第八十五話 ユニオール暦八百七十三年八月五日 ダービィ 天気曇り
「あれがダービィの首都ヴィレンだ」
クリストフェルたち一行は昨夜国境を越えてダービィ王国に入ると、国境そばの町で一泊して朝から馬車を走らせてきた。
「大きな町ですね」
ユリウスが道の先に見える町を見ながら言う。ヴィレンは城壁に囲まれた町だ。
「魔法大国の首都だもんね」
フランシスが楽しそうに頷く。
「フランシスはヴィレンに来たことがあるのですか?」
「ええ、何度か。ユリウスは?」
「初めてです。クリストフェル殿もそうでしょう?」ユリウスが御者席のクリストフェルに問い掛ける。
「そうだな。そもそも西側に来たこと自体初めてだしな」
「あら、二人ともずいぶん世界が狭いのね」
たしかにそうだとクリストフェルは思う。今回の旅以前の行動範囲はハーフルト国内と南側の海、せいぜいバーンハルド辺りまでだった。
「私たちは基本的に国王陛下の命がなくては動けませんからね」ユリウスが肩をすくめる。「今回が例外中の例外なのです」
例外もいいところだ。もうじき国を出てひと月になる。何度か国元に手紙は出しているがちゃんと届いているか不安でならないクリストフェルだった。
「町に入るぞ」
クリストフェルが馬車を徐行させる。門の前には検問を受ける馬車の列が続いている。
「これは時間が掛かりそうだな。二人は徒歩で町に入っていてくれ。私は検問を受けて、馬車を預けてから町に入ろう」
「分かりました。では後ほど」
簡単な身分確認だけで町に入るとユリウスとフランシスは大通りに出た。門から城まで真っ直ぐに真っ白な道が走っている。
「賑やかな町ですね」ユリウスが感心したように言う。
町のメインストリートだけあって午前中にもかかわらず人出は多い。市民だけでなく観光で訪れている人も多そうだ。通りの両脇に立ち並ぶ店はどこも活況だ。
「どこかその辺のお店に入りましょう」
クリストフェルが来てもすぐに分かるようにオープンテラスのあるカフェでひと休みすることにした。
「やっぱり魔法使いが多いわよね」
お茶を飲みながら道行く人々を眺めていたフランシスが言う。魔法使いらしき人をチラホラと見かけるし、魔法使いの帽子をかぶって制服に身を包んだ小さな子どもたちもいる。
「魔法学校があるのはアポロニア広しといえどラスムスとここだけです」
「へー。他の国にはないんだ」
「ええ。ですから魔法使いになろうと思ったらラスムスかここに留学するのが手っ取り早いですね」
「あなたの愛するレティシア・ローゼンブラードも魔法学校を出たのかしら?」
「彼女はラスムスの出身ですからね。おそらくラスムスの魔法学校を出たのでしょう」
そんな他愛のない話をしていると一人の男がユリウスの前に立った。男は一礼するとユリウスに小さな封書のようなものを手渡し、足早に去って行った。
「失礼しました。シュタールからの連絡です」ユリウスは封書から手紙を取り出し読み始める。「シュタールはここヴィレンにも公館を持っていますので、そちらで持っている情報をまとめてくれたようです。なになに――」
ユリウスが言葉を止めて手紙を見つめる。
「なにか面白い話でもあった?」
「ええ、クリストフェル殿が来たらお話ししましょう」
「お待たせした。馬車留めが遠くてな」
しばらくするとクリストフェルがやってきた。汗を拭きながら席に着く。「さて、これから情報収集をするのか? 先に宿か?」
「いえ、先ほどシュタールの公館からある情報が届きましたので、そのお話を先にしましょう」」
「ああ、そういえばここにも公館があるのだな。うらやましい限りだ」
クリストフェルが店員の持ってきた飲み物をグイッと飲み干す。
「ええ。こちらによれば」ユリウスが手紙に目を落としつつ言う。「ハーフルトが偉大な五体のドラゴンの一体を手にした模様、とあります」
「は?」クリストフェルが目を丸くする。「どういうことだ?」
「どういうもなにも、その通りなのでは?」
「そんな話は聞いたこともない」
ユリウスがニヤニヤとクリストフェルを見つめる。だが、クリストフェルは本当に知らないのだ。
「その話が本当なら輝でしょうね」フランシスが言う。「彼女は幼生のとき、バーンハルドと呼ばれる島の森にいるのよ」
「バーンハルドか」クリストフェルが神妙に頷く。
ユリウスが会話を引き取る。「そして、成竜になるとシルヴェンノイネンに暮らすということは、海を渡る時に何かあってハーフルトに捕らえられたという可能性もありますな」
「海でか」
「クリストフェル殿は南方艦隊司令でしょう? 何か知らないのですか?」
疑わしそうなユリウスの目にクリストフェルが慌ててかぶりを振る。
「いや、私が南方艦隊司令に復帰したのは六月のことなのだ。二年ほど空いているのでその間のことはまったく分からんのだ」
「なるほど。なぜハーフルトがそんなに戦争をしたがるのかよく分かりませんでしたが、ドラゴンを手にしたからかもしれませんな」
「戦争を望んでいるのは一部だけだ」
「ラ・ヴァッレ王は前向きと聞いていますよ」
言葉に詰まるクリストフェル。たしかに否定しきれない。
「まあともかく」楽しそうに二人のやり取りを聞いていたフランシスが話をまとめる。「ハーフルトに行ってみるしかないわね」
「そうですね」ユリウスがニヤッとクリストフェルに笑いかける。「クリストフェル殿はどうします」
「もちろん行くに決まっている」
「いえ、そうではなく、もし本当に輝のドラゴンがハーフルトにいたらどうしますか?」
「うっ――」
フランシスも青い瞳でクリストフェルを見つめる。
「もちろん助け出すしかなかろう。でなければ青嵐のドラゴンに祖国を灰にされかねん」
「そうですね。でもあなたの立場でそれが可能なのですか? ハーフルトを構成するオールフェルド国の王子が」
「うっ、無論だ」
たしかに自分の立場もそうだが、オールフェルド国自体の立場も悪くしかねない。しかしそれどころではないのだ。
「とにかくハーフルトへ行こう。だが、ここからだと高速馬車でも結構かかるな……」
「大丈夫よ」フランシスが笑顔で言う。「私が二人を乗せて行くわ」
「乗せて?」
「ええ。忘れちゃったの? 私はドラゴンなのよ?」
「いや、忘れたわけではない。そんなことをしても大丈夫なのか?」
「もちろん。今日はここに泊まって、明日の朝出発しましょう」
クリストフェルたちもハーフルトに向かうことになりました。
続きは明日です。




