第二十二話 Silber Geschoss
恐怖で一歩も動けなかった。停電が起きてから銃声と悲鳴が響き渡り、そして何重もの爆発音の後。打って変わって静まり返った今の今まで。
だが安心はできなかった。この部屋の前にも館を襲った連中が来ているのだ。長方形を作る扉の隙間から、白い光が差し込んでいる。
アヤカと繋いだ右手を振りほどき、心を怒りで満たして青い刃を伸ばす。来るなら来い。とそう思っていると、部屋の扉が少しだけ開いて何かが放り込まれた。
すぐに伏せろと叫んだアヤカ。だが僕は間に合わなかった。猛烈な光と爆発音に襲われ、真っ白な光が目に焼き付いた。高い高い耳鳴り音が僕の頭の中を揺れながら響く。
平衡感覚の一切が失われ、怒りを維持することも出来なくなった。光の消えた右腕でベッドに手をつくと、ちょうどその時、奴らが室内に侵入してきた。
四人組だった。彼らはそれぞれ部屋の四隅につくと、奥のバスルームへも同じようにして突入し、誰もいないことを確認したのか戻ってきた。そして銃を下ろした彼らのうち、一人がバイザーを上げてヘルメットを取り、フルフェイスマスクを脱いで尋ねた。ミツキさんですかと。
「え、ええ、そうです」
いまだに閃光の白い光が焼き付いているせいで、顔を逸らさないと彼の姿が見えなかった。おそらく素顔を現したのであろう男は、短髪の人物だった。だがその他には特徴を捉えられなかった。ぐわんぐわんと僕の視界が揺れているのだ。
ゴテゴテとした銃を両手に持つ短髪の男はまず謝ってきた。我々の安全のためには、閃光弾を用いなければならなかったのだと言って。
痛む頭を押さえながら僕は尋ねた。あなた方は何者ですかと。
「我々は転生者様直属の部隊、シルバーバレットです」
短髪の男の隣の人物がそう言った。女性の声だった。彼女が見せてくれた右肩には、右へと向かって飛んでいく銀の弾丸があしらわれたワッペンがついていた。その弾丸の下に、SGと入っているのも揺れ動く視界の中で見えた。
後の二人は一言も喋らなかった。一人は僕と同じくらいの身長の人物で、手には他の隊員よりも簡素な武器を持っている。もう一人はサトウさんよりも背が高い大柄な人物で、機関銃を両手に持ち、盾さえも装備していた。ものすごい威圧感ではあるが、ひとまず彼らは敵ではないようだった。銃は依然として降ろされている。
左手で銃を持つ女性にとにかくついてきてくださいと言われ、すぐに四人組は部屋を出ていった。アヤカとヘクセルと手をつないで、冷や汗と共に恐る恐る後に続く。
真っ暗な廊下を、全くと言っていいほど足音を立てずに彼らは歩いた。おそらく隊長であろう人物のハンドサインに従って、不気味なほどに連携の取れた動きで彼らは進んでいくのだった。
その後ろに続きながら考えた。転生者様の、サトウさんの直属の部隊だと彼らは言っていたが、つまりこの襲撃は彼の指示によるものなのだろうか。彼は、ここに元貴族たちが集まると知っていたのだろうか。
様々考えを巡らせながら階段までやって来ると、そこにうつぶせになっている人物を見つけた。オレンジ色のドレスだ。まさか。
走り寄って膝をつき、体を仰向けにするとそれは紛れもなくユウカだった。オレンジ色の瞳が見開かれたまま、ついさっきまであんなに嬉しそうな表情をしていた顔が青白くなっている。
彼女は腹部を撃たれていた。そこから血が滲み出ているのだ。
「これもあなた方がやったんですか」
早口で尋ねると短髪の男が答えた。いや違いますよと。
「やったのは親衛隊の連中ですね。僕らは今回一発も撃ってませんから。それに、彼女は有名ですよ、転生者様を爆破しようとしたテロリストだ」
ユウカのまぶたを降ろし、ゆっくりと立ち上がって僕は言った。
「全部サトウさんの、転生者の指示なんですか。彼女を撃ったのも、ここの人たちを殺したのも全部」
「ええそうですよ。彼らが武装蜂起を企んでいるのはご存じだったでしょう」
確かに否定できなかった。僕らは反乱を止めるよう説得にやって来て、彼らはそれでも武装蜂起をするのだとしてアヤカを突っぱねたのだ。それにユウカは言っていた。僕らが味方に付けば今度は成功すると。かつてサトウさんの思いを裏切ったのだと。
だからと言ってユウカは殺されて当然だったのだろうか。そんなはずはない。僕はこの思いを、絶対に彼にぶつけなければならない。
その決心を抱えながら外に出て、がちゃがちゃと音を立てながら乗り込んだ彼ら四人組に続いて、僕らもカバーのついたトラックの荷台に乗り込んだ。
そして隊長であろう人物がハッチをしめて二度叩くと、トラックは勢いよく発進した。彼はやはりここまで一言も喋っていないし、その隣の重武装の兵士もそうだ。薄気味の悪さを感じる。
ヘクセルの正面に座る左利きの女性に言われた。これからサトウさんの下に向かいます。しばらくかかりますから、眠ってもらって構いませんよと。
僕の手には、服にはユウカの血がべったりとついていた。だが、それでも僕は眠れてしまったのだった。