第八十六話 五十一日目 バルヴィーンからハーフルトへの空中 天気晴れ
全長二十メートルは下らない青嵐のドラゴンの背中に掴まっているとだんだん眠くなってきた。でも眠って振り落とされたら困るので必死に耐える。ヴィスロウジロヴァー山の睡眠環境が最悪だったせいか、えらく眠気が蓄積されているのだ。このままだと確実に眠ると思った私は首の上を歩いて、エサイアスの頭の上まで来た。
「エサイアス、方向は大丈夫ですか?」
「うむ、問題ない。このまま進めばもうじき陸が見えてくるはずだ」
「それにしてもずいぶん速く飛べるのですね」
「本当はもっと速くも飛べるのだが、これ以上速いとお前が乗っていられぬ」
「そうでしたか」
私が普通に飛行魔法で飛ぶよりも何倍も速い。やっぱりドラゴンて凄いなと思っていると、前方、北の方に何か飛んでいるのが見える。
「エサイアス、北の方向、少し下に何か見えませんか?」
「ああ、見えるな。あれは人だな」
「よくそこまで見えますね」私には点にしか見えない。
「ずいぶんな速度で飛んでいるな。人間の女が二人見える」
エサイアスが人間の女二人と言ったところでなんとなくピンときた。
きっとイリスだ! いや、ちょっと待てよ。……もしかするとクラウディアかな?
そんなふうに思い悩んでいると、エサイアスが私に言う。
「近付いてくるぞ。撃退するか?」
「いやいやいや。撃退しないでくださいよ」私はエサイアスに突っ込みを入れてさらに言葉を続ける。「ちょっと止まってください」
グングン近付いてくる。飛行魔法に乗った人が二人だ。さらに近付いてくるとはっきり顔が見えた。
「イリス!」
「レティ!」
飛行魔法がエサイアスの頭のところまで来ると、イリスが飛び込んできて私が受け止めた。
「スティーナに行くんじゃなかったんですか!?」
「レティこそベアトリスに乗ってるんじゃなかったの?」
そう言うと、二人で一緒に笑った。本当に予定通りいかないものだ。
「人の頭の上であまりはしゃぐなよ」
エサイアスにたしなめられた。
「あ、ごめんなさい。エサイアス、こちらは私の友達のイリスです。それとアンハレルトナークのエストさんです」
私がイリスとエストを紹介すると、エサイアスは鼻を鳴らした。
「フン、さすがの我も自分の頭の上は見えぬわ」
「ああ、たしかに」
イリスと会えたことでちょっと事情が変わってきた。
「エサイアス、ひとつお願いがあるんですけど」
「なんだ?」
「ちょっと回り道をしてもいいですか? そんなに時間は取らせません」
「ふむ。どこへ行こうというのだ?」
「おそらく今バルヴィーンの南東に海賊船が来ていると思うんですよ」
「ああ、あの女海賊のか」
エサイアスはオースルンドでトールヴァルドに会っている。
「彼女と合流したいんですよ」
「なるほど」エサイアスはちょっと考えて続ける。「それも良かろう」
「ありがとうございます。エストさんはどうしますか?」
私はエサイアスの頭の横にいるエストに尋ねる。
「私はアンハレルトナークに帰ります。レティシア様、姫様をよろしくお願いいたします。姫様、くれぐれも体にお気を付けを」
「分かりました。任せてください」
「ええ。ありがとう、エスト」
「あれです、エサイアス。あの船にお願いします」
「うむ」
エサイアスが洋上のベアトリスに降下していく。甲板で驚く船員たちの顔が見えるくらいまで降りたところで、私は飛行魔法を出してイリスを乗せた。
「甲板に降ります。エサイアスも人型でお願いします」
「うむ」
エサイアスが光を発して少年の姿になり、私たちと一緒に甲板に降りた。
「レティシア! イリスレーア!」
トールヴァルドが駆け寄ってきて私たち二人の肩を抱いた。ひと通り再会を喜び合うと、トールヴァルドが不思議そうに尋ねる。
「意外な再会だがどういうことだ?」
「まぁ色々と事情が……」
「とにかく立ち話もなんだから食堂に行こう。エサイアスもな」
「うむ」
食堂にはフィクスもいた。久しぶりの再会だ。
「フィクス、無事で良かったです」
「ああ、レティもな」笑顔のフィクス。「アーシェは良くなったかい?」
「ええ、ずいぶん良くなりましたよ」
席に着いて改めてイリスとフィクスにエサイアスを紹介する。とくにフィクスはもっと驚くかと思ったのだけどトールヴァルドから聞いていたのかあまり驚かなかった。つまらない。
さらに私はフェーディーン王から聞いた話を説明する。ハーフルトが輝のドラゴンを捕らえたのではないかという話だ。
「なるほど……」私の話を聞いてイリスが頷く。「実は私の方も同じような情報が入ってるの。ただこちらの情報では輝のドラゴンなのか大地のドラゴンなのか分からなかったんだけど」
「大地ではないな。我は十日ほど前に北の地で大地に会った」エサイアスが言う。
「ということはやっぱり輝のドラゴンがハーフルトに捕らえられてるってことなのか。クリストフェルに話を聞けば分かるんだろうけど、あいつはユリウスと一緒にどこをうろついてるのやら……」
トールヴァルドがそう言うと、エサイアスが何か思い出したように問う。
「ユリウスとは、ユリウス・クライバーとかいう騎士のことか?」
「ああ、そうだよ。なんでエサイアスがその名を?」
「北の地で会った時に大地とともにいたのだ。もう一人背の高い騎士と一緒だったぞ」
「え? ユリウスとクリストフェルが大地のドラゴンと一緒に?」
二人がアンハレルトナークにいたのはイリスから情報として聞いたが、その時一緒にいたという少女が大地のドラゴンなのか。それにしてもなぜ二人が?
「輝のドラゴンを必ず探すゆえ待つようにと言っておった。だが、あの者たちを待つ必要はなさそうだな」
「とはいえハーフルトは大国だ。輝のドラゴンが捕らえられてるのだとしても探すのは骨だな」フィクスが顎をさする。「クリストフェルの協力が得られるのならそうしたいところだな」
「ええ。ただ十日前に北にいて、その後どこに向かったのかはさすがに分からないわね」
輝のドラゴンが捕らえられているのだとしても城にいるとは限らない。情報を得る必要はあるがここで考えていても仕方ない。
「とりあえず向かってみましょう。行けば何か分かるかもしれません」
私の提案にトールヴァルドが頷く。
「そうだな。馴染みの役人や商人もいる。詳しくは知らなくても雰囲気の変化なんかは分かるかもしれない」
「そうね。考えていても結論は出ないわね。私も行くわ」
危険なことにもなりそうなので私とイリス、トールヴァルドの三人がエサイアスと一緒にハーフルトに向かうことにする。フィクスは留守番だ。
「ああ、僕はアーシェの様子が気になるので見に行くことにするよ」
「だいぶ山の形も変わっちゃってますけど大丈夫ですか?」
「まあ近くまで行けばなんとかなるだろう。僕のことよりも気を付けてな」
イリス、トールヴァルドも一緒にハーフルトに行くことになりました。
続きは明日の昼頃です。




