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異世界転戦車  作者: AK310
転生
20/31

第二十話 ヴィゼントルム親衛隊国家保安本部第三局、国内諜報局


 それから一週間ほどして、アユキの言った通りに親衛隊と呼ばれる組織がやって来た。


 緑の魔女キョウコと同じ、真っ黒の制服に身を包んだ彼らは、トラック三台と共に朝早くにやって来るとすぐに本部の設営に取り掛かっていた。


 アヤカの説明を聞くに、彼らは僕の元いた世界でいう警察のような存在だ。憲兵ではなく彼らがやって来たのは、秘密が秘密だからだろうなともアヤカは言っていた。その三十人ほどの小規模の部隊が動く様を上から眺めていると、そのリーダーであろう一人が僕の部屋まで訪ねてきた。


「初めましてミツキさん! ヴィゼントルム親衛隊、国家保安本部第三局から参りました。ヒムラユイです!」


 きれいな敬礼と共にそう名乗った女性は、黄色の瞳に良く焼けた褐色の肌を持っていた。黒髪のポニーテールの頭に、金のワシの入った帽子を被る彼女は、僕と一度会いたかったのだという事を素早く伝えるとすぐに部屋を出ていった。わずか二十秒の出来事だった。


 その座右の銘が簡潔か効率なのかは分からないが、彼女と一分以上会話した人間を僕は見たことがない。常に時間に追われているかのように、師団狭しとテントや本部を駆け回っては業務をこなしていた。


 そんな彼女の指揮する親衛隊だが手紙の検閲や簡単な調査以外に、ここの兵士たちへ介入はしてこなかった。代わりにこの国と世界の魔女の事情を説明し、納得をもって秘密の保持にあたってもらえるよう説得を行ったのだった。


 ベンチの広がる食堂で何度か行われた、講演会の一つには僕も参加した。そこでヒムラユイが訴えるのだ、我が国のためにどうか協力してほしいと。魔女の秘密を守ることがどれほど国益となるのか、どれほど敵にとって脅威であるのかを。そしてかの転生者様もこの秘密の保持を、強く強く望まれているのだと熱弁していた。


 兵士たちも当初は親衛隊を訝しんでいたが、講演を機に向いている方向は同じであるという事が分かったのか、彼らに積極的に協力するようになっていた。とはいっても先の通りに事実関係の調査くらいでしか関わることはなかったが、それでも異なる組織が横からあれこれ命令してくるのだと思っていたのが杞憂で済んだのは間違いなかった。アユキもタカノブもそう肯定的に語っていた。


 それからまた一週間して、僕は第三師団の兵士たちと親衛隊の隊員たちに見送られながら、三号戦車で南へ出発した。護衛の申し出は断った。すでに経験した道のりだし、今度は急ぐ必要もない。


 実際、大きな脅威も責任もないドライブは気楽だった。日中は三人で同じ戦車に揺られ、お腹が減れば道を外れて、自然に囲まれた中でパンや缶詰を好きなだけ頂く。予定の倍の、一週間分の食料をアヤカに言われるまま乗せていたのは正解だった。そして日が落ちればきれいに輝く星空の下、虫の声を聴きながら寝袋に入る。


 もちろん右手はアヤカとつないで、二人が寝静まったころには懐かしい匂いを堪能しながら眠りにつき、あの白い世界で魔女といくつか言葉を交わす。


 そんな日々を三回過ごしたころには、この三号戦車は灰色の壁の南側へとたどり着いていた。


 ヘクセルが作ってくれた、白い花の冠を頭に乗せる僕を出迎えてくれたのは大きな門だった。二階建ての師団の本部と同じ高さだ。片側二車線と、その間に細長い建物を一つ跨いだ門の足元には、遮断機や鉄製のゲート、さらには監視塔といった出入りを管理する施設が一通り揃っている。


 だが国家を覆う巨大な壁の、その唯一の出入口にも関わらず門には一切の装飾がない。これまで見てきた壁と同じようにひたすらに灰色で大きいだけだった。


 そんな無機質な門の左側についた師団の本部を訪ねると、ここに展開する部隊の長は青い瞳の女性だった。


「こんにちはミツキさん、待っていました」

「こんにちは」


 ヘクセルとアヤカと僕の三人で彼女の執務室にやって来ると、この部屋にも三人いた。部屋の主である彼女と、扉の左右で小銃を手に持つ二人の兵士が。


 兵士らは銃をいつでも構えられるようにしておきながら、目は常にヘクセルを追っていた。彼らからすれば師団を丸々一つ消した存在である魔女を。


「ここまで大変だったでしょう。ここの施設は自由に使ってもらって構いませんし、いつまでいてくださっても構いません。どうぞゆっくりしていって下さい」


 師団長は緊張しているのか、その声は上ずりを抑えようとしているように聞こえた。それに彼女の青い目は、短い間隔で何度も赤い目と髪に向いていた。


「じゃあ早速で悪いんですけど、お風呂をお借りしてもいいですかね?」


 その僕の言葉は彼女の耳に入らなかった。彼女は冷や汗までかいている。


「師団長さん?」

「は、はい。何でしたっけ?」


 お風呂についてのことだともう一度尋ねると、ぎこちない笑顔で許可してくれた。そして三日ぶりの風呂と三日ぶりの生鮮食品を味わうが、やはりここの居心地はよくなかった。兵士たちの視線が気になるのだ。


 外に出れば行きかう兵士たちの目が必ずヘクセルに留まるし、部屋にいれば窓から、ここを見上げてあれこれささやき合っているのが見える。カーテンを閉めて二人に言った。早いところ出発しようかと。


「わ、私は大丈夫ですよ。全然平気です」


 その声が小さく震えていたことが僕に決心をつけさせた。


「いや急ぎたいんだ。今後ずっとこうならサトウさんに考えてもらいたい」


 アヤカはどう思うかと彼女の方を見ると、その顔は難しくなっていた。


「確かに現状を放っては置けないが、それでも悪いが一日だけ待ってくれないか。武装蜂起の計画を練っている元貴族と連絡を取って、接触の機会を作りたい。これを見てくれ」


 アヤカは懐から地図を取り出してベッドに広げた。ヘクセルと一緒になって覗き込む。


「今がここだ、壁の入り口があるな。貴族との接触はおそらくここでになる。元は館だった大きな宿が、彼らの本拠地らしいんだ」


 アヤカが指したのは、南から北に一直線となる大きな幹線の、その途中にポツンと建った建物だった。T字型、いや道からの向きと長さを見るにトの字型だろうか。ここから四、五時間ほど走ればつくだろう。


「ここに行って説得するの? 蜂起の中止を」

「そうだ、明日の昼に集会を開いてもらうつもりだ」


 申し訳ないが一日だけ待ってもらってもいいかとヘクセルに尋ねると、彼女は承諾してくれた。その間、アヤカはひたすらに地図上の屋敷を睨んでいた。


 そうして次の日にも居心地の悪い一日を過ごして、その次の日の朝にさっさと南を発った。


 門をくぐった先にあったのは、きれいに舗装され白線まで打たれた片側二車線の大きな道路だった。ただひたすらに小麦畑が広がる中で、その左側をひたすらに走る。時折トラックとすれ違うのと、たまに村が遠くに見えるくらいで、門の中も外も風景が退屈だという点では同じだった。


 しばらく走っていくうちに、あたりには木々が目立ち始めた。そろそろかなと思ったころにアヤカは言った。こっちに入ってくれと。


 彼女に言われるまま森の中へと続く道に外れ、鬱蒼とした暗い木々の間を進む。すると石造りの建物が現れた。煙突が五本も立っている大きな屋敷だった。

「大きいですね」

「元は館で今は宿だからな。とは言っても差し押さえを回避するための偽装で、今でも元貴族の所有物らしい」


 アヤカがこれを館と呼ぶのは、これが貴族の所有物だからだろうか。


 道のはずれに戦車を止めて、これまた大きな門の前に立った。すると、小太りの男が正面玄関から出てきた。その後ろから十数人の男たちも現れ、玄関から少ししたところでこちらを見ている。彼らの服装やその色あいは様々だったが、その袖と襟には一様にしてレースがついていた。見るからに貴族だ。


 こちらに向かって近づいてくる男も、太ももまで届く長いオレンジ色のコートの、その袖と襟にはふんだんに白いレースが盛り込まれていた。中の上着と半ズボンもオレンジ色で、極めつけにはその瞳までオレンジ色だった。いや、むしろ瞳がその色だからか。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください」


 それだけ言って門を開けると、男は屋敷へと先導した。貴族たちも中に入っていく。


 そうして大きな両開きの扉をくぐると、すぐに大きな階段が目に入った。左右から二階に上がれるようになっており、オレンジ色の絨毯が敷かれている。二階に上がった手すりのところに誰かが立っていた。


 少女だ。手に持つ扇子で口元を隠し、オレンジ色の瞳で値踏みするように見下ろしてくる高校生くらいの女性。アヤカよりは間違いなく年上であろう彼女が身に着けるドレスとドレスハットはやはりオレンジ一色で、もちろん扇子もそうだった。


 おそらく父親なのであろう出迎えてくれた男は、少女に向かって言った。頼んだぞユウカと。分かりましたわお父様と返事をして、彼女は階段に足をかけた。


 同時に男と貴族たちが屋敷の奥へと進む。アヤカは振り返って言った。行ってくると。


「頑張って」


 任せろと言って去っていったアヤカ。屋敷の奥へと消えていった小さい背中と交代するようにして、オレンジの少女が僕とヘクセルの前にやって来た。彼女は自身の口元に扇子を当てて僕の顔をぐっと覗き込むと、じっくりと観察してから言った。


「冴えない顔ね」


 開口一番これだった。呆れた顔と共に言われた。ごめんと謝ると彼女は続けた。


「まあいいですわ。そんなことより魔女様です。まさか懐柔されたふりだったなんて、わたくしは本当に驚きましたわ!」


 ヘクセルも僕も首を傾げた。ユウカは扇子を口に当てて眉をひそめた。


「転生者の仲間になったと嘘をついたのは、この国に潜り込むためだったんでしょう? 違いまして?」


 つまりこういうことだった。魔女が倒され心臓の石が奪われ、人格がヘクセルになっているのだと知らない貴族たちは、かつて敵を同じくした魔女が寝返り、転生者の味方になってしまったと思っている。だがこれでは魔女は、ヘクセルは彼ら貴族たちの敵という事になってしまう。


 そこでおそらくアヤカが設定を加えた。転生者の味方になったのは嘘で、仲間になったふりをしているのだと。だからいまだに転生者は敵で、我々は仲間同士なのだと。なんともややこしいのだが、そういうことになっているらしかった。


「ああうんそうだよナカマだよね」

「はいもちろんですナカマです」


 お互いに棒読みで答えてしまったが、ユウカは顔を輝かせた。


「ですわよね! 本当に素晴らしいですわ、これなら今度は成功しますわね。それはそうとあなた方のお部屋に案内しますわ、こちらへどうぞ」


 曲線を描く二つの階段のうち、近かった左の方を上って二階に上がり、トの字型になっているこの館の、突き出している部分の一室に入った。


 そこはホテルかと思える大きな部屋で、セミダブルと呼ぶんだろうか、大きなベッドとサイドテーブル、そしてこれまた大きなドレッサーが備わっていた。白いカーペットが敷かれたこの部屋の奥にはバスルームまでもがある。


 会議が終わるまでここで待ちましょうと言ったユウカ。目的であった案内は済んだはずの彼女だが、部屋から出ることなくなんだかそわそわとしていた。


「ああ胸が高鳴りますわね、こんな機会は初めてですわ。逃せませんわよユウカ、しっかり考えないと」


 何故なのかは分からないが、彼女はおそらく僕らと遊びたがっているようだった。ただ何をするかは決めていないようで、あれがいいかしら、これがいいかしらと考えにふけっている。三分ほど考え込んでから彼女は提案した。


「ああそうだわこれだわ。人生ゲームはご存じ?」


 ヘクセルは首を傾げたが、多分やればわかるだろう。ちょっとお待ちをと出ていったユウカが戻ってくると、大きな箱を抱えていた。


「お父様には内緒にしてくださいまし。転生者が持ち込んだ遊びの一つですからね。やり方を説明いたしますわ、まずはこのルーレットを回しますの」


 そうして始まった人生ゲーム。ユウカのやる気は十分だ。誰かが収入を得るごとに率先してお金を配ってくれるし、なんなら僕らのコマまで進めてくれる。しまいにはルーレットまで回してくれるのだから、もはや全自動だ。


 しかし彼女自身はいまいち運に恵まれておらず、所持金が常に地を這っているのだが、なぜかそれでも楽しそうだった。


「ああやりましたわ子供が生まれました! 千円ずつ頂きますわね、これでようやく五桁ですわ。あら? お気に入りのピンがあるのだけれど、どこかしら」


 僕とヘクセルも一緒になって見失った子供のピンを探す途中、大抵の遊びは習得したが実戦は一度もしたことがなかったのだと彼女は語った。


「物心ついたころには改革で、遊び相手はいませんでしたの。いるとこんなに楽しいんですわね、一人でやるよりずっと楽しいですわ。ああありましたわ、こんなに隅っこに」


 ユウカが箱を傾けると、ころりと彼女の第一子が、オレンジ色の小さなピンが落ちてきた。


 そうして三回か四回はやったがいずれもユウカの所持金は最下位だった。だが彼女はとても楽しそうだし、次の試合へも意欲的だ。試合が終わるごとに彼女がそれぞれの人生を嬉しそうに語るのは、見ていて微笑ましかった。


 しかしヘクセルの反応を見るに、そろそろ飽きがきているようだった。僕も同じ気持ちだったし、暗にそのことを伝えると彼女は言った。


「仕方ありませんわね。ではそうだわ、あやとりをしましょう。ご存じですわよね?」


 ヘクセルはやはり首を傾げたが、まあこれもやればわかるだろう。


「ここからどうするんだっけ? 小指は使うっけ?」

「あらまあセンスの欠片が砕け散ってますわね。手を借りますわよ」


 飲み込みの早いヘクセルと違って、唯一どうやっても「かえる」からの「ダイアモンド」が作れなかった僕。


 すべてを覚えきったヘクセルにかえるを作ってもらって、後ろからのユウカの冷たい手に習っているうちに、やっとこさ一人でも作ることができた。外が真っ暗になった今にようやくだ。


「やっと完成しましたわね。ああ、人の成長を見られるのはこんなに嬉しいことなんですわね。知らないことがたくさんですわ」


 そうだわと彼女は一人続けた。


「あの人もこんな気持ちだったのかしら。実は一度だけ、転生者にトランプを教わったことがありましたの。彼の部屋をわたくしが訪ねて、その部屋で二人きりで。ルールを間違えても褒めてくださったのよ、とても笑顔で」


 彼女はぽつりと呟いた。「でも」と。


「あの時は敵だからと割り切っていたのだけれど。今考えればわたくしは、この思いを裏切ったのかもしれませんわ。こんなにも温かい思いを」


 オレンジ色の目で僕の作ったダイアモンドを眺めるユウカ。だが僕には、もっと遠いところを見ているように思えた。ちょうどその時外から足音が近づいてきた。


「アヤカかな?」

「おそらくそうでしょうね。きりがいいですし今日は失礼いたしますわ。明日もいらっしゃるの?」


 たぶんと僕らが頷くと、目を輝かせながら彼女は考え始めた。じゃあ明日は何をしましょうかと。あれがいいかしら、これがいいかしらと。


 そうして人生ゲームの箱を抱えて立ち上がったユウカに、明日は四人でやろうよと告げると、彼女は笑顔で承諾して部屋から去っていった。


 オレンジ色の子供のピンを忘れていった彼女と入れ替わりにしてアヤカが帰ってきた。その一言目は「駄目だった」だった。ピンをポケットにしまって尋ねた。


「説得できなかったの?」

「ああ、奴らはもはや父の意思なんて関係ないんだ」


 なぜなのか、どうしてなのかをアヤカに尋ねたが彼女はきっぱりと言った。


「嫌だ、これ以上は愚痴になるから言いたくない。とにかく駄目だった、奴らは武装蜂起を行うつもりだ。私を追い出した後で、今も下で練っているんだ。どこを攻撃するか、どう攻略するかをな」


 彼女はふんと鼻を鳴らしてベッドに入ると、僕の手を握ってうつぶせになった。ヘクセルと頷き合って、彼女に電気を消してもらってから僕らも横になった。明日は僕も一緒になって説得しようと決めて、ではユウカとの約束は果たせるだろうかと考えながら、僕は静かに目を瞑った。


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