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129/144

7月2週 土曜日 その2

村35 町52

ダ40 討伐1 フ15

人1 犯1

魔100 中13 上1

剣100 剣中13 剣上1

回復86

治療83

採取100

草39 花9 実61

料理10

石工4

木工28

漁1

歌3

体55

女7

 アイテムボックスでの遊びをしばらく楽しんでいると、アンネの俺を見る目が変わっていることに気づいた。

 先ほどまでの、呆れながらも楽しげに見るような目ではなく、少し悲しそうな目だった。

 アホの子だと思われたんだろうか。


 心配になって俺はアンネを見る。しかし、そんなことを思っていないのはすぐに分かった。

 何か言いたいことがあるんだろう。俺はアンネの言葉を待った。


「エト様は」

 出てきた言葉は、昨日言われ、そして昼前も言われた言葉。

「やっぱり冒険者に向いていませんね」


「……これで遊んでる奴って冒険者向いてない?」

「そうですね、それをそんなに楽しめるのに、冒険者や探検者をあんなにも楽しめないのですから」

 嫌がらせのように言った俺の言葉は、アッサリと返された。


「戦いなんだし、命のやり取りでもあるんだから、楽しめなくても良いんじゃない? 真剣で。よっと」

 俺は掛け声と同時に、ドラム缶風呂から上がる。アンネは体の向きを変え、俺に背を向けた。

 会話も終わるかな、と思ったが、アンネは俺の言葉に答える。

「戦いの最中に楽しめとは言いません。戦闘狂になられても困りますし、特にエト様は血が苦手ですからね。しかし、語る時くらいは、楽しげに笑って良いと思いますよ」


「語る時?」俺はサンダーレンさん達とした会話を思いだす。爆笑だったはずだ「いや、笑ってだろ。あっちも俺も」

 我ながら、冴え渡ったジョークを飛ばしていたと思う。

「違います。冒険者をする理由を語る時のことです」

「理由?」


 冒険者になる理由を話すのに、何を笑うことがあるんだ?

 落伍者がやる仕事だろう冒険者は。大概は辛いことしかないんじゃないの?


「私が知っている冒険者は皆、楽しそうに語っていましたよ。俺はビックになるんだ、と」

「……」

「大金持ちになるんだ、もいましたね。稼ぐ冒険者を旦那にする、と言っている者もいました。パーティー同士の結婚率は高いですから」

「そ、それは、また別じゃね? 全然現実見てない感があるぞソイツ。すぐ死にそう」


「そうですね、すぐ死ぬかもしれません。しかし、実に冒険者向きで、楽しそうでした。彼等彼女等の天職は間違いなく冒険者でしょう」

 確かにそれはそうかもしれないが……。

「お、俺もそうなれって?」

 死ねってことになるぞ?


「いいえ、ただ、エト様の冒険者になる理由は、未来を見ていませんので」

「……未来?」

「天候に左右されないように。人付き合いに左右されないように。エト様が冒険者をする理由は、全て未来の展望ではありません。いかにして損を抑えようとでも言うような、非常に現実的で、そしてネガティブな理由です」

「現実的なのは、良いことじゃないか。地に足ついてる」


「冒険者は夢のある仕事です。だから冒険者になった理由は、全員が全員、輝かしい未来を夢見ています。私とて、冒険者として強くなり、槍一本で身を立て、将来は故郷に凱旋し道場を設立するという夢があります。なりたい自分が、夢見る自分がある、だから冒険者をしているのです。しかし、エト様は、未来に思いを馳せていない」

 アンネは言う。

「馳せられないのです」

「……」


「エト様が仰った、努力ができないという言葉。私はそれで、エト様がご自身に自信を持てない、自身に良いところを見出せなくなっているのだと思いました。だから、冒険者になる理由で、未来を思えなくても当然だと思い、少しずつ改善していけば良いと。そのお手伝いができればと思っていました」

「……」

「しかし、エト様、お気づきですか? ご自身がどんな顔をして戦ってきたか」


「どんな顔だって言うんだ?」

「戦場で仲間を失った兵士の顔です」

「……」

「仲間の元ヘ行きたいと願いながら、仲間の死を無駄にしないために戦わなければならないと思っている、そんな矛盾した顔です」


「……そんなことはないよ。戦場に行ったことないから」

「私はあります。そんな者は、さっき言った、ビックになりたいと言ってはばからない者達よりも、遥かに早く死にます。ですから、エト様。エト様は冒険者に向いていません」

「……」


 冒険者に向いているのかどうか、俺にはそんなことは分からないが、アンネの言う酷い顔をしていないことは分かる。

 絶対に俺はそんな顔をしていない。なぜなら、俺には夢がある。


「死ねない夢、目標も俺にはあるよ、アンネ。庭付き一戸建てを建てる。拘るから、お金がいくらかかるかかからないし、稼げる冒険者をやるのは当然だ。大金持ちになるんだって言ってる奴がいるなら、俺もそっちと同じだろ」

「違います」


「頑張るって夢、目標もある。今まで諦めてたそれを、俺は異世界で叶えるんだ。他人にとっちゃ大したことないちっぽけな夢だろうけど、俺にとっては大事な大事な価値ある夢だ」

「そうですね。しかし、ですから、それ以上に大きく何かがのしかかっているのですよ」


「俺に、夢はあるよ」

「それが現実に叶えられると思っていないのなら、それは夢ではありません」

 俺は、服を着終わった。

 察したのか、アンネもこちらを向く。俺達は向かい合い、目をお互いに逸らさず立っていた。


「夢はある」だから、俺は言う。アンネの目を見て。「大きな夢、アンネを、嫁にする。家を建てたら、一緒に住んでくれと言おうと思ってた。だから死ねない、叶えたい夢がある。俺には」

 言うつもりはまだまだなかったが、言わずにはいられなかった。


「――」アンネは少し驚いた様子だった。しかし、目を少し伏せると、とても悲しげな目で俺を見た。「……光栄に思います。ですが、違います」

「どこが? 俺の気持ちが分かるのか?」

「なら、子供が何人欲しいか、考えたことはありますか?」

 ……子供?


「男の子ですか? 女の子ですか? 私とエト様、どちらに似ていますか? どういった夫婦の生活を送りますか? どんな家で? 家事はどちらがしていますか? 奴隷を雇いますか? 私の料理は美味しいですか? いつ頃の予定ですか? 子供には何をさせますか?」

 アンネは口早に質問を連ねていく。

 俺はどれにも答えられない。


「夢を見ているのなら、本当に叶えたい、叶ったら良いと思っているのなら、叶った先のことも、自然に考えてしまうものです。私には分かります。それを、エト様は、考えたことがおありですか? 

「……」

「ないのでしょう? エト様は、未来のことを、何も考えられていません」アンネは言う。「未来に思いが馳せられないのは、過去に縛られているからです。冒険者をしている限り、きっとエト様は過去から抜けだせません」

 過去に縛られ、抜けだせない。


 過去。

 ああ、そうか。過去か。確かに、過去だ。


 俺の心に去来する思いは、カルモー村で得た仲間のこと。たった1ヶ月の冒険の中の、たった1週間くらいの出来事。それから、テトン町に行くまでの出来事。3日、4日、その程度の中の出来事。

 とても短い、人生の時間に比べれば、とてもとても短い時間だ。しかし、俺の薄っぺらな人生の物語においては、とてもとても分厚い出来事。

 それを過去とは、他人に容易く言って欲しくはない。


「エト様のことを話――」

「うるさいな……」

 ボソリと呟くように。けれども聞こえるように言った言葉。アンネの言葉を遮るように、もう話す気はないという思いを込めて、俺は言った。


「……」アンネは押し黙る。

「……。風呂、入ったら?」

 俺はそう言うと、リュックの近くに置いていた剣を拾い、周囲の警戒にあたる。

 アンネは俺と入れ替わる形で風呂の近くに行き、服を脱いでいった。


 お互いに無言で、布が擦れる音が雨音に混じってよく響いた。

 だが、アンネは風呂に浸かると、先ほど遮られた続きを、俺に言った。


「エト様のことを、話して下さい。何があったのかではなく、何を思ったのかを」

 その声は優しかった。

「……はあ」俺は根負けしたことを伝えるため息をつく。「長くなるよ? ……いや、短いかも。ホント、付き合いは全然、本当に全然長くないから……」

 そして、ポツリポツリと話し始めた。


 話は、ものの10分だろうか。そのくらいで終わる短いものだった。

 仲間の裏切りなんざ、どこにでも転がっている。特別なことじゃない。アンネだって、仲間に裏切られ奴隷になった。俺より悲惨な結果に見舞われてここにいる。俺がその時何を思ったのか、なんてそんなことを話しても、大した話になるわけがない。

 だから本当に、これはなんてことない話だった。もちろん、俺以外にとっては。


「……。エト様、お湯が温くなってきましたので、火を少し強めて下さい」

 いや、それにしても軽いな! もうちょっと同情してくれても良いんじゃないか?

 俺は言われた通りに、風呂釜の下に木の枝を何本か入れ、筒を使って空気を送り込む。


「どう?」俺は湯加減を聞くために顔を上げた。

 風呂釜の下に空気を送り込むためしゃがんだから、顔を上げてもアンネは見えない。――はずなのに、アンネと目が合う。

 アンネは、乗り出すように俺を見下ろしていた。


 湯気に隠れ、表情は少し見え辛いが、少し悲しげな目で。

 俺以外にとって、なんてことない話というのは、言いすぎだったのかもしれない。同情してくれているのかもしれない。そう思えた。

 ただそれだけで心が軽くなるというのは、随分意外だった。


「エト様は忙しい方ですね。自分のこともまだ片付いていないのに、他の人のことまで抱え込むとは」

「本当にな。難儀な性格してるよ」

「壁を乗り越えると人間は成長すると言いますが、エト様はご自身で壁を作り過ぎですよ」

「その割に成長してる感がないなあ。多分、壁、越えてないんだろうなあ」


 アンネを見上げながら、俺は言う。思わず、少し笑ってしまった。

「全く。自分で自分がめんどくさいよ」

「ふふふ。そうですね、めんどくさそうですね。しかしそれが、エト様の良いところです」

 同様に、アンネも笑っている。


「いやいや、良いところは他にもいっぱいあるだろ」

「そこが一番の良いところです」

「いや、俺は自分で言うのも難だが、長所だらけの人間だぞ? 他にもなんか色々あると……」

「そこが一番。飛びっきりの良いところです」


 アンネはキッパリと断言する。

 ……俺って、そんなに良いところ少なかったっけ、俺は落ち込んだ。


「良いところがコレって……。冒険者、そりゃあ向いてないわ」

「そうですね。向いていません」

 またキッパリと……。俺はさらに落ち込む。


「でも、向いてなくても、俺は冒険者を辞めないよ?」

 しかし、俺は言う。

 矛盾した思いを抱える兵士のような顔になっているのだとしても、俺は冒険者を続ける。なんでかを考えると、色んな理由の中に、もしかするとその時の出来事が入ってくるのかもしれない。

 彼等の分まで、とか。約束したから、とか。


 冒険者としての未来の自分なんざ、1mm足りとも想像できない。

 でも、辞めるつもりはない。


 俺がそう言うと、アンネはニコっと笑う。

「はい。それが良いと思います」

 そしてそう言った。


「アンネ……」

「エト様」


 ……。

 ……。

 ……ん?


「あれ、冒険者向いてないってアンネが言ってるのに、辞めないのが良い? ん?」

「はい。何かおかしいですか? というか、私は最初から、冒険者を辞めた方が良いとは思っていませんよ? 辞められますよとは言いましたが、辞めた方が良いとは一言も言っていませんし」

「……あ、ホントだ、言われてねえ。え?」


「?」

「……」

「……何か、勘違いしてらっしゃったんですね。エト様は全く、すぐに重く考え込むのですから。まあ、それがエト様の良いとこ――、ん? 何をなさっているのですか?」


 俺は、しゃがんだ状態から上に手を伸ばし、ドラム缶の縁を持った。

 そして……、すっごく揺らした。


「危ない! 危ないですエト様! 何を! 危ない! 危――、やめろ、やめろおい! やめろ! やめ、どうして無表情なんだ、恐いぞ! エト様! うわああ、エト様!」


 さて、あとは市で買い物をして、明日からの護衛に備えて早く寝よう。

 頑張ろ-。

お読み頂きありがとうございます。

先の展開は決まっているのですが、そこまでどう繋げようかを迷っております。面白くなるように頑張ります。

ありがとうございました。

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