7月3週 水曜日
村35 町54
ダ40 討伐1 フ17
人1 犯1
魔100 中13 上1
剣100 剣中13 剣上1
回復92
治療83
採取100
草44 花13 実65
料理10
石工4
木工29
漁1
歌3
体55
女7
物事には必ず理由がある。
唐突に予想外の事態が起こったとしても、どこかしらに見逃した理由がある。
ゆえに、命のかかる行動をする者達は、常に気を張らなければならない。
何か日常と違う点はないか、何か不可解な点はないか。
微かにでもそんな点があったのならば、それが人生の、いや、命のターニングポイントになるのだから。
「未来ねえー」
俺は走る馬車の後ろから、空を眺めていた。
朝からずっと降り続く雨のせいで、空は灰色のまま変わらず。
その分、眩しくないので、考え事をするには良い空だったと言えるかもしれない。まあ、考え事をしているのか、ボーっとしているのか、半分半分な感じだったが。
「一応、襲われる可能性はあるんだから、気をつけとけよー」
だからか、サンダーレンさんから、そう言われた。ただ、そういう本人もあくびをしていた。ここまで1匹も魔物を見かけていないので、サンダーレンさんの気も大分抜けているようだ。説得力はない。
「はーい」
俺は空返事に近い返答をして、再び空を眺める。さっきよりは、少し真剣味を帯びた表情を作っているつもりだが、やはりボケーっと。
そして何ごともなく、時刻は昼になった。
馬達に休養と食事を与えるため、道が少し広くなっているところで馬車は止まった。
馬が休憩している間に、俺達も食事を取らなければならないので、全員で片方の馬車へ移る。俺はアンネの隣に座り、アンネがリュックから出した湿気たパンを頬張った。
このメンバーで食事をとるのは何度目だろうか。もう慣れたもので、会話はスムーズに好き勝手に行われた。
しかし全員の食事が終わりを迎える頃、行商人のシャルダンさんが全ての言葉を遮り言う。
「ちょっと良いですか? 木曜に到着予定だったテホですが、この調子ですと今日の夜には着くことができそうです」
雨が強かったので、立ち往生したりする可能性が高く余裕を見ていたが、案外順調に進んだので、1日短縮されたらしい。
予定は元々明日の昼前だったので、丸1日短縮されたわけではないが。
「どうしますか?」
シャルダンさんはさらにそう続けた。
何に対してのどうするかなのかが分からなかったので、俺は黙ってサンダーレンさんに顔を向ける。
「夜ですか。月も出ないでしょうし明かりがないのは辛いですが、近づけば分かりますか。あの村は年中火を絶やさないですし」
サンダーレンさんは、分かったのだろう、そう返答する。
「そうですね。村の真ん中のあそこには、こんな大雨でもきっと灯されているでしょう」
「魔物もここまで見かけていませんし、いきなり襲われるなんてこともない。行きますか」
流石にそこまで会話が進むと、何を話しているのかくらいは分かった。
予想以上に早く進むことができたから、テホの村に今日中に着けるが、途中で日は暮れてしまうのでどうする? とシャルダンさんは聞いていた。
街灯なんてものがない異世界では、月明かりがなければ町の外は真っ暗だ。また、そんな中でも魔物は自由自在に動くことができる。その状態で馬車の幅ギリギリの細い道を進むのは非常に怖い。しかし、サンダーレンさんは、行く、と。
ベテランがそう言っているのなら、俺に拒否権はない。俺は神妙な面持ちで、サンダーレンさんと目を合わせ頷いた。
暗い時間に積極的に活動する魔物もいるため、気を抜けない。俺はそんなことを思う。
まあ、あくびは止まらなかったが。
昼休憩を終え、俺達は次々と自分の馬車に乗り込んだ。
相変わらず雨は強く降っている。本当にもうじき雨季が明けるのか、そんな心配をしてしまうほど、毎日毎日雨ばかりだ。
太陽くらいどこかに見えやしないのか。流石にこれだけ長い期間、太陽を見ていないと気分も落ちてくる。野球をやっていた身としては、特にだ。晴天日数や日照時間の少ない都道府県民はいったいどうやってこの陰鬱な気分を晴らしているのか。
俺は、空を見上げた。
やはり、いつもと同じ雨模様。
「はあ」
空を見上げたまま、俺はため息をついた。
「――ん?」
しかしそんな時、俺は斜面に立ち並ぶ木々の1本に、変なものがついているのを見かけた。
「爪跡……か? サンダーレンさーん」
「なんだ?」馬車に半分乗っていたサンダーレンさんは俺の声に反応し、馬車に乗せていた足を下ろし、俺の近くへやってきた。
「あれなんですけど」
俺は、見つけた爪跡を指差す。
俺は戦いに関しては経験3ヶ月ちょっと、魔物を見つけるなどのダンジョン外でのことに関しての経験は1週間ほど、つまりはド素人であるため、ことあるごとにサンダーレンさんに質問するようにしている。これもまた、未来のための行い。妄想していない頃は、こんな質問、全くしなかった。
「んんー? 爪跡か?」
ただ、雨の当たるところへ呼びだしてしまったことは申し訳ないと思う。テホ村か次の町で何か奢ります。
「はい。サンダーレンさん、仰ってたじゃないですか、爪跡は魔物のマーキングの可能性が高いから、注意しておいた方が良いって」
俺は指差しながら、教わったことを復唱した。
「随分高い位置にあるな」
サンダーレンさんは言う。爪跡は、7mか8mか、そんな随分高い位置にあった。
ただ、それは俺達の立つ道の高さから見た数字で、登りの斜面に生えた木の根元から数えれば、4mか5mほど。いや、それでも随分高いな。4m5mを爪でひっかけるってことだから。
「確かに爪跡に見えますね」
いつの間にか隣にいたアンネもいた。
サンダーレンさんもアンネも、雨に目を塞がれないように、手で目の上に雨よけを作って見上げている。
申し訳ない、アンネも。テホ村か次の町で何か奢るからな。……いやどっちにしろ俺の金だな。
爪跡のような線は10本。角度的に、5本は同時につけられたもので、それが2回に渡ってつけられている形。
「それから、焦げてるように見えるんですけど、それは気のせいですかね」
また、その周囲は、どことなく焼け焦げていた。
爪跡自体も、木の皮を剥いだ白色ではなく、黒い色をしている。
「火系の魔物、か? それも巨大な……。いや、そんなのが出てたら大騒ぎになっているはずだから、違うと思うが……」
「爪でマーキングするとなると獣系の魔物でしょう。しかしそうなると、サンダーレンさんが仰る通り、大騒ぎになっているでしょうね。この大きさは」
経験者の回答は、否。
偶然できたものか、木に登れる賢い魔物、例えば猿などの魔物が、ここの縄張りには強い魔物がいるから入ってくるなよ、と見せかけるためにつけたものか、そのどちらかであると結論づけられた。
「こういうところに気づけるようになってくれば、探検者としてもやっていける。探検者も向いてるぞエトは」
サンダーレンさんに褒められながら、俺達は一緒に馬車に乗り込んだ。
俺はそれに調子を良くして、また色々な質問を繰り出すようになった。
その爪跡のことは、馬車が進みだしてものの10分ほどで、すっかり忘れてしまった。
思い出したのは、その夜。
テホ村に到着した時。
月も星もない雨の夜道。そこを全員で協力しながら、馬車が道を踏み外し斜面の下へ転げ落ちていかないように、慎重に進んで行った。
「おかしいですね。そろそろ絶対に見えるはずなんですが、未だに灯りが見えません」
「テホ村はいつも灯りが絶やされない。おかしいな」
道中、シャルダンさんとサンダーレンさんは、口々に言った。その口調は道を進むにつれて、どんどん緊張と重苦しい雰囲気を帯びてきていた。
俺を含む他のメンバー達にも、それは段々乗り移る。
そしてあるはずの灯りが一向に見えぬまま、俺達はテホ村に到着した。
灯りなんぞ1つもない。真っ暗な村に。
「村長っ、村長っ。アログさん、アログさんっ? いない」
「ドーラっ、ボレオーっ、誰もいない、どうなってる……」
いや、灯りどころか、人が1人もいなかった。
建ち並ぶ10件ほどの家。どこも壊れてはいないのに、そのどこにも、誰も住んでいない。
「家財道具もないですね。財産になるような家畜も」
「盗賊がタンスごと持って行くというのもおかしな話だ。持って行くとすれば、本人だけ」
「逃げた……ということでしょうか」
「ああ、逃げたんだ。何かが現れて」
2人の表情は暗さで分からないが、その声だけで愕然としているのは分かった。
「家屋に損傷はないから、襲われたのではないんでしょうね。しかしつまりは、近くに来ただけで逃げなければいけなかったということです」
「ええ。そしてここにそいつはいない。盗賊団ならばここにいくらか住むはず。しかしそんな痕跡もない、だから、村を必要とする者ではない。魔物だ」
その分析に、俺とサンダーレンさんとアンネの脳裏には、昼間に見た木につけられた爪痕が、思い浮かべられた。木の根元から、4m5mの位置につけられたソレ。
そんなところに爪跡をつけられる魔物がいれば大騒ぎになる。
だから大騒ぎになっていないという理由で、違う要因だと判断したが、しかし、その騒ぎが伝わっていないだけだとすれば。
この村の者達だけが気づいて、遠くへ逃げていて。
そんな彼等がまだ次の村や町へ到着していないのなら、彼等を除けば俺達がここの第一発見者になるのなら。
騒ぎになっているはずなどない。
だから結論。
ここは、4m5mの位置に爪跡をつけられるような化け物の、縄張りである。
「す、すぐにここを発ちましょう」
シャルダンさんは言う。
俺達も全員、同じ気持ちだった。
「いえ、この暗い中で動くのは危険過ぎます。途中で馬車が落ちれば身動きがとれなくなる。それに途中で襲われた場合暗い中では馬車の速度を上げれないから、逃げられません」
しかしサンダーレンさんはそう言って否定する。
そしてその言葉は正しい。
「幸い、今、襲われていません。つまり、ソイツのねぐら、昼間動くのか夜行性なのかは分かりませんが、ともかくソイツは今ここから遠い場所にいるということ。なら日出まで、ここで隠れていた方が良い」
俺達は自然と周囲を見回した。
暗さで、近くにいるお互いの表情すら確認できないレベルだ。雨が降っていては松明すらつけられない。
こんな暗い中で、襲われる危険を背負いながら休まなければならない。その事実に、全員気が狂いそうなほどの恐怖を感じた。
「俺達はあそこの家に集まりましょう。馬はあっちの家へ。何かあればきっと馬から襲われます、馬の声が聞こえたら、すぐに逃げましょう。すみません、馬も大切な財産なのに」
サンダーレンさんが護衛なのにと謝ると、シャルダンさんは優しげな声で答えた。
「いいえ、そんなものは、命あってのものです。さあ、皆さん、行きましょう。大丈夫です、大丈夫です」
こうして俺達は1つの家にかたまって、夜を明かすこととなった。
晩ご飯を食べようと言う者はどこにもいない。
臭いで嗅ぎ付けられる可能性もあるからだ。もしそうでなくても、誰も喉を通らない。
交代で眠ろうと言う者もどこにもいない。
例えそうなったとしても、眠れる者はどこにもいない。
全員が武器を身につけ、防具を身につけ、完全武装で気を張っていた。
この奇跡が起きない異世界では、大きさと強さはイコールだ。4m5mに届く獣の魔物がもしいて、そいつに襲われたのなら、俺達に成す術は1つもない。こんな武器や防具など、何一つとして役に立たないだろう。
だから俺達は、襲われない奇跡をただ祈り、夜を明かす。
気を張って気を張って、何か一つ見落とせば、それが自分の人生の終わりだというように。
いつの日か、俺は思ったことがある。
天才を死なせない。そして、努力する凡人を死なせない。その思いは今も持っているのだろうか。
持ってたとしたら、恐いなあ。
未来を想像し始めて、俺は……。
お読み頂きありがとうございます。
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頑張ります。そろそろ第3部? 完結です。