第八十四話 五十日目 ヴィスロウジロヴァー山 天気晴れ
ヴィスロウジロヴァー山に着いたのは一昨日の昼だ。案の定、山は噴火により変わり果てていて、あの洞窟もなくなってしまっていた。火口は噴火したことにより落ち着いたようでマグマもずいぶんと下降している。しばらくは再噴火の恐れはなさそうだ。とはいえ火山灰やら岩やら固まったマグマやらで、火口の側にアーシェが休めそうな場所がない。
そんなわけで私とエサイアスが魔法やブレスを使ってなんとかアーシェが休めそうな場所を火口の側に無理矢理作った。ほとんどはエサイアスがやってくれたんだけどね。
「ずいぶん良くなってきたんじゃないですか?」
アーシェは急速に回復しているように見える。ここに着いた時には羽を動かす力も無さそうだったが、今は首を上げたりすることもできる。たった二日でずいぶんと違う。これが場の力なのだろう。
「レティ、エサイアスが呼んでいますよ」
シルックが私に伝えてくれた。
「分かりました。ありがとう、シルック」
シルックは昨日ヴィスロウジロヴァー山にやってきた。西のシュミーデルの町から一人で飛んできたのだそうだ。フィクスは無事ベアトリスに乗船しているとのことで、二人とも無事で良かった。
それと、シルックが戻ってきたあたりから、他のフェアリーたちも集まり始めた。私とエサイアスで適当に作った場所を、アーシェが休みやすいように整えてくれている。
「なんですか? エサイアス」
エサイアスは山の頂上にいた。少年の姿だ。ここからは火口は見えるけど、アーシェが休んでいるところは見えない。上空からでも見えないようにしてあるのだ。
「焔は大丈夫そうだな」
「はい。急速に回復しているみたいです。本当にありがとうございました」
「フン、お前に礼を言われることでもあるまい」
そう言って顔を背けるエサイアス。照れているに違いない。
「それよりもこれからどうするつもりだ?」
「ハーフルトの件ですよね。本当は情報を集めてからの方がいいとは思うんですけど、とりあえず行ってみましょうか」
「なにかアテがあるのか?」
「知っている人はいます。ただその人が今ハーフルトにいるのかどうかは分かりません」
クリストフェルに会えれば話が早そうなのだが、南方艦隊の司令とか言っていたのでいないかもしれない。
「そうか。まぁいざとなれば城ごと灰にしてしまえば良いしな」
「良くありませんよ」
エサイアスの場合それが口だけじゃないので怖い。アーシェのことをもうちょっと見守りたいが、エサイアスの暴発を止めるには一緒に行くしかない。
「回り道に見えても情報をしっかり集めた方が最終的には早いものなんですよ、こういうのは」
「面倒なのは性に合わぬ」
「面倒なことは引き受けますから、くれぐれも早まらないでくださいね」
エサイアスは頷く代わりに鼻を鳴らした。
「お前は変わっているな」
「なんです? 突然」
「お前の力は相当なものなのだろう? 我は魔法のことはよく知らぬが、お前の魔力が尋常でないことは分かる」
「そうなんですかね?」私は首をかしげる。「だとしても戦わないに超したことはないですけどね」
「それだ」と言ってジッと私の目を見るエサイアス。
「どれです?」
「戦いを避ける必要もなかろう? たいていの相手には勝てるであろう?」
「そんな……。たいていの相手は話せば分かりますよ」
「ふむ。それがお前の世界の常識なのか?」
一瞬私の思考が停止する。え? なんて言った?
「この世界の人間にはない価値観だ。力のあるものが戦って勝利を得ることに疑問を持つ者はいないぞ」
「……。エサイアスにも分かるんですか?」
アーシェにも私が別の世界の人間であることはバレた。
「ああ、詳しくは我にも分からぬがな。そもそも我らはお前たち人間と見えているものが違うのだ」
「そうなんですか?」
「人間よりもちょっと余計にものが見えている」
そう言ってエサイアスは真面目な目で私を見つめる。
「ゆえにあのクラウディアとかいう人間が異様なことも分かる。お前はあれと戦うのだろう?」
「クラウディアとですか……。もうすでに何回か戦ってますけど、先のことは分からないですね」
「ふむ……」
ちょっと考え込むエサイアス。やがてちょっと重そうに口を開く。
「あれと戦う時には我か焔に助力を頼め。どちらもダメなら白銀を頼れ」
「助けてくれるんですか?」
「助けることになるかは分からぬ。だが一人で対してはならぬ」
「……分かりました」
もうちょっと詳しく聞きたいような、聞きたくないような、自分の気持ちがはっきりしなかったのでそれ以上は聞くのをやめた。
その雰囲気を察したかエサイアスが話題を変える。
「とにかく明日の朝出発するぞ」
「そうですね。まっすぐハーフルトへ向かうんですよね?」
「無論だ。なにかあるのか?」
「いえ、魔力的にハーフルトまで一気にいけるかなと……」
「それは心配ない。我に乗っていけば良い。お前の速度にあわせていては遅い」
「そうですか。じゃあよろしくお願いします」
翌朝、準備と言ってもとくにすることはないので日が昇ると私たちはすぐに出発することにした。
「アーシェ、ちょっと出掛けてきますので、ゆっくり休んでくださいね」
「ああ、気を付けてな」
アーシェが頭を少し上げて答える。言葉もしっかりしており、順調に回復している。
「シルック、あとをお願いしますね」
「はい。お任せください。あとこれをお持ちください」
そう言ってシルックは私に紙の束を渡した。
「何ですか?」
「時間があったので古代エルフ語について思い出せたことを書いておきました」
そういえばイリスがシーグバーンで見つけてきてくれた本はまだ持っている。
「ありがとう、シルック」
私は紙の束をバックパックに入れると、シルックとアーシェに手を振って飛行魔法に乗った。上でエサイアスが待っている。
「じゃあ、行ってきます」
シルックとも再会しました。
続きは明日です。




