4月1日 日曜日
16年と少しの人生を送ってみた。
残念なことに、社会の仕組みも、世の中の真理も、まだまだちっとも分からない。
けれど、自分のことについては、少しばかり分かったこともある。
俺は、天才ではなかった。
俺は才能に恵まれている。
頭脳、運動、体格に容姿。
コミュニケーションや要領、家庭環境や経済状況、それから運も含め、大概のことに対して優れている。
人が苦労していることも、ちょっとやってみただけでできるようになる。
何かで苦労したこともなければ、何かができないと困ることもない。
人並以上の才覚を持ち合わせていると言い切るに、なんの躊躇もない。
きっと、凡人相手ならば、相手がいくら努力していようが容易く追いつき、追い抜ける。
だが、天才ではない。
きっと、天才相手ならば、自分がどれほど努力していようが容易く追いつかれ、追い抜かれる。
彼等しか踏み入ることのできないその領域に、俺が到達することは決してない。
涙を流し血を流し、どれだけ努力を重ねようが、俺は必ず、その領域の前で成す術なく立ち止まる。
そう、俺には、そうなる自分が見える程度の才能だけがあった。
俺はよく、やればできるやつ、と評される。
努力すればできるのになんでやらないんだ、と叱咤される。
確かにそうなんだろう。
俺は天才ではないが、馬鹿でもないのだ。やればできる。当たり前の話だ。
そう言っている者達も、まさか、世の中の天才ばりに物事をこなせと言っているわけでもない。
余力を残して平凡を上回る姿を見て、その余力分頑張れと言っているのだろう。だったらやればできる。
しかし、それがあまりに酷な話だと、彼等には分からないのだろうか。
天才達しか辿りつけない領域が見えている。
その手前で、立ち止まるしかなくなる自分が見えている。
努力して努力して、夢中になって、人生を捧げるほど取り組んで。
そうやって何十年後に辿り着く、俺にとっての最終地点が、天才達にとって通過地点だということが見えている。
俺のゴールは、ただの行き止まりだ。
『ここから先は天才しか進めません』そんなことが書かれた、なんとも馬鹿らしいゴールだ。
すごろくのような遊戯ですら、そんなマスがあれば遊んだりしないだろう。
それが己の人生を賭けて、何十年後かに辿り付いた先だなんて、どこにそんな馬鹿げた話に夢中になれるやつがいるのか。
努力しろ、なんて言う奴は、きっと凡人なんだ。
先のマスが見えていない。だから幸せに努力し続けられる。
もしかしたらマス目に辿り着いても、書いてあることに気付けないかもしれない。
だから努力し続けられる。
だから一歩目を踏みだせる。
だから幸せになれる。
凡人に生まれられたら良かった。
いっそ天才に生まれられたら良かった。
俺は人並以上の才能に恵まれている。けれどもきっと、恵まれていない誰かを一生羨み続けるだろう。
だって誰もが俺より豊かな人生を送るのだ。
俺は、何かに向かってひたむきに努力できるような、あんな眩い人生を送りたいと願い続け、一歩も動くことのないまま、行き止まりを遠くから眺めて死んでいく。
俺も。
俺にも。
何か、何か努力できることが欲しい。
自分がどこまで行けるのか、何者になるのかサッパリ分からない何かが欲しい。
自分の人生を賭けてでも突き進めるような道を歩みたい。
だから俺は――。
……俺は、こう思った。
「そうは言ってもどうにもならないから、最小限の努力で最大限の成果を手にして、俺以上に努力してるのに俺以下の結果しか出せない人を、見下して生きて行くのもアリだよな」
楽に生きていくのもありなんじゃなかろうか、と。
だから俺は、こう願った。
「お願いします! 人生に微課金機能を下さい!」
パンパン、と手を鳴らして。
凄い課金機能は、ともすれば億単位の金が必要になる。
そんな項目があってもお金が足りないので、意味が無い。
それもまた一生叶うことのない夢。虚しい夢だ。
であればやはり、最高額でも届きうるような微課金くらいが丁度良い。
気軽に。
そう、1000円くらいで人生楽にできるようなのが欲しいんです。
二礼二拍手一礼、では敬意が足りないかもしれないので、五礼くらいして手を叩く。
すると、ふと、流れ星が見えたような気がする。
まだ昼間で明るいから分かり辛かったが、確かに……。
もしかしたら本当に叶うかも。俺はそんなことを冗談混じりに思って、部屋で1人笑った。
『その願い、叶えてしんぜよう!』
「……ん?」
なんだ、声が……。
何か声が聞こえた気がする。俺はキョロキョロ部屋の中を見回したが、誰もいない。
『ただし地球では無理なので、転移してもらう必要がある』
「え?」
けれど声はまた聞こえた。
それもハッキリと。
俺は元々網戸ごと開けていた窓から、すぐさま乗りだす形で顔を出すと、窓の外を探した。
キョロキョロと。首がもげるかと思うくらいに振ってみても、そこには声の主などいるはずもない。
『そのため、1度肉体を破壊しなければならん』
だが聞こえる。
俺は空を見上げた。
そこには、何かがいるような気がした。
……いや、いるというか、あるような。
何やら近づいてきているような気がした。
『では、死ねええええい!』
あれは……流れ星?
さっき見えたのは気のせいじゃなかったのかもしれない。
そして流れ星がこっちに向かってきているように見えるのも、気のせいじゃないのかもしれない。
「隕石じゃねーかっ」
ビリビリビリと耳が痛くなるような轟音。
斜めに落ちる隕石は、バリンバリンバリーンと、その下にある家々の窓ガラスを全て割りながら、迫ってくる。
ついには、俺の部屋の窓ガラスも割れてしまった。
俺は、頬をつねってみた。
痛い。
真っ赤な隕石。
逃げられない。
『遠慮せず、異世界で楽に生きるが良い』
春休みの日中。明るく見晴らしの良い景観の中。
隕石は、今すぐ耳をもぎ取りたくなるほど恐ろしい衝撃音と共に、ガラスのなくなった窓から飛び込んできた。
お読み頂きありがとうございます。
何作も同時に連載しておりますので、更新はそれぞれ遅くなります。
それでもよければ今後ともよろしくお願いします。