7月3週 木曜日 その4
村35 町54
ダ40 討伐1 フ18
人1 犯1
魔100 中13 上1
剣100 剣中13 剣上1
回復100 中4(昔に1回?ありましたね)
治療85
採取100
草44 花15 実70
料理10
石工4
木工30
伐採3
漁1
歌3
体55
女7
恥の多い人生を送ってきた、とまでは言わないが、薄っぺらい人生を送ってきた。
できることだけをやって、簡単なことばかりをやって、俺は今まで生きてきた。
不可能なことに挑んだことはない。逆境から立ち上がったこともない。
俺はただただ、薄っぺらな人生を歩んできた。
だからきっと、今までの俺の人生を見て、感動した人はどこにもいない。心を熱くした人もいない。
自らの生き方を、信念を、そうでなくても人生の大事なところに関る何かを変えた人など、どこにもいない。
だからいつもどこか感じていた。
俺が窮地に陥った時、俺を助けてくれる人は果たしているのだろうかと。命を賭けるとまではいかなくとも、生活とか立場とか、そういうものを全部投げ捨てて、俺という個人を助けてくれる人はいるのだろうかと。
両親は助けてくれると思う。それは間違いない。
なぜなら1歳2歳とかそのくらいの頃の俺は、不可能なことに挑んだり、逆境から立ち上がったりして、人の心を動かしていただろうから。
でもそれ以降に出会った人は?
頑張っている人には、そういう人がいるものだ。
誰かの心を動かした分、誰かは自分のために動いてくれる。何かを賭けてくれる。そういうものなのだ。
俺には欠けている。
できることだけをやってきたから。
簡単なことばかりをやってきたから。
俺という人間は、誰かの心を動かしたことはなく、誰かの心に残ったこともなく、自分がいなくなっても何事もなく全てが回り、早くも誰もが忘れてしまうような、そんな薄っぺらい人間だった。
もっと俺が他人に影響を与えられる人だったなら、異世界でこんなことにはなっていない。
今もカルモー村にいて、ケビンさん達とダンジョンに挑んでいた。
お爺さんと一緒に、ヘデラルを拠点に行商人でもしていた。
もっと、もっと、もっと。
もっと何もかもが上手くいっていた。
誰の心も動かせない。それは多分、人生で起こるどんな悲劇よりも悲しいことだ。
だから俺は、アンネが戻ってきてくれて、本当に嬉しかった。
俺に……、一緒に死んでくれる人がいるなんて思ってもみなかったから。
今までの人生全てが肯定されたような気までしてしまった。涙が溢れ出るほどに、人生で一番嬉しかった。
「せやあああああー!」
アンネは道から飛び降りて、その勢いのままボルカノスベアルに攻撃を仕掛ける。
槍を薙ぐような一撃は、ボルカノスベアルの背の毛を何一つ削ぐことができずに弾かれた。しかしすぐさま二撃目を仕掛ける。
「グルルルラアアー」
対するボルカノスベアルは、カウンターのように腕を振る。
俺なら赤い線があっても食らってしまうだろうその攻撃を、アンネは予測していたのか地面に顔や体を擦りつけるくらい低い体勢になって躱し、その二撃目をボルカノスベアルのまぶた近くへ放った。
それもまた硬い毛皮に阻まれ効果は何も見出されないが、しかし、目の周辺にある毛の2、3本は削り取る。
さらに追撃。
「○○○○○○○○○○、ピアース!」
距離とりながら突いた槍は、ボルカノスベアルにまで全く届いていないが、槍の先端からは衝撃波のようなものが射出された。それはボルカノスベアルの目の近くに着弾し、再び毛の数本を刈った。
『ボルカノスベアル
ジョブ:業火鬼熊
HP:100 MP:100
ATK:406 DEF:344
CO:--』
『アンネ・アールセドルーン
ジョブ:槍士
HP:100 MP:97
ATK:36 DEF:28
CO:奴隷』
だが攻撃は命中しているものの、HPは減らせない。ATKとDEFの差が5倍を越えると、計算した時のダメージが1を下回る。そうなると、なぜだかどれだけ攻撃してもダメージが0になってしまう。
HPを減らせれば、最悪100回攻撃して倒せるのだが、ボルカノスベアル相手にそれは叶わぬ願いであり、俺達が倒すには首や心臓を貫くという生物の殺し方をしなければならない。
だから無理なのだ。勝てない。絶対に。
ボルカノスベアルは多少の怒りと共に、口から溢れさせる炎を増大させながら、再度腕を振るう。
その腕には特別高い熱が込められており、近づく雨粒を一瞬にして蒸発させていた。多少躱した程度では、人体に大きな熱傷を残すだろう。
「――ふっ!」
それをアンネは一瞬にして悟ったのか、自らの槍を木の幹に突き刺し、そこを基点に木を駆け上がった。4m、5m、ボルカノスベアルと同じくらいの高さまで飛び上がり、炎に包まれた木を背に、そのまま顔に攻撃を仕掛けた。
さらにアンネはドラゴニュート、翼を持つ種族である。単に着地はせず、その高さのまま連檄を叩きこむ。狙うは鼻や目。硬い毛皮に守られていない、強者の弱点。
着地してからもなお、アンネは執拗に攻め続ける。
俺は思った。
一体なんだ、あの動きは、と。
天才だとか、輝いているとか、そういうことじゃない。
それ以前の問題だ。
勝とうとしている。
俺には勝とうとすることすら無理だったとか、そういうことでもない。
単に勝とうとしている動きであることに驚いた。
つまり、アンネは、生きるつもりだった。
生を何一つ諦めてない、生きるための動きをしていた。アンネは俺と一緒に死ぬつもりなどない。
だったらなんで来たんだ!
あんな化け物と戦いに戻ってくることが、一体どんな結果を生むのかなんて、考え無くても分かるだろうに!
生きるつもりなら、なんで!
答えは……決まっている。
左手を失い、失血し続ける俺の視線の先で、アンネはそれからもボルカノスベアルと正面きって戦い続けた。
もしかしたら、強い武器さえあれば……。そんなことを思わせるくらいに、アンネは善戦した。
「――はあ、ぜえ、ぜえ」
しかし、体力の枯渇と共に、戦いは終わりを迎えた。
馬車がどこまで走って行ったのかは知らないが、そこから降りて、ここまで走ってやってきたのだ。それもきっと全力に近いスピードで。そこからボルカノスベアルという化け物との、一歩間違えれば死んでしまう戦い。体力が尽きて当然だ。
こひゅーという音が、アンネの喉から無情にも鳴り響く。
「グルルルラアアアアア!」
そこへボルカノスベアルの腕が振られる。裏拳のように振られた手を、アンネはまともに食らって、小石か何かのように吹き飛ばされた。
いや、半分は自分で飛んだのか。武器は真っ二つに折れてしまっているが、俺と違って体のどこも失っていないようだった。だが吹き飛んだ先にあった大きな岩に、勢いよく体を打ちつけた。
アンネはその場に倒れ伏せる。
「ふう、ふう、ぐうう」
そんな声を出しながらフラフラと立ち上がり、折れた槍を構えるが、最早一歩足りとも動くことはできそうにない。
もちろん、ボルカノスベアルはそんな相手を逃がしてくれない。
もし逃がしてくれる優しい性格の持ち主なら、とうの昔に誰かに負けているだろう。野生で生きているということはすなわち無敗で、戦った敵全てを殺してきたのだ。
ボルカノスベアルは、吹き飛ばして距離が離れたアンネに向けて、口に火を溜めた。仲間への攻撃を示す黄色の線が、アンネへと向かう。
アンネもボルカノスベアルの火の攻撃は一度見ている。
それが自分に来ることを悟ったようで、アンネは俺を見た。そしてよろっと体勢を崩した後、ゴホッと咳をして、言う。
「エト様……」
なんで笑ってるんだよ。
俺は走り出した。
「アンネ……」
距離は、果たして何mか。こんなフラフラの体で、こんなぬかるんだ中では、辿り着くまでに永遠の時間がかかる。
今にも火を吹こうとしているボルカノスベアルから、助けられるわけがない。間に合うはずがない。
火を吹くのを止められるわけもない。火を受け止められるわけもない。
俺には無理だ。
絶対に無理だ。
今までずっとできることだけをやってきたんだ。できないことを全部諦めてきたんだ。
俺は、俺自身ができることと、俺自身ができないことを、誰よりもよく知っている。これはできない。
「エト様」
「アンネ」
でもやらなければ。
諦められるわけがない。
やるんだこれは。
できることしかやってこなかったとか、そんなものはどうでも良い。今までの人生なんてどうでも良い。
やるんだよ!
「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」
俺は今まで一度も成功したことのない詠唱をしながら、手を伸ばした。その先には根元から折れた木。別の木に引っかかって、斜めになっている木。
「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、アポート」
それが一瞬にして消え去る。
「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○」
無理だ無理だと叫ぶ心の声など一切耳に入らないまま、俺は詠唱する。そして今度はボルカノスベアルの頭上に手を向けた。
「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、アスポート」
そこに先ほどの木が一瞬にして出現する。
木は重力に従い落下を始め、無警戒に口に炎を溜めるボルカノスベアルの顔、鼻の付け根辺りに、折れて尖った幹を下にして命中した。
「グラアッ!」
ボルカノスベアルはその重みに負け、顔をほんの少し下へずらしながら、片膝を大きく屈曲させる。
しかしすぐさま足を新たに付きなおすと、なお落ち続ける木を首の力だけで払いのけ、怒りの形相のまま炎を放った。
一瞬。
一瞬しか時間を稼げなかった。
だから届くわけがない。
届いたのなら奇跡だ。
俺には絶対に起こすことがない、奇跡だ。
「アンネー!」
「エト様ー!」
左腕がないから、右腕だけで俺は抱きしめた。
俺が走る勢いのまま、俺達は二人吹き飛んだように飛んで、土砂に体を打ちつける。
鎧のなくなった背中を焦がす熱など、どうでも良い。
「生きたいんだろ? なんできたんだよ!」
上半身だけ起こして、俺は叫んだ。
「来るに決まってるじゃありませんか!」
仰向けで倒れたまま、アンネも叫んだ。
「逃げろって言ったのに! なんで!」
「何から逃げろと正確に言わなければ、解釈次第で破れます! 甘いんですよ!」
泥にまみれ、長い髪をあちらこちらに広げたアンネは、美しい。
「一緒に死ぬって言ったのに、生きる気満々じゃないか!」
「当たり前です! 死ぬ気なんぞありません!」
アンネは言い切る。
「……だったら、なんで……」
「エト様は天邪鬼ですからね。こう言えばやる気を出してくれると思いました。……やる気、出ましたか?」
「……なんだよそれ……」
俺はそう言って笑い、アンネも笑う。
そうして、俺は立ち上がり、アンネの手を握って引っ張り起こす。
「……じゃあ、そうだな。勝つぞ、アンネ」
「――はいっ」
アンネの返事と共に、俺達はボルカノスベアルへと向き直り、そして、戦う、勝つ。
例えそれが絶対に無理でも、この薄っぺらな俺に、命を賭けてくれたアンネのため、何がなんでも、絶対に勝つ。
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