4月1週 休日 その2
ダ3
魔32
剣32
異世界生活8日目の午後。
俺は、自らが抱える食糧難の難民生活を解決するため、森へ狩猟に行く。
猟銃もなく、罠もないので、持っている剣で追い回す、という、とても原始時代的な狩り。
難易度は高そうだが、やるしかない。
しなければ、俺の今日のご飯は、ケビンさんに貰ったハム1つ。
宿は、酪農家の気の良いお爺さんが、良いよ良いよと言ってくれた、牛小屋の中になるだけのこと。
ベット作っておくから、そこで寝な、と言って、今ベットを作ってくれている。
優しいが、失敗すること前提にしてないか?
成功した場合、俺はどうすれば良いんだ。泊まらなきゃいけないのか?
森は、カルモー村近くの、切り株が多くある林を越えた先。
村からは100mほど離れたところにある。
聞くところによると、至って普通の森らしい。
兎やら、そんな小動物が、それなりにいるのだとか。
村の中には、狩人もいて、基本はその森で狩りをする。
50代を過ぎているそうだが、数時間で数匹の小動物を狩ってくるようなので、きっと、若く才能に満ち溢れた俺なら、もっと狩れるに違いない。
ダンジョンへ行く道とはまた違う、別の林道を通り、俺は森に辿り着いた。
しかしその森は、俺が想定していた、普通の森、とは少し様子が違う。
俺の考える森とは、木々の間が2mから3m、もしくはそれ以上。
枝なども人が歩くよりは高い位置にしかついていない、どちらかと言うとガランと開けて見えるもの。
丁度、通ってきた林のような風景が近い。
けれどもこの森は、木と木の間が1mもなかったり、枝が地面スレスレの位置からも生えていたりする、異様な森だった。
こんなでは、歩く度に、木の枝がひっかかるだろう。
邪魔で邪魔で仕方ないし、逃げる生き物を追いかけるなんて、できそうにもない。
剣を振り回すこともこれでは不可能だ。
どうやら異世界とは、生物や、人の人情だけでなく、木々までもがおかしいらしい。
しかしそうは言っても、俺には森に入る選択肢しかなかった。
俺は意を決し、そして以外にワクワクしている冒険心を持って、森へと足を踏み入れる。
予想通りに、木の枝はとても邪魔。
両手でかきわけるようにして、やっと進める。
1m進むことすら億劫だ。
そのせいか30分も経つ頃には、2m3mほどの開けた場所に出た際、良し、と言ってしまった。
全く良い場所ではないだろうに。心は狂ってしまっている。
「いて」
それに、枝がたまに顔に当たるのだが、これが痛い。
それから、4月ということも災いしたのか、木々には葉っぱがついているので、視界がどうにも閉ざされる。
歩く度に、枝が引っかかるので、動く度にパキパキと、たくさんの音も鳴る。
これでは、動物がいても、追いかけるどころか、見つける前に逃げられてしまうだろう。
狩人の人は、一体どうやって狩っているのか。
それを教えず秘密にするだなんて、やはり田舎者は意地汚い。
しかし諦めずに進んだ結果、とうとう、1匹の兎を発見した。
片手で掴んで持ち上げられそうな、小さな兎。
走ったなら、1秒もかからない、前方5mほどの距離にいる。
兎はまだこちらに気付いていない。
『チキンラビット
ジョブ:逃兎
HP:100 MP:100
ATK:5 DEF:3
CO:--』
兎を凝視すると、クレーアントに見えたような、例の半透明の情報版が見えた。
なるほど、ただの兎ではなく、魔物。
チキン、ラビット。
鳥肉なのか、兎なのかは不明だが、とても弱い。
ATKが5、DEFが3とは。
奴の攻撃を食らっても、俺は1しかダメージを受けず、こちらの攻撃は16ダメージにもなる。
俺の本来の実力が健在であったなら、33ダメージも与えられた。
「いや、そもそもフィールドじゃあ、HP残ってても死ぬからな、剣で斬ったら1回で死にそうだな」
ATKやDEFは、人ならば、装備依存の数値であるが、魔物ならば種族依存の数値だ。
俺の考えに過ぎないが、それは実際の強さを示すかのような数値でもある。
例えば、ATKが5の魔物よりも、ATKが26の魔物の方が、力が強く、DEFが3の魔物よりも、DEF20の魔物の方が、硬い。というように。
すなわち、ATK5、DEF3の魔物とは、限りなく雑魚。
簡単に勝てる。
そんなことを意識した途端に、火を起こして肉を焼き、油が滴る映像が姿が思い浮かんだ。
それにかぶりついてみたならば……。
口の中によだれが溢れ出す。
今の俺の目には、絶対にとる、そんな意思が、メラメラと現れていることだろう。
「よし、行くぞ! 1……、2……、3っ」
俺は兎に向かって駆け出した。
しかし、一歩目を踏み出したその瞬間、兎は脱兎の如く逃げ出す。
俺がパキパキと枝を折りながら、ようやく進めるような道を、スルスルスルーと通りぬけて。
「……」
もう、どこに行ったのか分からない。
……野生動物は、あんなに足が速いものなのか。
「まあ、まだ1回目のトライだ。今の反省を活かして、次頑張ろう」
俺は兎が逃げた方向に進んで行く。
『ポイズンスネーク
ジョブ:毒蛇
HP:34 MP:89
ATK:9 DEF:5
CO:--』
すると、兎ではないが、別の魔物を見つけることができた。
蛇。
確か、食べたら美味いらしい。
しかも、蛇の毒は、経口摂取では問題ないんだとか。毒蛇でもなんら問題ない。
「よし、行くぞ! 1……、2……、いや、毒蛇かあ……」
俺は脱兎の如く逃げ出した。
毒蛇は、無理だ。
「ふう、助かった」
ひと息ついた俺は、再び歩き出した。
先ほど毒蛇を見かけた方向とは、また別の方向に。
『ハイパービートル
ジョブ:怪力兜
HP:100 MP:100
ATK:119 DEF:118
CO:--』
そしてカブトムシを見つけた。
カブトムシなら、兎のように速くもなければ、蛇のように毒も持っていない。
食べられるか……は不明だが、食べられないこともないし、もしかすると宿屋の店主はカブトムシが好きかもしれない。
うん、なんだかそんな顔をしている気がしてきた。
「よし、行くぞ! 1……、2……、いや、強いな」
俺は、脱兎の如く逃げ出した。
なんだあのカブトムシ。
ATK119って……。
DEF20あっても、30ダメージも食らうじゃねえか。
防具外してたら、人はDEF5だから、119ダメージで即死じゃねえか。
あんなのもう、虫じゃない。
化け物じゃねえか!
「いや、魔物か。だったらやっぱり化け物じゃねえか!」
森に木霊する俺の声。
……俺は、狩猟を諦めた。
それから俺は、森の浅い場所にある、草花、それから実などを採取した。
ヘルプは村人の常識を表示してくれるものであるため、食用可能な物が一目で分かる。
毒を食べてしまう心配はない。
ああやって森の中で彷徨っていれば、死んでしまう可能性が高いのだから、この判断はきっと間違っていない。
それに、木の実でも大量に採取すれば、金になるだろう。
宿屋の店主が部屋に泊めてくれるだけの金額が採れるかもしれない。
俺は、陽がくれるまで、採取を続けた。
「たったこれだけじゃあなあ。買い取っても銅貨20枚くらいにしかならねえ」
しかし、宿屋には泊めてくれなかった。
トボトボと俺は、町を出る。
そして、宿屋の店主が同情しながら貸してくれた鍋に、水を入れ、枯れ枝を集め、火をつける。
火もまた、宿屋の店主が同情しながらくれた、種火を大きくしたものだ。
そこまで良くしてくれるのなら、泊めてくれたって良いのに。
水が沸騰し、投入した草花がしおれてきたところで、食べ始める。
木の実には、生で食べるとお腹が痛くなるものや、虫が入っているものもあるらしい。
だが、宿屋の店主は、木の実に詳しいクリーニング屋のお婆さんに声をかけてくれており、安全な木の実や食べ方を教わった。
おかげで、俺は安心して食べることができた。
異世界は優しくも厳しい世界だ。
途中で出た、涙の理由を、俺は知らない。
食べ終わり、鍋を洗ってから返す。
そして、村の外にある牛小屋の中へと入る。
3頭の牛が、木で区切られた柵の中にいる。
お爺さんが作ってくれたベットは、牛小屋の端にあった。
綺麗な藁の上に、古着で作ったようなシーツが被せてある。
俺は、装備を脱ぎ、服だけになって、その上に横になった。
干草のベットは、時々隙間風を感じるものの、中々寝心地が良い。
「異世界生活8日目。転移してきて失った物は多いけど、まさか、住む場所まで失うとは……」
元の世界へ帰りたい……。
俺はそう考えたが、戻る方法など、どうにも分からない。
唯一可能性のあった微課金機能の内容にも、異世界に戻る方法はなかった。
最高額が金貨10枚の、イッサイワカガエール、だったのは凄いと思うが、その程度しかできない微課金で、異世界に帰ることができるはずもない。
もう1度、神様に祈れば、帰れるのだろうか。
隕石に当たって。
……隕石コワイ……。
『ミルクカウ
ジョブ:乳牛
HP:100 MP:100
ATK:55 DEF:45
CO:--』
……牛コワイ……。
装備を外してる今、攻撃されたら2回で死ぬ。
化け物だよ。
魔物なんだから化け物なんだけどさあ。
いや、元々牛から本気のタックルを食らえば、人は2回くらいで死ぬか? 200kg300kgの動物のタックルは、死にそうだな。
地球も化物の巣窟だよ。
けれど、帰りたい。
俺はそう思い、もう隕石でも良いから帰れますように、と、手を打ってお願いしてみた。
そのお願いは、もちろん叶うはずもない。
あんなの絶対に1回キリだ。世界中の人が祈っているのに、祈りが叶いました。なんて報告を、俺は聞いた事がない。
だから、2度目はない。
神様に愛されているとか、そんな話であれば、別だろうが、俺がそんな存在であるはずはない。
天才でも、努力の化身でもないのだから。
ああ、だから、別に。
帰れますようにとは願ったけれど、叶うことはないと考えていた。
叶うかもしれない、だとか。ダメ元で、だとか。そんな風にすらも思っていたわけじゃない。
叶うわけがないことを、十分に分かっていて、本当に叶わないと思っていて、願っただけだ。
だから、落ち込んだり、ガッカリしたりするはずがない。
けれども、なぜだか、涙が止まらなかった。
ベットで眠りたい。
美味しいご飯が食べたい。
テレビを見て笑いたい。
電気の点いた場所で過ごしたい。
友達に会いたい。
学校に行きたい。
臭くないトイレが良い。
相変わらず水が体に合わない。
家族に会いたい。
家族に会いたい。
もう2度と、あの頃には戻れない。
これから俺はどんどん忘れていくのだろうか。
元いた世界が、本当だったか定かでなくなるくらいに、忘れていくのだろうか。
姿も、声も、思い出も。
俺も。忘れられてしまうのだろうか。
「うううぅ、ぐす、ぐす、うううぅ」
俺は、隙間風から身を守るように、藁の中に体をうずめる。
そうして、どれくらい泣いただろうか。
「もう、こっちでやってくしかないんだなあ」
そう思った。
「幸い、俺にはある程度の才能がある。微課金機能もある、よくよく考えれば、あれは凄い」
なんて言ったって、若返ることもできれば、手足が欠損しても生やすことだってできるのだ。
村の人に聞く限り、若返りは存在しない。
騎士の人に聞いても、手足の欠損を治すのは、相当に高位のジョブの人に頼まなければいけないので、かなりのお金がかかるそうだ。
基本的には、切り傷を治す程度が精一杯らしい。
なんだか、それはそれで取り返しがつかなくなりそうで怖いが、裏を返せば、俺は凄い存在、ということ。
イッサイワカガエールを使って永遠の命を得ることだってできるのだ。
「これだけの力があれば、世界征服も可能かもな」
……いや流石に無理か。
俺が偉い人だった場合、もし、こんな力を持つ者がいると知ったなら、絶対に捕まえる。
そして地下牢に入れて、貴様はそこで一生我輩のために、課金しておれ! ってやる。間違いない。
「つまり、まあ、ほどほどのところを目指すべきか……」
ほどほど。
ほどほど。
俺は周囲を見回した。
……牛小屋で寝るのは、嫌だなあ。
「良し! じゃあ、俺、エトが、異世界で目指すのは、そう――」
牛小屋には、採光を取り入れるためか、空気を入れ替えるためか、壁が中途半端な高さまでしかない。
それゆえに、壁と天井の間には隙間があり、そこから、夜空が。
満点の星空が見えていた。
「――目指すは、庭付き一戸建て。できれば複数のお嫁さん付きで」
俺はその、満点の星空を指差しながら、そう言った。
キラリ、と星が瞬いたような気がした。
「あああ隕石だああああああ!」
「モー」
「あああ化け物だああああああ!」
多大なトラウマを背負っている、異世界生活8日目。
まだまだ、前途多難である。
お読み頂きありがとうございます。
ブックマーク、評価、ありがとうございます。
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