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7月3週 木曜日 その1

村35 町54

ダ40 討伐1 フ18

人1 犯1

魔100 中13 上1

剣100 剣中13 剣上1

回復94

治療85

採取100

草44 花15 実70

料理10

石工4

木工30

漁1

歌3

体55

女7

 異世界には化け物が存在する。

 地球では空想の産物である化け物が、一生物として実際に跋扈しているのだ。


 しかしかといって、出会うことは稀だ。


 個体数の少なさゆえもあるが、主に、居住環境が違うから。


 化け物達は、水場や餌場など、様々な条件が最良の土地を見つけると、そこにいた全ての生物を排除し、王として君臨する。

 そして死ぬまで敗北することなく、追い出されずにそのまま生涯を終える。


 反対に人間や亜人は、治水や開墾をしなければ住めないような、悪条件ばかりが揃う土地に村や町を作る。


 化け物達に、人里へ出向くメリットはまるでない。

 人間や亜人がそちらへ出向くメリットはあるが、辿り着くことはできない。

 よって、両者が出会うことは稀なのだ。


 出会うためには、例えば、人里にそれなりに近い位置に縄張りを設けていた化け物が、天変地異で被災し縄張りを負われ、天変地異を逃れた人里の近くに新たな縄張りを設けるだとか、そんな偶然が連続して起こる必要がある。


 さらに、化け物達は、縄張りを決める際などに、必ず大きな咆哮を行う。

 聞こえる範囲全てが、自らのものであるとの主張を行うのだ。


 吠えるとは、威嚇の意味を持つ、自己を主張する行為。それは自らの場所を教えるという、生物として愚の骨頂のような行いであり、ほとんどの生物にとっては死を招く。そんなことをした途端、近くにいるより強い生物に食い殺されてしまうだろう。

 だから逆に言えば、もし山を2つ3つ越えるほどの大きな咆哮ができるのなら、今まで一度もその範囲内に自分より強い奴がいなかったということの証明である。

 咆哮を行えるというだけで、すべからく最強だ。


 だから咆哮が聞こえたなら、まず間違いなく誰もが逃げる。

 死の恐怖に怯え、先祖代々が開墾して作った村や町すらも捨てて、命だけを持ってどこか遠くへ。


 化物に出会うなら、その咆哮を聞き逃すだとか、そんなことをしなければならない。

 よって、まず出会わない。

 出会うのは本当に稀だ。稀の稀。


 出会ったとしても、ほとんど必ず死ぬのだから、稀の稀の中の、さらに稀。


 異世界には化け物が存在し、一生物として跋扈しているが、出会うことなどない。

 それが、ヘルプにも記載されているような、異世界の常識だった。


 俺達は日が昇ってすぐに立ち上がった。

 一晩中怯えながら過ごし、体も心も疲れきっていたが、誰1人としてそんなことを匂わせもせず、何よりも素早く行動した。


 その甲斐あって、10分もしない内に馬を馬車に繋ぎ、俺達は村を出発することができた。


 馬車が動き出したその瞬間に、全員がホッと胸を撫で下ろしたのは、言うまでもない。

「結局何もなかったですね」

 俺のそんな言葉に続いて、口々に同じような意味をサンダーレンさん達も紡いだ。きっと前の馬車に乗ったアンネやシャルダンさんも同じようなことを言っているだろう。


 俺は馬車の床に思い切りお尻をつけて、どっしり座って気を抜いた。

 そして横を、馬車の進行方向からすれば後ろを向く。


 灰色の大空と、降り続く大粒の雨、道の両脇にある登りと下り双方の斜面に生える木々に、柔らかくなった土にハッキリ残るわだち。遠ざかっていく村。

 何かあったらと怯えていたが、特になにもなく夜は過ぎた。


 世は全てこともなし、かつてそう思ったことを思いだす。


 物語の主人公や才気溢れる天才でない限り、人生を左右するような大事件にはそうそう遭遇しない。

 その時には確か、マイナスから出た思いだったように思うが、今はそれで良かったと思う。

 今回もそういうことなのだ。

 心配や取り越し苦労が、普通の人生だ。


 俺は1つ安堵の息を吐いて、軋みをあげて走る馬車の後ろから、再び景色を眺めた。

 落ち着いて眺めた雨は、もう見飽きてしまったが、もうすぐ雨季が明け降らなくなることを思うと、少し名残惜しくも見えた。


 ――だが。


 血の気が引く。

 身の毛がよだつ。


 身震いがして肌が粟立つ。

 心臓が止まる。


 そんな幾重の言葉を重ねても一切及ばないほどの感覚が、全身を駆け巡った。


 視界の中に映る、一滴の染み。あるはずのない情景。

 俺は見てしまった。


 そこには、巨大な獣がいた。


「ヴルルルルルル」

 静かに唸るそれは、熊のように見える。


 四本足ではなく、両手と二本足で四足歩行する、動物園やテレビ番組で見たことのある熊に。

 しかし、大きさは想像を絶する。その熊は村にある家よりも、明らかに大きいのだ。


 俺が呆気にとられている間に、熊は地面の臭いを嗅いで俺達の痕跡を嗅ぎ取ると、馬車を見つけた。

 そして異様なほど早いスピードで、100mかそれに近いくらい離れていたはずの距離を、ものの5秒で詰めきった。


 距離は近づく。

 俺はただその様子を見ている。

 熊はその腕を振りかぶる。

 何が起こっっているのかか分からない。


 ただ、近くで見ればよく分かった。熊には角があることと、その屈強さと頑強さと、赤さと、熱さと。

 熊はとても巨大で、口から火を漏れさせるその姿はあまりにも恐ろしく、俺は呼吸も、まばたきすらできなかった。


 そして、熊が腕を振り被った次の瞬間に、天地がひっくり返った。


 空は下に。地は上に。

 心臓が口から出てきそうな衝撃。

 馬車の土台の床板がはじけ飛び、いくつもの木の破片が俺の体を切り裂きながら、天蓋の布を突き破っていった。


 続いて訪れた、気味の悪い浮遊感。

 俺達は馬車ごと空中で1回転2回転し、道から逸れ斜面から転落していく。頑丈な木にぶつかることで、その回転や落下は止まったものの、荷台の中も俺の頭の中もめちゃくちゃになっていた。


 だが、そんなこんがらがった頭でも、俺は忘れはしないだろう。


 半分消し飛んだ馬車から這い出て、先ほどまで自分達がいた道を見上げ、自分達の代わりにその道に立つソイツを見たその瞬間を、生涯。


『ボルカノスベアル

  ジョブ:業火鬼熊

  HP:100 MP:100

  ATK:406 DEF:344

  CO:--』


 人の身長を3倍したではきかないほどの大きさ。体重に10をかけた程度では収まらない体躯。

 腕などは、俺の胴よりも明らかに太い。毛の1本1本すら、人の指ほどにあるだろう。反対にそいつの爪は異様なまでに太く、鎧ですら容易く引き裂きそうだ。


 圧倒的な、圧倒的な生物としての強さ。ATKやDEFの違いなんて、些細なものだと思う。

 それ以上に、あまりにも絶望的な差が俺達の間にはあった。


 呼吸の度に火が漏れだすほどの熱さを以って仁王立ちするその姿は、化け物や怪物というよりも、ある意味では祈りこそが自らの生死を一番変えてくれそうな、神様のように見えた。


「グルルルル、――グオオオオオオオオオオオオオッ!」

 そうして、この山だけでなく、山脈全てに響き渡るだろうとてつもない咆哮をもって、絶対に勝てない戦いが、今始まった。



「は、早く! 早く立って下さい!」

 俺は震える喉で、馬車と一緒に落ちた残る3人に向かってそう叫んだ。


 鼓膜を突き破らんばかりのボルカノスベアルの咆哮で、木々が揺れ大地が揺れ、道の上にいる馬や馬車と一緒に落ちた馬は、狂いそうなほど恐慌状態に陥った。もちろんサンダーレンさん達や、道の上にいるアンネ達も同じ。

 俺もそうだ。


 だが、震えながらも声が出せたのは、その恐怖を克服するほどの勇気があったからじゃない。


 ただ、ボルカノスベアルが俺の方にではなく、まだ無事な馬車、俺達の前にいたアンネ達の乗る馬車に向かっているから、次に死ぬのは俺じゃない、そんなクソみたいなことを考えたから、出せただけ。


 後悔してもしたりないほど、ホッと胸を撫で下ろし、俺はそう叫んでいた。

 しかしだからこそ、馬車の残骸や天幕の布の下敷きになっていた、サンダーレンさん達や御者3人を起こした後、どうすれば良いのか、まるで分からなかった。


 斜面を見上げれば、そこにいるのは化け物。

 大き過ぎる。あまりにも大き過ぎる。なんなんだあの足の太さは。手の頑強さは。爪の大きさは。

 どうして呼吸の度に火が漏れるんだ。土砂降りの雨が降っているのに、体が濡れてないんだ。意味が分からない。


 なんであんなのがこの世にいるんだ。

 なんであんなのと出会わなきゃならないんだ。一体なんの理不尽だ。


 ボルカノスベアルは本当に巨大で、、強そうで、気が違ってしまいそうになる威圧感を持つ。


 一歩一歩進み、馬車へ、アンネへ近づいているというのに、それを妨害することができない。


 足が竦む。未だ武器も抜けていない。抜いたら戦わなくちゃならない。抜かない方が怖いはずなのに、あんなのに立ち向かわなければいけなくなるという、その事実が、あまりにも恐ろしすぎて。


 そして、そんな恐ろしい怪物が近づいてくるのを、正面から眺めるというのは、どれほどの恐怖なのだろうか。

 それがありありとわかるのに。そこに仲間がいるのに。


 夢ならさめてくれ。

 俺はそんなことを思っただけだった。

お読み頂きありがとうございます。

更新頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはまた絶望的な試練に遭遇しましたなぁ 逆を返せば垂涎の経験値が湧いて出たとも言える だが、5メートルほどもある質量体が秒速20mで迫ってくるのはめっちゃ怖い [一言] モブ連中みたいな…
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