第九十六話 ユニオール暦八百七十三年八月十一日 ハーフルト西方 天気晴れ
馬車の窓から朝日が射し込んできてトールヴァルドは目を覚ました。伸びをして窓の外を見てもここがどこか分からないので御者に尋ねると、間もなくノーブルヌとの国境だという。
順調だな。
トールヴァルドは心の内で頷く。昨日ラ・ヴァッレで高速馬車に乗り込み、ようやくハーフルトの西まで来た。昼前にはトセリに入れるだろう。
ぼんやりとしながらそんなことを考えていると、
「うわあああ!」
突然前方の御者席から悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
トールヴァルドが小さな前扉を開くと驚いている様子の御者の向こうに女性が一人浮かんでいる。
「……エスト?」
「驚かせてしまったみたいですね」
道脇に馬車を留めた御者にエストが謝罪する。飛行魔法で突然目の前に出てきたので、御者が腰を抜かしてしまったのだ。
馬車からちょっと離れた木陰にエストとトールヴァルドは座った。
「でも良かった。トールヴァルド様を探していたんです」
「私を?」
エストがエルフの里でのことをトールヴァルドに話す。
「大地のドラゴンが?」
「はい。人間を滅ぼそうとしている、というのがクラウディア女王の話です」
「ふむ……」
トールヴァルドが腕を組んで唸る。どうにも腑に落ちない顔だ。
「でも、そう言われてみると輝のドラゴンがレティシアだけ連れてきてくれと言った理由も分からんではないな」
「輝のドラゴンが見付かったのですか?」
「ああ」
今度はトールヴァルドがラ・ヴァッレであったことをエストに話す。
「なるほど……。輝のドラゴンとしては大地のドラゴンとは会いたくないのかもしれませんね」
「うん。それに輝のドラゴンはレティシアに何かをさせようとしてるんじゃないかと思うんだよな」
「レティシア様だけというのが気になりますね。大地のドラゴンはクラウディア女王を使おうとしているようですから、その対抗馬にしようというつもりかもしれません」
「あり得るな」
トールヴァルドがちょっと考え込んでから話を続ける。
「レティシアとイリスレーアはエサイアスと一緒にトセリに向かったんだな?」
「はい。間違いありません」
「よし。私もトセリに戻るつもりだったが、先にこの話を輝のドラゴンに聞かせた方がよさそうだな」
「よろしいのですか? レティシア様たちはトセリで大地のドラゴンと戦闘になるかもしれませんが」
「ああ。エサイアスがいればそう簡単には戦闘にならんだろう。それよりも輝のドラゴンを隠すのが先じゃないかと思う」
「大地のドラゴンは輝のドラゴンを狙いますか?」
「それは分からん。だがクラウディアの話が本当だとすれば、輝のドラゴンは人間の貴重な味方だ。渡すわけにはいかない」
御者にはここで降りることを告げて、エストの飛行魔法でラ・ヴァッレまで行くことにした。
ラ・ヴァッレのオールフェルド屋敷に戻るとトールヴァルドはすぐさまクリストフェルを呼んだ。
「クリストフェル、輝……リリアーナを呼んでくれ。後、オールフェルド王にも聞いてもらったほうがいい」
「トールヴァルド! どうした、もう戻ってきたのか? それにその女性は?」
「話はまとめてするからとにかく二人を呼んでくれ」
部屋に集まったオールフェルド王、クリストフェル、リリアーナを前にトールヴァルドはエストを紹介する。
「オールフェルド王、こちらはエストです。私たちの友人です」
「はじめまして、オールフェルド王陛下。私はエスト、アンハレルトナークの魔法使いです」
せっかくトールヴァルドが身分を濁したのにエストは気にしないようだ。
「アンハレルトナークの……、魔道士団か?」
「いえ、王のもとで色々と動いています」
「そうか。ディートヘルム王はお元気かな?」
「はい。変わりなく」
挨拶が済むとトールヴァルドとエストは話を始める。大地のドラゴンが人間を滅ぼそうとしていること、クラウディアが世界征服を狙っていることなどだ。
「リリアーナ、本当なのか?」話を聞いたクリストフェルがリリアーナを見る。
「本当です」リリアーナが頷く。「フランシスは世界に人間が多すぎると考えています」
「フランシスが……」
「増えすぎた人間を減らすには大規模な戦争が必要と考えているようですね。ユニオールのクラウディア姫に戦争をさせるつもりです」
「ふむ……」
オールフェルド王をはじめ皆黙ってしまった。まさかそんなことになっているとは誰も思っていなかった。
「ですがクラウディア姫は、あ、もう女王なのですね。クラウディア女王はとても聡明ですので簡単にはフランシスの思い通りにはなりません。間接的にあの手この手で力を与えているようですね」
「あの力は大地のドラゴンから得ていたのか」トールヴァルドが唸る。
「クラウディア女王は自分で手に入れたと思っているでしょうけど、その手の工作はフランシスの方が何枚も上手ですね」
永遠を生きる偉大な五体のドラゴン。しかも大地のドラゴンは人間の世界で知識を集め、経験を積み続けている。一人の人間を手玉に取るなんて簡単なことなのだろう。
「とにかく、今そのフランシスがトセリの町まで来ているんだ。リリアーナはここにいていいのか?」
「そうですね」トールヴァルドの言葉にちょっと考えるリリアーナ。「フランシスが直接手を出してくることは考えづらいですが、何か動いてくる可能性はありますね」
黙って考えていたオールフェルド王が口を開く。
「どうも知らぬうちに色々とことが進んでしまっているようだな。ちょっと整理させて欲しい。大地のドラゴンが人間の数を減らすためにクラウディア女王を支援しているのは分かった。それを進めるために大きな障害となるのは何なのかを考えた方が良くないかな?」
「たしかにそうですね」トールヴァルドが頷く。「反対しているリリアーナ、クラウディアと敵対している私たち……」
「アンハレルトナークもですね」エストが付け足す。
「そうだな。でもフランシスは一緒にいた私たちに手を出さなかった。直接は手を出さないってことか」
「やはり一番の障害は私でしょう」リリアーナが言う。「私のせいで他のドラゴンの協力も得られていませんからね」
「でも偉大な五体のドラゴンは不死身なんだろう? お互い手は出せないんじゃないか?」
「死にませんが転生には長い時間が掛かります。今私が倒れると目を覚ましたときには全部終わっているでしょう」
となると大地のドラゴンの一番のターゲットはリリアーナなのかもしれないとトールヴァルドが考えていると、オールフェルド王が口を開いた。
「戦争を煽りつつ、邪魔なものを排除しているわけだな。ある意味分かりやすい動きではあるな」
「父上、落ち着いている場合ではありません。すぐにオールフェルドに戻ってリリアーナを守るべきです」
「落ち着け、クリストフェルよ」王がクリストフェルをたしなめる。「悪い話があるのだ。どうやらシュタールとの戦争は避けられぬようだ」
「なぜです? 各国の総意はまとまらないはずでは──」
「あちらから攻めてこられては、ハーフルトも戦うしかない。我がオールフェルドもな」
「! シュタールからですか!?」
「うむ、その動きがある。先ほどオールフェルドにも戦争の準備をするよう要請があった」
「なんということだ……! これも大地のドラゴンの手なのか!?」
「そうかもしれぬな。ハーフルトが偉大な五体のドラゴンを手に入れたと聞けば、シュタールか黙っていないのは当然だからな」
シュタールとハーフルトで戦争が始まればアポロニアは大きく揺れる。
「おそらくアンハレルトナークでもその情報は掴んでいるはず。ディートヘルム王にくれぐれもユニオールに気を付けられるようお伝え願いたい」
「はい。かしこまりました」エストが頷く。
なにやら重いものが胸につかえるような感じをみな受けたに違いない。しばしの沈黙が訪れた。
すると、
「失礼するわ」
突然扉を開いて一人の少女が部屋に入ってきた。
「フランシス!?」思わず立ち上がるクリストフェル。「なぜここに?」
「なぜって」フランシスはニッと笑う。「私はたいていのことを知ってるからね」
トールヴァルドが席を立ちリリアーナを後ろに隠す。クリストフェルも王の前に立った。
「何をするつもりだ、フランシス?」訝しそうな目でトールヴァルドが聞く。
「何って、これからパーティーが始まるのよ」
「パーティー?」
その瞬間、ラ・ヴァッレの町を巨大な火柱が包み込んだ。町を焼き尽くすその炎は遥か離れたシュタール帝国首都レーフクヴィストからも見えたという。
同日、シュタール帝国はハーフルト連合王国に宣戦を布告した。
続きは明後日です。




