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異世界転戦車  作者: AK310
転生
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第二話 二度目の目覚め


 沈んでいた意識が戻り、まぶた越しに明かりを感じる。この目を開けた先はおそらく異世界なのだろう。


 覚悟を決め、深呼吸の後に、思い切って目を開けた。


 最初に感じたのは痛みだった。まぶたを開けると同時にまっすぐ入ってきた光による痛み。


 幸先の悪さを感じつつ、薄目でしばらく慣らし、恐る恐るもう一度目を開けた。


 おそらく異世界に来たのであろう僕は、大きなベッドに寝ていた。頭を支える枕によって、今いるこの部屋の全体を見渡すことができる。


 六畳ほどのこの部屋には、天井に張り付いた半球を薄く伸ばしたような白い照明器具の光で満ちていた。影が言うには中世の世界だと言っていたが、天井から降り注ぐ光をどう見ても電気によるものとしか思えない。


 ベッドからみて右手には大きなアーチ窓がついている。青いカーテンで閉じられたその窓と対面して、左手には扉があった。


 簡素なこの部屋の最後には、このベッドの傍らで椅子に腰かけ本を読む、一人の少女の姿があった。


 カーテンに背を向けて座り、黙々とページをめくる少女。その年齢は十四、五ほどに見えた。かつての世界でなら中学生くらいだろうか。肩甲骨のあたりまでまっすぐ伸びたその髪は、自分と同じく黒かった。


 だが、まるで歴史の教科書に出てくるような青いドレスに身を包むその姿は、僕が本当に異世界にやって来たのだということを実感させられた。


 そしてその実感は少女の顔立ちによってより強められた。


 少女の顔つきには彫りがあった。それによって陰影がついた目元は、彼女の整った鼻をより高く見せている。その上文字を追って左右に動く目は日本人離れして大きい。それになによりその瞳が綺麗な青をしていたのだ。


 いわゆる欧米的な顔立ちの少女。影の男は日本語が通じると言っていたが、果たして本当だろうか。


 そう考えながら少女が持つ本に目を移すと、本のタイトルには日本語で『我が奔走』とあった。黒い表紙に金の糸でタイトルが縫われた辞書かと思うほどの大きさの本を、少女は黙々と読み進めている。


 疑った影に心の中で詫びつつ、少女に視線を戻した時だった。彼女の青い瞳とばったり目が合った。


「あっ! 起きられたのですね!」


 欧米的な顔立ちの彼女の第一声は、流暢な日本語だった。


「あっ、はい。ど、どうも……」


 日本語を用いるのだと分かってはいたが、やはり覚えてしまう違和感に戸惑い、まごつきながらとなった自分のあいさつにも笑顔で返す少女。そんな彼女の目線に合わせて上体を起こす。


「元気そうで良かったです!」

「あ、ありがとうございます。ところでその、あなたは一体、いや、ここは一体……」


 その困惑交じりの僕の言葉をさえぎって、少女は申し訳なさそうに言った。


「あ、えーっと。ごめんなさい、その前に、お兄さんについて話がしたいんですけど、いいですか?」

「あ、す、すいません。そうですよね、そっちが先ですよね」


 笑いながらそうは言ったものの、困ったことに僕が知っているのは、自分の名前と年齢に加えてここが異世界であることだけだった。詳しい地名や日付がまるで分らない上、記憶のほとんどがない人間に何の話ができるだろうか。


「あの、でもなんて言うかその……。ええっとですね……」


 まさか影とのやり取りを話すわけにも行かず、目を泳がせながら言葉に迷っている最中だった。


 少女が発した言葉によって驚かされた。心臓が飛び出るかと思うほど。


「お兄さんは、転生者ですよね!」

「へ!?」


 彼女は間違いなく転生者と言った。あなたは転生してきたのかと僕に尋ねたのだ。


「え、て、転生者っていうと、生まれ変わった者ってことですかね?」


 恐る恐るそう尋ねると、少女は椅子から飛びあがった。そして勢いそのままベッドに手をついて言った。


「はい! 異世界から来られたんですよね!」


 ぐっと近づけられた少女の顔の、その青い瞳には微塵の曇りも無かった。


 異世界からの転生者かと尋ねる少女だが、何かを疑っているようには見えなかった。いや、むしろ僕が転生者であることを期待しているように見えた。


 もちろん、見ず知らずの人間に自分が転生者であると認めてしまう不安はあった。それを認めた先に何があるのか、分かったものではないからだ。しかしその不安を上回るくらいに、彼女の期待に応えたいという気持ちが僕の中には生まれていた。


「は、はい。異世界から来ました」


 慎重にそう答えると、少女は嬉しそうにやっぱり!と言った。


「ちょっとお父さんを呼んできます! ここで待っててください!」


 そう言ってベッドの上に本を置いた彼女は、青いドレスのスカートの両端を掴むと駆け足で部屋を出て行った。勢いよく閉まる扉の音と、彼女が読んでいた『我が奔走』だけがこの部屋の中には残された。


 自分が異世界転生した人間だということをなぜか知っていた少女。不審に思いながその理由を探し、当てはまるものとして浮かんだのは僕の服装だ。


 僕は鼠色一色の半袖のTシャツに、青色の長ズボンを身に着けていた。少女の目からすると確かに異質に見えたのかもしれない。


 たがやはり、それだけで僕が異世界転生した人間なのではという発想は導き出せるものなのだろうか。


 そうこう考えているうちに、少女は父親を連れて部屋に戻ってきた。立ったままの二人に合わせて立ち上がろうとしたが、少女に慌てて止められた。


「ああ動かないでください、そのままで大丈夫ですよ。ええっとこちら、不肖の父です!」


 そう元気に発せられた彼女の言葉だが、違和感を覚えた。「不肖の」という言葉をつけるのは自分や自分の子供を紹介するときだと思うのだが、少女の場合は父親につけてしまっている。少女の父もそれを思ったのか少しの沈黙があったが、父は娘の間違いを正すことなく挨拶に入った。


「……どうも初めまして。娘から聞きました。あなたはやはり転生者だそうですね」


 きれいな会釈の後にそう尋ねる少女の父親もまた、少女と同じく古めかしい恰好をしていた。白いシャツの上から黒いベスト身に着け、さらにその上から上等そうな赤いジャケットを羽織り、その肩から腰の位置にまで赤いマントが伸びている。


 ズボンは少しゆとりのある黒いもので、それをひざに届くかのような白く長いストッキングが締めていた。足にはつま先の長い黒の革靴を履いている。室内であってもそうしているのは文化の違いだろうか。少女も青い靴を履いていた。


 上から下まで満遍なく貴族のようなその恰好は、立ち振る舞いもあわせて威厳をかもし出していた。


 刻まれたしわから察するに四十歳前後だろうか。彫りの深い顔だが髪はやはり黒く、口から顎へとつながる髭も同じくして黒かった。そして瞳は少女と同様にきれいな青をしていた。


「初めまして。そうです、異世界から来ました」


 何とも不思議な言い草だが、そう答えると親子二人はとても嬉しそうに顔を見合わせた。


「なるほど、やはりそうでしたか。申し遅れました、私はこの子の父のサクマヤマトです」

「私はサクマアヤカです! よろしくお願いします!」


 言葉がそうなので当然といえば当然だが、名前もやはり和風だった。


 影は名前に漢字は用いずカタカナを使うんだと言っていた。そんなことを思い出しながら挨拶を返したところで、先ほどの疑問が気になった。


「あの、ところでなぜ僕が転生者だと分かったんですか?」

「それはですね! あなたが二人目の転生者だからです! かつて転生者様がいらっしゃった時と、あなたの状況はそっくりでした!」


 得意げに語る少女アヤカの言葉で影との会話を思い出した。影は確かにこう言っていた、異世界転生に現在進行形の者がいると。


 彼女の話を聞くうちに事の詳細が掴めた。かつてやってきた転生者も変わった服装で、目と髪とが黒かったらしい。そしてそれと同じく異質な服装で目と髪が黒い僕が、二人目の転生者なのではと目星をつけたというのだ。


 転生者であることに否定的でないのはおそらく、一人目の転生者にあるのだろう。転生者"様"としているところからして間違いないように思えた。


「ああなるほどそうだったんですね。僕はヒロタミツキです。二人目の転生者として、どうぞよろしくお願いします」


 心のつっかえが取れたついでに、なごやかな雰囲気に合わせて自己紹介をしたつもりだった。しかし、親子二人は顔を見合わせて戸惑う素振りを見せた。


「ご自分の名前を、ご存知なのですか?」

「え、ええ。そうです」


「名前を憶えてるってのは変だね、お父さん」


 その娘の問いに「うむ」と頷くと、ヤマトさんは難しい表情で僕に尋ねた。


「何かほかに、思い出せることはありますか?」


 先ほどとは打って変わったおずおずとした二人の態度でようやく理解できた。影の男がこう言っていた、異世界転生は記憶を消して行うものなのだと。そしてそれは、おそらくこの世界の人間もそう認識しているのだ。


 つまり今影が教えてくれた名前のおかげで、転生者かどうか疑われているのだろう。真っ黒い人間に特別に教えてもらったのだといえるはずもなく、焦りを覚えながらひとまず誤魔化すことにした。


「き、記憶があると変なんですかね? あっ! そういえば確かに、名前以外は思い出せないような気もするような……?」

「本当ですか! じゃあやっぱり転生者ですね!」 


 知らないふりで通したが、納得したのはアヤカだけだったようだ。ヤマトさんは依然として複雑な表情をしていた。


 そんな父の様子を見てか、アヤカはヤマトさんへ耳打ちをした。口に両手を添えて小声で話す彼女だが、この小さな部屋では十分僕の耳にも届いていた。


「疑っちゃ悪いよお父さん。この人は絶対、転生者だよ」

「ううむ。瞳の色と髪の色、それから服装と顔のつくりから見て、まず間違いないとは思うんだが……」


 どちらにせよ決定的な証拠が必要だろうとヤマトさんは声を抑えて言った。彼の厳しい表情を向けられたアヤカは、それとは逆に呑気な声でささやいた。


「じゃあさ、あれを見てもらえばいいんじゃない? 私たちのあれを。それか、力を使ってもらうとか」

「ううむ、そうだな、見てもらおうか。それなら確かに……」


 彼らの「見てもらう」という単語に、思い当たることは無かった。それによって転生者であるかどうか分かるというのなら、影の男が話していたとしてもおかしくはないはずなのだが。


 そう考えて記憶をたどる中、親子二人は意を決して同時にこちらへ向き直した。第一声を放ったのはヤマトさんだった。


「ミツキさん、転生者の持つ力として、人が持つ能力を見定めることができるのです。疑うわけではないのですが、どうかその力をもって、私たちの持つ能力を、見てもらえませんか?」

「私からも、お願いします!」


疑われているのはほぼ間違いないが、深々と頭を下げる二人の前には、了承せざるを得なかった。


「わ、分かりましたけど、それはどうやって、とうかそもそも何を見るんですか? 申し訳ないんですけど、僕にはやり方さえさっぱりで……」


 何を見るのかどうすれば見られるのかが知りたかったのだが、ヤマトさんから帰ってきたのは「申し訳ありません」の一言だった。


「私達にも具体的な方法は分からないのですが」


 そう言った父の後で、間髪入れずにアヤカは言った。


「転生者様には、私達の持つ能力が数字として見えるようなんです。私達の右や左に、その数字が見えたりしませんか?」


「え、ええっと……」


 目を左右に何度も動かしたが、それらしいものは見えなかった。


「う、うーん……」


 戸惑いを見せるアヤカと、黙ったままのヤマトさんに対して、どう言い訳をしようか迷っているうちに、一つの方法が閃いた。


「そうだ、その転生者様ってのはどちらにいらっしゃるんですか? その人ならきっと、何か方法とかを」

「すみません、大変申し訳ないのですが、ここよりずっと、遠い場所にいらっしゃいます……」

   

 まるで自分のせいかのように言うヤマトさんと、縮こまるアヤカの姿で、なんだかこちらも申し訳ない気持ちになった。


 一人目の転生者に会えない以上自分でどうにかするしかないのだろう。


 ならばやれるだけやってみよう。そう決意して、再び二人の左右を確認した。何度も見た。角度を変え、向きを変え、何度も何度も見たが、それでも数字は浮かんでこなかった。


 もうこれが最後の手段だと思い切って、見えろと呟き二人を見た。


 やはりというか当然というか何も見えず、いっそのこと適当に答えてみようかと考えていたその時だった。


 唐突に数字が浮かんできた。うっすらと、そして徐々にはっきりと。二人の左右に数字が見えた。それぞれ二人とも、僕から見て右側には三桁の数字が、左側には二桁の数字が黒一色で浮かんできた。


「あっ! み、見えました! ええっと、ヤマトさんから見て右が20、左は600って出てます」


 そう告げると、親子二人は声を上げて喜んだ。僕自身も喜びを感じつつ、今度はアヤカへ視線を移す。


「アヤカさんの右に16、左には520って見えます。これでいいんですかね? 合ってますか?」


 その僕の問いには、顔をほころばせたヤマトさんが答えた。


「ええもちろんです、かつて転生者様から聞いた数字と、ぴったり同じです。それと、試すようなことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「だ、大丈夫ですよ、信じてもらえたなら。頭を上げてください」


 そんな父の態度とは裏腹に、アヤカは誇らしげに言った。


「私は最初から、信じてましたよ!」


 自信満々に胸を張る彼女の姿で、この部屋は再び和やかな雰囲気に戻った。


 晴れて転生者だということが認められ、この数字は何なのか、そもそもあなた方は何者で、ここは一体どこなのか。山積みになったそれらの疑問を、どこから崩していこうか考えていたその時だった。


「あれ?」


 唐突に体から力が抜け、上体がベッドに戻された。急に起こった脱力はどんどんと体全体に広がり、疑問と不安とに襲われているうちに、今はもう腕を持ち上げることもできなくなっていた。


「す、すいません、なんだか体が……」

「ご、ごめんなさい! 伝え忘れてました、実はミツキさんは、三日も寝ていたんです」


「み、三日……?」


 ついには顎にも疲労感が押し寄せ、まぶたがひどく重たく感じる。


「ご、ごめんなさい。無理させちゃって……」


 そう言って覗き込んできたアヤカの申し訳なさそうな表情を最後に、僕のまぶたは落ちた。


 慌てふためくアヤカとは反対に、ヤマトさんは落ち着いていた。残った触覚と聴覚で、彼によって布団と毛布をかけてもらっているのが分かる。


「行こうアヤカ。大丈夫、今日話すことができたのだから、明日もきっと」

「……うん」


 そして部屋の扉が閉まる音を合図にしたかのように、体が、意識が、地面に溶けていった。






「…………。……あれ?」


 眠ったはずの僕だったが、気づけばここにいた。真っ白な背景に真っ黒な男がいるこの場所に。


 あぐらをかいて座る影は、右手を挙げて挨拶した。


「よう、久しぶり」


「なんでお前がいるんだよ」

「なんでったってなんでもよ、ここは俺の世界だぜ」


 そう言って、よっこいしょと立ち上がった。

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