第九十三話 五十五日目 エルフの里 天気晴れ
ずいぶんいろいろと話をしてくれるものだとは思ったけど、クラウディアの言うことすべてが真実とは限らない。エサイアスが話してくれるといいんだけど、私の隣でジッと座っているだけで口を閉ざしたままだ。
私たちへの話は終わりとばかりにクラウディアがエーリカに言う。
「さて、話は終わりじゃ。エーリカよ、ヒルデガルドを出してもらおうか」
「……」
「出せぬのなら里ごと焼き払うことになるがの」
「クラウディア!」イリスが席を立つ。
するとエーリカはちょっとため息を吐き、クラウディアを見た。
「分かった。そなたに渡そう」
イリスが立ったままエーリカに言う。
「エルフの女王、渡してはなりません」
「北の大国の姫よ。よいのだ。実はヒルデガルドはそこの娘に渡すつもりだったのだ」
そう言ってエーリカが私を見る。私? なんで?
「ゆえに我らとしてはどのみち手放すつもりだったのだ」
「でしたらレティに渡してくださいませんか? クラウディアに渡してはいけません」
「クックックッ。それでも構わんぞ。その場合は倒して我が奪うだけだがの」
戦闘は困るな……。今は一刻も早くトセリに戻るべきだろう。でもその魔導書がクラウディアに渡るのはマズいということであれば戦闘もやむ無しかな……。
私がそんなことを考えていると、クラウディアが意外な提案をしてきた。
「ではこうするのはどうじゃ? いったん二人で受け取って燃やしてしまうというのは」
「えっ?」驚くイリス。
「そなたらは我に受け取って欲しくない、我はそなたらに渡したくない。では無くしてしまえば良いのじゃ」
「でもあなたには必要なんじゃないの?」
「まあそうじゃがの」クラウディアはちょっと肩をすくめた。「そなたらと戦うのは骨が折れるでの。それにそなたらはすぐにハーフルトに向かった方が良いのではないのか?」
「それはそうだけど……」
部屋の扉をノックしてエルフが台車のようなものを押しながら入ってきた。台の上には一冊の古びた本が乗っている。
「これがヒルデガルドだ。持っていくなり焼くなり好きにするが良い」エーリカが言う。
「本当に良いんですか?」
私が尋ねるとエーリカが諦め顔で答える。
「ああ。そして二度と我らには関わらぬよう願いたい」
私とクラウディアはその場でヒルデガルドを燃やした。
「あれで良かったんですかね?」
私たちは来たときと同じようにドラゴン化したエサイアスの背に乗り、トセリの町に向かっている。
「クラウディアに渡すよりはいいと思うわ」
そのクラウディアも騎士と魔法使いたちを連れて、北へ去っていった。戦闘になるかと覚悟していただけに逆に呆気ない感じだ。
「ずいぶんいろんな話が聞けましたね」
「ええ、正直まだ混乱してるわ」イリスが苦笑する。
「私もです」
大地のドラゴンが人間を滅ぼそうという話、それに輝のドラゴンが反対しているという話。もし本当なら人間にとっては大変な事態になりかねない。
「フランシスはどうやって人間を滅ぼすつもりなんでしょうか?」
「分からないわ。クラウディアをどう利用するつもりなのか……。でもクラウディアはそう簡単に利用されるような人間ではないわ」
「私もそう思います」
自分では手を下さず、クラウディアを使って人間を滅ぼすというのは現実的ではないと思う。
「クラウディアは世界に君臨したいとは思っているでしょうけど、滅ぼそうとは思ってないわ」
「ですよね」誰もいない世界を治めても意味はないだろう。「それにしても本当に世界を征服するつもりなんですね」
「させないわ」イリスが断じる。「私もアンハレルトナークもそんなことは許さない」
さすがイリスだ。素直に格好いいと思った。
「それにしてもエーリカはなんであの魔導書を私に渡そうとしてたんですかね?」
「それも分からないわね」
エーリカと会ったのは初めてのはずだ。レティシアの記憶にもない。
「本当に分からないことだらけですね……」
「ええ。でも輝のドラゴンに会って話をすれば分かるかもしれないわ」
エサイアスは語ってくれないし、フランシスには聞けない。となれば輝のドラゴンに聞くしかない。
「トールヴァルドたちは見つけたでしょうか?」
「どうかしら……。ただクリストフェルもいるし、何か手掛かりくらいはあるといいわね」
「ですね。それにフランシスにどう接するべきか考えておかないといけませんね」
「そうね」イリスが頷く。「ちょっと話し合っておかないといけないわね」
エサイアスにちょっと降りてもらうように話すと、小さな村のそばに降下した。エストによれば、ラスムスの首都ミュンテフェーリングの南東に位置するリエラという村らしい。
人間の姿になったエサイアスも含めて四人で村に入り、話ができそうなところを探すと、小さな喫茶店のような店があった。幸い他の客はいない。
「あまりノンビリしていると日が暮れてしまうから手早く話をしましょう」イリスが言う。
「そうですね。まずはフランシスにこの話をするかどうかですね」
「話をすれば敵対ということになってしまうわね」
人間を滅ぼそうというのが本当なら私たちの敵だ。でもフランシスは偉大な五体のドラゴンだ。敵うような相手ではないだろう。
「エサイアス、フランシスは強いんですか?」
「我と変わらんな」
「それは……強いってことですね……」
そもそも不死身のドラゴン相手に戦うなんて無理だ。
「とりあえず大地のドラゴン……、フランシスにはこの話はしないほうがいいでしょうね」
「でも、イリス。彼女には見透かされそうな気がします」
「たいていのことを知ってるって言ってたわね」
エストが口を開く。
「ですが、大地のドラゴンはどうして輝のドラゴンを探しているのでしょうか? 自分に反対する者をわざわざ探すのでしょうか?」
「そうねえ……」イリスが首をかしげる。「フランシスが何を考えているのかはまったく分からないわね」
「そうですね。エサイアスはどう思います?」
腕を組んでジッとしていたエサイアスは重そうに口を開く。
「……我にも分からぬ。あれは普段から人間の世界にいるので、考え方も我らとは違うのだ」
「なるほど」
手早く話そうとは言ったイリスも考え込んでしまっている。
「ではこうしたらどうですか?」私はみんなの顔を見回す。「いっそ正直に聞いてみるってのは」
「うーん……。レティならそう言うと思ったけど、どうかしら? 戦闘にならないかしら?」
「でもクラウディアは、彼女は自分では手を下さないって言ってましたよ。直接戦うようなことはないんじゃないですかね?」
「そうね。幸い、敵になりそうなクラウディアは国に戻っていったしね」
真意を聞いてみたいし、できれば人間を滅ぼすなんて馬鹿げたことは止めて欲しい。となると、話をしてみないと始まらない。
「エサイアス、あなたは敵にならないかしら?」イリスがエサイアスに聞く。
「我は大地に加担する気はない」
「そう、よかったわ」
「じゃあ、とりあえずフランシスと話して、それからですね。できれば輝のドラゴンにはフランシス抜きで会いたいですね」
「そうね。トールヴァルドと連絡を取りたいわね」
イリスの言葉を受けてエストが言う。
「トールヴァルド様はハーフルトに入ったのですよね? では私が行きましょう」
「エストが?」
「はい。私が先にトールヴァルド様を探して、このお話をします」
「そうね、それは良い考えだわ」
私とイリス、エサイアスはトセリの町に帰る。エストはハーフルトのラ・ヴァッレに向かう。何とか話が付いた。
どうやら話が大きく動きそうな予感がする。
続きは月曜日です。




