。子孫にも語り継ぎますよ。こう目をキリっとさせ――、勝った、……きゃあああーカッコイイー!」

 死体に鞭を打たないで。いや九死に一生を得たけど。でも九死に一生を得たのに、これじゃあ死んじゃう!


 俺の制止を無視し、それからアンネは何度も何度も俺の真似を繰り返した。

 その時は俺もアドレナリンがドバドバだったんだ! やめてくれー!

お読み頂きありがとうございます。


またブックマークや評価頂きまして、本当にありがとうございます。

励みになりました。頑張ります。

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