第九十五話 五十五日目 トセリの町 天気晴れ
トセリの町に戻るとすでに日は落ち、空も暗くなっていた。
「すっかり遅くなっちゃいましたね。とりあえずフランシスたちの宿に行きましょう」
「ええ、そうね」
私とイリス、エサイアスの三人は通りを進む。日は落ちても通りは灯りで照らされて人通りも多い。
「その先ですよね」
通りからちょっと入ったところに宿屋があり、ユリウスとフランシスはそこに宿を取っている。二人が部屋にいるかどうかはともかく、まずは行ってみるしかない。
私が宿屋の扉を開こうとすると、後ろから声をかけられた。「レティシア殿!」
振り返るとユリウスだ。いつものにやけ顔ではなく、ちょっとマジメな表情なことに気付いた。
「どうしたんですか? ──あれ? 一人ですか?」
「ええ。実はフランシスがいなくなってしまったのです」ユリウスが汗を拭く。どうやら探し回っていたようだ。
「ええ? 本当ですか?」
「はい。夕刻まで一緒だったのですが……。その後はどこを探してもいないのです」
「ええ……」
私たちが戻ることを知って避けたのかな? とも思うがどうしたことだろう?
「お二人は今戻られたのですか?」
「はい、そうです──って、二人? あれ? エサイアスはどこに?」
私とイリスの後ろを付いてきていたはずのエサイアスがいない。
「あら? あの角を曲がるまではたしかにいたんだけど……。探してくるわ」イリスが通りの方に行こうとする。
「あ、私も探します。ユリウスもお願いします、エサイアスとフランシス、一緒に探しましょう」
「ええ、分かりました」
「ふう」
宿のベッドに腰掛けて私は息を吐く。結局エサイアス、フランシスの二人とも見つけることはできなかった。
「おそらくトセリの町にはいないと思います」とユリウスが言う。トセリはそれほど大きな町ではない。これだけくまなく探していないのだ。町の外としか思えない。
「フランシスはともかく、エサイアスまでいなくなるってどういうことなんでしょうね?」
フランシスが私たちを避ける理由は想像できても、エサイアスがいなくなる理由が分からない。
「フランシスならともかく、とは何かあったのですか?」ユリウスが不思議そうに尋ねる。
「はい、エルフの里での出来事なんですけど──」
私がエルフの里でクラウディアから聞いた話をするとユリウスは腕を組んで唸った。
「なるほど……。思い当たることがないとは言えませんね」
「何かそのような兆候があったの?」イリスが聞く。
「ええ、フランシスと会う前のことなんですが、私とクリストフェル殿はクラウディアを倒しに行くはずだったのです」
「クラウディアを?」
「そうです。レティシア殿にとってはもちろん、この世界にとって彼女は危険な存在です。私とクリストフェル殿で倒してしまおうとしていたのです。でもフランシスに止められました」
「そうだったのね」
「世界のバランスが崩れる、とか言っていました。今にして思えばクラウディアを使って何かをするつもりなのかもしれませんね」
偉大な五体のドラゴンは世界のバランスを取ると言っていた。バランスが何を意味するのかは分からないけど、人間が世界のバランスを崩しているとフランシスは考えているのだろう。
「お二人はその話を聞いて、それでもここに戻ったということはフランシスと対峙するつもりだったのですか?」
「対峙……というわけではないですけど、どういうことなのか聞いてみたいと思ったんです。人間を滅ぼすなんて意味が分かりませんので」
「たしかに分かりませんが危険ですよ、レティシア殿。彼女は偉大な五体のドラゴンなんですよ」
「それは知ってますけど、どうせフランシスが人間を本気で滅ぼすつもりなら何をしても同じじゃないですか」
偉大な五体のドラゴンのブレスが防御魔法陣くらいでは防げないことは、先日のクリスティーナが教えてくれた。
「真意を質したうえで説得したいそうよ、レティは」
「説得……ですか?」
イリスの言葉にユリウスが目を丸くする。
「はい。きっと話せば分かってもらえると思うんですよ。人間と偉大な五体のドラゴンが争うなんて馬鹿らしいだけです」
「おお……」
なにやらユリウスの様子がおかしい。私を見つめてちょっと震えている。嫌な予感がする。
「素晴らしい!」と叫んでユリウスが私の手を取る。
「は、はい?」
「あなたほどの力がありながら、戦いではなくまず話をするのですか! なんと慈悲深い!」
「えええ?」
またこのパターンか……。そんなにおかしいことを言ってるつもりはないんだけど、この世界では違うらしい。そしてユリウスが面倒くさい。
「いかに偉大な五体のドラゴンと言えど生物であることは変わりません。あなたの力なら封じることもできます。それでも話し合いを選ぶとは」
「いえ、ユリウス。悪いんですけど私はそんなに強くないですよ?」
「謙遜を!」
そこからしばらくユリウスが私を褒め称えるセリフが続いたが、私はろくに聞かずに考える。
今すべきことは輝のドラゴンにいち早く会うことだ。しかし私たち三人にはハーフルトに入国しづらい理由がそれぞれある。イリスはアンハレルトナークの姫だし、ユリウスはシュタールの騎士。それに私はおたずね者だ。ハーフルトで自由に動くのは難しい。
結局、トールヴァルドとクリストフェルからの連絡を待つしかないのかな。
そんなことを考えていると、窓の外から騒々しい声が聞こえてきた。イリスが窓際に行く。ユリウスも私の手を離して話を止めた。
「何かしら?」イリスが窓の外を覗く。「人々が走ってるわね、! あの煙は火事?」
イリスがそう言った時、扉が激しくノックされて開いた。宿の主人が血相変えて私たちに言う。
「お客さん方、大変です! ドラゴンの群れが町を攻撃してるんです! 早く逃げてください!」
「ドラゴンが!?」
私たちは通りを駆けて町の中心の広場まで来た。人々が逃げ惑い、いくつもの建物が燃えて煙が上がっている。夜のはずなのに火の手が上がっているせいで空が明るい。
「レティ! あれ!」
イリスが指さす空にはドラゴンが何体も飛んでいる。町に向けて火を吐いているのもいる。
「ドラゴン!? なぜ?」
偉大な五体のドラゴンに比べれば小さいが、体長は十メートル程度で、数がとにかく多い。町の上を旋回しているのだけで二、三十匹は目に入る。
「来ますよ!」ユリウスが声を上げる。
一匹のドラゴンが私たち目掛けて降下してくる。ドラゴンが口から火を吹く。
「防御魔法!」
偉大な五体のドラゴンのブレスとは違い、普通のドラゴンのただの炎だ。私の防御魔方陣でも難なく防げる。防御魔法陣がドラゴンの炎を防ぐと、イリスとユリウスが同時に飛び上がり、ドラゴンの頭を痛打して吹き飛ばした。
「ドラゴンの鱗は剣では斬れません」降りてきたユリウスが言う。「叩き落とす以外ありませんが、それでは息の根は止められません」
「それでも落とす以外に無いわ。レティ、飛行魔法を頼める?」
イリスの言葉に私は飛行魔法を出して二人を乗せて飛び上がる。
「町に降下するドラゴンに向かって」
「分かりました。私も援護します」
町に火を吐こうと降下するドラゴンに次々と攻撃を仕掛ける私たち。何体か撃退すると周りのドラゴンも気付いたようでこちらに向かってくるものも出てきた。
「氷の攻撃魔法!」
ドラゴンには魔法は効かないが一瞬氷に覆われたドラゴンは動きが少し鈍くなる。そこをイリスとユリウスが飛び掛かって頭部を痛打していく。私はその都度イリスとユリウスを飛行魔法でキャッチする。
「キリがないわね」
「リーダー的な役割のドラゴンがいるはずです。それを探さないと」
ユリウスの言葉に嫌な予感が私の背筋を冷たくする。そのリーダーがフランシスなら、戦わなくては止まらないんだろうか?
「レティ、あれ見える?」
イリスが指さす方には他よりもちょっと大きなドラゴンが見える。私はフランシスではありませんようにと心の内で祈りながら目を凝らす。どうやら普通のドラゴンのようだ。
「あのちょっと大きいのがこの群れのリーダーじゃないかしら?」
「あれを落としましょう、レティシア殿!」
「はい!」
私は飛行魔法の速度を上げ、途中で向かってくるドラゴンを氷の魔法で怯ませながら大きなドラゴンに向かう。
少し大きなドラゴンは私たちを視認したか口を開いて巨大な炎を吐き出す。しかし私の防御魔法がそれを弾き返す。
「いまよ!」
「行きますよ!」
イリスとユリウスがドラゴンに飛びかかる。イリスが振り抜いた伸縮棍がドラゴンの角を捉え、ユリウスの剣がドラゴンの眉間にヒットすると、ちょっと大きなドラゴンは叫びを上げて長い首を振る。
「ええい、爆発の攻撃魔法!」
私は目一杯の魔力を込めて爆発魔法を撃った。効かなくても殴る程度の効果はあるだろう。
「グワアアア!」
爆発魔法はドラゴンの顔のあたりにヒットした。私は飛び降りた二人を回収して再びドラゴンの前に出る。
「グワアアア!」
ちょっと大きなドラゴンはさらに叫びを上げると旋回して西の方へ逃げ出す。他のドラゴンもそれを追い始めた。
「やりましたか?」
「ええ、退却していくわ」
「さすがレティシア殿です。ドラゴンを追い払うなんて普通ではありえません!」
空中でユリウスの私讃歌が始まってしまった。そんな場合じゃないんですけど……。とにかく火を消すために私は町の方に降下していく。
フランシスとエサイアスがどこかに行ってしまいました。
続きは明後日です。




