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111/144

6月4週 金曜日 その3

村34 町44

ダ39 討伐1 フ8

人1 犯1

魔100 中13 上1

剣100 剣中13 剣上1

回復39

治療69

採取81

草16 花5 実33

料理7

石工4

木工12

漁1

歌3

体55

女7

 連携して行った戦いは、毎度毎度、普段よりも疲れる戦いだった。


 慣れていないせいでもあるが、より動かざるを得ないことが大きい。

 しかし、戦い自体は、随分短い時間で終わっている。休める時間が増えたと考えたなら、体力面で見ても効率的と言えるだろう。


 とはいえ、精神面から見れば、非効率かもしれない。特に、頭の疲労は大きい。

 アンネの動きに対して、線はあまりにもあてにならない。


 黄色の線、緑の線は見当違いの方が多いくらいだし、赤い線も途中でカバーに入られて消えるし、青い線も横からの攻撃で魔物が吹き飛ばされ消えることもあるからだ。


 どういう行動が来るのかを、常に考えなければならないというのは、頭から煙を出さなければできないようなことである。

 それが、天才の考えなら、尚更。

 俺は天才の考えを読み解くのが得意だと自分でも思うが、それは暗号解読が得意というのと同じ。瞬時に理解できるわけじゃない。


 黄色線を頼りにアンネをカバーに入り、アンネと激突することも何度もあった。

 緑線が見えていないからと攻撃し続け、アンネに槍でぶん殴られたこともあった。


 反対にアンネを斬りつけたこともある。

 アンネに向かう攻撃を分かっているだろうと傍観していたら、気づかないまま思い切り食らわせてしまったこともある。


 確かに戦いは短い時間で終わったが、しかし、俺達はボロボロだった。


「私は正直、連携が得意じゃない。……今にして思えば、そのせいで前のパーティーからは浮いていたのだろう」アンネは言う。「どんなパーティーに入っても、大抵私だけが違うから、間違っているのは私だ。すまんな」

 頭を下げてはいないが、アンネは俺に謝った。自分が間違っていると。


 その発言を、俺だけが間違っていると知っている。

「違う」

「ん?」


「アンネの動き方が正しい。さっきぶつかった時、本当はファイヤーポーンの後ろに回ろうと思ったんだろ? 俺は攻撃に備えようとしてたけど、回りこめるんなら回りこんだ方が絶対良かった」

「間に合ってはいなかっただろうし、結局ぶつかったじゃないか」


「さっきのタイミングじゃあ、間に合わなかっただけだ。あと何回か繰り返せば、多分できるようになる。ぶつかったのは、俺がそれに気づけなかったからだ。俺が悪い」

 俺はアンネの方を見ずに、そう言った。

 アンネは、くすりと笑う。鼻で笑うと言った方が正しいかもしれない。


「……繰り返すほど、あの状況が何度も起こるか? それに、私がこのダンジョンに入るのは、今日が最後だ。だから私が間違っている」

「……ああ、そうだった。……それでも、正しいのはアンネだ。あれが正しい、あっちの方が絶対に良い。俺には……」

 俺には、あんなことをした方が良い場面も、タイミングも、全然分からないけれど、でも、それだけが分かる。


 分かるんだ。

 俺が、間違っていることだけが。


「……」

「……」


 俺達は同時に黙った。どちらも喋りださない。

 その沈黙が、妙に落ち着かなかったので、俺はアンネをチラリと見る。

 すると目が合った。アンネは、俺を見ていた。最近よくする、不思議な目で。


 相変わらず、なんと言い表せば良いか分からない、悲しいとも優しいともとれる目だった。


「何?」

 こちらを見ていた理由を聞くと、アンネは俺から目をそらさずに言った。

「馬鹿だなあ、貴様は」

「馬鹿って……」


「泣くな」

「泣いてない」

「涙が出ていないだけだ」


 アンネは、もう何度目か分からないそのセリフを言った。

 だから、涙が出てないのなら、泣いていない、そう言おうとした。しかし言葉は出ない。


 代わりに、本当に涙が出た。

 俺の装備は重装備で、全身が金属だ。ハンカチなんて洒落たものも持っていないので、涙は拭けない。押さえても、流れ落ちるのを止められない。


「泣くな」

「……泣いてない」

「……流石に無理があるだろう。ふっふっふ」


 アンネは軽く笑って、ダンジョンの壁にもたれながら座った。そして腰につけた水筒を取って水を飲む。

 俺も隣に座った。

 涙は、止まらない。


 俺は水筒を口にあて、水をゴクゴク飲んだ。

 口から出そうになった言葉を、全部一緒に飲み込むために。

「頑張りたい。頑張りたいんだ、俺は」

 しかし、それでも俺の口は、今の気持ちを吐露してしまった。


「でも、努力なんてできない。天才の努力を見て思うんだ、俺の努力は全部間違ってるって。だから、どれだけ努力しても、何にも掴めない。間違った努力をして何かが掴めるわけがない。何にもなれないで終わるのが分かってる。だから努力できないんだ。そりゃそうだ。皆凄いよ、なんであんなに努力できるんだろう、頑張って頑張って頑張りぬいて。本当に凄い、凄い。だから俺が一番駄目だ。この世で一番、俺が一番腐ってる」

 俺は、そう口にして、ようやく自分を理解できた。

 俺は、俺のことをそんな風に思っていたのだ。ずっと、知らなかった。


「こんな自分嫌いだ。だから、頑張らないで生きていきたいのに、頑張れる人がどうしても羨ましい。天才が、どうしても……」

 俺は顔を伏せた。


 俺の吐露は終わったが、涙はまだ止まらない。床が涙で濡れていく。

「情けないな」

 そんな俺を見て、アンネは言う。

 俺もそう思う。否定はできなかった。


「本当に情けない。だが、今の方が随分男前だ。今の貴様になら、多少は好感を持ってやって良い」

「え?」


「間違った努力しかできないと全てを諦めた貴様よりも、よっぽど魅力的だ」

「……そ、それはどうも」


「――あ。ち、違う、そういう意味じゃない!」アンネは手と首を振りながら慌てて立ち上がり否定する。顔が真っ赤だ。「一般的に、の話だ。一般的に。私がどうとかではない。勘違いするなよ!」

 ビシっと俺は指差された。

 そうしてアンネは、また隣に腰掛けた。


「ふう。ま、そう、言いたかったのは、私は貴様のその苦しさなんぞ、知ったこっちゃない、ということだ。知ったこっちゃないから、こう思う。どちらも辛いなら、頑張れば良いんじゃないか、とな」

「どっちも?」

「間違った努力しかできないと諦めることと、それでも頑張ること。その……」アンネを見ると目が合った。「2つだ」

 アンネはすぐにそらして、そう言った。


「そうか。どっちも辛いのか」

「ああ。どっちも、コイツ死ぬんじゃないか、と傍から見ていて思うくらいな。私を売って、私のことを忘れてしまえば、どちらの辛さも薄まるのだろうが。いやしかし、貴様の性格上、結局うじうじ悩みそうだがな」

「俺は割とサッパリしてると思うんだけど」

「そうなのか? 貴様のことなんぞ全然知らんからな、想像で言った。許せ。しかし、辛く悩むことは確かだろう。結局、人生はその2つのどちらかを選択するしかないのだから」


「そうか……まあ、確かに」

 諦める、頑張る。対になっている選択肢なのだから、俺は何をするにもそのどちらかを選ぶしかない。そのどちらを選んでも辛いなら、俺は全ての事柄で苦しむ。

「人生って酷いなあ」

 俺は呟いた。


「そんなもんじゃないか? 人生とは。色々あるさ、仲間に裏切られたり、奴隷になったり。主人にまた売られたり」

 するとアンネは俺の呟きにそう応える。


「はは。……普通さあ、こんな風に異世界に来たら、もっと楽な暮らしが待ってると思うよなあ。なんだよ、のっけから命懸けでダンジョン入るしか生きる道がなくて、ようやく生きてけそうな目処が立っても、心折れるくらい辛い毎日が待ってるって」

「ふふふ。貴様の過ごしていた世界がどういう世界かはよく知らんが、確かになあ。英雄譚になってもおかしくない、それどころか、聞いたことのある英雄達よりもよっぽど数奇で選ばれた人生を歩んでいる」


 せっかく綺麗な女の子に出会っても、全然靡かないし、むしろ泣いてるところをガッツリ見られて、情けないって言われてるし。

 なんて人生だ。俺可哀相!


「はああー」

 俺は深いため息をついた。

「でも、そうだなあ。やるしかないか。結局、後悔して生きるしかないんなら」

 なんて後ろ向きな理由だろか。

 少し笑えた。


 しかし、立ち上がる。


「目標は何にするんだ? 努力する目標だ。それがなければ努力とは言えまい。ダンジョン何階を目指すだとか」

「そんなもんは決まってる。俺の目標と言えば、庭付き一戸建てだ」

「結局それか。今すぐ建てられるのにか?」


「建てても、きっとすぐ不満が出るだろ。家は2,3回建てないと分からないって言うしな」

「なんだその諺は。しかし妙に説得力がある。確かに私の母も、家の造りの不満はよく言っていた」

「だから、万全の下調べをして、たくさんのお金をかけて建てるのさ。国中の家を見てまわりながら、ダンジョンで稼いでな」

「結局、これまでと変わっていなくないか? ……だが、なんとなくではあるが、貴様らしい。ああ、良い目標だ」


 すると、アンネもそう言って笑った。


「なんなら国外も見に行くか。いや、そうなると住む期間が短くなるから、聞くだけとか? ともかく、ドラゴニュートの国には風呂があんだっけ?」

「あるぞ」


「じゃあ、風呂はつけよう。風呂入り放題だ」

「それは良いな。羨ましい」

 アンネもまた、立ち上がる。そして伸びをした。

 そんなアンネに向けて、俺は言う。


「良いだろ? だからアンネ、その時は……アドバイスよろしく」

 なんだか気恥ずかしくて、目は見れなかったが。


「は? ……ああ、そういうことか。分かった、良いだろう。なら、そうだなあ、その代わり、その時には奴隷から解放して貰おう。必ずだぞ、約束しろ」

 だが、多分アンネは俺を見ていた。そして、そんな約束を求めてくる。

 それには、自分の身を省みる意味ではなく、俺に対して諦めず努力し続けて必ず達成しろ、という意味が込められていた。


「分かった、必ず、な」

 だから、俺がそう言うと、アンネは満足そうに頷いて、「休憩は終わりだな。行くか」そう言って歩き出した。


「……ちなみにその家には、綺麗な奥さんも必要なんだけど……」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもない。もう少しそうだなあ、魅力的になったら言うよ。ああ、でも、そうなるのも大変だなあ。人生って大変だ。課金でなんとかなれば良いのに、課金じゃあ、人生って案外どうにもならないねえ」

「はあ」


 俺達はダンジョンを冒険し、何度も魔物と戦った。

 連携は全くもって噛み合わず、体はボロボロになったし、心も打ちのめされボロボロになった。だが、目だけは輝いている、そんな気がした。


 今日は、ゆっくり眠れそうだ。


 そんなことを思い、夜、眠る最後の準備であるトイレを済ませ、俺は部屋に戻ってくると、俺のベットにはなぜかアンネが横になっていた。


「なんかダンジョンで、奥さんとか聞こえた気が……。だ、だから多分、今日はそういうことなんだろうな。そ、そういうことなのか……、見たことのないあの目は、恋慕の目なのか。今日、今日、今日……。はっ、き、貴様、も、戻ってきたのか。くっ、わた――私の体は自由にできても、私の心は――」

 俺はアンネの体の下に手を入れた。胸の下と、膝の下。そのまま持ち上げる。


「きゃあ――。やさ、優しく――、あれ?」

 そして俺はベットから移動し、間仕切りをくぐって、アンネの布団にアンネをポーイ!

 ボフン、と音を立てて、アンネは落ちた。


「きゃっ。この――貴様――乙女の純情を! ん? なんだこの手は」

 怒るアンネ。しかし俺はそんなアンネに向けて、右手を差し出す。


「パーティーはもう組んでいるだろう? なんの手だ?」

「これからよろしく」

「……。ふっ。ああ、これからよろしく」


 俺達はガッシリ、握手を交わした。

 出会ってから、1週間と1日。俺達は、また1歩、仲間に近づいた。

お読み頂きありがとうございます。

これからも頑張ります。どうぞよろしくお願いします。

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