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異世界転戦車  作者: AK310
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第十話 魔女の虐殺


 ・- ―・―


 同じころ、師団の本部から数キロ離れた先の平原にユキ大尉率いる第一偵察中隊がいた。馬を降り、草木に身を隠した彼らの下へと近づく人影もあった。


「確かに伝えてきました。向こうの戦車隊もこっちに来てます、中隊長」

「分かった、ありがとう。でも間に合いそうにはないね」


 部下の報告に対してそう返したユキはもう何度目になるだろうか、双眼鏡を目に当てた。そして苦々しく口元をゆがめてまた思った。これが魔女かと。


 十二倍率になった彼女の視線の先には、赤いドレスに身を包んだ少女の姿があった。その古びた衣装のみならず、大きな瞳も腰まで届く真っすぐな髪も赤く染まった一人の少女の姿が。


 ユキは思った。見た目の年齢で言えばおそらくアヤカと同い年か、それより幼いくらいだろうと。しかしその右手と右目に赤い光が灯り、頭頂部に猫の耳が二つぴんと立っている様子が、彼女が間違いなく魔女であることを物語っていた。


 兵士たちからの激しい銃撃を寸分も受け付けない赤い球体に身を包みながら、偵察中隊が潜む丘へと進んでくる魔女。ゆっくりと迫ってくるそのさなかにも、魔女は赤い球を自身の背後にいくつも生成しては投射していた。魔女の身を包む球体の、その半分ほどの大きさの赤く光る球を。


 放たれた赤い球は、弾丸よりは遅いものの人が走るよりは早い速度で兵士たち目掛けて飛んでいった。そしてそれが着弾すれば、決死の足止めを行う彼らを遮蔽物ごと吹き飛ばしていくのだった。


 あまりに一方的すぎる魔女の攻撃。そんな理不尽を仲間たちが受けている目の前の光景が、ユキに冷や汗をかかせていた。


「中隊長、我々も援護しましょう!」


 部下から口々に上がったその声を、彼女は拒んだ。作戦のためだった。


「いや、まだ今はだめだよ。魔女があの木を越えたら攻撃する、そういう手はずになってるから」


 彼女はそう言って、前方に500メートルほど離れた簡易な塹壕群を示した。三重に掘られた防衛線の、その一番前線だ。魔女がそこまで到達するまであと十分はかかるだろう。


 赤い砲撃をかいくぐって懸命に戦う仲間たちが報われるまで、今しばらく時間が必要だった。


「今は待とう、悔しいけど。そして一気に攻撃して魔女を倒そう。戦車と一緒にやってやろう」


 彼女はそう言って周りを見渡した。稜線の影に身を隠した第一戦車中隊、四両の二号戦車と八両の一号戦車を。彼らは皆活躍のときはまだかと、エンジンを静かに震わせて待っていた。


 ユキの部下たちはそれを受けて頷いた。しかし彼女は「だけど」と一人心の中で続けた。


 今ある事実としてはただ、歩兵では歯が立たないという事しか存在しない。歩兵では歯が立たないという事実をどう解釈しても、戦車なら倒せるには繋がらない。戦車なら勝てるという保証はどこにもないのだと。


 しかし今さらそれを言ってもどうにもならない。個人として思ったことは胸に秘め、頭を大きく振ってから、ユキは部下たちに指示を出した。


「第一小隊は左手の丘に展開。機関銃をあの茂みに配置して、戦車隊が撃ったのを合図に攻撃して」


 それを受けて第一小隊十五名は丘を目指して動き始めた。残る第二小隊を見てユキは続けた。


「第二小隊はここから行くよ。機関銃はここに置いて攻撃と同時に射撃して。ほかの者はあたしと一緒に撤退を直接援護する。あそこの負傷者をここまで下げよう」


 彼女がそう言い終わると同時に部下たちから了解の声が上がり、第二小隊の機関銃手三名は機関銃を展開し始めた。負傷者の救助を命じられた残りの者たちは、深呼吸をしたり顔を叩いたりと様々に気合を入れ始めた。


 目下の戦場が示すように、歩兵の持つ火力では魔女に対して歯が立たない。そんな状況下でこの部隊がするべきことは、戦車が魔女を攻撃している隙に第二連隊を後退させ、一人でも多くの仲間を救助することだ。


 ユキはこの戦場における偵察中隊の役割をそう認識し、部下へと指示を出すに至った。


 爆発音と銃声、そして悲鳴が響き渡る目の前の戦場に突入して、負傷者をそこから助け出す。そんな直面したことのない重要な任務を前に、第二小隊の兵士たちの表情は硬く張り詰めていた。


 そんな彼らを見計らって、ユキは後ろに声をかけた。


「おーい! ミズキ、マコ! 馬は大丈夫か!」


 声の先には十五余りの手綱をそれぞれ握る、二人の兵士の姿があった。偵察中隊の有する馬を一手に、いや二手に引き受けている彼らは大きな声で返した。


「大尉! 僕らにも出番を下さいよ!」

「そうですよ! こんなのあんまりです!」


 馬を移動手段とする偵察部隊だが、戦闘の際には用いない。そうなれば、兵士の数だけある馬を逃げ出さないようにしておく人員が必要だった。


 誕生日が一番遅いからという理由でその役割を任されたことを嘆く二人の様子を見て、緊張していた兵士たちも、銃声と悲鳴が響く中で笑顔を取り戻していた。


「次にね! それまでそこで待ってて!」


 ユキはそう言うと、ふうと一息ついてから魔女の方を向いた。定数958名の一個連隊を蹴散らしながら進む魔女は、もうすぐ例の木を越えようとしていた。ユキは突入を前にして、部下たちに詳細な指示を出した。


「第一分隊は、一番左端で倒れてるのとその右のに向かって。第二分隊はあの地面がえぐれてるとこで倒れてる四人に。第三分隊はさっき球が着弾したとこ。二人は見えたから頼むね」


 そしてユキは自身の命に従って、これから突入を行う彼らを見渡して続けた。


「そして各分隊ともども軽症者から優先して救助するように。一人でも多く下げられるように、全力を尽くしてがんばろう」


 各自の了解の声を聞きながら、ユキは眼下で戦い続けている一人の人物に目を向けた。機関銃を腰だめで撃ちまくりながら、周りの兵士たちに号令を飛ばしている第二連隊の連隊長へと。


「彼女に戦車が来たことを伝えて、前線を歩兵から戦車に交代させる」


 ユキは頭の中で何度もその言葉を唱えながら、自身のおでこを軽く叩いた。これが自分の役割だとつぶやきながら、何度も何度も。そして深呼吸をして言った。


「戦車が出たら行くぞッ! 気合入れろ!」


 周りの戦車たちは、もういつでも前進できると言わんばかりにエンジンを大きく吹かしていた。


 突入が間近に迫ったさなか、ユキは体が芯から冷えるような感覚と、手のひらがつるつると滑るような感触に襲われた。それでも彼女は小銃をぐっと握り直してから、その時が来るのをじっと待った。


 魔女が一歩を踏み出すごとに、心音が一段と高まるような気がした。一人仲間が倒れるたび、絶対に助けると心に誓った。そうして恐怖に震える体を無理やり抑える中、ついに魔女が塹壕群を越えたのを見た。それから数えて三秒のことだった。十二両の戦車が唸りながら稜線を越え、圧倒的な射撃を始めた。彼女は叫んだ。


「戦車が行ったぞ! 走れッ!」


 四門の20mm機関砲と二十門の7.92mm機関銃が猛烈に火を噴くさなか、ユキと彼女の部下たちは一斉に走り始めた。雄たけびを上げながら無我夢中で足を動かす彼らの頭上を、無数の弾丸が闇夜を斬り裂いて飛んでいく。


 トタン板を金属バットで殴りつけるようなけたたましい発砲音が、ユキの背後で何度も聞こえた。倒れてしまいそうな体を何とか踏ん張らせて、彼女は連隊長の下へと向かった。


 彼女の人生の中で最も長い200メートルだった。それでもユキは第二連隊の展開する最前線へとたどり着き、連隊長らが塹壕代わりにしている砲撃痕へと滑りこんで叫んだ。


「連隊長! 退却です! 戦車が来ました!」


 その大声を聴いて、連隊長とその周りの兵士たちは後ろを向いた。そしてそこにあった彼らの力の象徴を見て歓喜した。


「戦車だ! 戦車が来たぞ!」


 苦戦を強いられていた第二連隊の他の兵士たちも、強力な増援の到着によって一様に活気づいた。しかしユキはそんな中でも、先ほど頭に刻み込んだ自分の役割の遂行に努めた。


「連隊長退却しましょう! 前線を変わるんです、戦車と!」

「そうだな、分かった! 第二連隊退却! 退却!」


 その合図を手で振って出しながら、彼女は叫んだ。赤い球が無差別に降ってくる中、第二連隊の兵士たちはついに背を向けての後退を始めた。


 ユキは周りのその様子を確認してから魔女に目を向けた。今なお攻撃を続ける赤い魔女は、もう100メートルもないほどに迫っていた。そんな状況下でも連隊長はいまだに塹壕から出なかった。


「下がりましょう連隊長! みんな撤退してますよ!」

「分かってる! でもこいつをどうにかしないと!」


 連隊長は腹に傷を受けた男の兵士の、その両脇を抱えて塹壕から出ようとしていた。兵士はジャケットにまで血が染み出しており、意識は認められない。


「あなたは連隊長なんですよ! あなたがまず下がらないと!」

「だめだ! こいつは絶対に運ぶ!」


 周りを見れば、つたない足取りで懸命に下がろうとする者も多くいた。「軽症者から優先して後退させる」その自身の言葉が頭の中で響きながら、ユキは言った。


「分かりましたよ足持ちます! せーのっ!」


 頑固な連隊長を後退させるため、ぐったりとした男を二人で運びながら、仲間の元へと撤退するユキ。


 そんなさなかだった、ユキは背中で魔女の声を聴いた。銃声と爆発音と悲鳴と雄たけびとが響く中、なぜだかはっきりと、幼くもあり冷たくもあった魔女の声を聴いた。


「あれが戦車かのう。なかなかの物じゃな。わしより弱いのは残念じゃが」


 ユキは思わず振り向いた。そして二十ミリの砲弾をもはじき返している化け物が、不敵に笑ったのを見た。あどけなさを残す整った顔が、不気味に歪んだのを。


「わしらの力を見せる時じゃなぁ! チャーチルッ!」


 嬉しそうに口角を上げながら魔女がそう唱えると、魔女の周りに真っ赤な球が四つ現れた。連隊長から何度声をかけられても、ユキはその火の球から目を離すことができなかった。


 ちょうど魔女を包む球と同じほどの大きさで、あたりの景色を大きく揺らがすほどの高い熱量を持った極めて黒に近い赤、どす赤色のその火球から。


「おい何やってんだ! 行くぞ!」


 そう言いながら連隊長がユキの肩を引いたことで、ようやく彼女は正気に戻った。そして兵士の足を持ち直し、再び仲間の元まで焦る気持ちのままに走り始めた時だった。


「やれ」


 恐ろしいほど冷たい声が、ユキの後ろで聞えた。その次の瞬間には、四つの火球が彼女の頭上を通り越し、吸い込まれるようにして横隊で展開していた四両の二号戦車に命中した。その前面装甲に大穴を開けて抉り込んだ火球はみな、ひとつ残らず二号戦車を爆発させた。


 あらかじめ戦車の有効性を疑問視していたユキでさえその場に立ち尽くしたのだから、戦車部隊の増援を心待ちにしていた連隊長が、燃え盛るその残骸を前にして膝から崩れ落ちたのは当然のことだった。


「負けるのか? 戦車が……」


 残された戦車部隊も誰もが戸惑っていた。この部隊の中で最も強力な戦車であり、指揮車両でもあった二号戦車がすべて一撃で撃破されたのだから。そして今も一両また一両と、一方的に撃破され続けているのだから。


 どうすればいいのか。何をすればいいのか。必死に考えを巡らせるたびに、ユキの頭では分からないの一言が導き出されるのだった。


 戦車の攻撃は効かないが、魔女は戦車を倒せる。一方的だった戦局は、戦車が来たとこで一つも変わりはしなかった。


 そんな絶望的な状況に追い打ちをかけたのが、撤退しようと目指していた後方から前線へと向かって突撃してくる数十頭の暴れ馬だった。


 撃破された戦車の爆発音に驚き、狂ったように走り回る馬たちによって、ただでさえ士気が落ちていた戦場はもはや大混乱に陥った。


 武器を捨て、仲間を押しのけ、半狂乱になって、誰もが戦いから逃げだした。戦車までもがそうだった。もはや誰の声もこの場所では通るはずはなかった。そもそも声をかけ指揮を執るべき連隊長は、その場に小さく座り込んでいた。


 さらなる絶望的な状況下になって初めて、ユキは現状への対処に努めた。負傷者に寄り添い、肩を貸して共に進む部下の姿を見たからでもあった。彼女は狂った馬たちを謝罪の言葉と共に撃ち殺しながら、自身の愛馬さえそうしながら、丘へと走って声を張って言った。


「武器を取れ! 前を見ろ! 互いに援護しながら後退するんだ!」


 だがやはりその声に耳を貸すものはいなかった。無数の砲撃に怯えながら、すぐそこにまで迫った死に震えながら、統率を失った兵士たちは師団の本部へと続く道に殺到した。


 そんな最悪の瞬間に、もう半分の戦車部隊が到着した。


 遅れてやってきた第二戦車中隊は、逃げようとする兵士たちや、なんとか生き延びようとする前任の戦車隊に阻まれて、ユキの眼下で停車してしまった。前に出るわけでも後ろに下がる分けでもなく、道の縦隊で足を止めてしまったのだった。


 途方に暮れるユキの隣にいつの間にか魔女が立っていた。防御の赤い球を解いた魔女は冷たい声で言った。


「虚しい苦労じゃったのぉ。このまぬけどもにお主の言葉は届かんようじゃ」


 たとえそれが魔女であっても、ユキは黙ってはいられなかった。


「もう勝ったつもりなのか、お前は」


 そう言いながらユキは、銃がなくなっていることに気付いた。焦るユキを嬉しそうに見上げながら魔女は言った。


「ではどうやったらわしは負けるんじゃ? のう、チャーチル」


 魔女は短くそう唱え、どす赤い砲弾を四つ生んだ。そしてそれらを飛ばしたかと思えば、次々に球を生み出しては飛ばした。


 その場で反撃に移ろうとする第二戦車中隊と、本部へと退却したい第一戦車中隊と第二連隊。それぞれの指揮系統の相反が、いまだに彼らを一点に縛り付けていた。


 そこに目掛けて飛んでいく十は軽く超えるどす赤い球が、彼らの姿を赤く染めていた。ユキは叫んだ。


「逃げろ! 今は逃げろ! 一人でも多くッ!」


 そう言い終わると同時に球が命中し、大きな爆発が立て続けに起こった。


 爆発に次ぐ爆発で、戦車の多くは撃破され、兵士たちは吹き飛んでいった。だがそんな中でも四両が何とか抜け出していたのをユキは確かに見た。彼女の声のおかげなのかは分からないが、全力で本部へと撤退していった彼らを見送りながら、ユキにいくつもの後悔が襲った。


 馬を任せる人数は、もう少し増やしておくべきだった。二人を笑いものにした過去の自分を殴ってやりたくなった。あの二人や他の部下たちは今どうしているだろうか。丘には一人もいなかったが、混乱の中でも逃げられただろうか。


 一人でも多く助けよう、そう彼らに言った自分は誰一人助けられなかった。


 様々後悔している中で、また一つ後ユキは悔した、今は逃げるべきだったなと。魔女の赤い球が一つ、ユキを明るく照らしていた。


「……一思いにやれよ、魔女」

「そう言われると悩むのう」


 魔女は嬉しげにそう言いながら、これまで何人もの仲間の命を奪ってきた火球を、ユキへとめがけて放った。


 ・・・―― ・―――― ―――――

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