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109/144

6月4週 金曜日 その1

村34 町44

ダ38 討伐1 フ8

人1 犯1

魔100 中13 上1

剣100 剣中13 剣上1

回復39

治療65

採取81

草16 花5 実33

料理7

石工4

木工12

漁1

歌3

体55

女7

 奴隷に強制できる命令は、行動の禁止のみ。

 ゆえに、主人は奴隷に、様々な禁止命令を予め出し、不都合なことをさせないようにしておく。


 その命令には抜け道も多く、必ずしもそれを貫徹させられるわけではないが。


 とはいえ、しておくことは重要で、俺もアンネに対して、自殺や、盗み暴行などの犯罪行為を禁止している。

 しかし……、その命令には、1つ決定的なものが足りない。


 ほぼ全ての主人が奴隷にしているだろうその命令を、俺はあえてしてしていない。


 それは、逃走の禁止。


 だから、アンネ、どうか逃げてくれ。俺から。

 どこかへ消えて、もう二度と目の前に現れないでくれ。俺は深夜、ベットの上で目を瞑って、そんなことだけを祈っていた。


 アンネが逃げてくれれば良い、それは買った当初からの俺の願いだった。

 いや、買った当初は保険くらいの気持ちだったか。どうしても相容れられなかったら逃げてくれたら良いや、とかそんなくらいの気持ちだったかもしれない。

 しかし、今はもう、早く逃げて欲しくてたまらない。


 奴隷の首輪や腕輪、足輪は、スキルで作られた物であり、材質は不明だが、決して壊れないわけではない。武器や防具と同じだ。

 そして状態異常の奴隷は、その輪によってもたらされるものだ、外れてからすぐに状態異常が消えるわけではないが、数日も持たないらしい。

 逃走禁止の命令があれば、壊れても逃走できないため、効果が消える前に再度着けられるが、逃走の命令をしていなければ、効果が消えるまで逃げおおせられる確率は高い。


 アンネも、それには気づいているだろう、だから逃げてくれ。


 アンネを奴隷商の元に売る気はない。

 そんなことをしたら、今度こそ死のうとするかもしれない。それはゴメンだ。それだけは許せない。だから、逃げてくれ。


 別の村や町に行けば、アンネのことを知っている人など、どこにもいない。着いている首輪さえ壊せば、見た目は普通の人と同じになるのだから、簡単に紛れられる。

 そのための、普通の服もある。それからの生活のための、当座の資金も用意した。武器や防具も持って行けば良い。


 逃げたなら、きっと、俺の前には二度と姿をさらさないはずだ。

 キュレトンに行くと俺は言っているのだから、きっと逆方向へ行ってくれる。

 国元ヘ帰るかもしれない。

 奴隷から解放したなら、俺に恩を感じて、その選択をとらないかもしれないが、逃げた場合ならその可能性は多いにある。俺は一生ドラゴニュートの国へ行かないから、是非そうして欲しい。


 早く逃げてくれ。

 早く逃げてくれ。

 俺はただひたすら、それだけを考えた。


 そうしてついに、ギシ、と床が軋む音が聞こえた。

 その音は、数度大きくなった後、小さな音を等間隔で鳴らす。それは歩いていると想像できる音の鳴り方だった。

 アンネが起きて、間仕切りの向こうから出てきたと、そう確信できた。


 あとは、防具を着込み、お金や服、それから食料などを持って出ていくだけだ。それは全部部屋の中に置いてある。

 今日は雨が強く月が出ていないので真っ暗だが、1週間も過ごした部屋の中だ、手探りでもきっと探せるだろう。


 アンネが起きてきたことに、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 これで出て行ってくれると心の底から安堵した。


 だが、どれだけ待っても、アンネが動く音は、それ以上聞こえなかった。


 音は俺の枕元で止まり、ずっとそこから動かない。


 俺は、恐る恐る目を開けた。

 真っ暗だったが、分かった。アンネは俺を見ていた。


「男だろ、泣くな」

 そして、アンネは言う。


「……泣いてないだろ」

「涙が出てないだけだ」

「涙が出てなかったら、普通は泣いてないんじゃない?」

「そんなことはない。……、泣くな」


 アンネの口調が、いつもと違ったせいか、俺はその声に応えてしまった。


「貴様の目は、本当に不思議だった。初めて会ったあの時からか。私の方に余裕がなくて、それに気づいたのはもっと後だったが」

 アンネは言う。

「劣情の目で見ているわけでもない、哀れんでいるわけでもない、見下しているわけでもない、憎んでいるわけでもない、かといって、それは憧憬や信頼でもない」


「……」

「本当に分からなかった。だが、悲しいことだけは伝わってきた。私を見る度に、貴様は心が潰れそうなほど悲しそうにしていた」

「そんな目はしてないよ」

「貴様がそんな目をしているから、私も貴様を憎むのが馬鹿らしくなってしまった。あの時は、私に残された唯一の望みをよくも、と思っていたし、尊厳が穢されることも我慢ならなかったから、心の底から憎んでいたというのに。自分以上に不幸な顔をした奴のことを憎むだなんて、そんな馬鹿らしいことはないからな。なあ、一体何がそんなに悲しいんだ」


「……別にそんな悲しいことはないって。それより、早く逃げたら?」

 俺は言う。

 言わずに伝わって逃げてくれたなら一番だと思っていたが、もう言わずにはいられなかった。


「逃げんさ。売るのだろう? 奴隷商に。売れば、買った値以上の値をつけてくれるだろう、良かったな」

 だが、その意図は既に伝わっていた。その上で、アンネは逃げない選択をしていた。


「……どうして?」

「おかしな質問だな。奴隷商に金を支払っただろう? それを取り戻せなければ困るのは貴様だ。それに、一度奴隷に逃げられたなら記録が残るらしい。最初の奴隷に逃げられていれば、もう二度と買えなくなるかもしれんからな」

「次売られる先で、どんな扱いになるか、想像できないのか? 同じ扱いを受けられると思ってるのか? ダンジョンで使い潰されるだけじゃない、犯されて嬲られて、それが嫌で死のうとしてたんじゃないのか?」

「そうだな」


 アンネはさもそれが当然であるとでも言わんばかりに、ただ頷いた。

「諦めるのか? あれだけ嫌だって言ってたのに。また、死のうとするのか?」

「そうかもな」

「……なんで……」

「さあ?」

 だから、俺は我慢できなかった。

 俺は立ち上がり、アンネの襟首を掴んだ。


「それだけ才能があるのに、天才なのに、なんでも叶えられるのに、なんで諦めるんだよ……」

 けれども、その行為の原動力であった怒りとは裏腹に、俺の声はか細いものだった。

「逃げてくれよ……。金ならある、売った金なんて必要ない。奴隷がこれから買えなかろうが、俺には課金がある。神様から貰ったやつだ、本当に凄いんだ。だから、自分1人の人生ぐらいどうにでもなる。だから逃げろよ、夢とかさ、目標とかさ、あるんだろ? それを叶えてくれよ、叶えられるんだから……」

 か細く、そして震えていた。


「……泣くな」

「……泣いてない」

「涙が出ていないだけだ。……はあ」

 アンネはため息をついた。そして、俺を見つめる。


「貴様のことが、やっと分かった。得心がいった。貴様の夢は、家を建てることと、人を見下して生きることだと言っていたな。ああ、貴様のことが良く分かった。大馬鹿者だな」

 目は、俺を真直ぐに射抜いてくる。


「普通、大金が手に入れば、その後の未来に目を輝かせるものだ。神に願いを叶えて貰うだなんて奇跡が起きたなら、泣いて喜ぶものだ。人生に不満があっても、良い女が手に入ればそれで優越感に浸れるものだ」

「自分で言うなよ」

「ふん。……、だから、貴様は救われている。既に救済を得た。得たはずなのだ。なのに、貴様は何一つ救われていない。大金を手にして、神に願いを手にいれ、それでもなお、貴様の願いは何一つ叶っていない」


 暗い部屋の中、目が慣れてきて、アンネの顔がよく見えてきた。

 おそらく、アンネもまた、悲しそうな顔をしていた。


「貴様は馬鹿だ。自分の願いすら、分かっていない」

「分かってるよ、さっき自分でも言ってただろ?」


「違う。人を見下して生きるのなら、大金も課金もうってつけだろう。なのに貴様はそうしていない。家とて金貨10枚もあれば建つ。貴様はいつでも建てられる。だが、そんな気にならないだろう? きっと貴様は、ジュザイムに着いても家を建てず、またすぐ別の町へ行く」

「どうして?」

「建てたら、願いが終わってしまうから」

「……」


「貴様の願いはただ1つ。努力がしたい。それだけだ」


 なんだよそれ。とは言えなかった。


「家を建てるということが、おそらく貴様の常識で言えば、努力の果てに達成できるものなのだろう。だからそこに向かっていれば努力していることになる。そして叶わなければ、一生努力できる。貴様の本当の願いは、家を建てることでも、見下して生きることでもない。何かを叶えたいわけでもない、何かを手に入れたいわけでもない。ただただ頑張って努力したい。それだけ、それだけだ」


 その言葉が、妙に腑に落ちてしまったから。


「全く馬鹿な目標だ、この世で一番情けない。それに自分で気づいていないことが、輪をかけて情けない。大馬鹿だ」

「大馬鹿って……」

「できないんだろう? たかだかそんなことが。あんな目をして私を見て。一歩も足が進まなくなるのだろう? 才能、天才、そんな安い言葉に心折れ、何にも頑張れなくなるから私と離れようと思ったのだろう?」


 アンネは、キツイ言葉とは裏腹に、ゆっくりと優しい口調で言う。


「貴様は救われていない。大金を得ても、神から願いを叶えられても、それでも何一つ貴様は救われなかった。頑張りたいと、努力したいと、どこの誰でもいつでも叶えられるような願いが、それでも叶えられないままだ」

 俺はアンネの襟を掴んでいた手を離し、崩れるようにベットに腰掛けた。

 そうして顔を伏せ、アンネの顔を見ないように言う。


「才能とか天才とかは、全然、本当に全然安い言葉じゃないよ。少なくとも俺にとっては、本当に。俺じゃ駄目なんだ、何をやっても、出来不出来は運でしかない。天才達の領域にはどれだけ頑張っても辿りつけない、同じ努力すらできない、間違った努力しかできない。……。アンネは天才だ、きっと将来、やろうと思ったことは何でもできるようになる。だから、応援させてくれよ、逃げてくれよ。天才なんだから」

「貴様は天才とは真逆だな。天才に近い才能を持っているだろうに大馬鹿だ。そんな大馬鹿のことなど、私は考えない。貴様の思いなど、絶対に汲まん、絶対に叶えん。明日私を売ればいい、そして私は買われた先で不幸になって、死を選んでみせよう。貴様の前には二度と現れない、それだけは望み通りだ、良かったな」


 俺の言葉を待たず、アンネは間仕切りの向こうへ入っていった。


 アンネには、アンネにしかできないことが山ほどある。

 だがそれを、アンネは簡単に捨てることができる。

 もうきっと、アンネになんと言おうが、それを完遂するだろう。


 そうアンネは天才だ。

 きっと、物語の主人公だ。


 見込み違いも、前言撤回も、アンネにはあり得ない。

 1つ決めれば、必ず貫徹する。


 天才や物語の主人公が決めたことに対し、それ以外の者は逆らうことなどできない。

お読み頂きありがとうございます。


今日中の投稿は無理そうです。

明日の夜にまた投稿致します。その時はこの日を完結させられるよう、頑張ります。

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