4月1週 木曜日
ダ1
魔14 中1
剣14
この世界には、HPが存在する。
全ての生物のHPは、100であり、人も魔物も全く同じ。
残存HPとその生物の元気は比例せず、しかし0になれば確実に死に至る。それがHP。
この世界には、ATKやDEFが存在する。
フィールドにいる魔物のATKやDEFは、種族によりけりだが、ダンジョンにいる魔物のATKとDEFは、階数によりけり。
1階に出現する魔物であれば2であり、3階に出現する魔物であれば、すべて6である。
つまり、階数の2倍だ。
そして、そのATKとDEFが、HPを減らすダメージを決定している。
ATKが20であれば、DEF20の敵に対して、5のダメージ。
DEF2の敵に対しては、50のダメージ。
DEF6の敵に対しては、16.7777のダメージ。
というように。
ATK÷DEF×5。
これが、ダメージの計算式である。
そこにはさらに、ランダムでプラスマイナスいくつかが加わるが、大した数字ではない。
基本、その計算式通りのダメージになる。
例え、いかなる攻撃であろうとも。
『クレーアント
ジョブ:酸蟻
HP:75 MP:100
ATK:6 DEF:6
CO:--』
「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」
俺はそう言って、目の前にいるクレーアントに向かって、剣を振り下ろした。
剣はいつも通りに、青い線に沿うように。
は、行かず多少はそれたが、概ねその通りのコースでクレーアントに命中。
手に、ハッキリしたてごたえが伝わる。
「ギャッ」
『クレーアント
ジョブ:酸蟻
HP:67 MP:100
ATK:6 DEF:6
CO:--』
それと同時に、クレーアントは、痛いっ、とでも言っているかのような鳴き声をあげる。
普段であれば、俺はここで距離をとる。
クレーアントが頭を叩かれ、怯んでいる隙に離れて、攻撃を食い止め易くするように。
だが今回は、いや今日は、さらに一歩進んでいる。
「そして、蚊のように刺す!」
そう言って。
俺は、怯んでいるクレーアントを、再び切りつけた。
今度は、先ほどのように、手が痺れてしまうほどの威力をもった攻撃ではない。
甲殻を撫でるとでも言おうか、そんな軽い剣撃。
1回。
『クレーアント
ジョブ:酸蟻
HP:60 MP:100
ATK:6 DEF:6
CO:--』
2回。
『クレーアント
ジョブ:酸蟻
HP:51 MP:100
ATK:6 DEF:6
CO:--』
3回。
『クレーアント
ジョブ:酸蟻
HP:51 MP:100
ATK:6 DEF:6
CO:--』
「っと、やっぱり3回目は確率低いな」
だが、大ダメージだ。
俺はそこで初めてクレーアントから距離をとる。
もちろん、クレーアントからの攻撃は受けていない。一方的な連撃、連続ダメージを与えた。
この戦い方はいける。
異世界生活5日目。
ダンジョン生活2日目にして、俺は早くも、てごたえを感じ始めていた。
どれだけ弱い攻撃をしても、ダメージが変わらない。それに気づいたのは今朝のこと。
ヘルプで効率的な戦い方を探していて発見したのだ。
ATKとDEFによる、HPへのダメージ計算は、ATK÷DEF×5が、絶対の法則。
ゆえに、怯むわけでも体に傷をつけるわけでもない軽い一撃でも、強烈な一撃と同等分のダメージを与えることができる。
ダメージを与えるか否かの判定は全て、フォーム、モーションによって決まる。
剣や槍など、それぞれに設定されたそれに、沿うかどうか。
正しいモーションであれば、100%のダメージ。
間違ったモーションであれば、0%のダメージ。
一連の動作で連続攻撃を行う場合は、回数が増える毎にその判定がシビアになっていくようだ。
剣なら、多くて5回攻撃。つまり追撃4回。
槍なら、3回攻撃を越える攻撃はあまりできない。
つまり、HPを減らすことを考えたならば、強烈な一撃よりも、素早く軽い攻撃こそが重要になる。
一撃一撃を、思い切り叩きこむのではなく、1発叩きこんだ後は、軽めの攻撃をする。
こんな風に。
赤い線の通りに攻撃してきたクレーアントの頭を剣で、まずは叩きつける。
攻撃を止めると同時に、怯ませた。
そこへ刃がやっと触れるくらい、剣先がやっと当たるくらいに剣を振る。
右から左上へ、左上から右下へ、そして突き。
『クレーアント
ジョブ:酸蟻
HP:26 MP:100
ATK:6 DEF:6
CO:--』
ダメージは、合計25。
計算上、1発8.33ダメージなので、4回攻撃して25ダメージだと、1回失敗しているが、今のところこんなものだろう。
昨日までとは比べ者にならないほど楽だ。
3階に上がる頃なんて、ヘトヘトで、何度も休憩を入れた後だったのに、今日はまだ休憩を1回しかしていない。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す。そして蚊のようにもう何回か刺す」
全く、アリは良い事を言う。蚊の部分は、俺の付け足しだが。
ちなみにこのアリとは、クレーアント的な蟻の方ではなく、蝶のように舞い蜂のように刺す方のアリのこと。
目の前にいる蟻とは、何の関係もないアリであり、実在する団体、人物とは全く関係ありません。
「ん? なんだかこんがらがってきたな」
えーっと、俺が言いたいアリって言うのは――。
「いってえ!」
アリに、いや蟻に、いやクレーアントに噛まれてしまった。
上の空で考えていた結果、赤い線が引かれたことに気付くのが遅れたのだ。
ダンジョンでは油断してはいけないというのが、凄く分かる体験だった。
情けない。
言い訳のしようもない。
だが、1つ言いたい。
本来なら、クレーアントはもう死んでいる、ということを。
俺のATKが20のままであれば、1発16ダメージになるため、クレーアントは6発。つまり2度の攻防で死ぬ。
『キジョウ・エト
ジョブ:異世界民
HP:99 MP:100
ATK:10 DEF:20
CO:--』
諸事情があり、俺のATKが10に下がっている今だからこそ、3度の攻防を耐え抜けただけ。
本来の実力があれば、アリ程度、歯牙にもかけない存在であり……いや、アリじゃなくて蟻、でもなくてクレーアン――。
「いってえ!」
『キジョウ・エト
ジョブ:異世界民
HP:97 MP:100
ATK:10 DEF:20
CO:--』
そんなこんなで、俺は今日もダンジョンで剣を振っている。
お金を稼ぐため、必死に。
剣を買い換えた結果、既に残金が底をついてしまっている。
働かなければ、宿にも泊まれず、飯も食べられない。
まさか、働かざるもの食うべからず、ということわざが、精神的な意味ではなく、物理的な意味で当てはまるとは、思いもよらなかった。
だから、ダンジョンで稼ぐのが思ったよりも楽だったことは、とても喜ばしいことだ。
昨日のように、一撃一撃を本気で打っていたら、1時間もすると、手がプルプル震えるくらいに疲れてしまう。
本当に良かったと思う。
だが、昨日、それでも頑張ってしまったからか、現在は全身が筋肉痛である。
当たり前だ。
部活動も特にやっていなかったのだから。
バイトでスーパーの品だしをしていたとは言え、そう筋肉が必要だったわけでもない。
そんな状態で、重さを感じないとは言え、剣を振り回し、硬い虫魔物を叩き続ければ、筋肉痛にならない方が不思議である。
そして、剣が折れない方が不思議である。
剣……。
神様から貰ったやつ……。いや微課金の初心者パックについていたやつだが。剣……。
持っていたATK20の剣と、同種の剣は、銀貨30枚。
果たして何回ダンジョンに潜れば貯まるのだろうか。
1回潜った戦果が、マイナス収入だったというのに。
そもそも、あれだけ頑張った結果が、弱くなるだなんて、一体どういうことなのだろうか。俺はそこを問いたい。
普通は、魔物を倒せば倒した分、強くなるんじゃないだろうか。
古今東西、どんな物語を読んでも、そこは変わらない。
ゲームなら特にだ。
レベルというものがあって、倒せば倒した分、分かりやすく、成長していく。
なのに、この異世界は、ATKとDEFが、完全に装備依存だ。
どれだけ魔物を倒したつわものでも、俺と同じ武器を装備すればATKは10。
DEF6の魔物を倒すのに、16発もかかってしまう。
努力の意味は!
……。
神様に願った課金機能は叶い、常々願っていた努力できるように、との願いも叶った。
まさか、それがこんな不幸だとは、思わなかった。
本日の稼ぎは、クレーアントの外殻が3、キングアントの外殻が1、フトリポリの足が3、コガネオンの外殻が2。合計銀貨2枚と銅貨90枚。
一番怖かったことは、筋肉痛のせいで、握力がなくなり、剣がすっぽ抜けてしまったこと。
『キジョウ・エト
ジョブ:異世界民
HP:88 MP:100
ATK:1 DEF:20
CO:--』
何も装備しなければ、人はATKが1になるらしい。
その状態で、DEF6の魔物に対し、渾身の正拳突きを入れても、サッカーボールをクリアするような蹴りを入れても、ダメージは与えられなかった。
何度やってもそうだったので、おそらく、計算式上、1未満のダメージは0にされてしまうのだろう。
つまり、世界で一番鍛えた人でも、武器を取り上げられたなら、ダンジョンの3階でも、ダメージを与えられずに死んでしまう。
そういうことだ。
努力の意味は!
今日の異世界生活もまた、頭が痛くなるばかりである。
お読み頂きましてありがとうございます。
設定に関して分からないところがあれば、教えて下さい。説明文を追加していきたいと思います。