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異世界転戦車  作者: AK310
転生
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第三話 トラック、小銃、そして壁


「……一体何がどうなってるんだ」


「どうったってどうもこうもないよ。君は眠るとここに来られるってわけ。まあ今回は俺が無理やりここに来させたんだけどな」


 真っ白な世界の住人、真っ黒な影の男。


 僕を異世界転生させた張本人に、まさか再び会えるとは。


「なんで僕を無理やりここに……」

「ああ伝え忘れたと思って、ここに来られることさ」


 影の次の言葉を待ったが、それ以上は出てこなかった。


「それだけ?」

「そうだよ、それだけ。」


 影はそう言って、黒い両手を軽く挙げてみせた。


「あ、ああそうなんだ。……じゃあもう僕は行くよ」


 この異様な場所に長居する気にはなれず、元の世界にもどろうと動いた僕に対して呆れるように影は言った。


「おいおいつれないなあ、あったことを聞かせてくれてもいいじゃないか別に」


 そう言って、まあ座れよと言わんばかりに白い地面を手で示す影。しぶしぶ僕が座るのを見届けてから影は続けた。


「まあ一応、見てはいたんだけどさ」


「見てたって……。もしかして、全部?」


「そうだよ。君がむこうで起きてから、倒れちゃって眠るまで全部」


 影はまるで当たり前のことのようにそう言った。


 記憶を消したり、異世界転生させたりできる影の男ならそれぐらいはできるのだろう。影のやることに慣れたのか、もうその程度の言葉には驚かなくなっていた。


「見てたんならなおさらじゃないか。というかそもそも何で見てるんだよ僕を」

「そりゃまあ見るでしょ。見てないと楽しめないじゃないか。んでさ、なんかないの?」


「だから言っただろ、話すことなんて……。いや待てよ、言ってやりたいことが一つあったな」

「よかったよかった、なんでもいいよ」


 何度か頷いた影に向かって、僕は強い口調で言った。


「お前言わなかっただろ。転生者が持ってる能力と、名前を憶えていたら疑われるってことを」


 僕からすれば忘れようもない大ごとだったが、影にとってはそうではなかった。


「あー、あったねそんな事、俺もちょっとひやひやしたよ」


「ひやひやも何も、もし偽物の転生者だなんてことになったらどうするつもりだったんだよ。下手したら、大変なことになってたんじゃないのか」


 悪びれる様子が見られない影に対して早口で思いをぶつけると、影はその黒い肩を小さく落とした。


「うーんどうなんだろ、そうはならないと思うけどな。でもまあそうだね。あれは説明不足だったよ、ごめん」


 なぜか素直に謝り、さらには頭を下げる影とあっては戸惑うのはこちらだった。


「ああいや別に、わざとじゃないんならいいんだけどさ。一応転生させた側の人間なんだろ? なんていうかその、頼むよ」

「そうだね頼ってくれ。どんなことでも聞いてよ」


「じゃあさ、明日はそこのところ大丈夫なのか?」

「あー明日ね、明日はたぶん大丈夫だよ、あの二人は君を転生者だって認めてくれたわけだし。だから安心していいよ、ぜひぜひ楽しんできて」


 妙に素直な態度の上に、黒い右手の親指を立てながら明日の安全を保障してくれる影の男。


 これまでの体験からくる違和感から不審に感じなくもないが、同時に影のことを誤解していたのかもしれないとも思えた。もしくは初対面での印象の悪さが強烈だったのか。


 いずれにせよ影の男への抵抗はほとんど薄れていた。


「そうか。じゃあまた何かあったらここに来て、お前に聞いてみるよ」


「うんうん、それがいいね! ……ん? 待てよ」


 元気に同意した影だったが、唐突に顎に手を当てて考え始めた。


「なんだ? どうしたんだ」


 心配する僕をよそに影はぶつぶつとつぶやいている。


「ここに来て、俺に聞く……。 おお! それってつまり! 訪ねて尋ねるってわけだな!!」


 そう言って、あっはっはと笑い始めた影の男。これまで高まっていた影の株価が一気に下落した。


「今回のはあんまりうまくないぞ」


 そんな僕の言葉に耳を貸さず、影は白い地面の上で笑い転げている。


「……じゃあな」


 そんな影は放っておいて異世界の方に戻ろうと横になった時だった。


 上から、いや空から声が降ってきた。


「ミツキさん! ミツキさん!」


 僕を呼ぶ声がこの白い世界に響く。聞き覚えのある女の子の声、アヤカの声だ。


 そう認識した時だった。いつの間にか僕のそばに立っていた影が、空を指さしながら"からかい"まじりに言った。


「呼ばれてるみたいだね、ミツキさん」

「ああもう行くよ。そういえば、眠るだけでいいのか? ここに来るのは」


「ああそうだ。来たいと思って眠るんだ」 

「なるほど、分かった」


「じゃあまたね」


 手を振りながら影はそう言った。


 こんな奴だったっけと考えながら目を閉じて、意識を空に昇らせた。






「ア、アヤカ、それ以上は……」

「もうこうなったら最後の手段しかないよ、お父さん!」


 意識が戻った瞬間に不吉な言葉を耳にした。急いで体を起こそうとする前に、アヤカが大きく息を吸った。


「ふー!」


 耳に突風が舞い込んだ。


「わっ!」


 くすぐったさと驚きとで飛び起きた先にいたのは、笑顔のアヤカと昨日より小さく見えるヤマトさんだった。


「おはようございます! ミツキさん!」

「すみません、すみません……」


「おはようございます」


 横で縮こまる父を気にも留めないアヤカは、胸に一冊のノートを抱えていた。それを持つ手に力を込めて彼女は口を開く。


「ミツキさん。昨日はミツキさんの事ばかりでしたから、今日は私たちについて話をしたいと思っているんです!」

「そ、そうですか」


 耳に残った不快感を取り除きながらそう返すと、彼女は元気に続けた。


「はい! スケジュールはもう組みましたからね。今日はそれに沿って私と行動してもらいます!」


 そう言って満面の笑みで持っていたノートを突き出すアヤカ。


 見せつけられたその表紙には彼女らしい丸文字で、「ミツキさん歓迎作戦」とあった。漢字に誤りは見られず、九文字はきれいに揃っている。


「なるほど……」


 おずおずとうなずくとアヤカは満足げにノートを開き、おそらくその中に書かれているであろうスケジュールを一人確認し始めた。ぱらぱらとページをめくっては、うんうんと強く頷いている。


 その様子を見計らって僕にこっそりと近づいたヤマトさんは、小声で言った。


「ミツキさん、娘は一生懸命このスケジュールを作っていました。先ほどの無礼な行いは謝ります。ですからどうか、娘に付き合っていただけないでしょうか」


「あ、ああ大丈夫ですよ、気にしてませんから」

「本当ですか」


 青い瞳をぐっと近づけて、ヤマトさんはそう尋ねてきた。


「ほ、本当ですよ。今日はアヤカさんに任せればいいんですよね」

「ありがとうございます、ミツキさん」


 彼はそう言って優しく口角を上げた。


「どうしたの? お父さん」


「ああいや、なんでもないよアヤカ」


 僕の元からそそくさと離れていく父の様子に首をかしげながらも、彼女は僕に向き直って言った。


「じゃあミツキさん、手始めに朝食にしましょう!」


 そう言い終わるより早く、アヤカは僕の手を取ろうと近づいた。


 そして彼女の手が触れた瞬間だった、昨日のことが頭をよぎった。体から力が急速に抜け、否応なしに意識が落とされたあの出来事。例えるならば死の感覚が、今再び呼び起された。


 そんな僕の緊張を感じ取ったのだろうか、アヤカは小さく大丈夫ですよと告げた。どういう理屈でなのか、何の根拠があってなのかは知らないが、彼女がそういうのならそう思えた。


「と、とりあえず立ってみます」


「はい!」


 アヤカの手を借りつつ、体に力を込めて一気に立ち上がる。


 すると先ほどまであった僕の不安とは裏腹に、すんなりと両足は地についた。


「あれ? 大丈夫でした」


 あまりのあっけなさゆえに情けない声での報告となったが、彼女は笑顔で良かったですと言ってくれた。


「それじゃあ、行きましょう!」


 そんなアヤカの手に引かれて部屋の外へと向う。扉を開けてくれたヤマトさんに会釈をして、僕は一歩を踏み出した。


「結構大きいんですね、ここ」

「そうでしょうそうでしょう!」


 赤い絨毯が敷かれた長い廊下がそこにはあった。たくさんの扉がその両側に整列している。その一番奥の扉が、真反対にあたる僕のいた部屋のものよりもだいぶ小さく見える。それくらいに廊下は長かった。


 この建物を一言で表すなら、大きなお屋敷と言ったところだろうか。彼らの衣服とよく合う古風な装飾が、この赤い絨毯をはじめとして壁や扉に施されていた。しかし天井には相変わらず、部屋にあったような薄く平たい照明が電気によってか光っていた。


 感心する僕に構うことなくアヤカは僕の手を引いてどんどん進むのだった。


 そうして歩いているうちに部屋の前を幾度か過ぎたが、人の気配は感じなかった。三人が絨毯の上を行く"くぐもった"足音だけがこの長い廊下に聞こえる。


 しばらく歩いて屋敷のちょうど中央のあたりに来ると下へと続く階段が現れた。木製の手すりには植物を模した装飾が施され、やはり赤いじゅうたんが敷かれている折り返し階段が。


「気を付けてくださいね」


 そう言ったアヤカを追って階段に足をかけ、その中腹で向きを変えた時だった。このお屋敷の出入口にふさわしい、大きな扉が正面に現れた。重そうな取っ手のつけられた両開きのその扉を流し見ながら、アヤカが手を引くまま、一階に降りてすぐの一室へと向かった。


「つきましたよ、ミツキさん!」


 嬉し気に言うアヤカに続いて中に入るとそこは大きな食堂だった。長方形の大きく長いテーブルがこの部屋の真ん中を占めており、そこに一人分の食事がぽつんと置いてある。二人はもうすでに済ませたのだろうか。


「さあさあ座って、どうぞ食べてください!」


 アヤカはそう言って椅子を引くと、それを押してすぐに僕の右隣に腰を下ろした。最後に入ってきたヤマトさんは僕と対面するように席に着いた。


「いただきます」


 パンとスープ、それからサラダ。


 一人で食べられるかとアヤカに聞かれたが、さすがに大丈夫だと答えてまずは手のひらよりも大きなパンをかじった。


 アヤカの視線を感じながら一通り味わったところで、ヤマトさんが口を開いた。


「ミツキさん、私たちが何者かについてまだ話していませんでしたね」

「そういえばそうでしたね。でもたぶん貴族なんでしょう?」


「貴族。まあそうですね。領主と言った方が近いかもしれません」

「なるほど」


 二つの違いがよくわからない以上、他に言葉は出てこなかった。


 少しの沈黙が流れたが、それを破ったのは他でもないヤマトさんだった。


「アヤカ、そろそろ今日の予定についてミツキさんに」


「そうだった。ええっと……」


 じっと僕を見ていたアヤカは、慌ててノートをめくり始めた。


 目当てのページを見つけたのだろうか、彼女は「よし」と意気込んでからこちらを向いた。


「ええっとですね、朝食を食べた後は、師団長さんに会ってもらいます! それからお昼を食べて、いろいろと見学して回ります!」


 しだんちょう、いろいろ見学。


 知らない言葉と主語のない言葉が出てきたが、とりあえずはこの自信満々なアヤカに任せていればいいのだろう。


「分かりました。この次は師団長さんに会うわけですね」


 そう言うと親子二人はうなずいた。


「じゃあもう私は行くから、頼んだよアヤカ」

「うん、任せて!」


 ヤマトさんが部屋を出ていったのと、僕が紙ナプキンの上にスプーンを置いたのはほぼ同時だった。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「よかったです! それじゃあ行きましょう!」


 僕が席を立つなり、アヤカは僕の手を握った。


 別に大丈夫だとは言ったが、アヤカは僕の手を離さない。


「転んで怪我でもされたら困りますからね、私に任せてください!」


 そうしてアヤカに連れられて、先ほど目にした大きな玄関までやってきた。


 近くで見ると余計に重そうに見えるその黒い取っ手に彼女は小さな手をかけた。


「じゃあ行きますよ、ミツキさん!」


 初めてとなる外の世界だが不思議と緊張は無く、ただ高揚感だけがあった。


 僕の手を引くアヤカに続いてこの屋敷を出た。



「……え?」


 外へ出た瞬間に中型のトラックが目の前を通っていった。


 排気ガスが顔を覆い、咳き込んでしまう。


「え? ん?」


 浅黒い煙を手で払った先にいたのは、二車線に分かれた道路と、その向こう側に無数に張り巡らされた緑色のテントたち。そしてその合間で日常を営む兵士達だった。


 ただ兵士と一言にいっても、それは剣士や騎士といった者たちでは無かった。


 小銃を片手にヘルメットを被る、緑の戦闘服をまとった近代的な歩兵と呼ぶべき兵隊たちがそこにはいたのだった。


「これは一体……」


 屋敷の前の道路を無数に行きかうトラックたち。そしてその奥では軍用のテントが張り巡らされ、そこにいるのは銃を肩にかけた兵士たち。


 アヤカやヤマトさんの服装とはかけ離れた外の世界。影は確かに言っていたはずだ、転生先の世界は中世の世界だと。


 脳の処理が追いつかないが、それでもアヤカは僕の手を引っ張って進もうとする。


「ちょ、ちょっと待って。これで合ってるの? これが普通?」


「ああ! そうですね、ちょっとびっくりしたかもしれませんね。でも大丈夫です! 師団長さんの話を聞くと、納得がつくと思いますよ」


「そ、そうなんですか……?」


 戸惑う僕を見たアヤカは、何かを思いついたのだろうか。手をぱちんと叩いて言った。


「そうだミツキさん! もっと驚くものがありますよ!」


 そう言って先ほどまでいた大きな屋敷を指さした。


 二階建ての立派なレンガ造りの屋敷。


「外から見ても豪華な屋敷ですね」

「違いますよミツキさん! その奥! もっと高くです!」


 彼女の指の先。よく見ればそれは、屋敷より上を指していた。


「た、高く……? うわっ!」


 屋敷の奥にあったのは巨大な壁だった。二階建ての大きな屋敷の、さらにその二倍はありそうな高い高い灰色の壁。


 横の広さをたどって見るが終わりは無く、地平線の彼方へと曲線を描いて消えていた。


 一番上を見ているだけでも首が痛くなってくるこの巨大な壁は、圧巻としか言いようがない。


「こ、これについても、師団長さんが教えてくれますかね?」

「はい! もちろんです!」


 このいびつな景色の中にあるせいだろうか、アヤカの嬉しそうな笑顔さえ現実味が薄れて見えた。


 そんなこのおかしな状況で一つ確かなものと言えば、僕がおかしな世界にやって来てしまったということだけだろう。


 再び僕の目の前を通ったトラックによる不快な臭いの排気ガスを掃いながら、そんなくだらないことを僕は思った。


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