第八十九話 ユニオール暦八百七十三年八月九日 ハーフルト首都ラ・ヴァッレ 天気曇り
「ハーフルトの首都はラ・ヴァッレじゃないのか?」
「ラ・ヴァッレだ」
「ここには首都サラテと書いてあるが」
トールヴァルドが看板を見ながらクリストフェルに言う。町のあちこちで「ラ・ヴァッレ首都サラテへようこそ!」と書かれた看板が目に付く。
「ああ、そこは分かりにくいんだ」クリストフェルが面倒くさそうに続ける。「もともとラ・ヴァッレ国の首都はサラテなんだ」
「じゃあサラテなんだな?」
「ハーフルト連合王国として対外的に首都名はラ・ヴァッレとなっている」
「面倒くさいな……」
「本当にな」クリストフェルが苦笑する。
サラテという名前は見栄えが良くないとかで何代か前のラ・ヴァッレ王が決めたのだそうだ。対外的にはラ・ヴァッレとなっているが、ハーフルトの人間からするとこの町はサラテなのだ。
「君は何度も来ているだろう?」
「私は港近辺にしか用がないからな。市街地に入ったのは初めてだよ」
トールヴァルドが町並みを見回しながら言う。大国の首都だけあってさすがに町の規模は大きいし、通りにも人は多い。中心部は城と行政機関が集中していて、トールヴァルドとクリストフェルが目指しているオールフェルドの公館もある。ちなみに港は町の東に位置していて、交易を担う商会も港の側に集中している。
「あの建物だ」
クリストフェルが指さす先には、通り沿いに大きな屋敷が見える。オールフェルドの出先機関兼、オールフェルド王やクリストフェルたちがサラテに来たときの宿にもなっているそうだ。
「オールフェルド王もいるのか?」
「いや、父は今国元だと思う」
屋敷の扉前に立つ騎士がクリストフェルに気付いて声を掛けてきた。
「クリストフェル様!」
「おう、戻ったよ」
「国王陛下が中でお待ちです。どうぞ」と騎士が扉を開く。
「父上がいるのか……」ガックリとうなだれてクリストフェルは屋敷に入った。
オールフェルド王が待つという部屋に通されるとすぐに怒りの声が飛んできた。
「クリストフェル! 一体お前は何をしているのか!」
クリストフェルは王の雷に少し怯みつつ、後ろのトールヴァルドを紹介する。
「父上、お怒りはごもっともですか大事な話があるのです。こちらはトールヴァルドです」
「なに、トールヴァルド?」オールフェルド王が目を見開いてトールヴァルドを見る。怒りのあまり目に入っていなかったようだ。「まさかお前、結婚すると言うのではあるまいな?」
「違います、父上」慌てて打ち消すクリストフェル。「まずは話を聞いてください」
オールフェルド王はクリストフェルからひと通りの話を聞くと唸った。
「うーむ……。そんな噂になっているのか……」
「父上は何かご存じなのですか? 捕らえた偉大な五体のドラゴンについて」
「うむ……」
ローテーブルを挟んで王とクリストフェルが座り、トールヴァルドはクリストフェルの隣に腰掛けている。
口ごもる父がトールヴァルドを気にしているのではないか、と考えたクリストフェルが言う。
「父上、トールヴァルドがいることを気にされているのかもしれませんが、それでしたら問題ありません。彼女たちは偉大な五体のドラゴンの味方です」
「なに、トールヴァルドのことを気にしているわけではない。そう見えたのなら許せ、トールヴァルドよ」
「いえ。私は気にしませんよ」
オールフェルド王が思い切ったように話始める。
「どう話せば正しく伝わるかを考えていたのだ。たしかに輝のドラゴンはハーフルトにいる」
「いるのですね?」クリストフェルが前のめりで聞き返す。
「慌てるな、クリストフェル。輝のドラゴンは三ヶ月ほど前、ハーフルト南沖の海上で南方艦隊の一隻に救助された」
「私が南方艦隊司令に戻る前ですか」
「そうだ。輝のドラゴンを救助したのはベックストレーム国の船だった。ベックストレーム王は輝のドラゴンの存在が戦争への引き金になると憂慮し、彼女を自領に隠すことにした」
「おお、賢明な判断です」
「そこまではな」
オールフェルド王はため息を吐いた。
「そのまま隠し通しておければ良かったのだが、ベックストレーム国内にも戦争推進派はいる。彼らは輝のドラゴンの存在を嗅ぎつけ、あまつさえ奪おうとした。奪ってラ・ヴァッレ王にでも差し出すつもりだったのだろう」
「なんということだ」
「その話を聞いたのはほんの先月のことだ。お前が勝手にアンハレルトナークに向かった直後だ」
「うっ……」
言葉に詰まるクリストフェル。オールフェルド王が手元のベルを鳴らすと側仕えがお茶を三人に出した。すぐさまお茶に口を付ける王。
「そなたらも飲むと良い」
「いただきます」と言ってトールヴァルドはすぐに手を出したがクリストフェルは手を出さなかった。
「それでその後はどうなったのです?」クリストフェルが絞り出すように言う。
「輝のドラゴンの身を案じたベックストレーム王はわしに話を持ってきた。オールフェルドで匿えないかとな」
「それで?」クリストフェルが身を乗り出す。
「そこにおる」
「そこに?」
オールフェルド王が扉の方を指さす。その先にいるのはお茶を出してくれた側仕えの女性が一人だけだ。
「え?」
「その側仕えの格好をした少女が輝のドラゴンなのだ。クリストフェルよ」
目を丸くしているクリストフェルに向かって側仕えの少女がニッコリ笑ってお辞儀をした。
「リリアーナ・ドラゴン・デ・グローロです」
絶句して何も言えない様子のクリストフェルに代わって、トールヴァルドが立ち上がってリリアーナに言う。
「私はトールヴァルド。海賊だ。縁あって焔や白銀、青嵐と話をしてきた」
「ええ、知っています」
リリアーナがニッコリ笑う。笑顔が可愛らしい。金色の髪がくるっと巻いて、くりっとした目が幼く見える。
「レティシア・ローゼンブラードさんも一緒なのですよね?」
「ああ、彼女は隣の国のノーブルヌにいるよ。エサイアスも大地のドラゴンも一緒だよ」
「あら、フランシスも一緒なのですね」
リリアーナがちょっと眉をひそめた。
「一緒では不味かったかな?」
「そうですね」ちょっと考えてリリアーナが口を開く。「トールヴァルドさん、お願いがあるのです。フランシスには気付かれないようにレティシア・ローゼンブラードさんだけ連れてきてくれませんか?」
「レティシアだけ?」
「はい」
「あんたはレティシアを知ってるのか?」
「ええ、よく知っています」
そう言うとリリアーナはまた微笑んだ。
「あの大地のドラゴンをだまくらかしてレティシアだけ連れてくるのは至難の業だな」トールヴァルドが考え込む。
「ならばこうしたらどうだ」ようやく気を取り直したクリストフェルが言う。「輝のドラゴンについては私がまだ調べていることにして、いったんトールヴァルドはトセリに戻る。そこから先は君の才覚でなんとかなるだろう? イリスレーア姫の力を借りてもいいかもしれない」
「まあ、そうだな」
トールヴァルドが頷いてリリアーナに確認する。
「レティシアにとって悪い話ではないんだな?」
「もちろんです」リリアーナが微笑んだまま続ける。「私は人間の味方ですよ」
偉大な五体のドラゴンの最後の一人、輝のドラゴンが登場しました。
明日明後日が更新できませんので、続きは土曜日になります。
※誤字修正しました(2018/11/14 12:55)




