6月3週 休日
村34 町39
ダ34 討伐1 フ8
人1 犯1
魔100 中12 上1
剣100 剣中12 剣上1
回復39
治療49
採取77
草16 花5 実33
料理7
石工3
木工11
漁1
歌3
体55
女7
異世界において、体を綺麗にする方法は、体で水を拭く、水浴びをする、この2つ。
それが、風呂の代わりを務めている。
日本とは違い、湿度が高くないため、それだけで十分体を清潔に保つことができ、臭いの発生も抑えられる。
しかし、抑えられる、というだけで、全くない、ということではない。
ランニングを済ませ部屋に戻ると、アンネは起きていた。
「おやよう」できるだけ明るく挨拶をするも、顔は不機嫌さを隠さない表情のまま。
聞くと、アンネは理不尽に怒りだす。
「奴隷なんぞごめんだ、そして貴様のような奴の奴隷なんぞもっとごめんだ。しかし、絶対に絶対に嫌だが、絶対に絶対に嫌だが、私だって少しは覚悟して、現状での努力をしてみようと思ったのだ! なのに貴様は1人でサッと寝て、私だけがもしかしたら、なんて思って眠れず、朝起きたら貴様はいない。なんなのだ!」
そんな風に。
「そういう目的もあると言っておいて、いち冒険者としては割高なはずの私を買って、媚を売るために良い扱いをしておいて、そんな……、くっ、貴様は――」
アンネは俺につめ寄ってきた。
「特に貴様のその――」
身長が大分違うため、下から睨みつけてくる感じだ。この角度でも美人だ。睫毛の長さもよく分かる。
……しかし、俺は思った。
「……あなた、臭いよ?」
「――え?」
「髪か? 髪かな? あなた、臭いよ?」
「は、はああっ?」
アンネは俺から飛び退くように離れた。
同時に臭いも消えていく。
なので多分、合っている。原因は頭、頭皮だ。俺はもう一度、確かめるように前に出た。そして頭の臭いを嗅ぐために、くんくんと鼻を動かす。
「や、やめ――。来るな、来るな! 貴様、最低だぞ!」
アンネはそれから逃げると、そう言って俺を指差した。
なお、指を差すため前に出した腕の根元に、アンネは少し鼻を近づけた。本人はバレないようにやっているつもりかもしれないが、傍から見れば丸分かりだ、脇の臭いを嗅いでいると。
「いや、脇じゃないんだ。体は良い匂いしてると思う、甘い感じで」
「――っ」
「だが頭はあれじゃない? 臭くない?」
「くっ、臭くない! 臭くない! 絶対に臭くない!」
というわけで今日は、風呂に入ることにした。
まずは水を汲む。
「な、なぜ水がアイテムボックスの中に入る! 貴様、ヒューマンではないのか?」
「ヒューマンだよ。これは、課金さ」
「課金?」
「課金」
「……?」
そして町の外に出て、外から見られないような位置に移動。今度は石とドラム缶を出す。
「な、なぜ石と金属がアイテムボックスから出てくる! 貴様、ヒューマンではないのか?」
「ヒューマンだよ。これは、課金さ」
「課金が分からん」
「金で買ったのさ」
「金で買えるのか……」
並べた石の上にドラム缶を置き、その下に拾ってきた乾いた木の枝を放り込み、アンネに火を点けてもらう。
「私は火を点ける道具じゃないぞ」アンネは不満気になったが、干し肉を渡したら機嫌が直った。そしてドラム缶の中に水を入れ、それが丁度良い塩梅のお湯になるまで待つ。
「なるほど、風呂か」
「あれ、風呂知ってんの?」
「ああ、実家にもあった。そうか、ヒューマンに風呂文化はないと思っていたが、貴様は知っているのだな。それに……、なるほど外で。こういう風呂もあるものだな。簡素だが考えられている」
「俺が考えたわけじゃないけどね、五右衛門風呂って名前もついてる。確か、五右衛門とかいう有名な泥棒が捕まって、その処刑方法がこんな感じで煮え湯に沈められた、ってことからついたはず」
「……」
「……人間ってのは残酷だな」
「ドラゴニュートは違うぞっ? 一緒にするな!」
手を突っ込んで湯加減をみた。丁度良い感じになってきたと思う。
「どう?」
「どうって……、私も入って良いの――私も入ってよろしいのですか?」
なぜか言い直して丁寧な言葉遣いをしたアンネに、うなずいて答えてやると、とても喜んだように見えた。
アンネはすぐにドラム缶の中に手を入れた。
「もう少しぬるい方が」
と答えたので、火を弱くして、水を足す。
「丁度良いかと」
「じゃあお先にどうぞ」
「え? 私が先? いや、それはちょっと……」
「別に奴隷とか気にしなくても」
「そういうことではなくだな……汚れが……」
よく分からないまま、ともかく俺が先に風呂に入った。
湯加減を合わせたのが無駄になったな、と少し思ったが、風呂に入れば全てを忘れられた。風呂好きではないが、久しぶりに入れば心底気持ち良い。
煙で目は痛いし、底は熱くてたまらないが、お湯は最高だ。
「アンネー、水足したらぬるくなったから、もうちょっと火、強くお願い」
俺がそう言うと、五右衛門風呂のすぐ近くでしゃがむアンネは、竹の筒を使って、風呂の下の火に空気を吹き込む。
パチパチ、と火が燃える音が大きくなった。
「ありがとー」
2人いると、火の調整も楽だ。
俺は桶を使ってお湯をすくい、頭にかけ、湯船の中で体もこする。
随分とサッパリした。
「……けどお湯が結構汚くなっちゃったな。ごめん、汚れはすくっとくから」
「別に、構わん。実家で慣れている」
するとアンネはそう言った。どういう実家だったのかは聞けなかった。
俺は風呂から上がり、体を拭く。
その間アンネは後ろを向いている、はずだ。おそらくこちらを見ていない、はずだ。視線を時々感じるのは気のせいだろう。
服を着ると、今度は、入る方と火の番を交代し、アンネが風呂に入った。
なお、着替え中、アンネは常に俺の方をチラチラ監視するように伺っていた。視線を凄く感じる。だが、俺は着替えを絶対に見ない。君とは違うのだ。
「ふうううー」
そんな嘆息が聞こえたところで、俺は風呂に入ったことを確信し、五右衛門風呂の方を見た。
しゃがんでいるので、風呂の中を見ることはできない。ただ、見上げると、アンネの幸せそうな顔は見えた。
「おい――」
そう声をかけられ、俺はビクッとした。見ていない、と咄嗟に言い訳しようかと思ったが、用件は違うことだった。
「貴様が入っている時も思ったが、これは煙が目に痛いな。煙道は作らないのか?」
「煙道?」
「煙の道だ。一箇所に設けてそこに煙突をつければ、煙に目がやられることはない。それに、足元にすのこも引かんのか? 私でも少し熱く感じるのだ、ヒューマンでは辛いだろう」
……。
「……おいおい、な」
もうちょっと早くそれを知りたかった。
俺はガクッと首を項垂れさせた。俺が煙道の存在を知らなかったのだと気づいたのか、アンネは、良く分からないフォローをした後、また風呂を堪能する。
「水を」
アンネが言うと、俺はアイテムボックスからドラム缶目掛けて水を出す。
「火を強く」
また、竹筒を拭いて火を強くする。
奴隷の方が、人を使い慣れてる感がある……。
アンネは、桶を使い何度もお湯をすくって頭にかけ、体を擦り、十分綺麗になったと感じたところで、風呂を上がった。
裸を隠すように、俺とは五右衛門風呂を挟んで対極の場所で、渡してあったタオルを使って体を拭き、服を着る。外なので音は分からない。
「もういいぞ」
その声で俺は立ち上がり、アンネを見た。
髪はまだかなり濡れているが、大分サッパリしたアンネがいた。
温まったからか頬は上気しており、とても色っぽい。
「一応、感謝してお……、なぜ近づいてくる。――あ、そうか」
俺がアンネに向けて近づこうとすると、アンネは思わず一歩後退しようとした。しかしそこで踏ん張る。顔は真っ赤になっているが、俺の接近を受け入れ、俺が鼻をすんすんと鳴らすまで動かなかった。
そして、俺は頷き言う。
「臭くない」
「――ほ。……、いつまでそうしている、早く離れろ!」
アンネは、擬音で表すなら、ガルルルル、だろうか、そんな表情で俺を見る。
俺は笑って、風呂の処理に取り掛かった。
手伝おうとしたアンネに、髪をちゃんと拭けと言って、俺はドラム缶を傾けてお湯を流す。
「別に髪が濡れていようがいまいが……、はっ。ヒューマンは髪や体も異性の評価基準として大切だと聞く。それを洗わせた、つ、つまりじゃあ、きょ、今日か……、そ、そうか……」
そんなことを呟いている子は放っておき、ザパーンとドラム缶の中のお湯は草原に流れていった。お湯の色は、大分濁って汚れていた。
それから再び水を入れ、多少擦り汚れを落としてから、ドラム缶や敷いていた石などをアイテムボックスに収納していく。煙道はどうしようかな、と悩みながらの作業だったが、特に問題なく終了した。
帰り道、アンネは赤い顔で俺の顔をチラチラチラチラ見てきた。
部屋に戻って荷物を置いたら、今度は昼食。買ってあった干し肉などを食べた。
食べている内に、アンネは調子を取り戻したらしい。
「私の立場で言うのもなんだが、もっと野菜も摂った方が良い」そんなことを言いだした。
「野菜かあ、果物は一応買ってあるけど……。野菜はなあ、あんまり美味しくないんだよなあ。かと言って料理もできないし」
「……なら私がしよう、それくらいはできる。鍋や包丁などがあれば作ってやる。文句を言わないのならな」
食べ終わった後、「これからは自由時間で」と言って俺は外に出たのだが、なぜかアンネもついてきた。
町をぶらぶらと歩き、演劇をやっていれば演劇を見て、スポーツ大会をやっていればスポーツ大会を見て。
子供が遊んでいれば、加わって。
俺は、捕まった人が収容されるらしい、土に円で描かれた刑務所の中で、アンネが子供達を次々捕まえていくのを眺めていた。
陽が沈む少し前にアパートに戻る。
汗を多少かいたので、俺達はそれぞれで体を拭いた。
「楽しかったな」
「……まあ。元気な子供達だった、将来は良い大人になるだろう」
「……」
「……」
「……。明日からしばらく雨だっけ?」
「え、あ、ああ。明後日だ。雨季がきたのだろう。こっちの方は随分遅い」
「……」
「……」
「……、結構続くんだよな」
「長ければ1ヶ月続く。そ、その間は、どうしても家の中にいることが、ふ、増えるな」
「……」
「……」
「……、なら、明日、洗濯物出さないと」
「そ、そうだな。ベットのシーツも洗った方が良いかもしれない」
「そ、そうか。あ、ありがとう」
「……」
「……」
暗くなった部屋の中、会話はよく止まる。
向こうが意識してくるから、こっちもなんだか変な気分になってきた。
だから、ちゃんと言っておかなければならない。
これからのためにも。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……、アンネ」
「――ひゃう!」
ビクッと体を震わせ、反射的に女性的な部分を手で押さえるアンネ。ひゃう、ってなんだ……。
「いや、俺は全然、アンネに手を出そうとか思ってないから」
「……は?」
「性奉仕希望とか言ったのは、ほら、そうじゃないとなんか色々あんでしょ? 大変なことが。それは可哀相だなあと思ったからそうしただけで、別に他意はない」
「……、だ、だが私は金貨10枚だった。借金のカタに売られた時の売値はもっと高かった、本来の値段はさらに高いだろう。冒険者としての腕前だけなら、もっと安い奴隷もいたはずだ! それに、服は普通の服で、食事も普通で、寝床も奴隷の寝床と言い難い。さらには風呂まで入った。なら……他の仕事もさせるつもりがあるのは見え見えだぞっ。くっ、体は自由にできても――」
「じゃなくて! なんだろう、なんて説明すれば分かるのか。でもまあ、誓って手を出そうとかはない」
「……それならば、私を買わずとも良かっただろう。自分で分かる、従順な奴隷が望まれる世の中で、私に奴隷としての価値なんてないとな。金額には到底見合わん」
「いやあるよ」
「……また……」アンネは独り言のようにそう呟き、しかし気を取り直して俺に言う。「それは一体なんだ?」
「アンネは、まあ、金貨100枚とかでも安いんじゃない? それだけ、冒険者としてってだけじゃなくて、ともかく才能がある」
「……才能?」
「そう、これから誰も勝てないくらい強くなるよ。だから全然安い。本当に」
「……どうして貴様は……、……。まあ、良い。それが本当なら嬉しいものだ、納得もしよう。しかし、であればなぜ着飾らせる? 食事も普通で、寝床を用意し、風呂に入らせた? なぜ私の喋り方を強制しない、もっと奴隷にやらせるようなことをさせれば良いだろう。なぜ命令しない」
「それは……、仲間だから?」
「……仲間?」
「仲間だから、まあ、普通の関係でいたいってことじゃない? ……さあね、なんでだろう、ま、ともかくそういうことだから、おやすみ」
気恥ずかしくなって、俺はベットに横になった。
「……仲間?」
しばらくして、アンネも間仕切りの向こうに入り、横になったようだ。
「仲間……、なかま……、ナカマ?」
だが、なんか呟いてる……。
「ナカマ、ナニソレ、ワタシ、シラナイ……」
大丈夫だろうか。
「ナカマ……、ナカマ……、ナカマ……? なかま……、なかま……、仲……間、仲間、仲間っ」
あれ、デジャビュか?
なんか聞き覚えがあるぞ。
「仲間か!」
ちょっと、涙が出そうだ……。
まあ、これできっと、少しは普通の関係に近づくだろう。
そうして、出会ってから4日目、俺達は仲間の第一歩を踏み出した。
お読み頂きありがとうございます。
これからも頑張ります。おそらく明日、新しい小説を投稿します。お暇があれば読んで頂けると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。