第八十一話 ユニオール暦八百七十三年八月四日 シルヴェンノイネンの首都アドラースヘルム 天気晴れ
「ふう」
宿屋の部屋に入るとクリストフェルは息を吐いた。
「お疲れですか? クリストフェル殿」
にやけ顔のユリウスが尋ねる。最初のうちはこのにやけ顔が鬱陶しかったが、さすがに十日以上も一緒に行動していると慣れた。いや、慣れたというよりいちいち気にしてたら精神が疲弊するだけだ。
「もう二十日以上も旅をしているのだ。疲れも溜まるさ」
ハーフルトからアンハレルトナークに行き、その帰り道でユリウスと会い、そこからヴェードルンドを経由してここシルヴェンノイネンまで来たのだ。こんなに長く旅をしたのは初めてだ。馬車に乗ってる時間が長いとはいっても疲れは溜まっていく。
「あら、旅は良いものだと思うけど」
フランシスがニコッと笑ってユリウスに言う。可愛らしい少女の姿をしていても中身は大地のドラゴンだ。知識を求めて常に世界を旅している彼女ならたしかにそう思うんだろう。
「私は本来海が好きなんだ」
クリストフェルは当初、フランシスに敬意を表して敬語で話していたが、いい大人が人前で少女に敬語はおかしいとフランシスに指摘されたので言葉を崩すようにした。
「ああ、南方艦隊司令でしたね」ユリウスが相槌を打つ。「私は逆に海は苦手です。陸地のほうが戦いやすいでしょう」
「それはそうだな」クリストフェルが苦笑する。
だが海にいれば国でのゴタゴタを忘れることができる。イライラせずに済む分、本当はもっと海に出ていたいのだ。
「さて、私はちょっとシュタールの公館に行ってきます。夕食までには戻りますので」と言ってユリウスが部屋を出て行った。
シュタール帝国はシルヴェンノイネンと国交があるので、ここシルヴェンノイネンの首都アドラースヘルムに公館があって大使が常駐している。ユリウスはベドナージョヴでも同様に公館と連絡を取っていた。国元に逐次報告をしているのだろう。
ちなみにハーフルトはこの辺りの国々とはまったく国交がないため、公館もなければ大使もいない。つまりクリストフェルが今どこにいて何をしているか国元は分からない状態だ。良くない状況だとは思いつつも成り行き上どうにもならない。
帰ったら父上に叱られるな……。
クリストフェルが暗い気持ちになっていると、そんなことはお構いなしに、ちょこんとベッドに腰掛けたフランシスが明日以降の話を始める。
「ここから西に行ったところに森があるのよ。輝のドラゴンは成竜になるとそこで暮らしていたわ。明日はそこを見に行ってみましょう」
「フランシスは以前見に行ったんだよな?」
「ええ、六月の半ばくらいにね。もぬけの殻だったわ」
「今なら戻ってきている可能性があるということか?」
「いえ、いないでしょう。でもあなたたち二人にも見て欲しいのよ。私とはなにか違う発見があるかもしれないし」
「なるほど」
行方不明になっている輝のドラゴンを探すのだ。たしかに普段暮らしているところを見ておくのは悪くない。
「ところで輝のドラゴンはどのようなタイプなのだ?」
フランシスは、あの娘は優しすぎる、青嵐のドラゴンに言っていたが実際どんな人物、いやドラゴンなのかを聞いていない。
「輝はねえ」フランシスがちょっと考えて答える。「偉大な五体のドラゴンと呼ばれる私たちの中である意味特殊な存在なのよ」
「特殊?」
「ええ、私たちは基本的にはお互い相性が悪いんだけど、彼女だけは他の四体誰とも仲がいいの」
「そうなのか」
基本的に仲が悪いとは知らなかった。
「それに彼女は人間が大好きね。よく人間と関わろうとしてエサイアスに叱られてたわ」そう言ってフランシスは笑う。
「偉大な五体のドラゴンは人間に関わらぬものだと思っていたが」
「そうね。でも別に決めごとでもないからね。その辺は彼女の自由だとは思うけど」
「けど?」
「私もあまり好ましいとは思ってないわ」
あっけらかんとフランシスは言って肩をすくめる。「彼女とは会うたびに喧嘩になるのよ」
「でも仲は良いのか?」
「ええ」
よく分からない。そういった人間関係の機微はクリストフェルがもっとも苦手とするところだ。とくに女性が何を考えているのか分からない。
納得したようでしていないクリストフェルの表情を見てフランシスが笑う。
「まぁその辺は人間だって色々あるじゃない。考えなくてもいいわ。とにかく今は輝のドラゴンを探すことよ」
「そうだな」
まぁ輝のドラゴンのことは会ってみれば分かるだろう。
「ところでクリストフェル、今の世界をどう思ってる?」フランシスが急に真面目な顔になってクリストフェルに問う。
「突然だな。今の世界か……」
至るところで戦争やいがみ合いばかりの世の中だ。正直良さを見いだせない。
「最悪な時代だと思ってるよ」
「最悪?」
「ああ、こんなに戦争が多い時代は過去にもそうないだろう? その辺はずっと生きている君たちの方が知っていると思うが」
「そうね」
「だが、私はこれでも王族の端くれだ。良い国を作って民を導く義務がある。なんとかしたいと日々考えてるよ」
「真面目なのね」そう言ってフランシスはまた無邪気に笑った。
日も暮れてユリウスが戻ってきたので宿屋のそばの食事処で夕食をとる。
「内戦が始まるようですよ」
ユリウスがいつものにやけ顔のまま言うので、すぐには何を言っているのか理解できなかった。
「……内戦?」
「そうです。今シルヴェンノイネンでは連合を構成する国が二つに割れているそうです。その溝はもう埋まることはなく、戦いで決着をつける他ないということです」
「公館で得た情報か?」
「ええ。ここアドラースヘルムに常駐している大使の話なので間違いないでしょう」
シルヴェンノイネンは十四の小さな国の連合国家だ。連合という意味ではハーフルトと同じだが、構成する国の規模が全く違う。
小さな国々がそれぞれの利益を追えば衝突するのは当然だ。
「巻き込まれると面倒だな。明日は調査をしてそのまま出国した方が良さそうだな」
「同感です」ユリウスが頷く。「アドラースヘルム王はあの通りの方なので巻き込まれると厄介です」
シルヴェンノイネン連合の代表国王であるアドラースヘルム四世は欲深いことで知られる人物だ。これまでも近隣諸国とさまざまないざこざを起こしてきたが、その原因はたいていアドラースヘルム四世だ。
「シュタールの公館にも王から援助の依頼があったそうです」
「援助といっても公館には大して兵もいないだろう?」
「ええ、いません。それに私はアドラースヘルム王が嫌いですので援助の必要はないと大使に言っておきました」
「嫌いなのか……」
そう言えばレティシアは以前アドラースヘルム王と揉めたことがあるはずだ。たしかその時は王が酷い赤っ恥をかかされて終わったと聞いたような気がする。
「当然です。レティシア殿があのような俗物に負けるはずがありません」
そう言うユリウスはなぜか誇らしげだ。君の手柄ではないだろうと言いかけたが反論が面倒くさそうなのでクリストフェルはその言葉を飲み込んだ。
第三章スタートです。
次話もクリストフェルたちの話です。明日の昼頃更新です。




