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136/144

7月3週 木曜日 その3

村35 町54

ダ40 討伐1 フ18

人1 犯1

魔100 中13 上1

剣100 剣中13 剣上1

回復94

治療85

採取100

草44 花15 実70

料理10

石工4

木工30

漁1

歌3

体55

女7

 赤い線は優秀だ。

 初心者パックの付随品という立ち位置なのに、ダンジョンの最終ボスだったサファイアマンティスの攻撃すら予見した。初心者が戦う相手ではないだろうに、なんでそこまでできるんだか。

 これを作った神様に、初心者が何と戦うと思っているんだと問いただしたくなる。

 まあそれくらい、赤い線は優秀だ。


 ゆえに、ラスボスのような強さを誇る、ボルカノスベアルの攻撃すら予見する。


 立ち上がって巨大な咆哮をしたボルカノスベアルは、四足歩行に戻ると怒りの形相のままのっそのっそと近づいてきて、前足、腕を振った。右腕、斜め下から上へと振り上げるように。

 赤い線によって、俺にはそれが予め分かった。軌道は丁度、俺の上半身を綺麗に切り取るような軌道だった。


 だから俺は、その下に潜りこむように動く。

 後ろに下がる案もあったが、そのまま前進するように動かれれば追い込まれてしまう、そう直感的に感じたので、後ろに回りこもうという行動だ。立ち位置が逆になっても、ボルカノスベアルはアンネ達を追いはしない。多分、俺を殺すまでは追わないはずだ。

 それなら立ち塞がるよりも、皆が縄張りの外に出るくらい時間を稼ぐことの方が重要である。

 後ろに回りこもうとするのは、良い選択だったと思う。


 だが選択肢の善し悪しを問うのなら、戦うことがそもそも間違った選択肢なのだ。

 人間の体はそう早く動かない。


 赤い線の下に潜りこもうとした俺の動きが、まだ頭しか完了していない状態で、既にボルカノスベアルの腕は動きだした。

 あまりにも速過ぎる予想外の出来事に、心臓がバクッとはねる。


 触れるだけで身体が消えてしまうような鋭い爪と剛腕が、俺の頭すれすれを、聞いたこともないような風切り音を伴って駆け抜け、ガリッ、というような音を鳴らした。

 ボルカノスベアルの爪が、俺の鎧を掠めたのだ。


 多分、腰鎧のお尻に付近にある止め具だろうか。動きから考えて、そこに小指が掠め、そして幾分かを切り裂くも、引っかかった。

 俺の体重は、馬車に乗る用の鎧装備とはいえ120kgから130kgくらいはあるだろう。それだけの重量のものが、全力で前に進もうとしているところに、小指が引っかかる。どちらが強いのかなんて言うまでもない。


 俺の体は浮かび上がり、後ろに向かって進みだす。

 そうして数m離れた、道の脇の壁にも見える斜面に叩き付けられ、「ごはっ」と肺にある空気が飛び出す。


 転がりながら道に落ちて、俺は悶絶した。

 背中が痛い。呼吸ができない。


 しかし動かなければいけない。


 既に視界はまっかっかだ。


 息が吸えない肺を無視して無理矢理に体を動かす。

 壊れて体からずり落ちていく腰鎧を置き去りに、斜面の下に向かって飛び込む。ゴロゴロと転がり落ちつつ肩越しに見た腰鎧は、ぺたんこになっていた。


 青銅か鉄か、どちらにしろ金属が多く使われているはずの鎧だというのに。これがもしも俺だったら……。


 ボルカノスベアルが降りた衝撃で、ぬかるんだ地面が波打ち、転がり落ちるのを止められずに、そのまま斜面を転げ落ちた。

 ようやく木にぶつかって止まったところで、顔を泥まみれにした状態のまま、道の上に立つ化け物を見上げる。


『ボルカノスベアル

  ジョブ:業火鬼熊

  HP:100 MP:100

  ATK:406 DEF:344

  CO:--』


 ああ、強い。

 硬い。

 そして速い。


 とてもじゃないが人間が勝てる相手ではない。


『キジョウ・エト

  ジョブ:異世界民

  HP:19 MP:100

  ATK:24 DEF:20

  CO:骨折』


 俺達の戦いは、あるいはイジメのように見えるのだろう。


 ボルカノスベアルが近づいてきて、俺目掛けて右手を振るう。それが頭の上を通りすぎたことを、先ほどぶつかってもびくともしなかった木が木っ端微塵に破壊された音で知る。

 俺はアイテムボックスから、ダツモウデキールカンペーキやケガノビールなどを取り出して投げつけた。

 さらには俺目掛けて倒れてきた木を、アイテムボックスに収納し、今度はボルカノスベアル目掛けて倒れるように出した。


 しかし、ダツモウデキールカンペーキやケガノビールはあっけなく躱され、木は頭に命中したものの、首の力だけで横に逸らされる。


 ボルカノスベアルは一瞬の硬直もなしに、俺へとまた攻撃を繰り出した。人間の跳躍力では、射程圏外まで逃げることなどできないような軌道を描いている。

 だから俺は斜面を飛び降りるように躱した。ザザザザと地面を滑ってから、上を、ボルカノスベアルを見上げる。

 次の攻撃はなんだ、どう動けば良い、そんなことを考えながら。


 しかし、そんなことを考えている暇があったら、俺は動かねばならなかった。ボルカノスベアルは既に俺の頭上にいて、俺目掛けて降ってきた。

 上半身だけは赤い線から逃れられたが、右足からは変な音がした。


 HPを減らすには、攻撃モーションに乗っ取った攻撃が必要だ。それは人も魔物も変わらない。ボルカノスベアルののしかかりにはきっと、攻撃モーションがないのだろう。攻撃は食らったが、HPは減らなかった。俺は助かった。ただ、死んだ方がマシだと思えるくらいの痛みが、全身を駆け巡る。


 死にたくない。


 いや、死なせたくない。


 俺は動かなければいけない。


 痛みに耐えながら、左手と左足で地面を掴み、俺は駆け出す。それと同時に、右手で課金アイテムのリストを開いて、様々なアイテムを購入していく。

 そしてその中の一つ、『ケガナオールスゴーク 金貨3枚』という以前にも使ったことがあるアイテムを取り出して、一気に飲み干した。

 いざというときに役立ちそうなものの場所を覚えておいて良かった。


 足は治り、俺は再び全力で走り出す。

 また、続けて『HPヘラナクナールスコーシ 銀貨5枚』も購入。タブレットタイプで食べれば一定時間HPが減らなくなる。

 そして『カラダゲンキナールスゴーク 銀貨30枚』と『ケガナオールカンペーキ 金貨10枚』も購入した。アイテムボックス内にある金貨はゴッソリ減ったが、これでまだ走れる、攻撃を一発食らっても大丈夫だ。


 ボルカノスベアルが、本気で攻撃しているのか、甚振っているのか、そんなことは俺には分からない。

 ただ、1秒生きるというだけで、とてつもなく大変だった。


 ボルカノスベアルの攻撃や、キガキレールという課金アイテムを使用した俺によって、地図が塗り変わるのではないかという勢いで倒される木々を、俺は次々にアイテムボックスに収納していき、回避すると同時にお互いの間に排出する。その影に隠れ、俺はボルカノスベアルが予期していないだろう方向へと逃げた。

 大きく距離を稼げる手だったが、大体三度ほど繰り返した頃、木は出した瞬間に破壊されるようになった。木っ端微塵になった破片が、容赦なく俺の体に突き刺さっていく。


 木々が茂った場所に誘いこめば、体の小さい俺の方が立ち回りやすいかと思い、そんな場所に行ってみたが、その瞬間に火で焼かれた。直接あたったわけではないが、肺の中がどうしようもないほど熱くなり、火傷を治す課金アイテムを使うまでは、呼吸すらできなかった。

 外れて落ちた胸の鎧が、一部溶解していたのだから、それも当然だろう。


 さらに生い茂った場所では、ボルカノスベアルは木の枝を折って進めるのに、俺は引っかかれば動けなくなる。なんという不利な場所なんだろうか。そしてそんな時に一度、モロに体当たりを食らった。向こうも俺が急に止まるとは思っていなかったからか、爪で攻撃されなかったことは幸いだった。いや、車ではねられたような衝撃は、生きていることが奇跡のように思えるものだったので、幸いだったかどうかは分からない。


 結局俺の攻撃は一度も命中していない。そもそもアイテムを投げるという攻撃以外してもいない。青い線は未だに一度も見えてない。

 そのくせ俺は、金貨を何枚も使用したアイテムでなければ回復できない怪我と機能障害を何度も負った。だがすぐさま立ち上がって俺は逃げた。逃げ続けた。


 ……。とても、頑張っていると思う。

 すごく頑張っていると自分で思う。

 こんなに頑張れるのは、やっぱりアンネのおかげだ。


 死にたくない。

 そんな願いもあるにはあるが、最早そんな願いが叶うわけがないことを知っている。


 だから今この行動の根底にあるのは、死なせたくない。

 この願いだけ。

 誰かのために、俺はこんなにも頑張れるのか。


 はあ、はあ、という息遣いの中で、俺は俺のことを少しだけ好きになれた。


 しかしそんな中、軽い地滑りが起きた。

 俺は周囲の木と一緒に5mほど滑落する。一瞬何が起きたのか分からず、集中力は途切れたが、幸い怪我はなかった。だが立ち上がった際に、膝がガクッと抜けた。慌てて足を見ると、それは力なくプルプル震えていた。

 体力がなくなったのだと思い、カラダゲンキナールスゴークを再度飲んだが変わらない。もしかすると一日の使用回数が決まっているのかもしれない。


 腕の力で、なんとか体を支え上半身を起こし、丁度片膝をついたような状態でボルカノスベアルの方を向く。

 遠く離れた場所にいると思っていたが、既に息遣いが聞こえる距離にいて、呼吸と共に口から漏れる炎で、前髪が焦げていくのを感じた。


 直後、ボルカノスベアルは、腕を振りかぶる。


 避けられない。

 けれども、まだここで、その腕に合わせて左手の盾と右手の剣を合わせて防御すれば、死なないかもしれない。それどころか、少しは動ける程度の力を残せるかもしれない。

 それがあれば10秒、いや、あと15秒は稼いでみせる。


 頑張るんだ。

 アンネのために。誰かのために。


 なのに動いたのは盾を持った左手だけ。

 剣を持った右手は、むしろ体の後ろに隠すように動いた。


 ブオンという風切り音の次の瞬間、左手に異常な衝撃を感じた。そしてそれについて感想を抱く前に、俺の上半身は薙ぎ倒され顔を地面に思い切り叩き付けられた。


 意識を失い、顔に当たる雨粒の鬱陶しさに目を覚まして、左手を失ったことへの悲しみや痛みよりも先に抱いた感情は、笑える、だった。

 ああ、本当に笑える。


 右手を出そうとした瞬間、頭に野球のことがよぎった。右手を壊したらもうできないと考えて、咄嗟に右手を守ってしまった。


 怪我をしても治せるのに。 

 異世界じゃ野球はできないのに。

 もう死ぬのに。


 時間を稼ぐという誰かの命を救う行為を放り投げて、俺は最後の最後に自分を優先してしまう。


 結局自分のことしか考えていない。

 それくらい自分のことを優先してしまうんなら、自分のために精一杯頑張れば良いのに、それもしない。凄く中途半端で、自分が傷つかないためで、楽に生きたいがためで、考えているのはそういう自分のこと。

 誰かのためにかっこ良く死ぬとか。好きな人のために命を賭けるとか。そんなこと、俺にできやしなかった。


 ああ、本当に笑える。

 ダサすぎる。

 地面が吸収しきれず地表を流れるようになった雨水に血をさらわれながら、俺は空を見上げ、少しだけ好きになった自分自身に、再び深く絶望した。


 俺は天才でもない。

 馬鹿でもない。

 どちらにもなれない。

 何にもなれない。


 結局俺は、何かを成すことはおろか、貫き通すことすらできない。自分のことしか考えられない。

 愚かだ。あまりにも。


 その証拠に――。


「――エト様ー!」


 命をかけた理由が、その意味が失われたというのに……。


「エト様ー!」


 本当に……。


「エト様! ――助けに……、いえ、一緒に、死にに来ましたよ」


 涙が出るほど嬉しかった。

お読みいただきありがとうございます。


一ヶ月ぶり近くの投稿になりました。随分長い間投稿できず、大変申し訳ございません。

予定があったのも確かですが、ひとえに私の努力不足が原因です。本当に申し訳ございません。


これからは週に2回ほど更新を目指して頑張りますので、どうぞまた読んで頂けると嬉しく思います。


また長らく投稿していなかったにも関らず、Pの方が1000Pを越えておりました。感謝しかございません。ご期待に答えられるよう、失意を取り戻せるよう、頑張りたいと思います。

大変申し訳ございませんでした。これからもどうぞよろしくお願い致します。

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