第九十話 五十四日目 トセリの町 天気曇り
クリストフェルとトールヴァルドがハーフルトへ出発した翌日、つまり昨日は私たち待機勢にはとくにすることもなかったので、町をブラブラして洋服を見たりお茶をしたりしていた。
本当はフランシスと二人で話をしたかったのだけど、フランシスには常にユリウスがくっ付いているので二人きりになるのは無理だった。ユリウスがいる前で「私がこの世界に来た意味は何ですかね?」とは聞けない。
「トールヴァルドたちはもうラ・ヴァッレに着きましたかね?」
「ちょうど着いたくらいじゃないかしら」
私とイリスはカフェでお茶を飲んでいる。エサイアスは宿で寝ているし、ユリウスとフランシスも適当にブラブラしているようだ。
「知識を司る大地のドラゴンていうから、もっとお爺さんみたいな人なのかと思ってましたよ」
「フフ、まぁどんな人間の姿にもなれるみたいだから外見は関係ないわね」
イリスと他愛もない話をしていると、カフェの入り口から見知った人が入ってきた。つい先日海上で別れたばかりのエストだ。
「エスト? どうしたの? ヴァーラに帰ったんじゃなかったの?」
イリスが突然のことに驚いて目を見開く。エストはようやく見つけたという表情で、息も切れ切れだ。
「よかったです。ハーフルトに入ってしまわれていたら見付けるのも容易ではないと思っていましたので」
とりあえずエストを席につかせ、落ち着くのを待つ。
「もう大丈夫です」背筋を伸ばしてエストが話し始める。「私が城に戻った時に知らせが入りました。クラウディア女王が騎士と魔法使いを十名ほどを連れてどこかへ出発したという諜報からの知らせでした」
「クラウディアが? それでどこへ?」
「翌日届いた情報ですと、中央アポロニア山脈を南へ越えていったとのことです」
「! つまり中央アポロニアの森へ?」
「はい。おそらくエルフの里へ向かったのではないかと」
イリスが考え込む。私も考えるがクラウディアがエルフに用事がありそうに思えない。
「クラウディアは何か用事があるんですかね?」
「そこまでは分かりません。ただ、騎士や魔法使いを連れて行くのには何か理由があるのではないかと思います」
「お父様はなんと?」
「国王陛下は、エルフのことに口を出してはならん、と」
「とは言ってもねえ……」
またイリスが考える。しばらくの沈黙の後イリスか口を開く。
「ねえ、エスト。あなたはエルフの里への道を知ってるのよね?」
「……」
エストは答えない。私もどんな根拠でイリスがそんなことを言い出したか分からず黙っている。
「お父様から口出し無用と言われてなお私に知らせに来たということは、一緒にエルフの里に行って欲しいということよね?」
「……さすが姫様です」
エストが苦笑気味に言う。「私だけではクラウディア女王に勝てないことは十分思い知らされましたので」
アンハレルトナーク城でエストはクラウディアと戦って敗れている。私が到着した時にはすでにエストは倒れていたのでどのような戦いだったかは分からないが、あの時に敵わないと思ったのだろう。
「ということはクラウディアがエルフに危害を加える可能性があると考えてるのね?」
「はい」
「どうして? クラウディアもエルフの女王から古代魔法を学んだんじゃないの?」
「いえ、クラウディア女王の古代魔法は私の使うものとは全く違いました」
なんだか新事実が次々と私の前で語られてるんだけど良いのだろうか? トールヴァルドの言っていたようにエストは古代魔法が使えて、イリスが「クラウディアも」と言うのだからエストはエルフの女王から古代魔法を教わったのだと分かってしまった。
「でもエルフの女王なら心配ないんじゃなくて? 彼女は強いんじゃないの?」
「いえ」エストは頭を振る。「エーリカ自身は古代魔法を使いません」
そうだったのか。そのうえエルフという種族は人間に比べて弱いとレティシアの記憶が教えてくれた。
「そう……。レティはどう思う?」イリスが私に話を振る。
「クラウディアがエルフに危害を加えようというなら見過ごせませんね。ただ、輝のドラゴンのことも放ってはおけないんですよね」
「そうね」
「でもイリスだけが行くと言うなら反対です。私も行きます」
「でも──」
「クラウディアは危険です。エストさんが一緒とはいっても、戦いになる可能性があるなら私もいた方がいいと思うんです」
騎士や魔法使いを連れているというのも気になる。いかにイリスが強くても、そしてエストがいるとはいっても手が足りない可能性もある。
「それに、クラウディアには必ず私たち二人以上で当たろうと決めたじゃないですか」
「そうだったわね」
イリスが頷く。「分かったわ。ありがとう、レティ」
「じゃあとっとと行って片付けましょう。あ、エサイアスやユリウスになんて言いますかね……」
そういえばエサイアスから言われたことも思い出した。
「エサイアスからもクラウディアと戦う時はアーシェか自分に助力を請えと言われてるんですよ」
「へー、エサイアスがそんなことを」イリスがちょっと驚く。
「どうもエサイアスから見てもクラウディアは尋常じゃないみたいですね」
「そうね、普通じゃないわ。あの力をいったいどこで手に入れたのか……」
エーリカからでなければ他の誰かか、あるいはどこかで古代魔法を手に入れたことになる。しかもエーリカが教える以上に強力な古代魔法だ。
「疑問は尽きませんが、とりあえずエサイアスに話をするしかありませんね。どちらの件も彼を放ってはおけませんので」
「行って話してみましょ」
宿の部屋に戻るとエサイアスはベッドに寝転んでいた。どうもベッドが気に入ったようだ。
「エサイアス、ちょっと話があるんです」
私とイリスがクラウディアの件を話すと、エサイアスは考え込んだ。
「そうか。我にはあの人間がなぜエルフに会いに行くのかは分からぬが、エルフに危害を加えさせたくないのだな?」
「そうです」私は頷く。「ちょうど輝のドラゴンの件は待ち状態ですし、行って帰ってきてもロスはほとんどないと思いますし」
「まあそうだな。あの男がすぐに輝を見付けられるとも限らぬ」
仮にハーフルトに輝のドラゴンがいることが分かったとしても、根回しなり下工作が必要なはずだ。クリストフェルはその手のことは見るからに不得手そうだが、そのためにトールヴァルドも行ったようなものだ。
「行くとして、大地には何と言うつもりだ?」
「何って、普通に事情を話そうかと思ってますけど?」
「いや、それはダメだ」エサイアスが頭を振る。「あの二人には理由を話さずに行くのが良いだろう」
「え? なぜです?」
「今は言えぬ」
何かあるのかな? と思いはするけど今はそのことに考えを巡らせている時間が惜しい。
「じゃあ、ちょっと出掛けてくるってことでいいんじゃないですか。三日ほどで戻ると言っておけば大丈夫でしょう」
「そうだな」
そう言うとエサイアスはベッドから降りた。「さあ、行く準備はできているのか?」
「エサイアスも行ってくれるんですか?」
「無論だ」
食事処にいたユリウスとフランシスにちょっとイリスの件で出掛けてくると話すと、二人はそのことには疑問を挟まなかった。
「三日ほどで戻りますので」
「分かりました。王族には色々とあるものですな。お察しします」
ユリウスが言う。自分もシュタール皇帝に仕えているから分かるのだろう。
「二人が戻るにはしばらく時間があると思いますが、その時はよろしくお願いします」
「ええ。お戻りを待ちますよ」と言うとユリウスは不意に私の手を取った。「レティシア殿、あなたがどこに向かわれるかは知りません。ですがもし危険なところに行くのであれば、先日お渡しした指輪をぜひ嵌めてください」
「え? ああ、あの指輪ですか?」私は狼狽えつつ答える。
「はい。あれはきっとレティシア殿を守ってくれるでしょう」
ユリウスはそう言ってニッコリ笑った。
一転して中央アポロニアの森に行くことになりました。
続きの更新は明後日になります。




