7月3週 木曜日 その7
村35 町54
ダ40 討伐1 フ18
人1 犯1
魔100 中13 上1
剣100 剣中13 剣上1
回復100 中4
治療87
採取100
草44 花15 実70
料理10
石工5
木工30
伐採3
漁1
歌3
体55
女7
アイテムボックス内に、恐ろしい勢いで土砂が収納されていく。それと同時に、埋まっている大岩の斜面がどんどんどんどん凹んでいく。
俺は左手から収納された土砂や課金で得た瓶や袋、大切な金貨までを撒き散らしながら、その凹みを一秒でも早く大きくする。
メキメキ、という、異常な音がした。
ゴゴゴゴゴゴゴ、という、異常な音がした。
それは言うなれば、世界が崩れる音なのだろう。
「勝った」という俺の宣言とほぼ同時に、ボルカノスベアルは腕を振り被っていた。
しかし俺の目に、赤い線は新たに引かれない。
そんな隙間がないくらいに、俺の視界は既に赤く染まりきっていた。
地面が揺れる。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッという轟音が突如響き渡る。それは全ての生物が本能的に恐怖する音。
そして俺達に、荒れ狂う土砂が押し寄せた。
たくさんの土。たくさんの岩。たくさんの木々。
山にある、ありとあらゆるものがないまぜになった大質量の流れ。それはアスファルトの道だろうが、コンクリートの家だろうが、1t2tの重さを簡単にはねのけるボルカノスベアルだろうが、全てを平等に破壊する最強の剣。
「グオ、オオ――、オオオオオオッ」
ボルカノスベアルは、自身の背丈に近いくらいの土石流にアッサリと飲み込まれる。
力任せにジャンプしても無駄だ。一部が大きく崩れてしまえば、最早この弱った山は山としてのバランスを保てない。流れてくるものは、山そのもの。避けるなんて、到底不可能。
「――エト様!」
もちろん、それは俺達も同じ。
だが――。
俺には課金したアイテムボックスがある。
「エト様、今すぐここから――」
アンネは言いかけて言葉を止め、目を丸くした。
「うわあ……」
そして呟く。
なぜなら、俺達の目の前、いや俺の右手からわずか数cm先で、全てを破壊するはずの土砂が消失しているのだ。
俺のアイテムボックスは自らが動かした物ならば、木も土も水も死んだ魔物も何もかもを収納できる。だから山そのものが流れてこようとも、全て消失させる。
この光景にはきっと、いかに荘厳な景色も敵わないだろう。
「凄いです、エト様……」
アンネは興奮したようにそう言った。
「そうだろう! 課金の前には、土砂崩れすら無意味さ!」
「課金凄すぎです!」
「だろう? ただアンネ、これ、石は年齢と同じ16kgまでしか駄目だから、大きな岩が来たら死ぬし、生きている魔物も入らないから、生きている魔物が来ても死ぬので、大分賭けなんだ!」
「――えっ?」
「早いとこ、抱えて空飛んでくれ! 16m越える木も駄目だから、今こっちに滑ってきてるあのでかい木は多分無理だ!」
「そういうことは早く言って下さい!」
アンネは俺を後ろから抱え、地面を蹴って空を飛んだ。
2m、3m、4mと上昇しつつ、立ったまま滑ってくる木を横移動でなんとか避ける。
「はあ……、死ぬかと思った」
「こっちのセリフです。なんというか、疲れました……」
そうして、1分、2分、どれくらいの時間だろうか。飛んでいたアンネは、道に降り立つ。
いや、最早道とは言えないか。
片側が完全に寸断された行き止まりの上で、俺達は2人して、斜面を見下ろした。
緑だったそこからの景色は、茶色に一変していた。
山の随分高いところから大きく抉れ、山の随分低いところ、俺達から見れば1km以上先にも見える場所まで、ずーっと土が剥き出しになっている。
幅も随分広い。ここに来るまでに見た土砂崩れも、道を数十mほど分断する幅があったが、今回はその10倍くらいの規模。道も道の下の道の上の景色すら、何もかもが失われ、元の景色を思いだそうとしても、思いだす切欠が得られないくらい変わっていた。
確実なのは、巻きこまれた生物は生きちゃいられないだろうことくらい。
「ふううー」
俺は大きく息を吐く。
「はああー」
アンネも同じように息を吐いた。
2人のその行動はほとんど同じタイミングで、思わず顔を見合わせる。
終わった。
そんな感覚がお互いの間を行き来し、俺達は思わず頬を緩ませた。
「グルル……」
だが不意に、耳にそんな声が聞こえた。弱ってはいるが、聞き覚えのある声。
慌てて、俺達はその声の主を探す。
「――! ……生きてたのか」
そしてその声の主を、斜面の下の方に見つけた。土砂崩れに随分流されて、かなり遠いが、見間違いようもない。
『ボルカノスベアル
ジョブ:業火鬼熊
HP:100 MP:100
ATK:365 DEF:310
CO:骨折 流血』
怪我をしている。状態異常によってATKとDEFは低下、弱くなっている。しかし減った割合はそれぞれ1割。
骨折や流血によって、俺は5割くらい減らしたことがある、つまり骨折と流血は状態によって減る割合が大きくなるもので、1割は一番軽い割合だ。怪我をしていると言っても、大したことはない。
「グルルルル……」
証拠にボルカノスベアルは四足歩行のまま、顔を上げ、遠く離れた斜面の上に立っている俺を見つけると、一歩、また一歩、ゆっくり近づいてきた。
「……そんな……。エト様……」
アンネは言う。
せっかく勝ったと思ったのに、生きていたなんて、また戦わなければならないなんて。
そんなことを思ったのかもしれない。
俺も思った。
「……エト、様?」
思った、が、その後、もう勝つ術なんてない、一体どうすれば、とかは思わなかった。
だって、どんどんどんどん、アイデアが溢れてくる。
俺達の後ろにある山は、土砂崩れによって一部分が消滅したものの、そこだけだ。左右にはまだキッチリ残っている。
剣を投げて、その後土砂崩れが起こったから、今どこに剣があるのか分からず、これからの戦闘は素手になるが、そこら中に折れた巨木が落ちている。アイテムボックスにはMPがかからないし、あれらを収納して出せば、かなりの勢いで転がるはずだ。
それに土砂崩れによって作られた新たな地面は、全て俺が動かしたもの。なら凹ませることができる、いやそれ以上のことだって。
背筋がゾクゾクと震えた。恐怖でではない、興奮で。
俺は瞬きする時間も惜しんで、目の前の景色から様々な物を目で拾い上げた。
頭の中ではたくさんのアイデアが、ガシャンガシャンとブロックが積み重なるような、パチリパチリとピースが埋め込まれていくかのような、そんな音をたててどんどんどんどん組み合わさる。
ダメージを与えられるかどうかは分からない。
足止めくらいの効果を与えられるのかすら分からない。
全て一蹴されるかもしれない。むしろそちらの可能性の方が随分高い。
俺ごときが思いついて実践できるようなこと、ボルカノスベアルにとっては痛くも痒くもないかもしれない。
もし効果があるのだとしても、天啓だくらいに良案を思いついて、奇跡のような確率で寸分違わず実行できたというのに、結局軽い骨折と流血を与えただけだった今回くらいのダメージかもしれない。あれじゃあ100回繰り返しても勝てないのに。
でも、やってみたい。
試してみたい。
このアイデアが、俺が、通じるのか、通じないのか。
「来い……」
俺は無意識にそう呟いていた。
「来い……」
そのままこっちにと、ボルカノスベアルに対して。
ボルカノスベアルが一歩近づいてくる度に、俺の心は歓喜する。
「来い……」
来い……。
「来い」
来い。
「来い!」
来い!
「来いっ!」
来いっ!
山彦のように、俺の声は山間に反射する。
するとボルカノスベアルは俺を見て、反射的に立ち上がった。
「グル――」そうして口から火を零しつつ、自らも咆哮をしようと胸を膨らませる。
しかし、ふと動きを止めた。
「……。グルル……」
そして咆哮がこないまま1秒経ち、2秒経ち。
ボルカノスベアルは再び四足歩行に戻った。そしてなぜかこちらに背中を見せ、土砂崩れが及んでいない森の中に向かって歩いていく。
「?」
フェイントとかそんなものではなく、戦闘をする気がまるで失せたかのような雰囲気。ただただ萎んだ背中で、森の奥にスーッと。
そしてそのまま一度も鳴かずに、静かに消えて行った。
「……」
「……」
しばし何が起こったのか分からず、俺もアンネもジッとその森を見続けた。
「……」
「……」
しかし、帰ってくる様子はない。
森には先ほどの土砂崩れの音も、ボルカノスベアルの唸り声もメラメラという炎が漏れる音も聞こえなくなって、ただただ雨音だけが響いた。
「……」
「……」
「はあっ――」
そうして俺はバタンと大の字に倒れこむ。雨が顔にたくさん当たる。なんだかそれが心地良い。
「エト様っ? 大丈夫ですか?」
倒れた俺を心配してか、アンネが駆け寄ってきた。
そして傍にしゃがみ込む。
俺はそんなアンネの心配そうな顔を見て、
「勝ったな」
そう言った。
その顔が余程ほころんでいたからだろうか。アンネはすぐに優しそうに笑って、
「そうですね」
と言った。
「ボロボロだな」
「ボロボロですね」
身に付けていた鎧は全て破損し、剣も行方不明。
課金アイテムで体の傷を治してからも、随分怪我をしたので、至るところに擦り傷や切り傷打撲がある。
疲れて足はまともに動かないし、腕だって上がらない。
これがボロボロじゃないなら、一体どんな状態がボロボロなんだ、ってくらいに俺は、俺達はボロボロだった。
ああ、体だけじゃなく金銭的にもボロボロだな。
ボルカノスベアルは倒せてないから素材が売れないし、武器も防具も新調しないといけないし、アイテムボックスにあった金貨だって捨ててしまった。
「――あ、金貨!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「どうされました?」いきなりの行動だったからか、アンネは驚く。
「土を収納する時、アイテムボックスが空の方が多く収納できると思って、金貨も捨てちゃったんだ。もったいねえ、拾わないと」
プルプル震える足で、俺は一歩進み出る。
「エト様、無理ですよ」
そんな俺をアンネは止めた。土砂崩れによって茶色一面になった場所は足場が悪く、また何かの拍子に崩れ落ちそうだし、そんな中から小さな金貨を探すだなんて無茶にもほどがある。止めるのも道理だろう。
でも俺は足をもう一歩前に進めた。
「課金で随分使っちゃったけど、まだ後、何枚かはあるだろ。拾おう、大金なんだから」
だがアンネは俺の手を掴んで、もう一度止める。
「ここから探すなんて、金貨数枚にそこまでする価値はありませんよ」
「いや、でもさ」
「ただの金貨にそこまでする価値はありません」
「……アンネ、違うんだ、あれは、ある。あの金貨はそういうのじゃなくて、あの金貨は大事な。俺はあの金貨で冒険者にならないと、ジュザイムまで行って、俺が、壊した――」
「いいえ、あれはただの金貨ですよ」
アンネは言う。
真剣な顔をして。
「ただの金貨です」今度は笑って。
「……。そうか、ただの金貨か」
「はい。ただの金貨です」
「……じゃあ、この中から探すのは面倒だな」
「はい。面倒です」
「……はあっ――」
そうして俺は再び大の字に倒れた。胸を大きく上下させ深い息をする。
疲れると景色が白くなってきたりするもんだが、なんだか今日はとても鮮明だ。色鮮やかに見える。それに奥行きも深い、立体的だ。
「……なんか、今日、空めっちゃ綺麗だな……」
「そうですか? 雨季らしい大雨ですからね、凄く灰色です。もうすぐ雨季が明けます、晴れた日はもっと綺麗ですよ」
「本当に? そうか、もっと綺麗なのか……。なんで今までそう思わなかったんだろ」
「さあどうしてでしょうか。……でも、それなら、雨季が明けるのが楽しみですね。エト様」
「そうだなあ、楽しみだ。……楽しみだ……」
楽しみ、か……。
「……もしかしてさ、アンネ」
「なんでしょう」
「人生ってさ、結構楽しい?」
「……ふふふ。知らなかったのですかエト様。全くエト様には相変わらず常識というものがありませんねえ」
アンネは言う。
そうか、人生って楽しいもんなのか、そうか……。
「……そうか……」
俺は目を瞑る。
「おやすみなさいエト様」
近いはずなのに遠くに聞こえたアンネの声。俺はなぜだか頭を持ち上げられ、何か柔らかいものの上に乗せられて深く眠った。
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