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異世界転戦車  作者: AK310
転生
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第五話 偵察中隊中隊長


「馬ですか?」


「ええ馬です」


 師団長の話によって、この国の発展に十年前の転生者が深く関わっていることを知った僕は、その彼に会いたいと考えた。


 先代の転生者がいる場所への出発の日を二日後と決め、そしてこれからお昼にしようとも決めた。


 用意があるので配給所に向かってくれと言う師団長を残して、アヤカと共に部屋を出ようとした時だった。


 師団長は言った、転生者に会うための旅路には馬を使うことになると。


「馬車ってことですか? それとも直接?」

「直接またがってもらうことになりますね、馬に」


 乗馬で旅をするとは想像もしていなかった。ましてやそんな経験も僕の記憶の中にはない。


「でも結構遠いんでしょう? それに、トラックだってあるんじゃ」

「もちろんあるにはあるんですけれど、限りもありましてね」


 そこでと師団長は言った。


「ちょうどよく馬を持つ偵察部隊の人間に、さらにちょうどよく適任者が、いや志願者かな、まあいましてね。ですからおまかせ下さい、彼女にはこちらから伝えておきます」


「でも僕そんな経験がないんですけど、大丈夫ですかね?」


「後ろにつかまってるだけなら誰でも出来ますよ。安心してください」

「ならいいですけど。あ、じゃあ到着がいつ頃になるとかは分かりますか?」


「ええっとそうですね。戦車で四日、トラックで丸二日ですから……。おそらく二日無いくらいだと思います、休憩も含むと三日ほどでかと」


「分かりました、よろしくお願いします。失礼します」

「失礼します!」


 アヤカと共に一礼し、僕らは部屋を後にした。


 にこにこ手を振る師団長が見えなくなってすぐにアヤカは口を開いた。


「じゃあミツキさん、案内しますよ!」


 彼女はそう言ってまた僕の手を取ろうとするが、今度は断ることにした。


「いや大丈夫だよ、だってほら」


 僕は建物の中を手で示した。


 朝は兵士達が駆け回っていたこの建物だが、今は一人の影も無くしんとしている。


 それに加えてひと眠りしたこともあって、もう倒れたりけがをしたりする心配なんてどこにもないと説明すると、彼女はしょんぼりと肩を落としながら分かりましたと言った。


 残念そうな顔のアヤカと共に建物を出ると、朝の光景が消えていたのは外も同じだった。沢山のトラックが行きかっていた道路だが、今は一台の影もない。


 その代わりに、道路をまたいだ先のテントが無数に並んでいるところから、兵士たちがにぎやかにしているのが聞こえてくる。


 運動会で使われているような四脚の形をした、緑色で無地の地味なテントたち。外からは見えないように四方に覆いが施されたそんなテントたちが無数に集まって、道路の向こう側に一団を作っている。


 あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる、テントの集合団地を指さしてアヤカは言った。


「お昼はあっちで食べますよ」

「配給所だったけ?」


「はい、師団長さんに感謝ですね」


 アヤカはそう言ってテント群へと向かって歩き始めた。一応左右を確認してから、彼女に続いて僕も道路を渡る。


 そして中に入ると、どの方向を向いても緑色となってしまった。僕らが二人横になって進めば、犬もすり抜けられないほど狭い間隔で軍用のテントが立ち並んでいる。


 一応、広い通路もテント群の端の方に設けてあるらしいのだが、アヤカ曰くこの道を抜けていった方が近いらしい。そんなこの道、いや隙間を時には一列になったりしながら、僕らは奥へ奥へと進んだ。


 時に一列になるのは当然、ここを根城とする兵士たちとすれ違うからだった。緑のテントによく馴染む、深い緑の軍服に身を包む兵士たちと。


 彼らの髪はどれも黒かったが、その瞳には文字通り特色があった。青や茶色や、緑に赤。おおまかに四つに分類したものの、その濃淡は人によってまちまちで、詳しく分類すればその分類はもっと細かく出来るだろう。


 そんな彼らの様子は実に多種多様だった。銃を片手にどこかへ向かう者もいれば、ウインナーを刺したフォークを手に楽しそうにおしゃべりしている者、それらに加えて、ただでさえ狭い通路にテーブルを置いて、そこでトランプに興じる者たちもいた。


 そして多様というのは性別さえもそうだった。ここが異世界だからなのか、男性だけでなく女性の兵士もあちこちにいて、違和感なくこの景色に溶け込んでいる。


 しかしながら、そんな彼らの年齢に大きな差異は見られなかった。師団長と同じような、20代前半の兵士たちしか今のところ見つけられていない。彼らが軍服を着ていなければ、そして銃を持っていなかったならば、大学生が野外合宿をやっているような、そんな雰囲気がこの場所に満ちていた。


 そして最後にもう一つ、彼らに共通する部分があった。男であろうが女であろうが何をしていようともみんな、テントの間を進むアヤカに気が付いたものは好意的な態度で彼女に挨拶をするのだった。


 そしてアヤカに元気な挨拶を返された彼らは皆、決まって僕に、疑心に満ちた表情で「ところであなたは?」と聞くのだった。


 僕がそれに転生者だと答えると、またまた彼らは決まって嬉しそうにぜひ握手をと手を差し出してくれたり、気力を教えてくれと頼んだりするのだった。


 それを幾度か繰り返し、若干疲れを覚えるようになった時だった。


 鬱蒼としたテントの森をようやく抜けて、開けた場所にやって来た。


「ここが配給所?」

「そうです!」


 そう思えたのはここを境にするように、テントの代わりに椅子とテーブルが一つとなった木製のベンチが広がっていたからだった。二十や三十はいっぱいにひろがっているのがここからいっぺんに確認できる。


 そのたくさんのベンチたちは見渡す限り、ほとんど席は埋まっていた。兵士たちはそこでみな楽しそうに食事をとっている。


 ひとまずはアヤカと共に、いい香りへと向かって伸びる兵士たちの列に並んだ。ここで順番を待っていれば食事にありつけると彼女は言った。


 やっとひと段落できた。そう思いながらベンチを見渡すと、一同に集まってくれているおかげで彼らの男女比が浮き彫りになって見えた。


 微妙に男性のほうが多いながらも、ほぼ同じくらいの割合で女性の兵士がいる。元の世界の常識を持つ僕からして、どうしてもその光景に違和感を覚えてしまった。


「結構女の人もここにいるんだね」

「そうですね、銃の開発によって近年そうなったんですよ。『我が奔走』にもばっちりそれが書いてあります!」


 アヤカはそう言って、懐から自慢のそれを取り出すと僕に見せつけた。


「そ、そうなんだ」


 そうは返事をしたものの、やはり納得できないでいた。


 銃が用いられるようになったからというのなら、それは僕が元居た世界も同じだ。『我が奔走』に載っていないような別の理由があるような気がする。だがそれは何だろうかと、一人考えていた時だった。


「ん?」


 突然に僕は右肩を掴まれた。それに気づいて後ろを振り向こうとするよりも前に、僕の左横に顔が並んだ。


「いえいアヤカちゃん元気?」

「あ! ユキさん!」


「んでさ、こっちは誰? 彼氏?」

「わ!」


 両肩をがっちり掴まれながら、僕は横にぐいっと一回転させられた。ユキと呼ばれた女性に無理やり顔を向き合わされる。


「ふんふん顔はまあ悪くはないってとこだね。にしても変な服に、どっかで見た顔つきだなぁ……」

「ど、どうも……」


 暗い茶色をした大きな瞳が上から下へと僕を眺める。その彼女の目の色は、僕が見てきた様々な瞳の中で最も黒に近い色だった。


 そんな彼女だがやはりそこらの兵士たちと同じように欧米的な顔立ちで、短くまとめられた髪は黒、そして年は二十代前半くらいと若かった。緑の軍服に身を包み、頭には緑の帽子が乗っている。


「その方はミツキさんです、転生者なんですよ!」


 すると彼女はその茶色い瞳をまん丸にして言った。


「なんてこったあの話は本当だったんだ! じゃあよろしくな、転生者のミツキ! いや、みっちゃん!」


 彼女はそう言って、僕の両肩を掴んでいた手をぱっと解いたかと思うと、その腕を僕の頭にまわして思いっきり抱き寄せた。そうして今、やったねと嬉しそうに言う彼女の胸元で、割れんばかりに僕の頭は締め付けられている。


「ギギギ……」


「ところでアヤカちゃんは何やってんの? もしかしてここで食べるとか?」

「はい! 師団長さんが手配してくれたんです、ミツキさんと食べるようにって」


「そうなんだ! じゃあ一緒に食べようぜ!」

「はい!」


「ギギギギ……」

「あれ? そういえばみっちゃんは? あ、ここか! あはははは!」


「ぶはっ!」


 新鮮な空気を必死になって吸っている間、ユキさんは豪快に笑っていた。おそらく真っ赤になっていたであろう僕の顔が平静を取り戻した今でもユキさんは笑い続けている。そんな彼女を前には、文句を言おうとする気持ちもなんだか薄れてしまった。



「お、あっち開いてるね、あそこに座ろう」


 プラスチックのトレーを手に三人でベンチを見渡していると、最初に席を見つけたのはユキさんだった。


 よっこらせと腰を下ろしたユキさんの隣にアヤカは座り、二人に向かい合うようにして僕も席についた。


 この食堂の中心に位置し、周りのベンチたちはすべて兵士たちでいっぱいになっているというのに、ここには誰も座っていなかった。周りの兵士たちの影になっていたのだろうか。


 よく見つけましたねとユキさんに言うと、彼女からは「一応偵察が仕事だからね」と返ってきた。


「ところでさ、みっちゃんは食べるの初めてでしょ? ここの糧食」

「え、ええそうですね」


 彼女はにやりと笑った。


「じゃあ覚悟しといたほうがいいよ?」

「ま、まずいんですか?」


「……いいや。 めちゃくちゃうまいんだ! あはははは!!」


 彼女を一言で言えばよく笑う人だった。


 アヤカとの会話のなかでも、僕なら苦笑いで返すであろうところでもユキさんは大げさに笑うし、大げさなリアクションで反応する。アヤカが紹介する『我が奔走』の格言に対しても、彼女は笑いながらツッコミを入れていた。


 しかし僕が転生してきた人間だという事に対しては、彼女は笑うことなく一言、大変だなと言った。


「それは初めて言われましたね、大変だなんて」


「だってそうじゃない? いきなりこんなとこに来るなんて可哀そうじゃん」


 この世界の人間は誰もが転生に対して肯定的だった。それはもちろん影も含めて。


「それってもしかして転生者様もですか?」


「そうさね、少なくともあたしにはあの人が可哀そうに見える。他の誰もはそう思っちゃいないけど、あたしにはね」


 その言葉の意味を考えていると、彼女は突然笑い出した。


「そんな真剣に考えちゃってさ! まあ大変だとは思うけどいいこともあるじゃん? あたしに出会えたこととかさ! そんなことよりもさ、こないだアヤカちゃんが。ん? なになに?」


 ユキさんの話に後ろから割り込んで、彼女を呼ぶ声が聞えた。ユキさんが振り返った先には男の兵士が立っていた。ヘルメットの代わりに帽子をかぶり青い瞳を持つ彼は、探しましたよと言いながら賞状ほどの大きさの書類を一枚ユキさんに差し出した。


 どうやら顔なじみの様で、ごめんごめんと笑いながら彼女がそれを受け取ると、兵士はいえの一言と笑顔を残して去っていった。


 手渡されたそれをじっくりと見ながら彼女は言った。


「どれどれ。ふんふんなるほど!」

「どうしたんですかユキさん」


 アヤカのその質問に対して、彼女は紙から目を離すことなく言った。


「明後日には転生者様のとこに行くんだ、みっちゃん」

「どうしてそれを?」


「どうやらあたしらしいぜ、その案内人はさ!」


 そう言って彼女が渡してくれた紙の内容はこうだった。


「サイジョウユキ大尉、貴官を転生者ミツキの護送の任に命ずる……」

「だってさ、よろしく!」


 つまりユキさんが、師団長が言っていた適任者ということだろうか。実感は薄いまま、差し出された彼女の右手とぐっと握手をした。


「ええっと、ユキさんが? 馬で?」


「あれ? そういえば自己紹介してなかったっけ。偵察大隊第一中隊中隊長のサイジョウユキ大尉です。よろしく!」


 きれいな敬礼と共に彼女はそう自己紹介をした。


「偵察中隊は馬に乗って活動するんだ。いやあ前々から師団長には頼んでたんだよね。ここからうちのダークでぐるっと回って、壁の裏まで行ってみたいから、なんか適当な理由がないかってさ」


 ダークというのは馬の名前だろうか。


「へえ、乗馬がお好きなんですか?」


「うん、あたしほどうまい人間もいないね。長い旅になるぜ、みっちゃん!」


 よろしくお願いしますと返すと、ユキさんは声を落として「でな」と続けた。


「二人で馬に乗るときは、連携が肝心なんだ。この意味わかる?」


 ユキさんはにやりと笑った。その隣に座るアヤカが目を見開いて言った。


「あぁ! 馬が合わないといけないんですね!」

「そうそう! あははははは!!」


 笑い出した二人の会話に入ることは、もはや不可能だった。


 永遠とも思えるほど長い間二人は楽しそうに言葉のやり取りを続けた。あるときは大笑いしながら、ある時は共に涙しながら。


 そして馬に乗ったことがない事を伝える間もなく、もういかなくちゃと言って彼女は席を立ってどこかに行ってしまった。


 気付けば、テントが、ベンチがきれいな赤に染まっていた。


 あんなに埋まっていた周りのベンチも、今は一面がらんとしている。


「ふう! 話疲れました!」

「どうしよう結局言ってないよ。馬に乗れるかわからないって」


「大丈夫ですよミツキさん!  たぶん! いえ、おそらく!」


 屈託なく言うアヤカを見れば、なんだかそんな風にも思えてきた。


「もう日が落ちてきてますし、帰りましょう!」


 そう言って差し出された彼女の小さな右手を、今度は素直につかんだ。

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