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異世界転戦車  作者: AK310
転生
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第一話 転生


 うっすらとした意識の中、男の声を耳にした。


 「起きろ」と呼びかけるその声は、どんどん近く大きくなってくる。


 おそらくその声の主が向かってきているのは、まさに今横になっている僕の下だろう。そのことは、この朦朧とした頭でもなんとか理解できていた。


 だがしかし、この体を包む心地よい脱力感のせいで、上体を起こすことはおろか目を開けることさえ面倒に思えた。


 もう考えることさえ面倒になり、ここは眠気に従い、もう一度眠りにつこうと、ぼんやり決めたときだった。声が真上から降ってきた。


「おーい、起きろ。起きてくれ」


 同時に肩を揺さぶられ、無理やり覚醒させられる。顔をしかめながら文句を言い、しぶしぶ目を開けた瞬間だった。恐怖で飛び起きた。


「うわっ! な、なんだよお前!?」

「なんだってなんだよ……」


 先ほどから僕に呼びかけていた者は、そして今無理やり起こしてきた者の正体は、真っ黒な人間だった。しゃがんだままのその男は、頭のてっぺんから足の先まで余すところなく真っ黒だ。顔さえも黒く塗りつぶされている。その体の色がすべての光を吸い込むためか、男の正確な立体感はまるで掴めなかった。


 まるで、影が肉体を得たかのような不気味な姿の男はよっこいしょと立ち上がった。


「誰なんだよお前は! それにここはどこだよ!」


 周りを見渡せば、真っ白な空間がどこまでも広がっていた。空と地面の境界線が見えない、どこまでも続く白い世界。


 そんな異様な場所に得体のしれない存在と二人きりという状況が、僕の中の恐怖と不安に拍車をかけた。異常な速度の心音が耳まで届く。


「落ち着け落ち着け。とりあえず落ち着けよ」


 僕の感情とは裏腹に、影の男は困ったような声色でそう言いながら、なだめるようにその黒い手を上下させた。その態度に敵意や悪意は感じなかったものの、影のように真っ黒な男の姿はやはり心底不気味に思えた。


 身構える僕の姿に戸惑ってなのか、影の男は頭をかきながら言った。


「あー……。なんていうかその、ここへ来た奴はみんな驚くんだ。まあ俺の話を聞くと、次には喜ぶんだけどな! とりあえず、俺の話を聞いてくれ。な?」


 そう言い終わると同時に、影の男は両手を軽くあげ、その黒い手のひらを見せた。まるで危害は加えないとでも言うかのように。


 話を聞くだけという提案だが、やはりその容姿の不気味さゆえにどうにも受け入れがたかった。しかしおおよそ人とは思えない存在によるどこか人間じみた動きの数々が、先ほどまであった恐怖と不安を少しだが薄れさせていた。


 それになにより目の前の影の男以外に何もないこの空間では、他に取るべき手段など考えつかなかった。


 動揺を隠し、恐る恐る「分かった」と伝えると、影の男は満足そうに「よしよし」と頷き、わざとらしい咳払いの後に、嬉々として口を開いた。


「突然ですが、君には異世界転生をしてもらいます!」


 そう言って拍手を始めた影の男。嬉しそうに手を叩く影とは対照的に、僕の頭は疑問符で覆われた。


「あー、なるほど。夢かこれは」

「いやいや、夢じゃないよ。つねってみ」


 僕の頬を指さしながら影の男はそう言った。その通りに引っ張ってみると、確かに痛みがあった。


「い、異世界転生……」


 影の言葉を繰り返したが、何の実感もわかなかった。ましてや影が言っていたように、喜ぶこともなかった。そもそも、これが夢ではないとしてもその話は信じられなかったし、本当だとしても異世界へ転生したいとは思わなかった。

 

 第一、今の僕が求めていたのは突飛な単語ではなく、今のこの状況への説明だった。


「あ、あのさ。そもそも誰なんだあんたは、そしてどこなんだよここは。異世界転生だなんだってよりも先に、説明すべきことがあるんじゃないのか」


「誰? どこ? そんなのどうでもいいだろう。君は異世界転生できるんだ、それだけで十分じゃないか」


 質問もはぐらかされた上に、喜んでくれて当然と言わんばかりの影の態度には、困惑せざるを得なかった。僕の顔に出たその感情を見てか、とぼけたように影は言った。


「あれ? もしかして、異世界転生知らない系?」

「い、いや、異世界転生は知ってる。アニメとかゲームとかで」


「そうそうあと小説とかのね。 異世界行って、転生してってやつ。いや、転生して異世界行ってか? あれ? どっちが先だ?」


 唐突に生まれたその疑問に、腕を組み、ひとり考え始めた影の男。その自分勝手な行動に呆れつつ、異世界行きへの辞退の返事を切り出すタイミングをうかがっていると、影は前触れなく顔を上げた。


「ま、どっちでもいっか! それじゃ、行きますか」

「いや、その、僕は別に」


「ああ! 緊張しているんだな? 大丈夫安心してよ、現在進行形の奴もいるしさ!」

「えーっと、そうじゃなくて……」


「きっと君なら大丈夫! さあ行こう!」

「いや、ぼ、僕はいいんだ、異世界転生しなくて」


 そう答えると、影は固まった。三秒ほど。


「え? いいって、しなくていいの?」


 影に何度聞かれようとも、僕の気持ちは変わらなかった。


「う、うん。だって、普通はそうだろ? 転生するってことはさ、これまでの生活を……。あれ?」


 今ある生活を投げ捨ててまで異世界とやらに行こうとは思わない。そう言おうとしたのだがあることに気づいた。自分の頭の中がもやで覆われているのだ。


 僕のこれまでの生活というものが、ここに来るまでにあったはずの記憶が、うっすらと、ぼんやりとしたものでしか浮かんでこなかった。


 何をしてここに来たのか、ここに来るまでに何をしていたのか、思い出そうとすればするほど、霧がかかったかのように頭の中が真っ白に覆われていた。まるでこの場所の風景のように。


 少しの恐怖を感じたが、この異様な場所による一時的なものだと句点を打って、恐れを頭から振り払って続けた。


「それに、これが夢でないにしてもその話が本当だとは思えないし」


 僕のその言葉を聞くと、呆然としていた影は再び元気を取り戻した。


「ああなるほどね! 疑っているわけか。心配しないで嘘じゃあないよ。見てごらんよ周りを。真っ白な世界に真っ黒な男! 異世界転生しそうな感じじゃない? だからさ、話は本当だ。信じてくれ」


 大げさな身振り手振りで訴えかけてくるが、ならばこそ僕の答えは決まっていた。


「ほ、本当だとしたらなおさら異世界転生しないよ。悪いけどさ」


 そう告げると影はまた固まった。そして「マジか」と一言つぶやいて、ゆっくりと後ろを向き、途方に暮れたかのように真っ白な空を見上げたのだった。


 その哀愁漂う黒い背中に申し訳なさを感じもしたが、僕の意思そのものは揺らがなかった。よほど残念だったのか、がっくりと肩を落としている影になんと声をかけようか迷っていると、影は唐突に振り返った。そして、これまでの態度とは真逆の毅然とした口調で言った。


「いや、悪いがそれは無理だ。君には異世界転生してもらう」

「無理? 無理ってなんで」


「だってもう力を入れちゃったし、記憶消したし」

「け、消した!? 僕の記憶をか!」


 大声でそう聞き返すと影は平然と答えた。そうだよと。


 あの時浮かんだ違和感が、考えないようにしていた恐怖が突然に突き付けられた。これまでの生活が思い出せなかったのではない。目の前の影の男によってそれらが消されていたのだ。


「もお、今度も嘘じゃないよ、信じてくれ」

「いや疑うとかじゃなくて、普通におかしいだろ!」


 消されたのだとしても何か少しでも残ってはいないか、もやに包まれた頭を抱えて必死に記憶をたどった。しかし、今日の日付や曜日といったごく簡単なところさえ何も思い出せなかった。今年が何年だったのかも見当さえつかない。


 それどころか、いや、それだからこそ親や友人を全く思い出すことができなかった。顔や名前の片鱗さえ全く一つも浮かんでこない。


 そもそも自分が何者なのかさえ分からないのだ。住所や職業や、自分のこれまでの人生がどれだけあったのかについても綺麗さっぱり消えていた。いや、目の前の黒い男によって綺麗さっぱり消されていた。


 空っぽの頭の中は、影への怒りで満たされた。


「どういうことだよ! 本当に消えてるじゃないかっ!」


 その黒い肩をつかんで猛烈に抗議したが、影はまるで平然としていた。


「だからそう言ったじゃないか。それでさ、結構面倒くさいんだよね、記憶を消すってのはさ。だからもう無理ってわけ」


「はあ!? 人の記憶を消したんだぞ!? 何当たり前の顔をしてるんだよっ!」


 怒りに任せてそう叫んだが、影は突然笑い出した。


「か、顔っ!? 俺に顔は無いぞ!」


 あっはっはと楽しそうに笑う影に怒りを抑えきれず、両肩をまた強く揺すったが影はそれでも笑い続けた。


「全く笑えないっ! どう責任を取るつもりなんだよ!」


 語気を強めてそう言うとさすがに悪気を感じたのだろうか、影は謝罪の言葉を口にした。


「わ、悪かった悪かった。ごめんごめん」


 そういいながらも笑い続ける影の男。だがその顔をじっと睨む僕の姿に気づくと、影はさすがに笑いをやめて急いで呼吸を整えた。そして、二度の咳払いの後に真面目な声で言った。


「記憶を消したってのは言葉のあやなんだ。現に今、日本語をしゃべってるって事くらいは分かるだろ?」


 それぐらいは分かって当然だろう。


 そう思ったのだが、記憶を消したというのならなぜそれが分かるのだろうか。困惑しつつも肯定すると影は続けた。


「でもなんでって顔だな。要は君自身に関する記憶だけを消したんだ。だから君は、自分の年齢や名前も分からないのに、言葉は話せるし字も書ける。おまけに、スマホの操作や米の炊き方くらいは分かるってわけなんだ」


 僕自身に関する記憶は消した。その言葉を受け入れることはできなかったが、理解することはできた。


 僕の親が誰だったのか、僕の名前は何なのか、その年齢がいくつなのかは分からないが、その存在自体があったことについては忘れていない。つまりそれは。


「……よくわからないけど、全部は消さずに常識は残したってことか?」

「そう! それだ! 常識を残した記憶喪失にしたわけだ。君のことを」


 まったく悪びれることなく影はそう言った。


「……なぜ僕なんだ? なぜ僕の記憶を消したんだ。第一、それを残していたからって、許されることじゃないだろ!」

「なぜ? 言っただろ、異世界転生だって。異世界転生するときは記憶を消すのが決まりなの。だって消さなかったらただの転移になるじゃないか」


「だから! そもそも僕は、そんなことを望んでいないっ!」


 僕がそう叫ぶと、影は残念だと言わんばかりのため息と共に肩を落とした。そして真っ黒い腕を組むと影はしばらく口を閉じた。


 そして長い沈黙の後に、僕の怒りが冷めたころにその黒い腕を解いて影は言った。


「こっちとしても心外なんだ、記憶を消す前の君に、きちんと許可を取ったんだからさ」


 一度では理解できなかった。その言葉を頭の中で何度も繰り返してみることで、ようやく理解できた。


 異世界転生をかと尋ねると、影は首を縦に振った。


「き、記憶を消す前の僕が……? 異世界転生を……」


 本当かと尋ねる前に、影の男は嘘じゃないよときっぱり告げた。


「ちゃんと全部を話した上で許可を取ったよ。記憶を消すこと、常識は残すこと。そしてその上で、異世界転生をさせてあげるって。だって考えてみてごらんよ、転生したいって奴は他にもいるのに、わざわざしたくないって奴をさせると思う?」


 返す言葉がなかった。理屈の上では確かにその通りだった。だがそれを聞いた僕には新たな疑問が生まれていた。


「で、でも記憶を消したんだったらさ、消す前の僕と今の僕は別人じゃないのか? 今の僕は転生をしたくないって思っているんだから、前の僕の皮を着た、全くの別人が今の僕なんじゃないのか?」


 恐る恐る尋ねると影は頷きながら答えた。


「それについては安心してほしい。記憶を消したは消したんだけど、前の君の人格は続いているよ。記憶を消す前と消した後の君は、繋がっていると言えるね」


 影は笑ってこう付け加えた。


「だって前の君とまったく一緒なんだよ、ここに来た時のリアクションがね。まあこれまでの経験から言ってもそうだったし、君の人格は残ってるよ、それは保障する」


 その黒い右手を首の後ろにあてて影は続けた。


「だから俺にも意外ってわけ。消した後の君に、異世界転生を断られたのは」


 影のその話は僕を少しだけ安堵させた。だがそうなるとやはり気になることが二つあった。


 一つはその話が本当かどうか。もう一つは、本当だとすれば影の言っていたように、なぜ今の僕は前の僕と違って異世界転生を望まないのだろうか。


 すでにある生活を投げ捨ててまで異世界に行きたい理由が、消された記憶の中にあったのだろうか。


 考えてもしょうがないとは分かっていても、気にせざるを得なかった。今は真偽を質す方が先だと分かってはいても。


「なあ、その話本当だろうな。前の僕は今の僕とつながっていて、その前の僕は異世界転生を受け入れていた。本当にそうなんだな?」


 疑心を隠さずそう言うと、影はまた少し笑った。


「あのね、僕は嘘が嫌いなんだ。それに気にしてたってしょうがないと思うよ。証明の方法は無いし、君には選択肢が無いんだから。ここでずっとゴネてるか、異世界転生するかしか」


 そして、影は再び提案した、異世界転生をしてみないかと。


「考えてみてよ。異世界転生をしないで元の世界に戻ったところでさ、君を待つのはまるで覚えのない家族や友人達になるんだよ。それだったらさ、異世界のがよくない?」


「そもそも戻す気がないじゃないか。僕の記憶も、元の世界にも」


 そんな僕の皮肉も、まあそうだけどねと笑ってかわされた。ただ、行くしかないというのも事実だが、前の僕が受け入れていたという異世界転生に興味が湧いていたのも事実だった。


「なあ、その異世界ってのは、どんなところなんだ?」


 そう尋ねると影は「おっ?」と嬉しそうに反応し、そうだなぁと考え始めた。


「まぁ一言でいうと、中世の世界だね」

「中世?」


「わかんないかな、中世ヨーロッパだよ」

「もっと具体的に」


「具体的ねぇ……。とりあえず、日本語は通じるから安心してよ。そんでまあ、剣があるよね、魔法があって。そしてやっぱり! なんといっても戦車がある!」

「うん、うんうん。 ……うん?」


 疑問を口にしようとした僕よりも先に影は早口で続けた。


「さらにさらに! 戦闘機が生まれドラゴンが現れ!  騎士と共に恐竜が進む! 祖国のためにと刃を掲げ、彼ら彼女らは敬礼と共に行進するんだ! ああすばらしい! すばらしいね! 異世界って!」


 熱意がこもった口ぶりだが呆れるほかなかった。


「どっからが嘘なんだ? 僕が異世界転生をするとこからか?」


 僕としては冗談のつもりだったが影は気に障ったようで、その真っ黒い腕を組んで言った。


「まったくもう、失礼だね。嘘なんてつかないって何度も言ってるじゃないか。まあ戦車が出るのは絶対だね、それは保障できるよ」


 ろくな情報をまるで教えてくれない影のせいで、少しでも異世界に興味を持ったこと後悔したが、もう後戻りはできなかった。いや、そもそも最初から戻る道などなかった。


 やるしかない。 そう決心をしようとしたが、やはりなかなか出来ないでいた。そんな僕にじれったさを覚えてか、影はため息の後に提案をした。


「しょうがないなぁ特別だよ、名前と年齢くらいは教えてあげよう。それでいい? それで行ってくれる?」

「え? あ、じゃあ」


「いいかい、一回しか言わないよ。名前がね、ヒロタ ミツキ。年はたしか、18だったかな」


 突然の棚からのぼたもちで、いや、影からのぼたもちによって、僕の心は驚きと感謝の気持ちで満たされた。そしてすぐに漢字が気になり尋ねたが、それはいいんだと返ってきた。


「向こうじゃ名前はカタカナなのさ。それにしても、前代未聞だよ、こんなのは初めてだ。時代なのかねえ」


 とげのある言葉とは裏腹に、嬉しそうに影は言った。


「あ、ありがとう。ん? でも待てよ、そもそもお前が僕の記憶を奪ったんだよな」

「あ、そういえば確かに。まあ細かいことは気にしないでいってらっしゃいよ。後悔はしない、いや、させないよ」


 影は言葉を弾ませながら、まるで自宅に招くかのようにそう言った。そんな影に呆れつつ、どうやって異世界に行くのか尋ねると、まず横になれと返ってきた。


「それで、ここからどうするんだ?」

「目を閉じて、全身の力をすーっと抜くんだ。そして、ゆっくりと上っていく体をイメージしてくれ」


 何かの宗教の儀式かと思わせる、異世界へ行くための手順。それでも言われた通りに目を閉じて、体から力を抜いた。


 そして上っていく体をイメージしている最中だった。宗教というキーワードで、ある疑問が浮かんだ。


「なあ、これがフィクションとかでよくある異世界転生なら、お前は神様なのか?」


 その僕の問いにややあってから影は答えた。


「さあね。でもさ、神ってこんなに真っ黒いと思う? ああ! 君の髪は黒いかもね!」


 そう言ってあっはっはと笑い始めた影。二度目の後悔を味わい、さっさと異世界に行こうと決めたのだが、影が僕の横で笑い転げまわっているせいでまるで集中できない。


 異世界転生させたいのかそうでないのかはっきりしない影に向かって、僕は最後の質問をした。


「なあ、じゃあ最後に一つだけ教えてくれ。なぜお前は僕を異世界転生させるんだ? お前の目的は何なんだ?」


 そう尋ねると僕の狙い通り影は黙った。そして長い沈黙の後に影は答えた。


「一つ確実に言えるのは、君のためでなく俺のためだという事かな。だって考えてみてよ、他の転生物はおかしなのばっかりじゃない? 人を別の世界に転生させることができるのに、それを自分じゃなくて他人のために使うんだからさ」


 呆れたようにそう言う影に向かって僕は再び尋ねた。


「つまり僕を異世界転生させることが、お前にとってプラスになるのか?」


「ああそうさ。俺はこの力を手に入れて思ったね、俺は他人のためなんかじゃなくて、俺のために異世界転生させる。でも安心してほしい。それは多分、巡り巡って君のためにもなるだろうからさ。異世界転生をして良かったと思えないなら、俺の後味が悪いから」


 影の男の本音が垣間見えたような気がして僕はその顔を見上げた。するとちょうど影はその黒い鼻の底を右の人差し指で擦っていた。


「だけどやっぱり一番は俺のためだ。俺は俺のために君を異世界転生させる。でもなんだか心配になっちゃったな。今更聞くのもあれだけどさ、それでも異世界転生してくれる?」


「だめって言ったらどうするつもりなんだ? どのみち他に選択肢はないんだろ?」


「まあそうだね、それは無理だね。こう言うべきだった。俺は俺のために君を異世界転生させる。でもそれは君にとってもマイナスにはならない。だからさ、いってらっしゃい」


 結局、僕が転生することがどう影のためになるのかは分からなかった。しかし、真っ黒い人間のやりたいことなど考えても仕方ないのかもしれない。それに、行ってらっしゃいと言われたならば、こう返すのが筋だろう。


「ああ分かった、行ってくるよ」


 そう言って目をつむり、登っていく体をイメージすると、影の言った通りに宙に浮く感覚が僕の全身を包んだ。

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