第八十八話 五十ニ日目 トセリの町 天気曇り
エサイアスの背中に乗った私とイリス、トールヴァルドはトセリの町に着いた。ここはノーブルヌのほぼ東端、ルベルドーとの国境の町で、南に行くとハーフルトにも入れる。
フィクスと会った私がこの世界で初めて訪れた町だ。なんとなく感慨深い。町並みを懐かしく眺めているとトールヴァルドが話しかけてきた。
「小さな町だけど活気があるな」
「ええ、ルベルドーとの交易の拠点になってるようですし、ハーフルトも近いので商人や旅人も多いそうです」
「レティはこの辺りに詳しいんだな」
「二ヶ月前にも来たんですよ。髪を染めたのもこの町なので」
そう言えばあれから若干髪も伸びているし、プリンのようになってもおかしくないのだが、髪は濃紺のままだ。なにかプリンにならない特殊な技法がこの世界にはあるのかもしれない。
「イリスと会ったのもここからノーブルヌの首都に向かう馬車でしたよね」
「ええ」イリスが笑いながら言う。「あの時レティはほとんど寝ていたけどね」
「そうでしたね」
アーベントロートから出た翌日だ。そして私がこの世界に転生して三日目。あの頃は精神的にも結構疲れていたんだろうと思う。それに比べれば今はかなり安定している。
「とりあえず宿を取ろう。エサイアスも疲れたろう」トールヴァルドが言う。
「疲れてはいないが宿は良い考えだ」
イリスが前に泊まった宿屋があるということで、通りを歩いて行く。
「トールヴァルドは何を食べたいですか?」
「肉」
などと言いながら歩いていると、前方から意外な人物たちが歩いてきた。
はっ――!!
私はいち早く気付いてトールヴァルドの後ろに隠れたが向こうも気付いたようで凄い勢いで走ってきた。
「レティシア殿、このようなところで再会できるとは私はなんと幸運なのでしょう」
ユリウスが私の手を取って跪く。ああ、目立つから止めて!
「やはり私たちは惹かれ合う運命なのですね」さらにユリウスが続ける。
トールヴァルドがニヤニヤと、イリスも微笑ましそうに私たちを見ている。
「あ、いえ、なんですか、なんでこんなところにいるんですか?」私は精一杯冷静にユリウスに尋ねる。手を離していただきたい。
「それはもう――」ユリウスが何か言いかけて、イリスの横にいるエサイアスに目を留めた。「なるほど。私たちは同じ理由でここに来たようですね」
やっとユリウスが手を離して立ち上がった。クリストフェルと少女も追いついてきた。
「なにをしているのだ、ユリウス殿」クリストフェルが叱るように言う。
「いえ、愛しい人との再会を喜んでいたのですが、そのような場合ではないようです」と言ってエサイアスに視線を移すとクリストフェルも気付いた。
「青嵐の――」言いかけて言葉を切った。「それにイリスレーア姫にトールヴァルドまで? まさか――」
「そのまさかのようです。どうですか、その辺のカフェにでも入りませんか? 話し合いが必要でしょう?」
ユリウスの言葉を受けてイリスが答える。
「そうね。ここは目立つしね」
クリストフェルが馴染みというカフェに行くと個室を用意してくれた。ハーフルトの人がよく使うカフェらしい。
「そっちはエサイアスと知己なんだよな? そちらのお嬢さんを紹介してくれよ」
席に着くとトールヴァルドが切り出した。
「ええ、こちらは大地のドラゴンです」ユリウスがいつものにやけ顔で紹介する。簡単すぎるがたしかにそれ以上の言葉は要らない。
「私が大地のドラゴン、フランシス・ドラゴン・デ・テーロよ」
少女がニコッと笑う。どう見ても小学校低学年の少女にしか見えないが、偉大な五体のドラゴンなのだ。
「私たちは――」
「知ってるわ」トールヴァルドの言葉を遮ってフランシスが言う。「イリスレーア・アンハレルトナーク、トールヴァルド・ヴィンテルスホーヴェン、それにレティシア・ローゼンブラードね。よろしく」
「お、おう。よく知っているな」
「私はたいていのことを知っているわ」
さすが知識を求めて世界を旅する大地のドラゴンだ。
「どうやら真剣に探していたようだな」自己紹介は終わりとエサイアスが言う。「まぁ我らも見つけたがな」
「お待ちください、青嵐のドラゴンよ」ユリウスが大げさに留める。「まだ本当かどうかは分かりません。そして私たちは確認する手段を有しています」
「もしかしてあんたが探りに行くのか? クリストフェル?」
トールヴァルドの言葉にクリストフェルが苦渋の表情で頷く。「それしかあるまい」
情報が嘘では困ってしまうが、本当に輝のドラゴンがハーフルトにいた場合にはクリストフェルにとってさらに苦しいことになるだろうことは私にも分かった。
「まあ適任だな」トールヴァルドが賛成する。「じゃあこちらからも一人連れて行ってもらわんといかんな」
「なぜだ? 私が信じられんか?」
「そういうわけではないが、ここまで来て何もなしというのも寂しいからな。自分たちでも確認したいんだよ。なあイリスレーア?」
イリスが頷く。「そうね。私はクリストフェル王子と一緒にハーフルトに入るわけにはいかないし、レティはハーフルトからすれば依然としておたずね者でしょうから、あなたに行ってもらうしかないわね、トールヴァルド」
「ああ、そういうことだ。よろしく頼むぜ、クリストフェル」
クリストフェルが渋々承諾する。
「ではそういうことで私たちはここで数日待機ですね」ユリウスがまとめる。「青嵐のドラゴンもよろしいですか? 約束のひと月にはまだだいぶありますし」
「フン、いいだろう」
「では我らはこのまま馬車でハーフルトに入ることにするよ」
「気を付けてくださいね。クリストフェルさん、トールヴァルドをよろしくお願いしますね」
クリストフェルとトールヴァルドが馬車乗り場へ行くのを見送り、私たちはとりあえず宿に入ることにする。ユリウスとフランシスはすでに別の宿に部屋を取っていたそうなので違う宿だ。ちょっとホッとした。
部屋に入ってベッドに腰掛けてひとまず落ち着く。イリスは椅子に腰掛け、エサイアスはベッドにごろっとなった。
「とりあえずは待ちですね」
「ええ、三、四日で戻ってくるんじゃないかしら?」
どのような結果になるのかは分からないが、今言えるのは輝のドラゴンが無事でいて欲しいということだけだ。何か酷い目にでもあってようものならエサイアスは怒り狂うだろう。せっかく徐々に心を開いてきてくれているのに、また元通りでは悲しい。などと考えていたら、ある話を思い出した。
「そう言えば、エサイアスとフランシスは対の関係なんですよね? 一緒に行動しても大丈夫なんですか?」
「ああ、焔に聞いたのか?」
「ええ、アーシェと白銀さんにも聞きましたけど、対の意味がよく分からなくて……」
「まあ良く分からんでも無理はない。実際大した意味はないのだ」
「そうなんですか?」
「まぁ違いと言えば、奴が地に暮らし、我が空に暮らしていることくらいだな」
「じゃあ仲が悪いってわけじゃないんですね?」
「本質的には合わぬ」
「あら……」
「クックッ。人間でも合う合わぬはあるであろう。同じようなことだ」
「まあそうですね」
私だって元の世界では合わない人はいた。そんなことを考えてるとエサイアスがポソっと呟いた。
「実際のところ大地が何を考えているかよく分からん」
「え、なんですか?」
「いや、なんでもない」
そう言うとエサイアスはごろっと向こう側を向いてしまった。
第六話で立ち寄ったトセリの町です。
ユリウスたちと再会しました。
明日更新できませんので、続きは明後日です。




