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異世界転戦車  作者: AK310
転生
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第八話 I号戦車A型


 四人で配給所へとやってきて、貰った食事と共に同じベンチに座ったというのに、アヤカとトモヤは依然として二人だけの世界を作っていた。目の前の食事に目もくれず、彼らは戦車について熱弁し続けている。


「ああそうとも! 確かに武装も速度も装甲も二号よりは劣っている。だがその二号があるのは、他ならぬ一号のおかげだ!!」


 拳を高く掲げ、その緑の瞳を誰よりも熱く燃やしながらトモヤは言った。


「もちろんです! 試作車としての一号があったからこそ今の二号があるんです! 単純に一号と比べる考え方はいただけません!」


 僕の隣に座るアヤカの青い瞳も、トモヤに負けないくらい輝いていた。


「そうだろうそうだろう! やはり君は話が分かるな! わはははははは!!」


 もらったコーヒーをわざとらしくすすってみたが、彼らは見向きもしなかった。


 そんな二人とは反対に、トモヤの隣に座るリカはただ静かに視線を下に向けていた。


「楽しそうですね、二人!」


 隣の二人に負けないようにと僕は大きな声でそう言った。それに対しておそらくリカは、そうですねと返してくれたと思うのだが、その声はアヤカとトモヤの声量に打ち消されているせいで、口元の動きで判断するほかなかった。


 僕が苦労してリカと会話をしている今も、二人の熱意はどんどんと増している。そしてついに彼らの熱気が最高潮に達した時だった。トモヤは靴を脱いでベンチの椅子の部分に立ち、「諸君!」の高らかな第一声で、演説を始めてしまった。


「見たかねあの鉄の塊が動く様を! 我らの力の象徴が、低く低く唸りながら進むその雄姿を!」


「転生者様ばんざーい!」


 アヤカの合いの手を受けながら、彼は続ける。


「そのすべての源がかの偉大なる転生者様であるということは、諸君らも知っての通りだろう! では我々が、転生者様にできることは何だ! それはこのヴィゼントルムの一兵士として、尽力することではなかろうか!」


 そのトモヤの問いかけに対して、いつの間にか彼の周りにいた兵士たちが歓声をもって応えた。演説を聞きつけて集まってきた彼らはみな、トモヤの言葉へと口々に賞賛の声をかけた。


 続々とやってくる兵士たちによって、周囲の密度と湿度が急速に高まった。こうなってくればもはやリカとの会話どころではなく、ここからの脱出が何よりも先決だろう。窮屈そうに身を屈めながら、周りの兵士たちを困惑した表情で見渡すリカの様子を見て僕はそう思った。


 返事も聞かずに彼女の手を取って、包囲の突破を強引に図った。途中何度も振り返り、つながれた手の先にいる彼女の無事を確認しながら、人と人とをかき分けて奥へと進む。体を横に傾けて懸命に外を目指していると、ようやく何重にもあった兵士たちの輪から脱出することができた。


 僕の後から抜けてきたリカに大丈夫かと尋ねると、彼女は額の汗をぬぐってから答えた。


「……はい、大丈夫です」


 そうは言ったものの彼女の顔はやや白みを帯びていたし、目の焦点が合っていないように思えた。それはまるで乗り物酔いかのような症状で、大きな呼吸をしているのがその極めつけだった。


 だが空いているベンチはないし、まさかテントの中に勝手に入るわけにもいかないだろう。どうしたものかとあたりを見渡していると、リカが一言「戦車」とつぶやいた。


 あの一号戦車かと尋ねると彼女は小さくうなずいた。彼女にとって安全な場所、落ち着ける場所があの戦車の中なのだろう。少し遠いが行くか。


 そうして僕は先ほど道路の上に置いてきぼりにしてきた一号戦車の下へと、彼女の肩を抱えながら向かうことにした。その途中彼女が小声で謝るたびに、僕はその必要性を強く否定した。


 テントとテントの狭い隙間を進み、時には道を譲ってもらいながら何とか道路にまで抜けて、二台の戦車を目にすることができた。


「頑張ってください、もう少しですから」


 その青ざめた顔がうなずくのを見てから彼女の肩を持ち直して、僕はここから最も近い方の一号戦車へ、車列の最後尾でリカが乗っていた一号戦車へと歩みを進めた。


 そうしてやっとの思いで戦車にたどりつくと、彼女はよろよろとその上に登り、車体に取り付けられたハッチを辛そうに開ると中へ滑り込んだ。


 彼女に続いて車体の角に手をかけ、体全体を使って戦車によじ登る。そうして一息ついていると、砲台についているハッチが小さな金属音と共に中から開いた。ここから入れという事だろうか。


「お邪魔します」

「どうぞ」


 恐る恐る座席につくと、目の前には二丁の銃の引き金が現れた。それに触らないように身を屈めながら左に座るリカの方を見ると、彼女の顔は血色を取り戻していた。


「ここまでありがとうございました。ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」

「い、いえ。元気そうで良かったです」


 おどおどとした態度はどこかに消え、僕の目を見ながらはっきりとした口調で話すリカの姿が僕を動揺させた。そんな僕に構うことなく、彼女は慣れた手つきでいくつか操作を行い、素早くエンジンを始動させた。


 低く唸りながら大きく揺れたエンジンは、それから一定の感覚で戦車を細かく振動させた。その振動は車内を包み、僕が戦車に触れている部分からエンジンの力強さが伝わってくる。


「動かすんですか?」

「はい、出します」


 彼女がそう答えてからしばらくして、揺れと音とが最高潮に達した時だった。リカは操縦席の左右にあるレバーうち、右のレバーを前に倒した。その指示に従って右の車輪とキャタピラが音を立てて動き、ゆっくりだがはっきりと戦車は地面を踏みしめながら回転し始めた。


 力強い無限軌道によって戦車がちょうど真後ろを向いたときだった。リカは両方のレバーを勢いよく前に倒した。


 するとそれに応えるようにしてこの重厚な鉄の塊は高く唸り声を上げ、まっすぐに前進し始めた。持てる力をありったけ振り絞って進むこの戦車をまるでしつけるかのように、リカはギアを一から二へ、二から三へとつないだ。彼女のその見事な操縦によって、唸り声や振動はどんどん小さくなり、速度はぐんぐんと増している。


 それらの一連の鮮やかな操縦は、彼女の持つ役割とそこにある自信を強く感じさせる堂々としたものだった。


 エンジンの音に負けないようにと大声で僕は言った。


「かっこいいですね!」

「ありがとうございます」


 眩しそうな表情でそう答えたリカは、しばらく戦車を道路沿いに走らせると、それから道を外れて勢いよく平原へと乗り出した。自然を行く感触が尻に響き、小石を巻き込む音が時々ちりちりと聞こえる。テント群も屋敷もすでにここからは見えなくなってしまった。問題はないのだろうか。


「大丈夫なんですか? 結構行ってますけど!」

「今はそういう気分なんです!」


 彼女がそうは言うもののこれは軍の所有物であるはずだ。仮に今日戦車隊に予定がなかったのだとしても、勝手に持ち出すのは軍法会議だとかに問われるのではなかろうか。

 

 しかし考えてみればそもそも、トモヤが演説を始めた時点で注意を受けるはずだ。本部の真ん前の道路に戦車を止め、その上に載って彼が空を仰ぎながら語り始めた時点で。


 思えばこの部隊のトップである師団長に会うというのに大した検査もなかったし、偵察中隊の中隊長ユキさんが半日話し込んでいても何も言われなかった。


 今のこの戦車の私用さえも許してくれるような雰囲気が、ここの部隊にはあった。駄目だったら僕も謝ろう。


「そこから顔を出すと最高ですよ!」


 操縦席に座るリカの性格は目に見えて変わっていた。問題なんてどこにもないとばかりにドライブを楽しんでいる。そんな彼女の指さす通り、頭上のハッチを開けて頭を出すと確かに最高だった。


 鮮やかな太陽の下、生き生きとした表情をする緑の平原の上を僕らの戦車は突っ走っている。車体にそって流れる風が僕の顔にぶつかってくるが、そこに息苦しさはなく新鮮な空気による爽快感だけがあった。


 ずっと向こうにはきらきらと光る川や森が見え、空は雲一つない快晴だ。ぐるっと顔を回した先にある灰色の巨大な壁でやや気分が害されたものの、前を向いていれば大自然を味わうことができた。


 その感動を伝えようと座席に戻って彼女の方を向き、言葉を発しようとした時だった。僕の口は固まった。


 僕の視線の先、戦車の操縦を行うリカの手と足の動きに、見覚えがあるように思えたからだった。三つのペダルと三つのレバーを用いて戦車を巧みに操るリカ。それらがそれぞれ何の働きをするのか、僕は一目で理解できた。


 左右のレバーはそれぞれそのまま左右の車輪の前進後退だろう。真ん中のレバーはギアの切り替えで、三つのペダルは右からアクセル、ブレーキ、そしてクラッチのはずだ。


 戦車の前方を見れば川が横たわっていた。リカはおそらく開けた左側に旋回するだろう。そこで彼女がとる行動は、ブレーキをかけて速度を落とし、クラッチを踏んでギアを下げ、左のレバーを下げるはずだ。


 やはりだ。やはり彼女は僕が思った通りに操作し、戦車は左に旋回した。考えてみれば彼女が戦車を加速させた時もそうだった。彼女がギアをどう切り替えたかを僕は瞬時に理解できていた。


 車を運転する技術を前の僕は持っていたのだろうか。だとすれば僕にもこの戦車の操縦ができるのだろうか。


「リカさん、ちょっと止めてもらってもいいですか?」


 短く返事をして戦車を止めたリカは不思議そうに尋ねた。


「どうしたんですか?」


「ええっと、変なことを言うようなんですけど。僕にこの戦車の運転をさせてくれませんか?」


 それを聞いた彼女は緑の目を丸くしたが、断りはしなかった。狭い車内で互いに位置を変え、僕は操縦席に着いた。


 ペダルやレバーの役割を、指でさしながら丁寧に教えてくれるリカ。思った通りにそれらはすべて、僕の認識と全く同じだった。親切な彼女による何も知らない人向けの説明に煩わしさを覚え、僕は勝手にブレーキを踏んだ。


 次にクラッチを思いっきり踏み込み、ギアを一に入れて半クラッチを作る。そしてゆっくりとアクセルを踏むと、それに応えるようにしてゆっくりと戦車が動き始めた。


 自身が説明し終わる前に動かしたせいで、リカは慌てふためいていた。


 踏み込んだ右足から、エンジンの回転数が順調に高まっていることが分かる。一から二へ、二から四へ。どんどんとギアを切り替えることで、ついに一号戦車は最高速度に達した。


 ただ速さ自体はそこそこで、時速で表せば40キロメートルくらいだろうか。だがそれは僕が生み出した速度なのだ。助手席からでは決して味わえない満足感が得られた。


 右折や左折も試してみたが問題なく行えた。大きな鉄の塊がまるで自分の体のように自由に動かせるというのは、なかなかに良い体験だった。


「すごいですね。見よう見まねでですか?」

「いや違います。多分前の僕のおかげです」


 口をぽかんと開けたままリカは頷いた。そんな彼女に僕は続けた。


「こんなに楽しいんですね、戦車の操縦って」


 それに対して彼女は笑顔で答えた。ですよね、最高ですと。


 特にあてもなく平原を、森を、時には川を、リカと会話を交えながら走った。彼女の性格が変わった理由が、ここの兵士たちがあんなにも戦車を熱望していた理由が、ようやく分かった気がした。


 ただ走っているだけだというのに楽しくてしょうがなかったが、それゆえに時間の進みも早かった。戦車を停めて操縦席から頭を出せば、もう太陽と目線が合うようになっている。このオレンジ色に染まった空を、カラスの群れが編隊を組んで飛んでいるのが見えた。


 彼らはまるで一日の終わりを告げるかのように、何度も高く鳴きながら北へと向かって飛んでいた。


「そろそろ戻りましょうミツキさん」

「分かりました」


 帰りも運転していいかと尋ねると、彼女は快く了承してくれた。何の不自由もなく動かせるようになった一号戦車をもって道路に沿ってテント群まで戻ってくると、置いてきた方の一号戦車の上にトモヤが乗っているのが見えた。その周りには兵士たちが集まっていて、彼らは一様にトモヤを見上げている。まさかトモヤはいまだに演説を続けているのだろうか。


 街宣車と化したその一号戦車へと減速しながら近づき、真後ろにつけて停車した時だった。戦車の下に集まる兵士たちがトモヤに向けて拍手を始めた。


「ありがとう諸君! ありがとう!」


 どうやら感動のフィナーレを迎えたようで、トモヤは涙を流しながら自身の下に集まった兵士たちに手を振っていた。それを受けた兵士たちも感謝や肯定の言葉を投げかけてると、一人また一人と去っていった。


 そうして消えた人だかりの中から現れたアヤカが、操縦席に座る僕に気づいて声を上げた。


「ミツキさん、操縦できるんですか!」

「うん。 これでも僕は転生者だからね」


 アヤカの真似をして得意げに言うと、彼女は目を大きくして全身を使って喜んでいた。


 若干の敗北感を覚えながらハッチを開け、戦車の上に立った。そうしてこの戦車を眺めてみると、先ほどまでにはなかった親近感を一号戦車に感じるようになっていた。


 小さくまとまった愛嬌のある戦車だし、その中には大きな力強さを秘めている。その丸みのある砲台を撫でてみると心地よい冷たさが返ってきた。そこから下へと手を滑らせて、斜めになっている車体の前面に触れる。


 やはり心地よい冷たさと頼もしい鉄の厚みがそこにあった。左から右へと継ぎ目に沿ってなぞっていくと白い数字に手が触れた。一号戦車の車体前面の、その右上にペイントされた三桁の数字に。


 これは何の数字ですかと、僕はちょうどハッチから出てきたリカに尋ねた。


「これは戦車の名前みたいなものです。244とありますよね。第二中隊第二小隊の、その四両目だから244なんです」

「なるほど。じゃあ一つ前のあれは、243ですか?」


 夕焼けを全身で浴びるトモヤが土台にしている一号戦車を指して言うと、彼女は肯定した。


「私たちが本来乗るのはあっちの243です。今乗ってる244のは脱走しちゃった人たちのなんです」


 へぇと頭を縦に振っていると、この戦車の足元にいるアヤカに声をかけられた。戦車から降りて話を聞くと、一緒に帰ろうとのことだった。それを受けてリカを見ると、彼女は言った。


「この戦車は任せてください。また会いましょう」


「ありがとうございます、じゃあまた」

「さようなら!」


 歩いてすぐの屋敷に戻る途中、アヤカから朗報を聞いた。彼女と二人で転生者の下に向かうことになったので、師団長がトラックを手配してくれたのだ。


 それは良かったと思いながら屋敷に帰ると、昨日と同じようにヤマトさんが待っていた。花柄のエプロンと三角巾を身に着けた姿で。


 そして昨日と同じようにアヤカはお風呂へ、僕は食堂へとなった。僕が席について食事を始めるとまたまた昨日と同じように、ヤマトさんはなんだかそわそわとしていた。


 だが昨日とは違って僕はそれを気にしなかった。何かあるなら同じように、また風呂へ乱入してくるだろうと高をくくっていたからだ。


 そうしてアヤカが上がったのを確認してから僕も風呂に浸かった。体と髪を洗ってから湯船に浸かり、それから何分がたっただろうか。ヤマトさんは一向に現れなかった。


 おかしいなとも思いつつも、それならそれでいいかと素早く着替え、部屋に向かう途中だった。突然に出発は明日の朝だという事実が降ってきた。


 思えばそれでヤマトさんはそわそわしていたのだろうか。リカとの別れ際にまた会いましょうと言ったが、果たしてそれは実現できるだろうか。眠ろうとする意志に容赦することなく現れるそれらの疑問を、なんとかして振り払おうと格闘している最中だった。


 部屋の扉が三度、等間隔でノックされた。

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