6月3週 金曜日 その3
村34 町37
ダ33 討伐1 フ8
人1 犯1
魔100 中12 上1
剣100 剣中12 剣上1
回復39
治療41
採取77
草16 花5 実33
料理7
石工3
木工11
漁1
歌3
体55
女7
金貨が1枚なくなるほどの買い物を終えると、時刻は太陽が大きく傾いた頃になっていた。
武器防具を買って、ダンジョンに入るつもりだったが、武器や防具を買いに行く時間もなさそうだ。
買い物はやっぱり時間がかかるな。俺は思った。
なので、購入した長細い木の棒を何本も背負って、俺はアンネと共に、アパートに帰った。
「住むのが1人増えたんですけど、大丈夫ですか?」
「ん? おー全然。自由に使ってくれや」
「どうもー」
管理人に問題がないことを確認し、部屋へ向かう。
「増えた? おお、エト、なるほどな。羨ましいもんだ……。頑張れよ!」
そんな風に見送られ。
「や、やっぱり……」
ただ、コイツが勘違いするのでやめて欲しい。
扉を開けると、ここ3週間で随分慣れ親しんだ部屋がある。
1フロアのワンルーム。しかし12帖くらいある広めの部屋。2人で暮らすにはワンルームは不向きだが、これくらい広ければなんとでもなるだろう。
一応、そのために色々買ったのだし。
「じゃあ、荷物置いたら食事に行こうか」
「食事ですか」
そわっとアンネが動く。途端、グウウゥ、と腹の音が鳴った。腹が減っているのかもしれない。
「も、文句があるのかっ? 移動中はロクに食べられていなかったんだから、仕方ないだろう!」顔を真っ赤に戦闘体勢をとったアンネ。
俺はそれを無視して、手招きしながら部屋を出る。
食事は、いつもの店に行った。
「お、エト、今日は遅いな。ってその首輪、奴隷連れか? なるほどー、へっへっへ」
店員にはそんな感じで迎えられ、片手に皿を持ちながら器用に背中を叩かれた。よく落とさないな、器用なもんだと関心する。しかし、下卑た笑いはやめて欲しい。
「や、やっぱり……」
こうなるから。
「けどよエト、ここは奴隷専用の飯売ってないぜ? 隣の隣の隣のグッチんとこはやってるから、奴隷だけそっちに行かせたらどうだ?」
「あ、そうなんですか? あー、まあ、じゃあ良いです良いです。ここで2人前貰います。美味いっすからねここ」
「おお! エトは良い主人になるねえ。いつものか?」
「じゃあ、いつものと……、なんか好きなもんある?」
「え? あ、その……」
アンネに会話を振ると、アンネは言葉に詰まった。
俺には流暢に話すが、俺以外が会話の中にいると毎回こうなる。人見知りらしい。
「ドラゴニュートかあ、何が好きなんだっけなあ、初めて見たからなあ。あ、フロッグだっけ?」
「カエル? そうなの?」
「わ、悪いか!」
「そうらしい、じゃあそれで」
「あいよー。塩焼きしかねえけどなー」
10人近くが座れる円卓に、2つ並びで空いている場所を見つけたので、俺達はそこへ腰掛ける。
アンネは始め、中々座ろうとしなかったが、椅子を引いてやると素直にそこに座った。
「あ、ありが……」
そして小さな声で言う。
「え? なんて?」
居酒屋の喧騒の中の小さな声。なんて言ったかは分かったのだが、ちょっと意地悪な心で聞いてみた。
「な、なんでもない! こ、後悔するなよ? もう食べさせんと言っても遅いからな!」
アンネは予想通りの反応を見せる。
「いいえ、どういたしまして」
「――聞こえ……、く、くぅ!」
そんなやり取りもあってか、俺とアンネはそれから一言も喋らずに、運ばれてきた料理を食べた。
しかし、食べ終わった頃。
「もうなくなってしまったか……」
アンネが残念そうに言った。
「おかわりする?」
「――だ、誰が。……ふん! そうやって懐柔しようとしているのかもしれないが、手が古いな。そんなことで私は――」
「すみません、フロッグのやつもう1つ」
「あいよー」
「…………、あ、ありが……」
「え? なんて?」
「……なんでもない」
「腹鳴るほど減ってたんだもんねえ。どういたしまして」
「き、聞こえ――、く、くぅ!」
楽しい楽しい食事の時間だった。
「ふう」
食べ終わったアンネは、なんだか肌がツヤツヤしているようにみえるくらい満足気に息をはいた。
腹一杯になる、というのは、世界が変わっても幸せなことのようだ。
だから、ほら、奴隷になることなんて、大したことない。
死ぬようなことじゃないんだ。
……これで、もう死のうとはしないかな?
自殺はできないようになっているが、ダンジョンでなげやりに振舞えば、自殺じゃない死に方なんて簡単にできる。
そんなことを目の前でされては堪らない。
それも、天才に。
また一生忘れられない出来事が増えてしまうだろうから。
「よいしょ、帰りますか」
そう言って立ち上がる俺を、アンネは見つめていた。何を考えているのかは分からないが、案外素直に立ち上がった。
俺はいつもの2倍以上の支払いを済ませると、太陽がほとんど沈んだ町を歩いた。
チラッと振り返ると、アンネは最初よりも遠い距離間だが着いてきていた。
沈みかけの夕陽はとても赤いが、それに照らされたアンネはもっと赤い。赤く、鮮烈で、輝いていて。吹いた風に髪がなびいたその瞬間は、少し、ドキっとさせられた。
部屋に戻ると、部屋の片隅にあるランプに火を点ける。
試しにアンネに頼んでみると、口から火を吹いて点けていた。興奮したら引かれた。
「おっほん。えー、今から、アンネの部屋を作ります、準備は良いですか?」俺は仕切り直し、そう言う。
買ってきた細い木の棒は、全て俺の背丈くらい。俺はまず2本を取り出し、バツを作るように斜めに交差させ縄で結ぶ。
その際、交差する点は、木の棒の上辺り、アンネの顔が隠れるくらいの位置にする。
それを部屋の壁に立て掛け、もう1つ作ったらそれをその対面の壁に立て掛ける。
そして再び2本取り出すと、今度は一本の棒になるような形で結ぶ。これを、先ほど作ったバツの上に置いて結べば、物干し竿のような土台が完成する。
あとは、この物干し竿に、布をかけるだけ。
大きな布はなかったので、何枚もかけることになり、見た目はどこか暖簾のように見えるが、これで間仕切りの完成だ。
12帖の部屋を、10帖と2帖に分ける間仕切り。
2帖の方の間取りは残念ながら、畳の長い方と長い方で合わせたような縦長の部屋だが。
「まあ、狭いけど、寝るとか着替えるとか、あと体拭くとか、それくらいなら問題ないと思うよ。普段は普通にこっち使えば良いから」
俺はそう言って、買った布などを敷いて布団を作る。
肌触りやフカフカさを考え購入した何枚もの布で作った布団は、俺のベットよりも金がかかっていそうな気がした。
布団を敷いている間、アンネは間仕切りの布と布を左右に掻き分け、その様子をキョトンとしたような顔で見ていた。
なぜそんな顔をしているのかは分からない。
アンネは情事に及ぶと思っているのかもしれないが、もしそうだとしても、こういう空間は必要なはずだ。
キョトンとする理由にはならない。
……まあ、天才にしか見えない何かが見えているんだろう。考える気がない今、それは不明だ。
「さて、それじゃあ寝ますか」
俺がそう言うと、アンネは誰が見ても分かるほど体をビクつかせ、俺から顔を背け、耳を真っ赤にしている。
……これは誰が見ても、何を考えているか分かる。分かり易過ぎる。違うと何度言えば分かるのか。
俺は部屋の隅にある水瓶から、桶で水をすくい、その水で布を濡らして体を拭く。
アンネが凄くチラチラ見てくる。
異世界の服は基本的にワンピースなので、体を拭く際は真っ裸だ。一応、上半身を拭く間は座りながらのため、見えてはいないだろうが、しかし下半身を拭くときは……。
というか、腹筋に力を入れ続けているので、段々疲れてきた。
拭く場所が、上半身から下半身に移ろうとしてもまだチラチラ見ていたため、非難する目で見つめる。
「ち、違う!」
アンネは顔を真っ赤にして、間仕切りの向こう側へ逃げて行った。
体を拭き終え、寝間着に着替えた俺は、桶の水を窓から一旦捨てて再び水瓶から汲みなおすと、今度は間仕切りの向こうにいるアンネに渡した。
「これと布、終わったら水は窓から捨ててくれ」
「……あ、ああ」
そして俺はベットに寝転がる。
最初こそ、ベットの木がギシリとうなっていたが、それも次第になくなり、部屋の中にはアンネが体を拭く音だけが響く。
水を絞る音、肌と布が擦れる音。
立ち上がって、今はおそらく足を拭いているんだろうか。
しばらく経って、今度は服を着る音が聞こえる。
次に聞こえてきた音は、おそらく角を磨いているんだろう音なので、興奮はしなかったが、間仕切りから出てきたアンネは、新品を扱う服屋で買った中で、店員から今はこれが男受けが良いよと言われていた服に身を包んで出てきた。
ああ寝間着にするんだな、と思いたかったが、そんなような顔はしていない。
真っ赤だ。
つまずいて桶を落としそうになりながら、アンネは窓に辿りつき、そこから水を捨てた。
桶を受け取るため、俺は立ち上がる。
「ひゃあ!」
すると今度は、そんな素っ頓狂な声をあげてこけた。空の桶がコロコロと転がっていく。
「ち、違う!」
何が違うのかよく分からない。
俺は桶を拾い水瓶の近くに置くと、今度は2つの水筒に水を汲む。そして片方をアンネに渡し、ベットに腰掛ける。
先ほど転んだ体勢のままのアンネは、喉が渇いていたのか、飲み干す勢いで傾ける。
「ふう」
そして、口を離すと、妙に座った目をして、勢いよく立ち上がった。
「散々私を懐柔しようと試みていたようだが、残念だったな。私は武家の女だ、そう易々と取り入れると思うな!」
アンネは堂々と言う。
「貴様のような気に食わん奴に心を許すなど、絶対にありえん! 奴隷を、女を、性的な目で見ることしかできん愚かな奴などにな!」
水筒を片手に、空いた手で俺をビシっと指差すアンネ。
着ている服は、もしかすると胸を強調する服なのかもしれない。
さっきの薄手のボロ布よりも、なぜか胸が大きく見える。また、異世界にはブラジャーなるものはない。
大きな胸も、そのまま服の内側に収められているため、強く腕を振れば、その分揺れる。……揺れた。
「そ、それに私はドラゴニュートだ。ヒューマンとの……そ、そういう目的には向いていない!」
その視線に気づいたのか、アンネはちょっと動揺した。
俺の目にはそんないやらしさが混じっていたかもしれないが、しかし、反対にアンネの目には、昨日や今日の奴隷商の店で見たような、憎憎しげな感情は混じっていなかった。
今日1日一緒にいて、やっぱりちょっとは楽しいと思ってくれたのかもしれない。
「だから、わ、私は――」
「角、磨いたの? 綺麗になったね」
俺がそう言うと、アンネの顔は今日1番赤くなる。
「ち、ちが……、これは……、も、もしものことを……考え……」
言葉も歯切れが悪くなり、目を徐々に伏せながら、ごにょごにょとよく分からないことを言う。
だから、俺は立ち上がり、手を少し前に出す。
軽く開いた手を、俺はアンネの方に向けて、肘が伸び切らない程度に前に出しながら。
その手は、誰のために出されたものか。
アンネは、顔を赤くして、キッと俺を睨む。
しかし今度は目をギュッと瞑った。
数秒経って、目を開けると、肩がガクッと落ちた。どうやら随分力を入れていたらしい、それを抜いたのだ。
「そ、その……、は、初めてで……」
アンネはそう言いながら、俺の手に触れるためか、ピクリと手を動かし、上げようとした。
だから俺は、前に出していた手の内、人差し指以外でグーを作り、いわゆる何かを指差す手をした。
「え?」アンネは言って、俺の指の先を追う。
その先は、間仕切り、そして、布団。
「まあ、なんでも良いけど、さっさと寝ろ」
「――なっ!」
「おやすみー」
そう言って、俺は壁の隅で灯りをともすランプを消して、ベットに寝転んだ。
暗闇でも、アンネがプルプル震えているのが分かる。
ああ、楽しい!
アンネはプンプン怒って間仕切りの向こうへ入って行った。
まあ、許して欲しい。
どうせ俺は明日から、いや今日も、その天才さに心を打ちのめされるのだ。これくらいの意地悪は良いだろう。
が、しかし……、アンネ、チョロイな……。
俺は目を瞑り、眠った。
お読み頂きありがとうございます。
なんとか終わりました。
明日も頑張ります。