表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

138/144

7月3週 木曜日 その5

村35 町54

ダ40 討伐1 フ18

人1 犯1

魔100 中13 上1

剣100 剣中13 剣上1

回復100 中4

治療85

採取100

草44 花15 実70

料理10

石工4

木工30

伐採3

漁1

歌3

体55

女7

「グルルルル、グオオオオオオオオオオオオオッ」

 雨粒が空中で静止するほどの音の振動。

 ボルカノスベアルの咆哮は、先ほどまでの縄張りを主張するものとはわけが違った。


 怒りによる咆哮。憎しみの叫び。

 殺意の証明。


 高さ10mを越え、抱きかかえても両手が届かないほどの巨木が頭に降ってきたのは、流石に痛かったようだ。

 怪我こそしていないように見えるが、表情はさっきまでの怒りなど、実は怒りでもなんでもなかったと思えるほど歪んでいる。


 俺達はあまりの音量に思わず耳を塞いだ。そうしなければ鼓膜が破れそうだったのだから仕方がない。

 しかし心は何一つ塞がることはない。

 勝つ。

 その一点のみを、俺達は見つめている。


 とはいえ、どうやって勝つかは、まだ何も見えていない。

「とにかく動いて勝機を――、来るぞ!」


 耳を塞ぐのをやめてアンネに喋りかけている途中で、視界に赤が混じる。すぐさまそれをアンネに伝え、2人共動きだせる体勢をとった。

 赤い線の軌道から、行なわれる攻撃方法は――。


「体当たり! いやそれはついでで、爪が上から来る! つか速――!」

「グオオオオオッ」

 瞬きの間に、というのが大げさではないほどのスピードで、ボルカノスベアルは遠い距離を一瞬にして詰める。足場が悪いだとかそんなことは関係ない。まるで弾丸のように俺達の目の前に現れ、その腕を振り下ろしながら、重量と頑丈さにものを言わせた突進を行った。


 俺は避けるために足を一歩踏み出す。

 しかし、さっき死力を振り絞ったばかりの俺の足は、逃げるための力を残していない。力が抜けて、膝からガクっと崩れ落ちそうになった。

 腕が当たれば即死、腕を避けても体に当たれば動けなくなる、必ず躱さなければならない攻撃が迫っている。どうする――。


 悩んだ瞬間、俺は尻を蹴っ飛ばされた。

「痛ぇ! ケツ!」

「すみません!」

 聞こえたのは謝罪の声。俺はその勢いで、斜面を下に転がっていく。痛い、が、「ナイスだアンネ!」そう答えた。そして転がりながら、倒木に狙いを定める。


「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」

 行うは、スキルを使うための詠唱。

 スキルとは、ジョブに由来する、特殊な技。ATKを上げるだとか、斬撃を飛ばすだとか、鉄や木の形を容易く変えるだとか、通常ではありえない何かを行える力のことを指す。


 スキルは一つのジョブに、それぞれ4つ設定されている。

 そんな中で、異世界民ジョブに設定された1つ目のスキルの効果とは――。


「アポート」


 物質を離れた場所からアイテムボックス内に取り寄せるもの。


「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」

 2つ目は――。


「アスポート」

 アイテムボックス内から遠く離れた場所に物質を取り出せるもの。


 攻撃が空を切った直後のボルカノスベアルの頭上に、突如として巨木が出現し、ボルカノスベアル2体分くらいの高さから、無防備な頭の上へと落下した。


『キジョウ・エト

  ジョブ:異世界民

  HP:19 MP:1

  ATK:24 DEF:6

  CO:欠損 骨折 流血 火傷』


 ちなみに残る2つのスキルはMPが足りないので発動しない。

 このATKだと、アスポートを使っただけでMPが40ちょっとなくなるのだ。きっとそれより消費が大きいだろうから無理無理。


「つかそうか、40減るんだからMPが空じゃねえか! いやそれよりも血が足りねえ!」

 腕ないままじゃん!


 俺はボルカノスベアルの状態をチラリと確認し、まだ攻撃が来ないことを確かめると、急いで課金アイテムを購入していく。


『キジョウ・エト

  ジョブ:異世界民

  HP:19++ MP:100++

  ATK:27 DEF:8

  CO:--』


 腕を治す金貨10枚のアイテムに加え、それじゃあ治らない火傷を治すアイテム。

 それからHPを一定時間減らなくするタブレットのアイテムに、それのMP版。あと、もしかするとMP0じゃあスキルが使えないかもしれないので、MPを回復するアイテムも。

「はあ、はあ、エト様ご無事ですか!」

「アンネこそ!」


 また体力を回復する課金アイテムも購入し、斜面を下ってきたアンネにも渡す。

「とりあえずこれ飲んで体力回復! それから大きい怪我したらこれ使え! こっちは口の中に入れて、攻撃くらいそうな時に食え!」

「分かりまし――えっ? エト様、さっきまで腕ありませんでしたよねっ? えぇー、腕が生えてますね! 左耳も! さっきまでなかったのに。課金、凄いじゃありませんか!」

「いや、これ金貨10枚かかるから」

「……金貨10枚あれば、教会で腕生やせますか……。じゃあ、凄くありませんね!」

「えっ? あ、あの、でも、一応、今これのおかげで助かってるから……」

「冗談です。凄い力ですよ。これとエト様の力があれば、きっと勝てます」


 アンネは笑う。

「行きましょう!」

 その力強さに、俺もまた笑った。


 怪我を治すアイテムには、体力を回復する効果も含まれていたらしく、いつの間にか足は軽快に動くようになっていた。

 心も体も、動けない状態から一気に回復したことで、俺は万能感に包まれ、本当にこのまま勝てるかもしれない。そんなことを少し思った。


 だがもちろん、その考えはすぐに消え去る。

 視界が真っ赤に染まり、俺達は再び散開した。

 ボルカノスベアルが選択した攻撃は、のしかかり。一度食らったが、あれは体勢が整っていなかったからであり、ボルカノスベアルの攻撃の中では避けやすい攻撃だ。攻撃後の硬直も大きい。

 俺はMPが減らないことを利用し、再びアポートとアスポートを使って、ボルカノスベアルに巨木を落とした。


 しかしその瞬間、ボルカノスベアルは視線を上に向け、巨木をはたき落とした。

 俺の攻撃が完全に読まれていたのだ。


 そしてボルカノスベアルは一度アンネを見た後、俺を見る。喋ることができればきっと、「お前か」とでも言っているのだろう、そんな顔と目。

 先ほどののしかかりが、木を落とす攻撃を誘う罠だったことに俺は今更気づく。隙の大きい攻撃をすれば必ず使ってくると読んだのだろう。まんまと誘われた。

 強くて硬くて速くて、尚且つ賢いとか、本当の本当に化け物だ。


 勝てるわけがない。

 死力を振り絞っても、勝てる確率が0%から変わらない。それが、ボルカノスベアルと俺達の現実。


 だから楽に考えるな。

 悪いクセだ。

 そして諦めるな。

 確率が0%だからと諦め続けて、俺は今まで生きてきた。だとしても、これからは違う。


 叶えるべきことは既に見つけた。

 ならそれを叶えるために、今できることを一生懸命に。


 ボルカノスベアルと目をあわせながら、俺は頭を急速に回転させていく。今できることを一つ一つ拾い上げていく。

 ガシャンガシャンとブロックが積み重なるような、パチリパチリとピースが埋め込まれていくかのような、そんな感覚は一切ないが、それでも。


「グラアアー」

 ボルカノスベアルは、先ほどのようなのしかかり攻撃などせず、ただただ走って俺に近づいてくる。赤い線が見えない、対応に一番困る行動だ。どうする? 俺はそう考えて、素早く首を振り周囲を確認する。

「○○○○○、アイテムボックス」

 そして後退しながら、倒れている木に右手を触れさせ収納し、左手からそのまま排出した。


 アイテムボックスの収納と取り出しは同じ詠唱だ。そのため一つの詠唱で、片方の手から収納しもう片方の手から取り出すことができる。それを利用して、瞬時に俺とボルカノスベアルの間に障害物を作り上げた。木は40cmほどの高さから落ちて、ドスン、とぬかるんだ地面を揺らす。

 これで少し、ボルカノスベアルの行動を限定できる。


 飛び越えるか、それとも――。

「よし」

 見えた赤い線は倒木の破壊。腕を振って木を破壊し、木の破片で俺を穿つ、というもの。


「なら――、○○○○○、アイテムボックス」

 俺はその木を再び収納した。ボルカノスベアルの攻撃が空を切る。

「グ――? グオオオッ」

 これで距離をとれれば、そう思うが、上手くはいかない。ボルカノスベアルは今攻撃したにも関らず、既に次の攻撃の準備を始めている。戦いながら何度も思ったが、もう少し渾身の攻撃というものをして欲しい。攻撃した後に次の行動に移るまでが早すぎるんだよ。


 二本足で立ちながら、左腕を振り下ろすボルカノスベアルの、その左腕の下を、俺はかいくぐる。一番最初、腰鎧を破壊され吹き飛ばされた躱し方だが、臆してはいられない。

 俺は登りの斜面に顔を突っ込むかのように動き、未だ生きていることで回避できたことを確認しさらに走る。

 頭の上に木を落としたい。有効な攻撃は今のところそれだけだ。


「なんとかもういち――、っ?」

 だがその時、ズルっと、足が滑る。べシャッと、俺はこけてしまった。足がもつれたとかではない。ただただ滑った。足場が悪いから。

 マズイ、そう思ってボルカノスベアルの方へと振り向く。


 ボルカノスベアルは、思った以上に近い位置にいた。そうか、斜面を登ってるんだった。ボルカノスベアルは立ち上がれば4、5mあるし、登る方向へ動くのは、思った以上に距離が稼げない。

 赤い線が見えた。躱せない。


「エト様、今、助けます!」

 アンネは既に飛び上がりながら、槍を突き刺そうと動いていた。

 折れた槍ではあるが、全体重をかけた突きならば、あるいはボルカノスベアルにも刺さるかもしれない。淡い期待を抱く。


 しかしどうやら、ボルカノスベアルはそんな些細な怪我よりも、俺を倒すことを優先したらしい。

 赤い線をこれから辿ると言わんばかりに、腕を振り上げる。


 死んだ。これは無理だ。木を出しても多分構わず攻撃してくるだろう。高いところから落とさない限り効果的な威力は皆無だし。無理だ。

「いや、諦めない」

 俺は呟き、ボルカノスベアルの攻撃から目を逸らして何かを探す。

「――っ! ○○○○○、アイテムボックス」

 そして振り下ろされるその時、俺は詠唱する。


 右手を、地面に向けてかざしながら。


 ドゴオオオオーンと大地が震える衝撃。それが、頭のすぐ横で鳴り響いた。


「グアッ?」

 ボルカノスベアルは、自分の片足がいつの間にか地面に埋もれていることに戸惑いの声をあげる。

「――ふぅ」

 対する俺は安堵の声と、「熱!」というボルカノスベアルの息や体の熱に対する感想の声をあげた。


 俺が収納できるものは、木だけではなく、土や砂もそうだ。16kg×アイテムボックスの空き数という、そう大した量ではないが、排出を同時に行いながらならば、地面を少し陥没させるくらいならできる。

 そして、今だ! と思った。

「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」

 狙うは頭。ボルカノスベアルの頭上、4、5mに狙いを定め、詠唱する。


「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、アスポート」

 食らえ、そんで気でも失――。

「グオオオオオーッ」

「――!」


 木が出現した瞬間、ボルカノスベアルはジャンプして、俺よりもさらに斜面の高い位置へ移動した。木は、なににも当たらず地面に落ちる。

 慌ててボルカノスベアルを視認するも、既に腕を振り被っている。今だうつ伏せで倒れたままの俺に。


「○○○○○、アイテムボックス!」

 ボルカノスベアルの足元目掛け、アイテムボックスを使った。しかし――。


 アイテムボックスが収納できる対象は、自身の所有物のみである。武器とか、防具とかは、自分の物や同意が得られた物しか収納できない。そしてそれは自然物に対しても同様。

 そして自然物が所有物であるかどうかの判定は、動かしたか動かしてないかで決まる。


 水も、木も、土も。


 雨は近くを通れば体温や体を動かす風で多少動く。そのため触れずとも収納できる。

 巨木は自分が切り倒すとか、倒れたものを新たに動かすなどをすれば収納できる。

 地面は、踏めばそれで動かしたことになる。触れなければ収納不可能だが、触れれば必ず収納可能だ。しかし地面は木と違い一塊ではない。収納できるのは、自分の足跡がついた部分くらい。凹ませるには全然足りない。

 だから、凹ませるくらい収納したいのなら、10m以上ある巨木のように重いものをある程度の高さから落として深くまで動かしておくとか、そんなことをしなければならない。


 手をかざした場所に、俺は木を落としていない。

 ほんの少しも凹みはしなかった。ボルカノスベアルの攻撃の軌道は、まるで変わらず、直撃コースだった。


 死んだ。


 そう思ったが、でも――。

「諦めるな……」

 俺はそう呟いて、足に力を込めた。


 途端、足がズルッと滑る。

「――諦め――」


 口から出る言葉が、思わず詰まる。こんなところで足が滑るか? 普通!

 さらに、代わりに満身の力を込めた手も、ずるりと滑った。ふざけんなよ、神様! 俺のこと嫌いかっ? 俺は嫌いだ!


「ん?」

 だが、俺の思惑とは裏腹に、なぜかボルカノスベアルが遠ざかる。離れて? いや俺が動いている……。

「落ちて――、地滑りか!」

 それに気づいた瞬間、さっきまで俺の頭があった場所にボルカノスベアルの爪が振り下ろされた。

「間一髪。助かった……」


 そのまま俺はさっき作った凹みまで滑落して、流れてくる土砂と一緒に流れ込み、さらに、勢い余って地面に突き刺さってストッパーになっている木に、ゴン、と頭を打って止まった。

「いって!」

 結構強く打ったので、目から火が出るような衝撃だった。


 大切な頭なのに打つなんて、ついていない。いや、ついてるのか? 土砂崩れで助かるなんて。


「……土砂崩れ?」

 頭をぶつけた衝撃か、目から火が出た衝撃か、なぜだか視界は澄み渡っていた。様々なものが目に入ってくる。


 倒木。荒れた地面。地表を川のように流れる雨。大きな岩。

 走って登れそうな斜面と、斜面の上の馬車道。その馬車道の上にある、決して登れなさそうな険しい斜面。そこにも並ぶ逞しい木々に、そこらかしこに嵌っている大岩。雨季。


 脳味噌が、急速に回転していく。

 ガシャンガシャンとブロックが積み重なるような、パチリパチリとピースが埋め込まれていくかのような、そんな感覚が脳髄からほとばしる。


 いや、そんなわけがない。

 そんなこと上手くいくわけがない。

 例え上手くいったとしても、効果があるかは分からない。命中するのかも分からない。

 俺達が生きていられるかも分からない。


 そんなことを理性が叫ぶ。

 しかし感覚は、本能は、未知の衝動を叩きつけてくる。


「グルウアーッ」

「エト様! 前を!」

 ボルカノスベアルとアンネの声で、俺は目の前に追撃が迫っていたことに気づく。逃げようともがくが下半身が地面に埋まっていて動けない。上体を逸らそうにも、背中には木があって、それも――、いや、なら木を!

 すんでのところで、後ろの木を収納すれば避けるスペースと出るスペースが空くと閃き、アイテムボックスに収納してスウェーで上体を逸らす。爪が目の少し下を掠める。その圧力と熱に生きた心地がしない。実際にHPが減らないやつを使っていなかったら死んでた。


 しかし、閃きが上手くいった。成功した。

 なら、さっき閃いたのも……。いやいやそんなわけがない。そんな偶然起こるわけがない。


 先ほどの地滑りは、長い雨季と今日の大雨で地盤が緩んでいるところに、俺が地面に凹みを作ったことで支えがなくなり、そこへボルカノスベアルが着地した衝撃が発生したことで起こったもの。

 偶発的なものだ。

 偶然は既に一度起こっている。続けて起こるなんて、それは最早奇跡だ。


 だから成功するわけがない。

 そんなもの、俺に掴めるわけがない。


 そんな言葉が俺の頭の中を駆け巡る。

 ああ、俺もそう思う。心からそう思う。絶対無理だ、無理に決まってる。


 でも、それでも、もう俺は無理なことでもやると決めた。なら、やるしかない。


 ……。

 それに……。


 なんだか、少し、やってみたい。

お読みいただきありがとうございます。

またブックマークや評価、感想ありがとうございます。


長い一日になっており大変申し訳ございません。あと2話くらいあります。サッと終わらせられるように頑張ります。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ