7月2週 木曜日
村35 町52
ダ40 討伐1 フ13
人1 犯1
魔100 中13 上1
剣100 剣中13 剣上1
回復79
治療76
採取100
草26 花5 実49
料理8
石工4
木工26
漁1
歌3
体55
女7
ダンジョンでの戦いと、フィールドでの戦いには相違点が非常に多く、そして大きい。
魔物が隠れていること。
魔物が逃げること。
怪我をすること。
頭や首への攻撃で一撃で死ぬこと。
刃物で斬り続ければ、血や油で使えなくなること。
鈍器で殴り続ければ、手が痺れて使えなくなること。
そして、魔物の攻撃に、規則性が薄いこと。
ダンジョンでの戦いに慣れていると、魔物の動きに規則性を求めすぎるため、読み間違えてしまうことが多々あるらしい。
斬られて血が出た魔物は、理屈にない変な動きをすることもあれば、命をかけて捨て身の攻撃をしてくることもある。どちらもダンジョンの魔物にはないものだ。
戦いの経験のほとんどが、ダンジョンで培われている俺は、そういった違いに特に戸惑っておかしくない。
もちろんそれらの戸惑いは、命に関わるミスに繋がる。
普通なら、足手まといになることだろう。
しかし、その程度の違いなど、赤い線青い線が見える俺には関係がない。
「よっと!」
「プギュアアアー!」
俺の剣は、猪の右目を切り裂いた。
猪は勢いのままに、俺の右側を通り過ぎる。それを追いかけて追撃を加えたいが、俺を狙う敵、猪は、もう1匹いる。
「グルルル、ブルアアアー」
その猪は、すぐさま俺に襲いかかってきた。
しかし、赤い線は丁寧に、猪の突進のコースとタイミングを俺の視界に表示する。
猪はどうやら、突進の軌道を途中で変えることができないらしい。俺はその突進をアッサリ避けた。もちろん、ただ避けただけではない。剣での一撃もお見舞いした。
今度は目ではなく、鼻。いずれにしても毛で守られていない柔らかな急所は、振り抜いた剣に血の痕を残すほど深く決まった。
「そうだ。突進が真直ぐなら……」
俺の頭の中には、パッといくつものアイデアが流れる。
剣を強く振り、付着した血液を飛ばし、俺は再び剣を正面に構えた。その切先には、目に怪我をした猪。
まだ赤い線は引かれていないが、きっとそろそろ突進してくるんだろう。
俺はそう思い、その前に横に三歩だけ移動する。
トルポ山道町の付近なだけあって、ここは山の中。そして森の中。
少し斜めの地面には、太く立派な木々の幹が至るところに立っている。俺は丁度その1本が、背にくる位置に移動した。
目論見通り、猪は俺に向かって突進を行い、自身の最高速度のまま、太い木の幹にぶち当たった。
鈍い音と共に頭上では枝葉が揺れる爽やかな音が響く。
「プギ――」あと、猪の汚い鳴き声も。
衝撃に一瞬硬直したように止まった猪目掛けて、俺は振り上げた剣を振り下ろした。
猪の毛は硬い。そして首は太い。流石にこの剣で切り裂くようなことはできないし、叩いても大したダメージにならないだろう。だから俺に見えていた青い線、攻撃の命中の軌道やそのダメージの度合いを教えてくれる青い線が、一際色濃く示していた線は、真直ぐ下に振り下ろすのではなく、手前に引くような軌道をしていた。
つまり、剣の鋭さや頑丈さで切るのではなく、摩擦で斬れ、と。
紙で指が切れたりするのだ、剣ならきっと、猪の毛と肉くらいは斬れる。
その考えは的中し、剣は、手にほとんど衝撃を感じさせず、猪の首の上をスパッと斬り裂いた。傷の深さは1cmほど。
一部分だけ毛が綺麗になくなり、ピンク色の肉から赤い血が吹き出す。
「よし!」てごたえあり、とでも言うかのように、俺は声をあげた。
それを聞いたからか猪は、憎憎しげに俺を見上げてきた。
猪の大きさは2匹とも、体長1mもないくらい。体高でいえば膝くらいか。体重は間違いなく100kg以上ある。
ダンジョン用の鎧を身につけていたなら、もしかすると突進されても、大したことないのかもしれないが、森の中でダンジョン用の装備をつけると木の枝に引っかかったりして大変だと言われたので、フィールド用の軽い鎧を今は身に付けている。
突進を食らえば吹き飛ぶくらい痛いだろうし、噛み付かれれば骨ごと砕かれるだろう。
だが、どうしてか、負ける気など一切しない。
俺は何歩か後ろに下がり、猪2匹を同時に視界に捉える。
木に頭をぶつけた方の猪の方が近くにいるが、そちらは頭を打った衝撃で少しふらついたため、もう1匹の先ほど鼻を斬った猪が先にこちらに来る。
ああ、本当に、負ける気がしない。
色んなアイデアが、とめどなく溢れだす。
俺は頭を振らず、目だけで周囲の状況を確認する。すると足元に木の枝が落ちていた。
1mほどの長さがあり、先端は尖っていて、それなりに太く固そうだ。そして丁度、木の枝の先は、猪が向かって来る方向に向いていた。俺の中に、ほんの少しのイタズラ心が芽生える。
俺は猪の突進に合わせて、木の枝を踏んづけた。ぬかるんだ地面に、俺が踏んだ部分がめり込む。結果、木の枝はテコのように、その切先を上げる。高さは丁度、猪の鼻の高さ。
「プギュ――」
猪は急には止まれない。いつどこで聞いたんだか思いだせない言葉。猪はその通りに、木の枝に突っ込んだ。
流石に串刺しになるようなことはない。木の枝は鼻の脇を少し削りながら前進し、目や耳も削りながら途中で粉々に折れてしまった。
「おわ! いて」
折れた木の破片がこちらへ飛んできて、俺の顔や体に当たった。ビックリした。やっぱりイタズラ心で変なことをするのは危ないな。
だが、猪も止まっている。目の前に尖ったものを出されては、止まらざるを得ないのも当然だ。
「おいそこ危ないぞ」
意味はないだろうが、俺は忠告する。
なぜなら猪が止まった場所は、もう1匹の猪の、俺への突進コース。赤い線が既に引かれたライン上。
「プギー!」
「プギュグー!」
猪は猪に土手っ腹に突っ込まれ、2匹して地面に転げた。
俺は剣を逆手に持ち替え、その転げた先に移動する。
既に青い線は見えている。それも、一撃で殺せてしまうような濃い青の。
「ふ――」
俺は転げ、仰向けになった猪にまたがるように立ち、剣を差し込んだ。
どんな獣も、頭や背中は硬いが、お腹側は柔らかいものだ。剣はズッと腹に突き刺さり、心臓があるだろう場所を貫いた。
「プギイイイイイー!」
体をよじられ、剣を持っていかれかけたが、それを抑え込み、剣をさらに深く突き刺す。
断末魔はほんの少しずつの間を置いて、何度も何度も続けられたが、十秒ほど経つと、声はおろか動きすら、突き刺した剣から伝わっていた微細な振動すらなくなった。
『バックスボア
ジョブ:後猪
HP:83 MP:95
ATK:35 DEF:37
CO:死亡』
死んだ。
勝った。
……殺した。
猪はもう1匹。土手っ腹に体当たりされた方の猪だ。見れば、未だに転げている。
立ち上がろうとはしているが、足元がふらついていて立ち上がることができない様子。
『バックスボア
ジョブ:後猪
HP:80 MP:87
ATK:24 DEF:37
CO:骨折』
状態に、さっきはなかった骨折が追加されている。
腹に体当たりを食らった時に、あばらが折れたか。それか、腹に当たったのはそう見えただけで、実は足に当たっていてそこが折れたとか。
どちらにせよ、チャンスだと思った。
すぐにそっちへ行って、この猪と同じように腹に剣を突きたてればそれで終わる。俺はそのために、猪から剣を引き抜いた。
引き抜いたそこからは、血がゴボリと溢れだした。真っ赤な血だ。赤い。猪の血も赤いんだなあ。
「……」
……。
「――エト様! お待たせ致しました!」
「――ア、アンネ! 向こうは終わったのかっ?」
「はい!」
アンネは走って俺の元ヘやってきた。そして現状を素早く把握したのか、起き上がろうとする猪まで駆け寄って、その槍を勢いよく首に突き刺した。
すぐさま槍を引き抜くと、二撃目をいつでも放てるように構え、警戒をとかないまま猪を睨みつける。
イノシシは、口を大きく開け、アンネの方へ向き直ろうとするも途中で倒れ伏し、憎憎しげに見上げながらも、大量の血を土に零して目の光を失っていった。
「御無事ですか?」
「え、ああ。怪我なし。言ったろ? 余裕だって」
俺は手をヒラヒラさせて無傷をアピールする。
「……」
「サンダーレンさん達は?」
「もうやってくるかと、ああ、来ましたね。こちらです!」
「おおー、エト君、すまない、大丈夫か。まさかバックスボアとシェアウルフが戦ってるところに出くわすとは――って、もう倒したのかい? 2匹共? それもほとんど傷つけてない。凄いな――凄いじゃないかエト君!」
「あはは、ありがとうございます。たまたまですよ」
俺は背が190cm以上あるサンダーレンさんの驚いた声に、微笑みも交えてそう答えた。
褒められるのは気持ちが良い。
この人達の才能は、正直言って普通だ。
30代近くであるため、きっと戦いの経験はそれなりに豊富なんだろうが、才能の前には経験なんてもの、なんの役にも立たない。俺はもう、この人達よりも随分強かった。赤い線や青い線も見えるのだし。
だから、同時に2種の魔物の集団と出くわした際にも、俺が半分引き付けるのは当然の行いである。
あの時の俺は、とてつもなくかっこ良かったに違いない。
ましてや、彼等がもう半分の魔物達を倒してこちらへ向かって来るよりも、早く倒し終えていたのだから余計にだ。
いやあ、気持ち良いねえ、こういうの。俺はニヤニヤしたい気持ちを抑えながら、剣についた血をとるため、強く振った。
しかし、カッコ悪いところが出てしまった。
剣がすっぽ抜けて飛んでいってしまったのだ。
「うお、って何やってんだよエト。ははは」
「おかしな奴だなあ」
「そんな風に血を取ろうとするからよ。普通に拭いなさいよ」
幸い剣が飛んでいった方向には誰もおらず、そして斜面を転がって落ちて喪失するなんてこともなかった。
「あはは、すみません。ちょっとかっこつけちゃって」
俺は笑って剣を取りに行こうと駆けた。
「取って来ますよ」そんな俺を制しアンネが取りに行った。
アンネの方が近かったため、アンネの方が早かった。
「取って来ましたよ、どうぞ」
剣を拾い上げたアンネは、そう言って俺に柄を向けて差し出した。
俺はそれを取ろうとした。
「……」
しかし、手が震えて全く握れなかった。
自分でも驚いた。
そして俺は、アンネの顔をバッと見る。多分その時の俺の表情は、気づかれた? とでも言いたげな、不安なものだっただろう。
「……剣に血がかなりついていますね。拭ってからお渡ししますので、少々お待ち下さい」
だがアンネは俺の顔を見ないまま、そう言って剣の手入れを始めた。
その表情は、気づいていない振りをしているような取り繕ったものではなく、気づいて尚、泰然としているものだった。
「終わりました。どうぞお納め下さい」
手入れが終わり返ってきたのは、震えが止まってから。
夜。就寝と見張りは交互に行う。
5人の内、2人が当番となり、一定時間で1人ずつが交代していくシステムだ。寝首をかくことができないよう、俺とアンネが揃って見張りになることがないように組まれていた。
一応そうなっているだけで、本当に寝首をかくんじゃないかと疑われてはいないと思う。
「随分ちゃんと躾けられた奴隷なんだな。自分から剣の手入れを申し出てくれるなんて。しかも相当美人で。連携は下手だけど料理は上手いし……、高かったろ? エト、まさか坊ちゃんか?」
なんて、からかわれるくらいに仲は良くなったのだから。
その後、見張りを終え、アンネのいるテントに入った。「お疲れ様ですエト様」
アンネはまだ起きていたので、褒められていた部分だけを抽出して伝える。
「――ってさ、アンネ褒められてたよ」
「そうですか」アンネは言う。「エト様の株を上げられたなら、良かったです」
しとしとと雨は降りしきる。月明かりも火の灯りもない暗闇では、今のアンネの表情を伺い知ることはできない。
皮肉ではなく、本心で言っていることは分かったが、今、一体、どんな顔をしているのだろうか。
俺にはそれが、まるで分からなかった。
お読み頂きありがとうございます。
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主人公は元気です。
頑張ります。